鏡のない世界

すた

第1話鏡のない世界

僕は、「鏡」というものを創造する。

それは、僕たちの世界があべこべに見えるものだ。


だからこそ、鏡は嘘つきである。

でも、この世界には鏡が存在しない。

鏡がないから、僕は自分の顔を知らない。


自分の表情すら、確かめられない。

髪を整えるときも、手探りの想像でしかない。

声だけが、自分の存在の手がかりだった。


写真はあるが、そこに映る僕は過去の僕でしかない。


今、この瞬間の顔は、僕にも分からない。


僕は支度をし、学校に向かう。


空は一面の雲に覆われ、光がやわらかくにじんでいた。

雲が広がり、太陽の位置さえわからなかった。

どこを見ても灰色で、空の奥行きがなくなったようだった。

歩道を歩く僕の影は、曇り空の光に淡く溶け、輪郭を失っていた。

人々の顔も、僕には遠い世界の存在に見えた。


教室に着く。

僕が入った瞬間、教室が妙に静かになった。


理由は、分かる。

僕は、下を向きながら自分の机に向かう。


……


机に文字が書かれている。

書かれていた文字を、僕は見なかったことにした。


僕は、その文字を消す。


……


学校が終わり、靴を履き替える。


その時、足に痛みが生じた。

痛いどころじゃない。鋭い痛みが指先から駆け上がり、背筋まで一瞬で凍らせた。

激痛だ。


足を見ると、画鋲が深く刺さっている。

靴に画鋲が入っていたらしい。


痛い、痛い、痛い、痛い、痛い......


……


……どうでもいいか。

__そんなこと


僕は住んでいるマンションの屋上に向かう。

僕は、どんな顔をしているのだろう。


屋上に着いた。

曇り空の下、灰色の街を見下ろす。

鏡があれば、顔の表情や微妙な感情の変化を確かめられたのかもしれない。

でも、鏡はない。


僕は自分の顔のことを知らない。

なにも、分からない。


屋上の塀を登り、僕は塀に立つ。


想像してしまう。

もし鏡が存在していたら、僕は自分を確かめることができただろうか。

そうすれば、こんな選択を……


でも、この世界には、鏡はない。


もしも、そんな話をしても意味がないのだ。


今の僕の顔は笑顔な気がする。

そう思うと、自分自身に不気味さを感じた。


………

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鏡のない世界 すた @sutaa

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