第四歩 Flower's Cassis

詩希しの「……更新、まだかな。」

懐女なつめ「詩希ちゃん。何待ってるの?」

詩希「私が読むのを楽しみにしてる詩がずっと更新されないの。」

懐女「えっ、詩希ちゃん、詩読むの好きなの?私も。・・・エッ、この詩って。」


 画面を覗き込んで、アッと驚く懐女、画面には、『別れた彼女に捧げる愛のうた 作者:Akito』と書いてある・・・コレって。


詩希「・・・ぐすっ。ぐすっ。ずっと、楽しみに待ってるのに。」

懐女「・・・そういえば、私も男の人に書いてもらう詩を楽しみに待ってた事あったなぁ。懐かしい。」


厭人あきと「何やってんのお前ら。」

迷子の少女「……。」


 厭人と迷子の少女は、紙袋にパンパンに詰まった野菜を持って歩いて来る。迷子の少女は厭人に買ってもらったのだろうか、アニメのキャラクターのぬいぐるみを大事に抱え、耳を引っ張ったりして遊んでいる。


懐女なつめ「・・・厭人くん。詩希ちゃんに詩を書いてあげないの?」

厭人あきと「うーん、今はなんつうか。短歌とか書く方が楽しいんだよね。』

懐女「・・・短歌?」

厭人「うん、"花のための短歌"、ネットで知り合った画家の卵の人のために書いてる短歌なんだ。いい線行ってると思うんだけど。」


 その時、迷子の少女が、首からぶら下げていた星形のポーチから、一枚の原稿用紙を取り出すと、それをそっと詩希の前へと差し出す。


迷子の少女「・・・書いた。」

詩希「・・・ぐすっ。ぐすっ。え?」

懐女「迷子ちゃん、詩希しのちゃんのために詩を書いてきたんだって。」


 恐る恐る、原稿用紙を開いた詩希の顔が、太陽のような輝きを放ちお日様の香りで包まれる。


厭人「・・・コイツ、詩を書くっていって聞かなくて、書き方を俺に教えろってゆーんだよ。でもちょっとコイツの詩暗くない?大丈夫?詩希?」

詩希「・・・大丈夫。厭人あきと、私嬉しくって。」

懐女「厭人くん、厭人くんも詩希ちゃんに何か詩を書いてあげなよ。」

厭人「・・・うーん、だから俺は"花のための短歌"の方で今は精一杯。って、なんで懐女さんまで泣いてんの?」


 厭人は、迷子の少女の詩に感動している詩希と、厭人の書いた短歌を映した画面を見てツーッと涙を流している懐女を見てどこか居た堪れない気持ちになる。俺が詩に書きたかったこととは何だったのだろう、ネットで、あの画家の卵の人と知り合ってからずっと俺がやってきたことは、意味が少しでもあったのだろうか。


迷子の少女「・・・書けた。」

厭人「・・・ん? また詩書いたのお前? はえーな。どれどれ。」


 ・・・!!


 厭人は、その詩を読んで思わず涙が、ポロポロ、ポロポロと流れてくる。そこには、厭人や、懐女、水祈や、詩希と出会って本当に自分が幸せだという想いが、お父さん、お母さんへのありがとうの言葉を込めて、切々と綴られていた。


 厭人は宙を眺める。

 呻き声を上げる。

 手を握りしめ、頭を、

 ゴツン、と打つと、

 喉の奥から祈るようやっと、声を捻り出した。


「7月23日だ。」


三人「・・・??」


「俺の尊敬する詩人の誕生日。・・・ソレと、俺が向こうの世界に置いてきちまった、もう一人の迷子の子どもの誕生日だ。」


 そして涙ながらに声を続ける。


「俺は向こうの世界に戻らないといけない。あの、画家の卵の人にも、まだ書きたいことがたくさんある。それに向こうの世界の迷子のアイツは・・・今頃どこで、何をしてるか、俺は気が気でならない。」


懐女「・・・厭人くん。」

迷子の少女「……。」


 その時、詩希は、そっと厭人の側に近寄るとその頭を抱いて、自分の胸元に静かに寄せて、打ちつけるような声で厭人に言ってみせた。


詩希しの「・・・帰ろう。厭人。私達の世界へ。」

厭人あきと「・・・詩希。」


 見つめ合う詩希と厭人。

 それを見ている懐女と迷子の少女。


詩希「・・・そして、もう一度私に詩を書いて。」

厭人「・・・あ。ん?いや、それは出来ねーよ。」


 詩希ののぞみに否定で返す厭人。

 詩希は悪魔の笑みを浮かべる。


厭人「・・・分かってんだろ。お前にだけは。俺には大切なものが出来すぎた。もう、お前だけしか居なかった時の俺じゃねーんだよ。」


 詩希は、履いていたネイビーのマーチンのブーツをカタカタと地面で鳴らすと、嬉しそうに笑って、そして真っ黒でギスギスした羽根を開いて、厭人あきとほおを引っ張たいた。


詩希しの「・・・じゃあなんでこんなとこ来てんの。バカッ。行くよ。」


 詩希は厭人を見つめると、優しくも、でも、どこか突き放すような笑みを浮かべながら、そっと厭人を起き上がらせて、そのフラフラとしている足のかかとをほろった。


水祈みずき「準備はいいですか〜あ!?」


 その時、水色髪のセーラー服を、白魔道士が着るローブ風にアレンジをし、花の刺繍の彩りをあしらった服にした女が【赤の書】と書かれた本を手に、異世界への紅い入口の門を蠢く蝶の形にして開き待ち受けていた。


水祈「キミには、書かないといけないことがあるよ。私も、ずっとこの世界から見守っているから、直ぐに行かないといけない。」


詩希しのに肩をかつがれながら歩く厭人あきと「……ありがとう。ありがとう。」

迷子の少女「……誕生日、祝ってあげて。」

厭人「おう。」

迷子の少女「……お花さん、大事にしてあげて。」

厭人「……お、おう。」


 ゲシッ!そう応えた厭人の尻に強烈な蹴りが入る。


懐女「さっさと行け!待ってるからな。懐かしい人。」

厭人「……懐女なつめさん?え?」

水祈「いーから、キミは行きなさい。」


 !!!












 そして気がつくと、俺は札幌、大通公園に居た。

 手にはスマートフォンが握られていて、打ちかけの作品のタイトルがそこには踊っている。


 『"花のための短歌 今度こそ君へ"』


 あァ、


 7月23日に落ちたカシス色の哀しい夢。俺は後何度、その夢をながら、花をつめなければならないのだろう。


 待ってろ、直ぐ行くからな。


fin.

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迷子の少女、泥語。 れん @Lemborexant

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