『俺達のグレートなキャンプ143 催眠術でキャンパー達をマヨラーにするか』

海山純平

第143話 催眠術でキャンパー達をマヨラーにするか

俺達のグレートなキャンプ143 催眠術でキャンパー達をマヨラーにするか


「よーし!今日もグレートなキャンプの始まりだぜ!」

石川が両手を高々と掲げ、朝日を浴びながら叫ぶ。その声は山間のキャンプ場に響き渡り、近くでコーヒーを淹れていた初老のキャンパーが思わず手を止めて、こちらを見た。彼の表情には「朝から何だこいつは」という困惑が滲んでいる。

「石川さん、声大きいですよ...周りの人、まだ寝てるかもしれないじゃないですか」

富山がテントから這い出しながら、眠たそうな目をこすって呟く。長い黒髪がぼさぼさで、まだ完全には目覚めていない様子だ。彼女の表情には既に「また何か始まるのでは」という不安の色が濃厚に漂っている。目の下には薄っすらとクマができており、昨夜も石川の突飛な企画について心配して眠れなかったことが伺える。

「おはようございます!いやー、キャンプって本当にいいですよね!空気が美味い!」

千葉が元気よく顔を出す。彼の目はキラキラと輝いており、まるで少年のような純粋さだ。新品のアウトドアチェアを抱えており、まだ値札がぶら下がっている。どうやら昨日、道の駅で買ったばかりのようだ。

石川は満足そうに頷くと、突然ポケットから何かを取り出した。それは古めかしい懐中時計。真鍮製で、鎖がついていて、いかにも怪しげな雰囲気を醸し出している。時計の表面には謎の模様が刻まれており、まるで魔術の道具のようだ。

「さて諸君!今日のグレートなキャンプ企画を発表しよう!」

石川が演説でもするかのように、胸を張って声を張り上げる。その堂々とした態度に、富山の顔がみるみる曇っていく。彼女は両手で顔を覆い、「嫌な予感しかしない」と小さく呟いた。指の隙間から恐る恐る石川を見ている。

「今回の企画は...じゃじゃーん!『催眠術でキャンパー達をマヨラーにする』だ!」

石川が懐中時計を掲げながら高らかに宣言する。朝日を浴びた時計がキラリと光り、まるでドラマの演出のようだ。

「はあああああ!?」

富山が素っ頓狂な声を上げた。その声は朝の静寂を破り、キャンプ場中に響き渡る。近くでバーベキューの準備をしていた家族連れが、一斉にこちらを見た。父親は困惑した表情で、母親は子供を庇うように抱き寄せている。

「いいですね!マヨラー!マヨネーズ好きな人のことですよね!面白そうです!」

千葉は相変わらず無邪気に目を輝かせている。彼の手には、いつの間にかノートが握られており、「今日の企画メモ・第143回キャンプ」と几帳面な字で書かれている。ページを開くと、既に「1. 催眠術を習得する」「2. マヨラーを増やす」「3. キャンプ場がマヨネーズで満たされる!」という謎の計画が書き込まれている。

「待って待って待って!何を言ってるの!?催眠術なんてかけられるわけないでしょ!そもそも何でマヨラーなの!?なんでマヨネーズ!?」

富山が額に手を当てて、深くため息をつく。彼女の肩は既に疲労で下がっており、まだ朝食も食べていないのに既に疲弊している様子だ。目を閉じて、深呼吸を三回繰り返す。これは彼女が石川の暴走に耐えるための日課になっている。

「まあまあ、富山。話を聞いてくれよ」

石川はニヤリと笑うと、懐中時計を揺らし始めた。チェーンが朝日を反射してキラキラと輝く。まるで催眠術師のような仕草だ。

「昨日、あの道の駅で『催眠術入門セット』っての見つけてさ。1500円だったんだけど、店主のおじさんが『これであなたも明日から催眠術師!人生が変わります!』って熱く、本当に熱く語るもんだから、つい買っちゃったんだよね。おじさん、目がマジだったんだよ」

「それで買うの!?普通買わないから!怪しさしかないでしょ!」

富山が頭を抱える。彼女の声は次第に大きくなり、隣のサイトのカップルが不思議そうにこちらを見ている。女性の方が男性に何か耳打ちしており、明らかに「変な人たちがいる」という内容だろう。

