第1夜 一石二鳥

第1夜 一石二鳥

天使が語り出す……

 

 あるところに、野望を抱える男がいた。

貧しいスラム街で生を受けた彼は、女と贅沢を知らぬまま大人になった。

 そんな彼に転機が訪れたのは二十歳の時、悪い連中とスリを働いた時のこと。その日スリのターゲットとなった男は隣国の富豪であり、たった1日で彼は半年間遊び呆けることが出来るほどの金を手に入れた。さっそく彼は街へ遊びに出かけ、酒と薬を浴びるほど楽しんだ。

 そんな彼を見て、売女どもは目を輝かせた。

 彼はその日初めて「女」を知った。

 自らの身体の一部が今まで感じたことのない快楽に包まれた。母を知らぬ彼にはその快楽は愛そのものであるように感じられた。生殖活動という名目は死に、ただひたすらに腰を突く動作そのものが彼の生きがいとなった。

 彼はその夜思い知った。この世では金が全てであると。

金を持ってさえいればどんな淑女も貴婦人も思いのまま、金で動かぬ女などいない。しかし、スラム街で悪事をしでかすしか能がない悪党が大金を手に出来るはずもない。

 彼はその日思い立った。

 単身スラム街を抜け出し、他国の言葉を学んだ。意思疎通が取れず、服を剥ぎ取られ殴られ、顔を腫らした夜も多かった。しかし彼は諦めなかった。

 「金」さえ手にすれば良いのだ。その想いだけで他国語を身につけ、小規模であるが商いを始めた。

 金さえあれば、金だけあれば、女は掃いて捨てるほど湧いてくる。

 しかし、彼に財を成すことはできなかった。毎日自分1人生きていくのに精一杯で、娯楽に金を使う暇などなかった。

 全てを諦め1人BARに立ち寄った時、ある人物が彼に話かけてきた。身長は彼と同じほど、スラッと伸びた足に翡翠のような綺麗な瞳、胸元には溢れんばかりの乳房を携えていた。名前は「Emerson(エマーソン)」といった。

 彼は一目で恋に落ちた。自らがその日暮らしの貧者であることも忘れ必死に自分をアピールした。エマーソンはそんな彼の話を黙って聞き、彼の今日までの苦労を全て肯定した。かつてスラム街で悪党であったこと、他国語の習得に苦心したこと、今日一日でさえ生き抜くのに苦労していること。彼は初めて、人を抱くこと以外のコミュニケーションを知った。本音を話す快楽を知った。これこそが真の愛であると解った。

 その日から彼とエマーソンは友人となった。彼はエマーソンの出会うその日のために必死に働いた。まだ生活は貧しいものの、少しずつ生活に余裕が出てきた。

 彼は昔、「金さえ持っていれば女はついてくる」と考えていたことを恥じた。逆だったのだ。女、否、「愛」を知ることで生きる活力が湧き、生きるための金を充分に得ることが出来る。それどころか日々の生活は輝き、祝福された未来が自らを待ち、暗かったはずの過去すら誇りに変えることができた。

 そして何度目かの食事で、彼はエマーソンに愛を伝えた。

 「昔の俺は金が全てだった。金さえ手に入れれば女はついてくる。金と女さえ手に入れればこの世の全てを手に入れたも同然だと考えていた。だが違った。今は君だけが欲しい、君という女性一人を手に出来れば、この世に生まれたことを神に感謝できる。」と。

 エマーソンは真顔で答える。

 「へぇ、貴方、金と女が欲しかったの。」

 良かったわね。と付け加え、彼女は続けた。

 「私、男よ。」


 その夜、男は女と金を手に入れた。

 ――――――――――――――――――――――――――


「ふぅ……どう?私の話は?」

 天使が疲れた様子で悪魔に尋ねる。

「どうって……正直よく分からなかったな。」

 やれやれという顔をして天使は言う。

「しょうがないわね、この話の面白いところについて話してあげるわ。」

 「まず、主人公の男は人生において金と女が全てだと思っている。そして、金さえあれば女が寄ってくると思ってる。つまりお金を得れば『一石二鳥』で欲しいものが手に入るわけね。」

