夜明けの空に種をまく
🌸春渡夏歩🐾
希望の種
暑い季節は去り、涼しい風に、高い空。気持ちのいい日々だ。
オレは機械屋のカイト。機械を直しながら、旅をしている。
…… 「太陽の
郷で栽培しているマンドーレ「太陽の
すぐに傷んでしまうから、市場には普通、出回らない。
ジュースやジャム、シロップ漬けなどの加工品なら、いつでもあるが、新鮮な果実が手に入るのは、今の時期の郷だけだ。
◇
宿の
「今年の夏は、暑かっただろう? 実が小ぶりだよ。その分、甘さはあるね」
「親方は、どこにいるかな」
「旦那なら、今日の収穫は山のてっぺんだと言ってたよ」
「うへぇ、上まで登るのか……」
オレは肩をすくめた。
「そう言わず、よろしく頼むね。あとで、タルトを焼いておくからさ」
…… マンドーレのタルト!!
サクサクの生地とカスタードが絶妙に合う、季節限定の焼菓子だ。
◇
マンドーレは、よく陽のあたる南の斜面一帯を利用して、栽培している。キツい斜面を、ひいひい言いながら上る。この傾斜と、傷つきやすい果実に、手作業で収穫するしかない。手間のかかる果実だ。
以前は、樽を背負って水やりをしていたというが、オレが水を送る装置を作ってからは、作業が多少は楽になったはずだ。点検を兼ねて(もちろんマンドーレを堪能するのが目的だけど)、今年も郷に来たんだ。
「お、カイト、来たな」
「……親方。こんちは。……今、見てきたけど、装置に問題は、ないな」
息を切らしてるオレは、笑われた。
「ハハハ、おかげで助かってる。ついでに手伝っていけよ。あとで、売り物にならんヤツを、好きなだけ食べさせてやるから」
「わかったよ。交渉成立」
この時期に、郷の者達は夜明け前から収穫をはじめる。
マンドーレの甘い香りを胸いっぱいに吸い込んで、籠とハサミを受け取り、オレも仲間に加わった。
休憩時間の水分補給には、もちろんマンドーレの実が出される。手や口周りに果汁が
「カイト。種はこっちに」
そうだった。
この郷の外に持ち出されることのないよう、種を全て回収してるんだ。こうして守ってきた、大切な実だ。
◇
その夜、窓の外に吹く風の音を強く感じながら、収穫の手伝いでくたびれ果てていたオレは、そのまま寝台から起き上がれなかった。
明け方、なんだか宿の中が騒がしく、部屋の扉が叩かれた。
「カイトさん、朝早くからすみませんが、親方が来て欲しいそうです」
夜明けにはまだ早いが、東の空に白々とした光が見えはじめていた。迎えにきた少年と一緒に、急いで果樹園に向かう。
「ああ、カイト。早くから、すまないな」
「何かあったか」
「夜中の風で木が倒れた。カイトは装置の点検を頼む」
「あっ……!!」
親方の示す先で……。
マンドーレの原木が、幹の途中から折れて、倒れていた。
「だいぶ木が弱ってたからなぁ。季節の変わり目に、たまに、こんな突風が吹くことがある。自然の力には勝てんよ。郷のマンドーレは、この一本の木からはじまったんだ。獣が運んだらしい種が、この地で芽を出して、根づいた。改良を続けて、『太陽の恵』ができたんだ」
親方は、掌の上の種を見せた。
「今年、原木は、小さな実を数個つけただけだった。この種はそのひとつ。もう一度、種をまくところから、はじめるんだ。何かを育てるためには、まず種をまかないと、な」
風で落ちた実を集める者。
折れた枝を取り除く者。
他の木が無事か、見てまわる者。
朝早くから働く者達に、手軽な食事を運んでくる者。
年老いた者、若者、子供達……郷の誰もが、自分に出来ることを見つけている。
明日のために、種をまく。
マンドーレを大切に想う気持ちは育って、確かに繋がっていく。
「たとえ、明日が見えなくても、マンドーレを守って、世話をする。その繰り返しが、オレ達の努めだからな」
…… 夜明けが来る。
明るくなった空から、南向きの、この斜面に光が射す。
「明けない夜は、ない……か」
オレの呟きに、親方がうなずいた。
「そうだな」
「来年もマンドーレを食べさせてくれよな」
「あたりまえだ。手伝いに来てくれ」
◇◇◇
街道沿いに揺れているのは、
それぞれ異なる色の花があって、全体でひとつにまとまっている……あの郷のようだな。
「太陽の郷」では、来年もきっと、オレを迎えてくれるだろう。親方は、オレをこき使うに違いないが。
マンドーレの実が、たくさん育つといいな。
そして、旅は変わらず続く。
***終わり***
夜明けの空に種をまく 🌸春渡夏歩🐾 @harutonaho
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