「選び損ねた影」

人一

「選び損ねた影」

化粧品を手に取る。

どろり、と溶けだし手をすり抜ける。


衣装を手に取る。

どろり、と溶けだし手をすり抜ける。


スマホを手に取る。

どろり、と溶けだし手からすり抜ける。



私は趣味でコスプレをしていた。

何となくSNSにアップしたら、バズりフォロワーが激増した。

しがない趣味が多くの人に認められ、とんでもなく気分が良い。

私はすっかり虜になっていた。


フォロワーからの要求に答える

『優しい私』

自らを表現したい

『輝きたい私』

承認欲求の虜な

『裏側の私』


どれも同じ私で、同じ仮面を被り誰かを演じ続ける。

鏡はどんなときも手放さず、よく確認している。

……だが素顔は長いこと見ていない気がする。

まぁ、皆が求めているのは仮面を被った私なのだからそれでもよかった。


とある日。

触れる物がどれも溶けだし、使い物にならなくなっていた。

「どうしよう……このままじゃ今日の投稿に間に合わないよ……」

涙が自然と溢れ出し、頬を伝って足元に広がる泥に落ちた。

色とりどりな泥の中でへたり込み、顔を覆って泣いていた。


顔に触れた。

どろり、と溶けだした。そんな気がした。


「とりあえず、できることをしよう……」

久しぶりのすっぴん姿、とりあえず鏡で確認しようとした。

だが、鏡はおろかモノを写せる物が1つとしてなかった。

「どうしよう……これじゃなにも確認できないよ……」


被り続けた仮面が砕け散った。

私はふと思った。

「あれ……私の顔ってどんなだっけ……?」


スマホの通知は絶えることなく鳴り響いている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「選び損ねた影」 人一 @hitoHito93

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