魔法の何でも屋
アイカ
困りごと何でも解決します
そこには二人の少女がいた。今は部屋に一つある大きなテーブルで並んで紅茶を飲んでいる。
「ねえ、なんでお客さんがあんまりこないのかしら?」
ワンピースを来た小柄な少女、アリスはソフィの淹れた紅茶を一口飲んだ後に金色の長い髪を揺らしながら首を傾げた。
「さて、なんででしょう……」
銀髪のセミロングにメイド風のドレスを着た少女、ソフィはアリスに対して首を傾げ返した。こう言いながらもソフィはアリスの疑問の理由が完全にわかっていた。しかし、それを伝える事はない。
インテリアできらびやかに飾ったこの部屋は直接玄関に繋がっており、二人は時間が来るとここへ来てこうして客を待っている。つまり今はお店で普通に働いている状態というわけだが、今日はまだ客が来ておらず二人でゆっくりティータイムを楽しんでいるところだった。
二人は学校の同級生であり、友人でもある。家柄も良く十代半ば程度の学校に通うような年齢で働く必要などこれっぽっちもないはずなのだが、アリスが親に無理を言ってソフィと一緒ならと店を構えさせて貰えることになった。インテリアに紛れて飾っているレイピアはソフィの物であり、二人が危険にさらされた時はソフィがアリスと一緒にお互いの身を守ることになっている。ソフィには剣の才能があり、アリスの協力があれば大丈夫だろうとのことだった。万が一の為二人に気づかれないように護衛の者をこっそり向かわせている時もあるのだが、今のところは何事も起きていない。
学校があるため営業時間はとても短いが、しっかりと店は開いているし街の人々は店の存在もきちんと知っている。確実に仕事もこなす。それでも客は少ない。
アリスが退屈そうにテーブルへ突っ伏して唸っていると、玄関のドアがノックされた音がする。アリスは目を輝かせて立ち上がり「どうぞ!」と元気な声を出すと、ドアを開いた男はおずおずと店へ入ってきた。ソフィは男をテーブルへ案内して座らせ、手際良く紅茶を用意して自分も座った。
「こんばんは、今日はどういったご要件でしょうか?」
「はい、こんばんは。あのぉ、飼い猫がいなくなってしまって。その子を探してほしいのですが」
アリスもテーブルへ座ると、先程まで輝かせていた目を不服そうなものに変えて頬杖をついた。
「ねこぉ? 猫ねぇ、まあ良いわ。あなた、名前は?」
「えっと、ユイトゥです。それで、どうでしょう?見つけていただけそうですか?」
「余裕よ。『グリモワール』」
アリスがそう言うと本のようなものが即座に現れ、パラパラとページがめくれていく。正真正銘の魔法である。
魔法は誰でも使えるものではないが、そこまで珍しい物というわけでもない程度に見かけることができる。その規模は小さな物から大きな物まである。個人によって何が使えるかは決まっていて基本的には一人一芸であり、少し危険なものもあるが今のところは人類の脅威となりえるものは見つかっていない。アリスの魔法は本を出すというものであり、そこだけ見ると些細なものに見えるが実際のところは違った。
「『シェルシュ』」
アリスの一言で本のページめくりが止まり、止まったページがうっすらと光りだしそこにいる三人がそれを見守っている。この本は呪文を唱えるとそれを叶える魔導書で、今まで出来なかったことはない。
本が光り終わるとアリスが得意げに本のページをユイトゥに見せた。
「この街の地図が出てきたわ、この点があなたの猫。大きな商店の近くにある路地裏でじっとしているみたいね。大方街中を歩いている内に飽きたか寂しくなってきたか、どちらにせよ今はうろうろ動いてる感じではないわね」
「あ、ありがとうございます! 僕のノワールはそんなとこにいたんですね!」
ページを覗き込んだユイトゥの目は客が訪れた時のアリスの目よりも輝いていた。
「ええ、見つかってよかったわね。また動くかもしれないから、この地図はあげるわ」
地図が書かれたページがふわりと本から離れ、ユイトゥの手の中へ収まった。
「ノワールが動いたらその点も同じように動くわ。時間が経ち過ぎるとただの紙切れになっちゃうから気をつけてね」
