第3話(どん)

「私、翔吾のことが好きだったんです。ずっと、言えなかったけど」

 その声は、波の音にかき消されそうなくらい、かすかだった。

「でも、彼が見ていたのは……あなたですよね」

 玉井の言葉は、優しかった。非難ではなく、確認のようだった。

 

 土井は何も言わなかった。竿を持つ指が、ほんのわずかに力をこめた。

 風が再び吹いた。

「彼、最後のメール、書きかけだったんです。“ありがとう”ってだけ。宛先もなくて。」

 玉井は、海を見つめたまま続ける。


「でも、きっと、誰かに伝えたかったんだと思うんです。自分の言葉で」

 土井は、そっとリールを巻いた。何もかかっていないことは分かっていたが、その音だけが、夜の中に響いていた。

 玉井の足元に、小さな貝殻が転がる。それに目を留めた彼女を、土井は一度だけ見つめた。

 何かを言いかけたが、言葉にはしなかった。


「寒くなってきましたね」

 土井のその言葉に、玉井が微笑む。その言葉に、土佐も小さく頷いた。

「また、来ましょうか。ここに」

 玉井の提案に、誰も反対はしなかった。

 月が雲間から顔を出す。海面が、銀色に染まっていく。

 夜の海は、何も語らず、ただ静かに揺れていた。

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水面の記憶 純情残業隊 @dokusho0611

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