8話 アンベイルとカサブランカ

※本話はストーリーが少し複雑なため7.5話「得られた情報を整理するカサブランカ」にて分かりやすい大まかな解説を掲載しています。難しく考え過ぎず、お楽しみください。




「カサブランカ...私は君に危害を加えるつもりは無い、何せ君に協力するためにこうやってここで待ってたんだから。その魔導書を下ろしてはくれないだろうか、流石の私もそれは怖いんだ。」


たしかにアンベイルから不気味な気配はあれど、明確な敵意は一切感じられない。


カサブランカは魔導書を下げた。


「ごめんなさい、貴方からあまりにも不気味な雰囲気を感じたから。初めましてで申し訳ないけれど、貴方に聞きたいことがたくさんありそう。」

「分かってる、君に伝えないといけない事が色々あるけどまずは私の事を話させて。」


緊張感が未だ溶け切っていない2人による対談が始まった。


「私はこの世界にとってバグのような存在として生まれた人間だ。カサブランカ、君は権限という概念を知っている?」

「分からない。その権限というのは何なの?」

「貴方が知った通り、この世界は造り物の世界だ。故に存在する全ての生物種に権限という概念が与えられている。人間にも精霊にも天使にも、創造主にもだ。権限とは、分かりやすく言えばその生物がどこまでの事を実行する事が出来るかを表すものだ。」

「あまり、良く分からない。」

「例を挙げてみる。カサブランカ、今君が出来ることは何だ? 食べる、寝る、呼吸をする、歩くなどだろう。これら行動は権限として今君に与えられている。だから今君はそれを行う事が出来る。」

「さっきよりはだいぶん分かりやすい。」


ゆっくり丁寧に喋ってくれているけど、オベロンの話よりも幾らか複雑で難解な話だ。

まさか、こんなタイミングで世界を知っている人間と出会ってしまうとは...ついて無いと言うべきなのだろうか。いや、好機と捉えるべきだろう。


「これら生活に必要な権限は全て一般権限という。そしてもう1つ、特殊権限という権限が存在するんだ。」

「魔法の行使...とか?」

「鋭いな、その通り魔法の行使は特殊権限の1つだ。1つと言っても、人間が持っている特殊権限は魔法の行使の他には存在しない。その他の特殊権限は守律者たち精霊がもっているものなどがある。そして、世界を創造した想像主は、私も知らない程多くの特殊権限を抱えている。」

「それは...まぁ。簡単に言えば一番偉い人はその想像主なんだから。多くの権限を持っていても不思議では無い...はず。」

アンベイルはそっと頷いた。


「話を少し戻す。さっき、私はバグのような存在として生まれたと言った。何故私がバグなのか。それはひとえに、私は生まれた時から想像主に匹敵する程の特殊権限を有していたからと言える。」

「創造主に...匹敵?」


内容は複雑になっていたが、真剣な会話の中で2人の距離は少しずつ近くなっていた。アークは黙って見ていることしか出来なかった。


「私は物心着いたときに夜空を見上げて思った、あの星は偽物だって。普通の人には世界が普通に見えていた。でも私に見えていたのは、立方体の中に作られたミニチュアのような世界。私はずっと現実を受け入れられなかった、怖かったんだ。」

「ミニチュア...」

「君はオベロンと会合した時に、星屑の守律者オレイアスの事を聞いたはずだ。星屑とは星屑の格子というものを指す、そして星屑の格子とは、この世界を囲む立方体の各面を構成する物質だ。月も太陽も雲も星も、星屑の格子が私たちに見せる幻想にすぎない。」


確かにオベロンは、自分以外にも世界に2人守律者が存在すると言っていた。


「この世界の謎にだれも気付く事が出来ないのは、星屑に到達出来る人間が1人として存在しないからだ。人は空を飛ぶことは出来ない、オレイアスは、魔法が発展したとしても自分の星屑の格子まで辿り着く人間なんていないと思っていた。」

「思っていた?」

「存在したんだ。自ら作った魔法で星屑に辿り着いた魔女が。」

「フリージア...」

フリージアは空が飛べた唯一の魔女だ。しかも、彼女は高度飛行実験中に行方不明になったという話が伝承されている。


「そう、天空の魔女フリージア。彼女は人類が星屑に到達しうる唯一の魔法を作り上げてしまった。」

「星屑に辿り着いたフリージアは、どうなったの?」

「星屑にかかった生命は、例外無く命を落とす。」


ルクスフィアの件から考えて、星屑の格子にも何らかの契約が施されていた可能性はありそう。


「私は何回も星屑の格子に行ってオレイアスと会合した、君のために天空の魔導書を手に入れる必要があったからだ。あいつ...めちゃくちゃ話好きなうえに、性格が面倒くさすぎる。1回行って回収するつもりだったのに7回も行く羽目になったんだぞ!」