「で、でも石川さん、どうやってマヨラーにするんですか?具体的な手順とかあるんですか?」

千葉が興味津々で身を乗り出す。彼のノートには既に「マヨラー化計画・詳細」と書かれており、下には「1. 催眠術をかける」「2. マヨネーズへの愛を植え付ける」「3. ???」「4. マヨラー完成!」という謎の手順が書き込まれている。3番目が不明なのが気になるが、千葉は気にしていない様子だ。

「それはだな」

石川が人差し指を立てて、得意げに語り始める。その表情は探偵が謎を解き明かすときのようだ。

「まず、俺が催眠術を習得する。DVDが付いてるから完璧だ。次に、このキャンプ場にいる人たちに催眠術をかける。老若男女問わずだ。そして、『マヨネーズは世界一美味い調味料だ』『マヨネーズなしでは生きられない』という暗示をかける。すると...」

「みんながマヨラーになる!すごい!画期的です!」

千葉が拍手する。パチパチという音が朝の空気に響く。その純粋な笑顔と輝く瞳に、富山は「この人、本気で信じてる...」と呆然とした表情を浮かべた。口を半開きにして、しばらく固まっている。

「ならないから!絶対ならないから!そんなことで人の嗜好が変わるわけないでしょ!というか、そもそも催眠術自体が怪しいし、他のキャンパーさんに迷惑かけちゃダメだから!ダメ!絶対ダメ!」

富山が必死に止めようとするが、石川は既にセットに付属していた「催眠術マスター講座DVD」をポータブルプレーヤーにセットしている。画面が光り、何やら怪しげな音楽が流れ始めた。

「大丈夫大丈夫!俺、昔から器用だったし。小学校の時、けん玉で世界一周できたんだぞ。これくらいすぐマスターできるって!」

画面には怪しげな髭を生やした男が映っており、紫色の背景の前で両手を広げている。「あなたも今日から催眠術師!明日から人生が変わる!」という文字が点滅している。BGMは不気味なオルガンの音色で、どこか安っぽいホラー映画のようだ。男の目は妙にギラギラしており、信用できない雰囲気が満載だ。

「さあ、まずは練習だ。富山、被験者になってくれ。協力してくれ」

「絶対嫌!死んでも嫌!」

富山が即座に拒否する。彼女は後ずさりしながら、テントの後ろに隠れようとした。その動きは素早く、明らかに逃げる準備ができている。

「じゃあ俺が!石川さん、俺にかけてください!俺、催眠術かけられるの、ずっと憧れてたんです!」

千葉が手を挙げて志願する。その目は期待に満ち溢れており、まるでテーマパークのアトラクションに乗る子供のようだ。

「おお、千葉!いい心意気だ!さすがだ!」

「もう知らない...」

富山が諦めたように呟く。彼女は自分のアウトドアチェアに深く座り込み、顔を両手で覆った。指の隙間から恐る恐る見守る姿勢だ。

石川は懐中時計を千葉の目の前で揺らし始めた。左右に、ゆっくりと。時計が規則正しく揺れ、朝日を反射してキラキラと光る。DVDで学んだ通りに、石川は低い声で語りかける。

「いいか、千葉。この時計をよーく見るんだ。見ているうちに、だんだん眠くなってくる...眠くなる...お前の瞼が重くなる...」

「はい...眠く...なって...」

千葉が真剣な表情で時計を見つめている。しかし、その目はギラギラと輝いており、全く眠そうではない。むしろ興奮しているようだ。

「なってないから!全然眠そうじゃないから!むしろ目がキラキラしてるから!楽しみすぎて逆に目が冴えてるでしょ!」

富山のツッコミが炸裂する。その声は諦めと呆れが混ざった、複雑な感情を含んでいる。確かに千葉の目は期待に輝いており、眠気のかけらもない。

「あれ?おかしいな。DVDの通りにやってるんだけど...声のトーンも合わせてるし、時計の揺らし方も完璧なはずなのに...」

石川が首を傾げる。彼は再度DVDを見直し始めた。早送りしながら、真剣な表情で画面を見つめている。画面の怪しげな男は「被験者はリラックスさせることが大事です。緊張していては催眠は成功しません」と語っている。

「あ、そうか!千葉、もっとリラックスしてくれ。力を抜いて、深呼吸して」

「わかりました!リラックス、リラックス...スゥー、ハァー...」

千葉が深呼吸を始める。しかし、その動作はどこかぎこちなく、逆に力が入っているように見える。肩が上がっており、明らかに緊張している。

三十分後。

「...お前の瞼が重くなる...重くなる...だんだん眠くなってくる...」

「はい、眠く...なって...きました...」

千葉の声は相変わらず元気いっぱいで、目もパッチリ開いている。

「だから全然眠そうじゃないって!というか、さっきより目が輝いてるんだけど!」

富山の叫び声が、キャンプ場に響き渡った。隣のサイトの家族が、心配そうにこちらを見ている。父親が「大丈夫ですか?」と声をかけようとしているが、母親が「関わらない方がいい」という顔で止めている。

