第十二節:ラースカへの道
朝の光が窓から差し込み、広間の中を柔らかく染めていた。
「おはよう!」
「おはよう……よく眠れたかニャ?」
ミラとエリスは、まだ眠そうな目をこすりながら挨拶を交わす。
「あっ、副長、おはようございます」
アーヤは階段を降りてくるグレイを見つけた。
「おはよう。ゆっくりできたか?」
グレイは仲間の調子を確認するように聞いた。
外では小鳥のさえずりと、まだ眠りに包まれる街の静けさが混じり合う。
グレイは広間から外をながめ、山あいの遠景を確認していた。
「雨雲が引いたな……降るようで降らない……不思議な天候だ」
アーヤは深く伸びをし、固まった肩を軽くほぐした。
「さて、今日のルートを確認するか」
グレイはテーブルの上に広げた地図に指を置き、山道や休憩ポイント、宿や街道の目印を説明する。
「ここを抜ければラースカ村までは一本道だ。ただ、途中で道が狭くなる場所もあるから気をつけること」
「山道ね……少し覚悟しないと」
「山登りかぁ……大丈夫かなぁ……」
「そんなに登らないわよ。多少はあるだろうけど」
「沢沿いに進む。岩場が多く滑りやすいから、落ちたり、流されたりしないようにな」
グレイが言った言葉に、アーヤは唇を引き結びつつ、荷物や装備を思い浮かべる。
「それと…昨日見かけたフードの人物……もし見かけたりしたら声を掛け合いましょ。港で助けてもらった恩をいつか返さなくちゃ」
ミラが興味深げに少し上を見上げた。
「その人って……キツネの話と関係あるのかしら?」
アーヤは首を横に振った。
「まさかぁ……キツネとは別の話しよ」
朝食を済ませ、四人は荷物の最終確認を行った。
剣や防具を調え、水筒や食料を背負い直す。
重みはあるが、心地よい緊張感が旅への高揚を呼び覚ます。
「準備はいいか?」
「えぇ、行きましょう」
「今日も大冒険の始まりニャ」
アーヤは窓の外に広がる街を見渡し、静かな通りを歩く人々や朝の光に照らされた石畳を目に刻んだ。
「おばあさん、お世話になりました」
「世話になったな。料理、うまかったぞ」
「こちらこそ、どうもありがとう。ゆっくり休めたかい?ラースカ村まで結構険しいと思うけど、道中気をつけてくださいな」
「ありがとう。とってもリフレッシュできたわ。おばあさんも元気でね。また帰りに寄らせてもらうかも……」
「えぇ、こんなボロやでよかったらいつでもおいで」
「はい!」
ここでの短い休息が、心と体を十分柔らかくしてくれた。
宿屋のおばあさんに別れを告げた四人は、心を新たに町の外れへと向かう。
空気は冷たく澄み、風が髪や衣服をそっと揺らす。道端には小さな花や草が朝露に濡れて輝いていた。
「次はラースカ村か……気を引き締めて進もう」
グレイが低くつぶやき、四人は互いに頷く。
朝焼けの静かな光が、新たな旅路の始まりを優しく照らしていた。
四人は穏やかな気持ちでアサズーシバは後にする。
朝の光は、街を出たばかりの山道を柔らかく照らしていた。
石畳が途切れ、細い土の道が森の奥へと続いている。
「ここから山に入るわ」
「足元に注意しろよ」
グレイの先導で、四人は峠道へと足を踏み入れる。
「エリス、待ってよぉー」
「しっかり着いてくるニャ!」
「体力の配分に気をつけないとバテるぞ!」
グレイはこのパーティー全体が力を合わせれば、何倍にも強くなれることを確信していた。
「木陰と風が気持ちいいわ」
「あぁ、しかしこれから山を登るにつれて気温は下がってくるぞ」
木々の間から差し込む光は、葉の隙間で揺らめき、地面に斑模様の影を落としていた。
「ラースカ村までは一本道だ。地図をみてくれ、この先の岩場で一旦休憩を取るぞ」