 「ほうほう」

 「でも、本当に誰かに恋をした時、彼は変わった。女、いや、愛を手に入れることで金を稼ぐ気力が湧くし、未来に希望を持てて、過去も悪くないと思えた。一石四鳥ってとこね!愛って素晴らしい……」

 恍惚とした表情の天使に対し、悪魔はどこか不満げだ。

 「それは分かったけどさ、最後がよく分からん。女だと思ってたやつが男だったんだろ?しかも別に金を持ってる訳でもない。なのになんで『男は女と金を手に入れた』んだ?」

 「えー、分からないの?エマーソンは男が一目惚れするくらいキレイで、その上で玉もついてたのよ?」

 「玉?」

 「そう、男の人だけが持つ『金』の玉!だから金も女もどっちも手に入れたって言えるのよ!ジャパニーズジョークってやつね」

 「お前、綺麗な顔して下品だな……」

 天使にドン引きしつつ、悪魔が告げる。

 「今度は俺の番だな」

 

――――――――――――――――――――――――

 

悪魔が語り出す……

 

 ある田舎の山にマタギが住んでいた。彼は気難しい性格であり、山の麓にある村の民からは好かれてはいなかった。それもそのはず、彼は猟銃の扱いには長けていたが、それ以外に長所など何一つない男であったからである。

 そんな男はある日、暗い夜の山道を歩いていた。主とも言えるほど巨大な鹿を追いかけ2つ隣の山まで行ったが、何も成果を得られず家へと帰還する途中であった。

 ふと、動物の気配に気がつく。

 自分と同じほどの大きさ、姿かたち、それは人間の女であった。彼はその女を家へと運び、飯を食わせてやった。

 恐怖から黙っていた女も落ち着きを取り戻し、彼に礼を言った。

 しかし彼は彼女の礼を無視し、彼女に襲いかかった。人間の女など母親以外見たことがない。そんな彼が人への慈しみなど持っているはずが無く、その女をただ己の欲望のはけ口として、快楽の生産源として扱い、彼女の腹が突き破られる勢いで彼女を陵辱した。

 彼女はそれからあまりの恐怖で口を聞けなくなってしまい、ただ彼から与えられる食事を口にし、邪悪な欲望を向けられるだけの生きた骸と化した。

 10ヶ月ほど経った時、彼女は子を産み、それと同時に命を落とした。彼は女の死体を山に捨て、生まれてきた男児も同じ場所に捨て去ろうとした。

 その時、男児が手を伸ばし、彼の指を握りしめた。彼は初めて感じる小さき命の強さに感動した。人より動物に近い感性を持っていた彼は、誰よりも本能に忠実であった。本能のまま生殖活動を行った彼が、本能のまま自分の遺伝子を持つ幼体を育てることは至極真っ当なことなのかもしれない。

 この日から彼は変わった。自分以外の何かを気にかけ、その命が健やかに育つよう願うようになった。

 気難しい彼が我が子を包む羽衣が欲しいと村の民に頭を下げた時は、彼が物の怪にでも憑かれ気が触れたのではないかと騒ぎになったほどだ。

 子の成長とともに親も成長し、村の民とも酒を酌み交すほど社交的な人物となった。

 彼の子供は彼とは違い、特別猟銃の腕が優れている訳ではなかったが、動物に気配を悟られない身のこなしや動物と組み合っても物怖じしない肝っ玉を持った少年であった。

 そんな平和なある日、村の民がマタギの親子にある依頼をした。

 それは、妊娠している熊が凶暴化しているため退治して欲しいとのことであった。親子は二つ返事で了承した。村の民には恩義を感じていたためそれを返したい気持ちもあったが、それ以外にも理由があった。母熊の胎内にいる小熊はとても柔らかい上に肉質も良く、年に一度しか口にできないご馳走なのだ。

 親子は張り切って熊退治に出かけた。

 山に入って数刻、件の熊が現れた。その全長を3mをゆうに超え、想像の倍以上の迫力があった。

 マタギは悟った。こいつの相手は息子には出来ない。すぐさま息子に帰るように伝え、自分一人で退治することにした。

 距離を取り、猟銃を構える。あれほどの巨体だ、急所以外を何箇所か撃っても殺すことは出来ない。かと言って、腹や心臓を狙えば胎内の小熊がダメになってしまうかもしれない。

