高身長が理由で婚約破棄された悪役令嬢は、身長190センチの隣国の王に溺愛される

間咲正樹

高身長が理由で婚約破棄された悪役令嬢は、身長190センチの隣国の王に溺愛される

「エルザ、ただ今をもって、貴様との婚約を破棄する!」

「――!」


 国中の貴族が集う華やかな夜会の最中。

 私の婚約者であり、我がアルゲスタ帝国の皇太子でもあるダニエル殿下が、唐突にそう宣言した。


「……いったいどういうことでしょうか、殿下。冗談にしては、いささか笑えませんが」

「もちろん冗談などではない! 僕と貴様との関係は、今この瞬間白紙に戻す!」

「……理由をお伺いしても?」

「フン、理由なら腐るほどあるが、一番の理由は――貴様の背が無駄にデカいことだッ!」

「――!」


 ……そんな、ことで。

 確かに私の身長は、175センチと女にしては高いほうだ。

 それに対して、ダニエル殿下は160センチほど。

 二人が並んで立つとその身長差は歴然で、コンプレックスを感じる気持ちはわからないでもないが……。


「その無駄にデカい背で、いつも僕のことを物理的にも精神的にも見下しやがって! 女の分際で生意気なんだよ! もうウンザリなんだ、貴様みたいな女はッ!」

「っ!? ご、誤解です! 私は殿下のことを、見下してなどおりません!」

「えぇい、うるさいうるさいッ! 既にこの話は父上と母上も了承している。ですよね、父上、母上?」

「ああ、もちろんだ」

「あなたの結婚相手なんだもの。あなたの自由に決めなさい」

「――!」


 皇帝陛下と皇后殿下が、鷹揚に頷く。

 ダメだ。

 このお二人は、昔からダニエル殿下のことを猫可愛がりしてきた。

 ダニエル殿下はいずれこの国を背負う立場なのだから、あまり甘やかしすぎるのはいかがなものかと苦言を呈し続けてきたのだが、遂に私の思いは届かなかったか……。


「今日から僕は、キャサリンと真実の愛を築く! さあおいで、キャサリン!」

「ああ、ダニエル様!」

「――!」


 男爵令嬢のキャサリン嬢がダニエル殿下に駆け寄り、二人は熱く抱き合った。

 なるほど、次の相手はキャサリン嬢か……。

 キャサリン嬢は身長150センチほどで、小動物を彷彿とさせる可愛らしい容姿をしている。

 その割には胸は牛並みに大きく、そのうえ甘え上手。

 いろんな意味で私とは真逆のタイプだ。

 確かにキャサリン嬢なら、ダニエル殿下の自尊心を満たしてくれるかもしれない。


「……承知いたしました。お二人の未来に幸あらんことを、陰ながらお祈りしております」


 奥歯をグッと嚙みしめながら、カーテシーを取る。


「フン、貴様なんぞに祈られなくとも、僕らの未来は順風満帆だ! さっさと去れ! 見苦しい!」

「うふふ、ごきげんよう、エルザ様」

「……」


 血が出そうなほど拳を握り、二人からの嘲笑に耐えながら、私は夜会を後にした。




「ハァ……」


 悪夢のような夜会から一夜が明けた。

 結局昨日は一睡もできなかった。

 何もする気が起きず、今はただぼんやりと、自室で窓の外の流れる雲を眺めている。


「エルザ、入るぞ」

「あ、はい」


 お父様がノックをして、神妙な顔で入って来た。


「……何か御用でしょうか」


 正直今は、誰とも話したくはないのだけど……。


「うむ、実はな――お前の新しい結婚相手が決まった」

「――え」


 今、何と――!?


「そ、それは本当ですか、お父様……」


 婚約破棄されたとはいえ、私も由緒正しき公爵家の娘。

 いずれ新しい婚約者ができるとは思っていたが、まさか一晩で……!?


「うむ、冗談に聞こえるかもしれんが、事実だ。――お前はヴァミリオン王国の国王、ジェイス陛下に嫁ぐことになった」

「――!!?」


 そんな――!?

 【鬼神】の二つ名で大陸中から恐れられている、あのジェイス陛下の妻に、私が――!!?