グレイが地図を手に指を置きながら告げる。
他の三人は軽く頷きながら、足元をみて慎重に進む。
緩やかな上り坂がしばらく続く。
四人の列は、ほぼ等間隔で距離を保ち、グレイの後を三人がその足跡をなぞるように進んだ。
「よし、着いたぞ。休憩しよう」
グレイは地図で示した岩場の木陰に、四人が休めそうな場所を確保した。
「ふぅー、なかなかの険しさニャ」
「ミラ、大丈夫?」
「はい!なんとかついていけてます!」
ミラは肩で息をしながら、アーヤの心配を振り払うように言った。
「なんだか、ミラは強くなったわね」
「…そうですかぁ?なんにも変わってないですけど……」
ルーナ・グローブや貨物船の戦闘を得て、ミラは確実にたくましくなっている。
「ミラって、何か魔法を使えるの?」
「はい。ちょっとだけ……ずっと練習してたんです」
「そうなんだ」
「ヨートナシで休養してる時もコソ練しちゃって……」
「へぇー気になるわね」
「たいしたことないですよぉ。何か役に立てないかなぁ…って」
「わたしはディフェンス魔法が多いけど、ミラはどうなの?」
「はい、今はヒーリング系を中心に練習してます……まだあんまりうまくいかないんですけど……」
「いいわね。とても役立ちそう。魔法って使う人の想いが乗るから、きっとミラの魔法は優しい魔法ね」
「そうですかねぇ。最近コツをつかめそうで、少し気合い入っちゃってます」
「いいことじゃない。わたしももっと勉強しないと…もっと攻撃にも強くなりたいわ」
「アーヤ様はなんでもできるから…すぐに習得しちゃいますよぉ」
アーヤはミラの成長に驚きを隠せなかった。実戦での経験が彼女を強くしていた。
グレイは、この先のルートを再確認する。
「この先の林道は、登りがキツくなってる。ペースに気をつけて進むんだ」
「今日の山場かニャ」
「林道を抜ければ、ラースカが見えてくるはずだ」
「林道か……思ってた通り本格的ね」
アーヤは荷物を背負い直し、肩の負担を確かめる。
ミラも小さく息をつきながら、山の匂いと冷気を吸い込んだ。
「水分補給は大丈夫?」
「あぁ、そろそろ出発しよう!」
「行きましょう!」
グレイとアーヤの掛け声で、四人はまた進み出す。足取りはまだ軽く、道の先に待つ未知の景色を楽しむ余裕もある。
「そういえば、あのフードの人…」
アーヤがぽつりと口を開く。
「またどこかで会えるかしら」
「ふむ……旅路で出会う人物は、意外と再び姿を現すことがあるからな。きっとどこかで会えるだろう」
グレイの視線は前方にありながらも、どこか警戒心を湛えている。
山道の傾斜は少しずつ増し、足元のゴツゴツした岩や太い木根が四人の進行を緩める。
四人は互いに声を掛け合い、笑顔や冗談も交えながら、一歩、また一歩と林道を進んでいく。
鳥のさえずりや葉擦れの音、遠くの小川のせせらぎが絶えず耳に届く。
自然の中を進む旅は、心地よい緊張感とわずかな解放感を同時に感じさせる。
林道をしばらく進むと、前方から白い土煙が立ちのぼっているのが見えた。
「何……アレ……」
「……何かあったみたいだな」
グレイが足を止め、手を挙げて仲間に警戒を促す。
「煙か?」
「そんなに遠くないニャ」
「行ってみましょう!」
四人が急ぎめで煙に近づくと、崖沿いの道が一部崩れ落ち、荷馬車ごと道を塞いでいた。
「だ、誰かーっ!助けてーー!」
崩れた岩の下敷きになりかけた旅人が、岩の間から出られず、必死に声を上げていた。
荷馬車は車輪が傾き、木箱や荷が散乱している。
「大丈夫か!すぐ助けてやるからな!」
「ミラ、手伝って!」
アーヤとミラはすぐに駆け寄り、岩をどかし始める。
「アーヤ、無理するな!オレがやる!」