 狙うならば、「頭」だ。

 と、マタギの息子も同じことを考えていた。息子にとって、今回の仕事は恩のある村の民と、ここまで育ててくれた親父に報いることの出来る数少ないチャンスであり、同時に自分の力を見せつける機会でもある。後で親父に怒鳴られようが、殴られようが、自分の力が人の役に立つことを証明出来るならばそんな些末なことはどうでも良い。

 彼は天性の才能で母熊に悟られることなく近づくことが出来た。すぐさま熊の頭を抑え、口が開かぬよう渾身の力を振り絞った。「チャンスだ、親父。」と心の中で唱える。

 そんな彼の隠密行動を、マタギは全く知る由もなかった。狙っていた熊が突然後ろを向き、頭を下げた。よく見えないが何かを食べているのか?とにかくチャンスである。

 今なら後頭部に銃弾を射出し、脳髄を破壊して一撃で仕留めることが出来る。彼の猟銃の腕は素晴らしいものである。そんな彼の技術が村の民の役に立つことに彼は言い知れぬ誇らしさを感じた。村の民には感謝され、息子と共に今晩はご馳走にありつける。そんな喜びに浸りながら彼は銃弾を発射した。

 角度、精度ともに完璧であった。並の猟師では一撃で打ち抜けないほどの硬い熊の頭蓋を突き抜け、銃弾は熊の脳髄を破壊する。完璧すぎるほど正確に打ち出された弾丸は留まるところを知らず、再度熊の頭蓋を突き抜ける。

 その先にあるのはマタギが愛した息子の頭。

 大熊の頭蓋を軽々打ち抜いた弾丸は幼き人間のそれなど簡単に打ち破る。大熊の紅蓮色の脳みそと、鮮やかなピンク色をした男児の脳みそが弾け飛び混ざり合う。

 弾け飛んだ大量の脳髄を見て、マタギは今回の獲物がそれほどの大物であったのだと誇らしく思い、1歩ずつ骸たちへと近づいていった。

 ――――――――――――――――――――――――――

 「なんか後味悪い話……」

 天使が辛そうに言う。

 「そうか?俺的にはすごいいい話なんだけどな?」

 天使が不思議そうに言う。

 「大体、『一石二鳥』っていうのは『一つの行為から二つの利益を得ること』を言うのよ?この話だと、熊を仕留めたことは利益だけど子供を殺したことは不利益なんだから『一石二鳥』とは言えないわよ!」

 悪魔が自慢げに応える。

 「この主人公のマタギはこのあとどうなると思う?」

 天使も答える。

 「え、そりゃ人殺しなんだからそらなりに罰を受けるでしょ」

 「そうだ、恐らく村で裁きに合うだろうし、子供殺してんだからこのマタギも殺されちまうかもな?」

 天使がさらに不思議そうに言う。

 「えー、最悪じゃない、それじゃあ『一石二鳥』というよりも『一石マイナス二鳥』じゃない」

 悪魔が悪意の籠ったニヤけた面で言う。

 「俺さ、さっき『主人公のマタギ』って言ったよな?あれは悪魔お得意の嘘だ。この物語の主人公は『マタギに襲われ、子供を産んだ女』なんだよ。」

 「えっ」

 「この女からしたら、マタギは自分を犯した悪人で、その子供も憎しみの結晶なんだよ。」

 「あっ……」

 「そう、つまり、マタギの男が撃った1発の銃弾で女の憎たらしい存在2つがいっぺんに壊れちまったって訳だ。これならお前のいう『一石二鳥』になるだろ?あくまでも女にとってだけどな」

 悪魔は勝ち誇ったように流暢に語る。

 「なんか一本取られたような気がするけど、それにしても後味悪すぎるわ……」

 天使は鬱陶しそうに悪魔を見つめていた。

 

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天使と悪魔のコトワザ遊び 西神ふてら @Ftr

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