「よく来てくれた、エルザ」

「はい。このたびは、身に余る光栄に存じます、陛下」


 その僅か数日後。

 私はジェイス陛下の花嫁として、ヴァミリオン王国の王の間に立っていた。

 内心戸惑いつつも、毅然とカーテシーを取る。

 玉座から下りて私の目の前に立ったジェイス陛下は、軽く身長190センチはありそうな美丈夫だった。

 3年前のサミットで一度だけ顔を合わせたことがあるが、あの時から更に大きくなったように見える。

 だが、左目の眼帯は3年前はなかったはず。

 その眼帯が、この3年でジェイス陛下がくぐり抜けてきた修羅場の数を物語っているようだった。

 歳は私より5歳上とのことだから、今23歳。

 先王の急遽により若くして王位に就いたこともあって、とても23歳には見えない威圧感を放っている。

 流石僅か数年で、ヴァミリオン王国を大陸有数の強国に育て上げた【鬼神】なだけある。

 平和ボケした国でのうのうと生きてきた私とは、人生の場数が違うのだろう。


「急な話で、さぞかし驚いたことだろう」

「あ、いえ、それは……」

「繕わずともいい。――俺が君に惚れたのは、3年前のサミットの日だ」

「ほ、惚れ……!?」


 美丈夫からの真顔での急な告白に、顔がカッと熱くなる。

 でも、3年前、私は何かしたか……?


「俺はこんなナリだからな。俺の前に立つ人間は、俺に怯え震えるか、取り入ろうと媚びへつらうか、敵対して威嚇してくるかの三通りしかいなかった。――だがあの日の君は今みたいに、怯える素振りすら見せず、洗練されたカーテシーを俺に見せてくれた」

「それは……。あなた様が本当はお優しい方だというのが、従者の方々への態度から察せられたからです。それに私もこの通り、女にしては背も高く態度も大きいので、昔から誤解を受け続けてきましたから、お気持ちがよくわかったのです。……本当の私は、ただの臆病な一人の女に過ぎないというのに」

「それは俺も同様だ。特に当時は王位に就いて間もない頃だったので、重責に押し潰されまいと、常に肩に力が入っていた。――そんな俺の心の鎖を、君が解きほぐしてくれたんだ、エルザ」

「陛下……」


 ジェイス陛下の私を見つめる情熱的な眼差しに、身体の芯が熱くなる……!


「だからあの日から俺は、アルゲスタ帝国に間者を潜り込ませ、

「――!?」


 おや!?

 私の聞き違いか!?

 今一瞬、不穏なワードが聞こえたような……!?


「だからこそ、君には申し訳ないが、君が婚約破棄されたと知った瞬間は歓喜に打ち震えた。――これでやっと正々堂々と、君を俺の妻として迎えられると」

「は、はぁ」


 ジェイス陛下は何かを嚙みしめるように、胸に手を当ててそっと瞳を閉じた。

 な、なるほど、一応謎は解けた。

 だからたった一晩で、私の新しい結婚相手が決まったのか。


「――心から愛している、エルザ。どうかいつか君も、俺に対して同じ気持ちになってくれると嬉しい」

「――!」


 ジェイス陛下は生まれたての雛鳥を扱うかのように、優しくそっと私のことを抱きしめた。

 ジェイス陛下のドクドクと激しく打つ心臓の音が、私の鼓膜を震わす。


「……はい。善処します」


 とはいえ、私がジェイス陛下と同じ気持ちになるのには、然程時間は掛からないだろうという予感が、この時私の胸をよぎった。




 それからジェイス陛下――いや、ジェイスは毎日朝から晩まで私に愛の言葉を囁き続けた。

 私が新しいドレスに身を包めば、それがいかに私に似合っているかを力説し、どこかへ出掛ける際も、過保護なほどに私をエスコートしてくれた。

 とても【鬼神】の二つ名を持つ男とは思えない、こちらが恥ずかしくなるくらいの溺愛っぷりだった。

 ……だが、夜の相手をする時だけは、【鬼神】の名が伊達ではないことをわからせられた。

 

 今や私のほうこそ、身も心もジェイスなしでは生きられなくなっていた。




「エルザ、大事な話がある」

「――え?」


 とある昼下がり。

 いつものようにジェイスと二人でお茶を嗜んでいると、いつになく真剣な表情でジェイスがそう切り出した。

 この時、私は異様な胸騒ぎを覚えた。


「――おそらく、近々アルゲスタ帝国と戦争になる」

「――!!」


 そ、そんな……!!

 我が祖国とヴァミリオン王国が、戦争を……!?