グレイが力強く岩を押しのけ、重い石がごろりと転がった。
エリスは左目に意識を集中し、周囲の林を鋭く見渡している。
「大丈夫か!」
瓦礫の下から這い出してきた青年は、荒い息をつきながらも、必死に立ち上がろうとした。
「うぅ……あ、ありがとう。あと少しで押し潰されるところだった……」
「怪我はないか?」
グレイが低く声をかけると、青年は足を押さえ、苦しげに答える。
「足を少し……でも、命を救われた」
よく見ると、その人物は人とは異なる特徴を持っていた。
ーー尖った耳、ふさふさした尻尾ーー、
「お前!尻尾が!」
「あ……あぁ、僕は……実はキツネなんです……」
「キ、キツネ!あの宿屋での話…ホントだったんだ!」
アーヤは昨日の宿屋での話しを思い出した。
「聞いたことがあるニャ。人に姿を変えられる獣族」
エリスはなんとなく親近感が湧き、胸が高鳴っている。
「足から血が!」
「早く手当をしないと……」
「だ、大丈夫です……うっ!」
「ちょっと、試してみていいですか?」
ミラは誰の許可も得ることなく、右の掌を青年の足にかざした。
「癒しの光よ、ここに…」
ミラが小さな声で呪文を唱える。
掌から放出される青白い光が傷口を包み、みるみるうちに傷がふさがっていく。
「す、すごい……」
青年の傷口はあっという間にふさがった。
「なんともない!さっきのケガがウソのようだ!……ありがとうございます!」
青年は驚きと感謝を込めてミラを見つめ、それから四人全員に深く頭を下げた。
「僕は……カイ。ある方に仕えるキツネです。あなたたちのこのご恩は忘れません」
その目は、ただの旅人とは思えない強さと誇りを秘めていた。
「馬車と荷物はどうする?」
「応援を頼もうと思います」
「そうか…どこまで行くんだ?」
「ラースカ村です」
グレイとアーヤが顔を見合わせる。
「オレたちもラースカに向かってるんだ。ここからラースカはどのくらいかかる?」
「急げば太陽が真上のときにはたどり着けます」
「あくまでキツネの足での話か」
「わたしたちはこの山道にキツネだけが通れる"抜け道"を張り巡らせてます。そこを通ればもっと早く行ける」
「もしかしてオレもその通路に入れるかニャ?」
「あなたは……」
「オレも獣族ニャ。エリスって呼んでくれ」
「エリス、あなたなら通れるかもしれません。しかし、わたしたち以外は通すなと……我々のリーダーがそう言ってます」
「仲間だけの秘密ってことか……獣族らしいニャ」
「わかった、カイ。それじゃあまたラースカで会えるかもな」
「はい」
カイは丁寧にお礼を伝えると、後ろ向きに一回宙返りをした。すると、人間の姿をしたカイがキツネに変わった。
「それでは、本当にありがとうございます。このご恩は一生忘れません」
カイは四人にお礼を伝えると、あっと言うに山林の中に走って消えていった。
「よし、オレたちも急ごう!」
険しい山道は、いよいよ折り返し地点にかかろうとしていた。
「とりあえずあそこまで行こう」
グレイが指さした先は、山頂に近い、見晴らしの良さそうな開けた場所だった。
眼下に広がる山あいの景色は、これまでの疲れを吹き飛ばすものだった。
谷間を流れる透明度の高い川、その両側はこのあたりでしか見られない緑豊かな植物が覆い尽くす。
「すてきだわ……」
「あぁ……この達成感は……なんなんだろうな」
「フーッ、まだここで半分かニャ……」
「結構きましたね」
四人の感覚はそれぞれでも、ここまで来られたという一体感は崩れなかった。
「おそらく、あそこに見える集落がラースカだな」
「あの曲がりくねった道の向こうね」
ーーゴクッ、ゴクッ、ゴクッーー