「おお、到れりつくせりありがとうございます。それでは早速そこへ……と、すみません、代金の方は? 焦りすぎて最初に聞くのを忘れていました……」
ユイトゥは今すぐ駆け出しそうになったのを堪えたかと思うと、今度は顔を青くしてアリスへ質問する。思っていたよりも大掛かりに見える方法だったため高額になってもおかしくないと思っている様子だった。
「はい、こちらが請求書になります」
ソフィが既に用意していた請求書を見てユイトゥの顔色は良くなったが、まだ不安そうに「本当にこれだけですか? 何か特別な代償とか……」等と独り言をつぶやき始めた。
「いいえ、こちらの料金のみとなります」
ソフィが笑顔でそう答えると、ユイトゥは今度こそ表情を明るくして迅速に料金を払い「ありがとうございました!」と立ち去ろうとする。しかし、アリスが出入り口の前に立ち「少し待ちなさい」とエイトゥを止める。
「ノワールが外に出たのは何故? あなたが留守の時とか目を離している隙に猫が外に出れるような状態にしちゃ駄目じゃない。私が見つけることが出来たから良いけど――」
「す、すみません! 急いでますのでどうか……」
「……もう、しょうがないわね」
アリスが退くと、ユイトゥは「それでは」と言い残して弾けるように店から飛び出していった。開け放たれたドアから見える街の景観は夕暮れ時で綺麗だった。
「もう、もっとちゃんとしなさいよね」
アリスはため息を付きながらドアを締めた。
この店にイマイチ客が入らないのは、このアリスのお小言癖が大きな原因の一つだった。年端もいかない年齢の少女に説教されるというのはなかなか堪えることだ。良くも悪くも態度が露骨に出たり少しえらそぶるところがあったり、他の原因も細かな物だが印象が良くならない癖を色々と保っているのは確かだ。
それに、専門的な困りごとは病院や修理屋等それ相応の場所がある。何でも屋というのは便利そうに見えて微妙に外している存在だった。なので大体は先客のユイトゥのように小さな頼み事程度の小間使い的な使われ方をするに留まっている。
大々的なプロモーションをするにしても、アリスの魔法は『本当に困っている他人に頼まれ、それを叶えることを了承した時にしか発動できない』ものだった。なので大きな魔法を使って大衆に存在感をアピールするということも出来ない。他人を害する依頼をされる時もありそうなものだが、良家の二人にそんな事を頼むと自分が危険人物だとその家に教えるようなものなので今のところはいない。
アリスはその能力を活かすために、あとは余計な習い事を増やされないために何でも屋をすることにしたのだが、その道は前途多難といったところだ。
二人は紅茶を再び淹れなおしてテーブルにつくと、アリスが先程よりも大きなため息をついた。
「ため息をつくと幸せが逃げますよ」
「だからなのかしら。私も困ってるんだけどねぇ、自分が困ってても魔法は発動出来ないのよね。ソフィがもっと本気でお店について困りなさいよ」
「すみません、私はアリスさんと一緒にいるだけで楽しくなってしまうので、そこまで本気で困れないんですよね」
「そりゃあ私もソフィといるのは楽しいんだけど。だから駄目なのかしら。今のままでも良いって思っちゃってるのかも」
腕を組んで唸りだしたアリスを見て、ソフィは笑顔を噛み殺すように紅茶を飲んだ。こういう時に笑うとアリスに怒られてしまうからだ。
ソフィはアリスが好きだった。小さくて、自分に正直で、少し厄介な癖があって、表情をころころ変え、それでも善い事を成そうとするアリスが。二人だけの時間も大好きだった。
この大好きがどちらの好きなのかは自分でもまだ掴めていないが、答えを出すのは焦らなくてもいいかと紅茶をもう一口飲んで微笑んだ。
「ちょっと、人が困ってる時に何笑ってるのよ」
今日のこの時間はあと少しだが、後少しだからこそ大切な時間になる。
ソフィは名残惜しそうに「困りましたわね」とアリスに聞こえないように一言漏らした。
魔法の何でも屋 アイカ @strigoi
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