「間者から連絡があった。アルゲスタ帝国はヴァミリオン王国うちに対して、宣戦布告する準備を整えているらしい」

「……」


 あまりのことに言葉が出ない。

 ヴァミリオン王国が今や大陸屈指の強国だというのは、子どもでも知っていることだ。

 いくら国土ではアルゲスタ帝国がまさっているとはいえ、長年戦争から遠ざかり平和ボケした国が、【鬼神】率いるヴァミリオン王国に勝てるわけがない。

 アルゲスタ帝国の皇族は、そこまで無能だったというのか……。

 ――待てよ!?

 刹那、私の中で全ての点と点が繋がった気がした。


「ひょっとしてジェイスは、前からこのことを知っていたの?」

「…………ああ」


 やはり。

 戦争の準備というのは、一朝一夕でできるものではない。

 少なくとも、動きはあったはず。

 だとしたら、私が婚約破棄された情報を間者がジェイスに報告する際、アルゲスタ帝国から戦争を仕掛けられるかもしれないという忠告もあったと考えるのが自然。

 ジェイスが婚約破棄された私を、一晩で妻に迎えた本当の理由はこれだったのだ。

 戦火から、自分の手で私を守るために――。

 あまりにも献身的なジェイスの愛情に、胸がいっぱいになる。


「ありがとうジェイス、私を守ってくれて」


 私はジェイスの手をそっと握り、その雄々しい手に頬擦りをする。


「いや、俺のほうこそ、君が戦火に巻き込まれる前に保護できて、とても安心しているよ。因みに君の実家にも通達を出した。戦争が終わるまでは、安全な土地に避難してくれるだろう」

「本当に助かるわ、ジェイス」

「……ただ、見せしめのためにも、流石に皇族は生かしてはおけない」

「――!」


 ジェイスは苦虫を嚙み潰したような顔で、指をグッと組んだ。

 妻の元婚約者たちを手に掛けなくてはならない罪悪感に、胸を痛めているのだろう。


「……あなたは本当に優しい人ね。――でも、私もあなたに嫁いだ以上、覚悟はできてる」

「――!」


 ジェイスの肩に手を乗せ、じっとジェイスの目を見つめる。


ヴァミリオン王国うちに牙を剝いたからには、は私にとっても敵よ。全力をもって、天罰を下してあげて」

「エルザ……。ありがとう、君はやはり最高の女性だよ」


 ジェイスの眼が、【鬼神】の眼になった。

 ああ、これでもう、アルゲスタ帝国はお終いだ。

 さようなら、ダニエル殿下。

 ――かつて私が愛した人。




 この数日後、正式にアルゲスタ帝国からヴァミリオン王国に宣戦が布告された。

 両軍は国境付近の平原にて激突。

 兵数ではアルゲスタ帝国側に分があったものの、兵の練度には絶望的なほどの差があった。

 開戦から僅か4時間でアルゲスタ帝国側は敗走。

 その3日後、アルゲスタ帝国の首都は陥落し、異例の早さで終戦を迎えたのだった。




「た、頼む、エルザッ! 命だけは、命だけは助けてくれッ!」

「いやぁッ! 私はまだ皇族じゃないッ! 皇族じゃないのよぉッ!」


 大衆が見守る中、断頭台に首を固定されながら幼子のように泣きわめくダニエル殿下と、その婚約者のキャサリン嬢。

 その隣では、同じく断頭台に固定されている皇帝陛下と皇后殿下が、「こんなはずじゃなかった……。こんなはずじゃなかった……」と呪詛のように呟いている。


「エルザ、君は控え室で待っていてもいいんだぞ」


 ジェイスが慮るような瞳で、私を見つめてくる。


「……いいえ、これを見届けるのは私の責務。心配は無用よ」

「……そうか」

「エルザ! 婚約破棄したことは謝る! だからどうか君が、ジェイス陛下を説得してくれないか!?」

「――!」


 この人は……、この期に及んで――。


「最期くらいは、皇族としての誇りを示されてはいかがですか、殿下。冗談にしては、いささか笑えませんよ」

「け、決して冗談では――!?」


 私は無言でジェイスに頷きかける。

 それを受けてジェイスは、一瞬だけ天を仰いだ。

 そして断頭台の隣に立つ兵士たちに、目線を向ける。


「――やれ」

「あああああああああああああ!!!!」

「いやあああああああああああ!!!!」


 死神の鎌がダニエル殿下の首に振り下ろされる瞬間の絶望にまみれた顔を、私は一生忘れることはないだろう。


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