「プハァァー!まだまだ先はありそうだニャ」
エリスは水をガブ飲みした口を拭いながら嘆いた。
「おいおい、そんなにガブ飲みしたらこの先に使う水がなくなってしまうぞ」
「そんなこと言ったって、喉がカラッカラだニャ」
「とりあえず、ここまで無事にこれてよかったわ」
アーヤは荷物の入ったリュックの紐を調整しながら、安堵のため息をつく。
「ここから先は、急なくだり坂が続く。気を抜くなよ」
グレイは地図を確認しつつ、足元を慎重に見つめる。
ミラも小さく頷き、もってきたサンドイッチを口に詰め込んだ。
「まだラースカは遠いのかしら……」
アーヤの問いに、グレイが答える。
「急げば日没前に余裕でたどり着ける。だがこの山道は下り次第だ」
しばしの休息のあと、四人は再び山道を進みだす。
「よし、出発だ!」
「よい…しょ……っと、少し荷物が軽くなったわ」
「行く…か……ニャ」
「ま、待ってください!ま、まだ、準備が……」
グレイは、ミラの支度を待ちながら、アーヤとエリスを先に行かせた。
「ミラ、大丈夫か?…少しオレが荷物を持とう」
「あ、ありがとうございます」
山道の下りは傾斜が増し、足元の岩や木根が複雑に絡み合う凸凹道になっている。
「滑るから足元に気をつけろ。あと、下りは膝を痛めるぞ。体重がかからないようになるべく杖を使うんだ」
ところどころに小さな滝やせせらぎが現れ、森の緑が光と影のコントラストを描く。
「ほっ、ほい……っと…」
「いいわね、エリスは。身軽で……」
「獣族の特権ニャ!」
エリスは周囲の木々に目を配り、時折道を外れて枝から枝へ軽やかに渡っていく。
「あの抜け道が使えたらなぁ」
エリスはカイの言ってた抜け道のことを考えていた。
「…もっと早く行けたのに……」
長くて急な下りの山道は、予想通り体力を削っていく。
エリスは元気だ。
「この道、あとどのくらいかしら、そろそろ抜けてほしいわ」
「アーヤ様、わたしが先導しましょうか?」
「ありがとう、ミラ。でも大丈夫。まだイケるわ。」
アーヤが笑みを浮かべる。
険しい道は、最後の折り返しを曲がったところで、ようやく視界が開けた。
前方に小さな谷を挟んで村の家屋と思われる屋根が見え始める。
「見えた!……ラースカ村!」
ミラが声を上げると、四人の足取りが自然と軽くなった。
「あと少しだな」
グレイが言うと、全員が最後の力を振り絞り、山道を進む。
「ふぅーー。やっと着きそう」
「カイのやつ、どうしたかな」
足元は、ゴツゴツの山道から比較的平坦な道に変わっている。風に乗って村の匂いや人々の声が届いてきた。
「村に着いたら、少し休めるわね」
アーヤは微笑みながら、これから待つ平穏なひとときを思い描いた。
「フィッシュバーガーあるかニャ?」
「おそらく、それはないな。山だし……」
アーヤは、グレイとエリスの会話が少し弾んでるように聞こえた。
「……あれ?」
エリスは村の方を見て目を細める。
「あそこ……あそこの灯り……なんか揺れてないか?」
よく見ると、屋根の向こうに淡い煙のようなものが立ちのぼっている。
遠くで聞こえていた人々の声も、よく耳を澄ませばざわめきに変わりつつあった。
四人は、村に着く安心感に加えて、何かわからない不安を感じつつ、村へ向かって進んでいった。
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毎週 火曜日 16:00 予定は変更される可能性があります
アルディナの魔力 第一章 紅月の封印 Z.P.ILY @Z_P_ILY
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