電車遅延と金欠と尿意

ガビ

電車遅延と金欠と尿意

 具合が悪くなり、今日は仕事を早退しました。

 明日はスタッフが足りないことで死ぬほど忙しい魔の木曜日。今日のウチに治しておいた方が職場のためでもあるだろうと判断した結果です。


 帰ったら、風呂入って薬飲んでさっさと寝よう。

 そうした想いで電車に乗り込みました。


 人身事故でした。

 こういう日に限っての人身事故。


 車内には、苛立ちで満ちています。

 身体が怠くて動くこともしんどかったので、我慢して待つことにしました。


 話は少し変わりますが、人身事故ということは、誰かが怪我をしたか亡くなった可能性が非常に高いです。

 しかし、私を含めて心配する人は皆無に等しかったと思います。


 当たり前ですが、電車を使う人は目的地がある。

 それは仕事かもしれないし、ずっと前から楽しみにしていたライブに行くためかもしれない。

 その予定を、顔も知らない人間によって大幅に崩れる。

 これで腹が立たないような聖人は、現代日本では絶滅しました。


 そんな状況の中、運転再開見込みとされていた30分待ってみたら、さらに40分後だとアナウンスが流れます。

 先が見えない影響からか、隣の席に座っていた人が出ていきました。おそらく、時間を潰せる場所を探しに行ったのでしょう。

 私もそうしようと脳をよぎりましたが、体調以外にもう1つ問題がありました。


 お金が無い。


 漫画喫茶とかに行くにしても、代金を払えないくらいにお金が無い。

 物凄く遠回りして別の路線で帰るにしても、その分の切符代すら払えない。


 原因は、先月の散財なので自業自得です。

 ホント、お金って大事ですよね。


 開き直って寝ることにしたのですが、10分後にまたもや問題が起きます。


 突然、尿意が襲ってきました。


 さっきまで、何の波風も吹いていなかったのに、突然の大嵐です。


 トイレトイレ。トイレに行きたい。

 そう思い、立ちあがろうとしました。

 しかし、脳内のもう1人の自分が語りかけます。


「おいおい。こんなに待ったのに特等席を譲るのか?」


 そうです。

 私が座っていたのは、右端の席。

 片方に人の気配を感じない、人気No.1の席。


 何故、私がこの席に座れているかというと、この停止している車内の初期メンバーだからです。


 つまりは、この席に愛着のあるものなわけなのです。

 この愛おしい席、絶対に他の人に譲りたくない。


 そう決心した私は、猛攻撃を仕掛ける尿意と戦うことにしました。


 睡眠作戦を再び試してみたのですが、視界が奪われることによって尿意がさらに肥大化します。


 これはいかんと、カクヨムコンに応募予定の小説の執筆をしてみました。もう頭痛とかは気にならなくなっていました。

 しかし、イマイチ集中できない。


 万事休すか。

 そう諦めかけた瞬間、新たなアイデアが浮かびました。


 今のこの状況を、エッセイにすれば気持ちも乗って執筆に没頭できるのではないか。

 思い立ったが吉日。

 早速、スマホのメモアプリで新たなフォルダを立ち上げました。


 タイトルはそうだな。

 今の状況をそのままつけるか。


『電車遅延と金欠と尿意』




 思うがままに文章を書き殴っていると、いつの間にか電車が動いていました。


 あぁ。

 やっぱり、動いている感覚は素晴らしい。


 ビタッッッと止まっていた先ほどまでは不安で押しつぶされそうになりそうでしたが、これで少しだけ精神が安定しました。


 まぁ、安全確認でちょいちょい止まるのですが。

 でも、少しずつ進んでいることは確かです。

 それだけでも、未来が見えなかった頃に比べれば天国のようです。


 我々の安全のために、身を粉にして働いて下さっている駅員さんに敬礼。


 百戦錬磨の駅員さんに全福の信頼をおいて、私はこのエッセイの執筆に集中します。

 膀胱は悲鳴をあげていますが、聞こえないふりをしてポチポチとスマホをタップします。


 あ。もう最寄駅に着きそうです。

 長い旅でした。


 プシューッ。

 電車という狭い箱からの開放を意味するドアが開く音。


 周りの同志の皆様は、急ぎ足で我先にと飛び出します。中には、結構な勢いでぶつかってくる人も。

 しかし、私は仏のような気持ちで彼らを見守ることができました。


 何故なら、私にはこれから最高のご褒美が待っているのですから。

 限界などとっくに超えた尿意を解放することができるのです。


 歩く度に、膀胱が刺激されます。

 そして、ついに念願のトイレへ着きました。


 しかし、そこには同じ想いの人達による行列が。


 そりゃそうです。

 同じ試練を乗り越えたのが私1人だと思い込んでいた私が愚かだったのです。


 どうする?

 頭をフル回転させます。


 この行列に並ぶか。近くのコンビニでトイレを借りるか。


 ……結論が出ます。


 家のトイレまで我慢することにしました。


 ここまできたら、世界一落ち着く場所でする。


 家までは徒歩で25分。

 耐えれるか? いや、耐えるんだ。私だったらできる。やればできる!


 私の中に辛うじて残っていた体育会系の部分が己を鼓舞します。

 いざ! 約束のあの場所(トイレ)へ!



\

 どうも。


 勝ち目のない戦いに挑んだ愚か者ことガビです。

 負け戦としか思えないこの戦いですが、私は勝利をこの手に掴みました。


 今までの人生で、ダントツで開放感のある放尿を家のトイレですることができました。


 大変でしたが、あの感覚を味わえただけでも耐えに耐えた価値があるってものです。


 そして、気がつけば身体の怠さも頭痛も治っていました。


 終わり良ければ全て良し。

 今日は、気持ちよく眠れそうです。



-了-

 

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電車遅延と金欠と尿意 ガビ @adatitosimamura

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