第4話

ここはアンセルの織物屋だ。

布は工場で綿花から紡績した糸を、織物屋に卸し、

それを織機で布にして販売される。

私の父親の工場の契約相手のリストに、

古くからの親友・アンセルの織物屋があった。

契約は父親の本業とも呼べるものなのだが、

私は興味を示さなかったらしい。

そのため知らなかったのだろう。

それが我々の友好関係に影響を

及ぼすわけでもない。

しかし、何か懐かしい気持ちが湧いてきた。





織物店で働いている友人と、日曜に会った。


「どうだい、私の工場で作られた綿糸は。」


「品質に文句はないよ。」

織物屋・アンセルの声には馴染みがあった。

目は高等学校で見るどの生徒よりも大きく、

綺麗だった。

懐かしかった。

成り立ちは覚えていないものの、

六歳ぐらいには教会で話していた気がする。

学校や親が交流の場を設けたわけでもないが、

たまに会うと何十分でも話すことができた。

彼の親はそれなりの貯蓄を持つ織物屋だったので、

家業で稼げるよう教育に心血を注いだ。

そのため、友人はあの老人のような憎しみを

向けることはないだろう。


「最近世の中が物騒になってきた。

 この前物乞い同士が殴り合ってる姿を

 見たんだ、貧しい人間がどんどん増えてる。

 騒動、物価高に気を付けてくれ。」


「私は大丈夫だよ。布がよく売れるおかげで、

 貯蓄をすることもできるんだから。」

 そうなのか。


「母親さんの病の調子は。」


「最近は良くなったような気がする。

しかし咳はどうしても治らないんだ。」

友人の母親は結核だった。

友人は結核についてよく知らず、

危険な病であることはオスカルに教わった。

ただし、不治の病であることは教わっていない。

治療法が載っている医学書がどこにもないのだ。

オスカルは調べていた。


「まぁ、母親さんは元々体が弱いわけじゃないし、

きっと治るさ。」

この結核流行の原因を知っている。

あの工場地帯のせいだ。

田舎から人を密集させた。(結核は伝染する。)

空気を汚した。

劣悪な環境の中、労働させた。

健康を害するに決まっていた。

感染者が増えるのも、当然のことだった。

そして私の父親は、それに加担している。


「最近学校はどう?やっぱり頭の良い子が

 沢山いるの、高等学校なんでしょう。」


「どうかな。いい奴も当然いるが、

 結構嫌な奴もいる。子供の頃と変わらないさ。」


「変わっていなくていいんだよ。安心するから。」


「まぁ、私は大分変わったが。」


「オスカルは教会の頃からずっと

 賢いよ。それに、ずっと優しい。」


「そんなに優しかったか、私は。」


「初めての友達だからね、よく覚えているんだ。」

 

 嬉しかった。内心、とても嬉しかった。

 私は、まだ優しいらしかった。


 







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