「なったんだぞ!と言われてもね...。」

「はぁ...とりあえずこれを渡しておく。」


アンベイルは疲れたと言わんばかりのため息をつき、私に1冊の魔導書を渡してきた。

天空の魔導書だ。


「それは君が、世界を滅ぼすレベルの終焉獣を倒す時に必要になるだろう。」


話を聞いているかぎり、天空の魔導書を手に入れるには星屑の格子まで辿り着く必要があった。しかし魔法という特殊権限のみであそこに行くには、天空の魔導書が必要だった。

つまり、私がどれほど頑張っても手に入れる事が出来なかったわけだ。


「最初に貴方が言っていた、私をこの世界に連れて来たという話をしてほしい。」

今回の対話の論点は間違いなくそこだ。


「さっき言ったように、私は未来を見る事が出来る。見てしまったんだ、レベルという概念をはるかに凌駕する化け物が、この世界を蹂躙している様子を。誰も対処出来なかった、夜の集は全勢力を用いて壊滅。花の集も全滅した。まぁ歴代の魔女に比べてそれほど強く無かったというのはあったかもしれないけど。」

「夜の集に、歴代最強と呼ばれるアレグレットがいたはず。彼女はどうなったの?」

「彼女が余獣として現れたレベル5の終焉獣討伐に回っていたら活躍出来ていただろう。しかし、あの時の戦力から考えて、彼女を本獣討伐に回さざるを得なかった。アレグレットは歴代最強だが、敵も同じように歴代最強だ。良い闘いだったとは全く言えない結果となってしまった。」


これは...私が予想してたより幾らも強そうだ。


「創造主は制約の魔法によりこの終焉獣に手が出せないし、私は誰かに危害をくわえられるような権限は持っていなかった、それに魔法も大の苦手だ。じゃあどうしようかと考えた時、カサブランカという名前が私の頭によぎったんだ。」

「私?」

「過去を見ていくうちに私は最強とも言える魔女を多く見つけた。その中でも群を抜いていたのがカサブランカという魔女だった。そこで考えたんだ、カサブランカをこの時代に連れて来て歴代の最強魔女の魔導書を持たせれば、あの終焉獣に勝てるんじゃないかって。」

「それは何とも強引というか...非現実的な話のように聞こえる。」

「そう、非現実的だった。そこで私はゼロシスタの極秘研究機関に目を付けた。あそこは人の体に終焉獣の魂を移植し、それらをコピーする事で労働力を大幅に増やそうするという禁忌の研究を行っていた。しかもそれは魔法とはまた別の分野、機械的にそれらを成功させようとしていた。そうやって得られる人型終焉獣は報酬を必要とせず体力が尽きることも無く誰かに歯向かう事もない完全な駒となる。」

「それはあまりに危険すぎる。」

「あぁ...しかも連中は、終焉獣の魂を移植する媒体となる体を召喚者の体で行おうとしていた。その方がより強靭なものに仕上がると思い込んで。異世界から人を召喚するという分野をゼロシスタは何百年もかけて研究していた、そしてその技術が完成してしまった。」

「召喚だなんて...私には想像もつかないことだ。」

「異世界から召喚された子供に終焉獣の魂を植え付けるという計画は最終フェーズまで進行した。そこで召喚された5人の子供のうち一人がカサブランカだ。

私自身は君を過去から現代に持ってくる事が出来なかったから、この召喚技術を外部から細工する事で過去の君をこの時代に連れて来た、そして実験に利用される前に施設から逃がしたんだ。私が局所的に使える力はそう多くないから、君1人を施設から逃がすので精一杯だった。」


私がゼロシスタで孤児として拾われたのは、アンベイルによって施設から抜け出した後...。


「召喚された残りの4人はどうなったの?」

「4人の内3人は終焉獣の魂に耐えきれず死亡。1人は魂を抱え込み適応を示した。

そしてこの1人は、終焉獣に意識を乗っ取られた後に施設の全員を皆殺しにして脱走。」


カサブランカははっとした。


「まさか...」


「その通り、その脱走した人型終焉獣こそが君が倒すべき最後の強敵だ。」

「何故...貴方は止められなかったの?私をこの時代に連れてくる力があったら、その実験を止められたんじゃないの?」

「落ち着けカサブランカ、私はさっきも言ったように魔法が大の苦手だし、人を傷つけられるような特殊権限を持っていない。私が実験施設に行っても無力だったんだ。君を連れ出すのでさえ私は死にかけている、最深部にのこのこ入っていれば確実に殺されていた。信じてくれる人もいない...誰かに協力を仰ぐことも出来なかった。」

「ご...ごめんなさい。強く言い過ぎた。」

「いいよ、分かってたことだ。私が花の集や夜の集で活躍出来るぐらい強かったら、人型終焉獣を研究段階で倒せたかもしれないって、ずっと思い続けて来た。」


自分が無力であると感じる瞬間ほど辛いことはそうない。

アンベイルなりに考えた最善の手が、私を連れて来て戦ってもらう事だったんだ。


「今その人型終焉獣はどこにいるの?」

「地下深くで力を蓄え続けるとともに、召喚者の体を完璧に自分のものにしようと適応を続けている。あと、何かの魔法を作ろうとしているような気配を感じる。」

「魔法を扱うの?」

「召喚者といえども、この世界に入ったからには魔法を使うための権限が備わる。その人間と融合しているということは人型終焉獣も魔法を使う事が出来るはずだ。」

「それは厄介だな。終焉獣と言えば蹴る殴るといった単調な戦い方をする敵だ。翼を持っていて飛べるけど戦う力が無い、という奴も稀に出るけれど。」

「いずれにせよ危機感を持っておいてほしい。相手が魔法を使ってきても、君はそれに対応する必要がある。」


魔法といってもどんな魔法を使ってくるか...火や水の一般攻撃系魔法はやはり使ってくるだろうが、独自の魔法に関しては想像がつかない。


「ねぇ、1つ聞きたいのだけど。」

「何?」

「私に死の魔導書と生命の魔導書を渡し、記憶を返してくれたのは貴方?」

「いや違う。私は君を連れてくるという任務を遂行する事で力を使い切り、全ての特殊権限が一時使えなくなっていた。その間に君は死と生命の魔導書を手に入れていたんだ、驚いたけどすぐに誰の仕業か分かった。」

「誰なの。」


アンベイルは天高く指を伸ばした。

「創造主だよ。」


「創造主はこの世界に干渉できないんでしょう?」

「恐らく想像主は、制約の魔法をかいくぐれるぐらいの最低限のエネルギーをちょっとずつちょっとずつ世界へ送って行くことで、そのエネルギーで自らの分身を作ったんだろうね。想像主は自分が作った世界が壊れようとするのを目にして、何かできないかと考えたんじゃないかな。」


あの時の私の分身は、創造主の分身ということか。

ようやくあの時の状況を整理する事が出来た。


「私はこれからどうすれば良い?」

「それは君が決めることだが、ゼロシスタの研究機関の場所と月夜の魔導書の在りかの目星が大体ついてるからそれだけ教えておこう。あとは好きに旅をすれば良い

。終点が決まっている旅は面白くない...か?」

「いや、終点があるならそこに向かって楽しめば良い。もう既にたくさんの出会いがあった。それにまだここからだし。」

「そうか、良かった。」


アンベイルは、自分をこの時代に連れて来た責任のようなものを感じているようだった。


「それにしても貴方、大人っぽいって言われない?見た目と話し方がまるで一致してないよ。」

「そうか?人と話す事が無いから自覚はないんだけど。君がそういうのならそうなのかもしれないな。」


2人の雰囲気はようやく緩んだようだった、アークはあまりの情報の多さに半ば意識を失っていた。

アンベイルはカサブランカに各位置情報を伝えた。


「カサブランカ、私は君の了承を得ずに勝手な真似をしてしまった。本当に申し訳ないと思っている、でもあの終焉獣を止められるのは君だけだ。どうか奴をぶちのめして欲しい。」

「まかせて、私は歴代最強の魔女だからそれぐらい余裕。ところで、貴方はこれからどうするの?」

「君と会うためとオレイアスを説得するためにまた力を使ってしまった。しばらくは何も出来そうにないからゆっくりしておく、君とはまたいつか会う事になる...と思う。」

「そう。とりあえず天空の魔導書はありがたく使わせて貰うよ。これで移動が爆速になるから。」

「そのために早く渡したかったんだ、存分に使ってほしい。じゃあ私は行くよ、君の旅が良いものになることを心から祈っている。」

「さようなら。色々教えてくれてありがとう。」


この世界にはまだまだ私の理解出来ない事が山ずみだ。

でも少しずつ核心にせまっているような感覚がある、旅の終点は決まっているけどその先はまだ決まっていない。

未知の景色も見られるのが、旅というものの醍醐味だからね。


「アーク行くよ...アーク? おーいアーク。」


アークは身震いして意識を取り戻した。

「アークどうした?」

「カサブランカ...僕は今日何も考えられそうにないや。」


アークはこの世界のこの時代にうまれた子供だ。全てを瞬時に受け入れる事が出来なくても仕方ない。

ある程度の情報も集まったし、またしばらくはのんびりした旅になるだろうか。


今日は私が宿まで連れて行ってあげよう。


「リライトメモリア フリージア・リフラクタ レヴィテア リザレクション」


「アーク、しっかりつかまっておいてよ。行くよ。」

「え?...えーーーー!?」


地面がどんどん下になっていく、空を飛ぶとは不思議な感覚だ。


「どう?景色は。」

「めちゃくちゃ怖いけど、綺麗だね。」


夕日が沈みかけ、空は赤く染まっていた。広大な空を2人は今飛んでいる。





ルミナスフェア エースケルベン


「貴方がルーファルムス・アンベイル?」

「ようやく私の前に現れてくれたんですね、随分と遅いじゃないですか。」

「この体はほとんど力を使えないのよ、だからずっと動かせなかった。許してちょうだい。」

「それで一体どういう要件なんですか、創造主。」

「この世界で、私のことは魔女Lと呼んでちょうだい。」

「魔女L...か。」

「貴方、カサブランカにあの計画の事を言わなかったわね。」

「あぁ..あの計画。半ば擦り付ける形になってしまった。ルナ・アークなどと...やはり馬鹿げた計画だ。カサブランカに全て任せますよ。」

「そう。」










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カサブランカの花巡り 魔女と永遠の願い事 Hauru @Laimmu

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