「むむむ...おかしいな。DVDではこんなに簡単そうだったのに」

石川が腕を組んで唸る。彼の額には汗が浮かんでおり、DVDを見返すこと既に五回目だ。巻き戻し、再生、一時停止を繰り返している。

「石川さん、もしかして催眠術って、すぐにはマスターできないんじゃ...才能とか、修行とか必要なんじゃないですか?」

千葉が申し訳なさそうに言う。しかし、その目はまだ諦めていない。「でも石川さんなら絶対できます!」という期待が込められている。

「いや!諦めるな千葉!俺達のキャンプは『奇抜でグレート』がモットーだ!ここで諦めてたまるか!143回もキャンプしてきたんだ!今更引けるか!」

石川が拳を握りしめる。その熱意は本物だが、方向性が完全に間違っている。富山は「どうしてこうなった」という顔で空を仰いだ。青空が綺麗すぎて、逆に虚しい。

「よし、作戦変更だ!」

石川が突然立ち上がった。彼の目には新たな閃きの光が宿っている。これまでの経験上、この目をした石川は絶対に止まらない。富山の胃が痛くなってきた。

「催眠術の前に、まず環境を整えるんだ!マヨネーズに囲まれた空間を作れば、自然とみんなマヨネーズのことを考える。そこに催眠術をかければ、効果倍増だ!」

「それもう催眠術じゃなくて、ただの環境型洗脳じゃないですか!?」

富山が叫ぶが、石川と千葉は既に動き出している。石川はクーラーボックスから巨大なマヨネーズのボトルを取り出した。業務用サイズで、1リットルはありそうだ。見るからに重そうで、持ち上げるのに両手を使っている。

「見ろ!このマヨネーズの美しさを!この輝きを!」

石川が朝日に向かってマヨネーズボトルをかざす。白いボトルが朝日を反射し、神々しく輝いた。まるで神話に出てくる聖なる杯のようだ。

「すごい...まるで伝説の聖剣エクスカリバーみたいです...」

千葉が感動した様子で呟く。彼の目には本気でマヨネーズボトルが伝説の武器のように映っているようだ。両手を合わせて拝んでいる。

「聖剣じゃないから!ただのマヨネーズだから!スーパーで300円くらいで売ってるやつだから!」

富山のツッコミはもはや虚しく響くだけだった。誰も聞いていない。

「さあ、マヨネーズの素晴らしさを世界に知らしめるぞ!まずは看板作りだ!」

石川が段ボールと赤いマジックを取り出す。そして、大きく「マヨネーズ普及活動実施中!」と書き始めた。字は力強く、やる気に満ち溢れている。

「石川さん、僕も手伝います!」

千葉が別の段ボールに「マヨネーズは人類の宝」「マヨネーズで世界平和」「みんなでマヨラーになろう」と書き始める。もはや宗教の勧誘のようだ。

三十分後、石川達のサイトは完全にマヨネーズの聖地と化していた。

テーブルの上には様々なサイズのマヨネーズが並び、その周りには手作りの看板が立てられている。「マヨネーズ体験コーナー」「無料試食実施中」「マヨネーズ相談受付」など、もはや何のイベントなのかわからない。

「よし、完璧だ!これでマヨネーズムードは最高潮!」

石川が満足そうに腕を組む。しかし、周りのキャンパー達は明らかに距離を取っている。通りすがる人々は、チラッと見ては足早に立ち去っていく。

「あの...石川さん、誰も来ないんですけど...」

千葉が不安そうに呟く。彼のノートには「来場者:0人」と悲しい記録が書かれている。

「むむむ...受け身じゃダメなんだ!こちらから積極的にアプローチするぞ!」

「やめなさいって!お願いだから!」

富山が必死に止めようとするが、もう遅い。石川は既にマヨネーズボトルを両手に持って、隣のサイトに向かって走り出していた。千葉も「待ってください!」とついていく。

「すいませーん!マヨネーズいかがですかー!今なら無料で試食できますよー!」

石川が満面の笑みで近づく。ターゲットは若いカップル。二人はホットサンドを作っている最中だった。

「え?あ、いや、大丈夫です...」

女性が困惑した表情で答える。男性は明らかに警戒した目でこちらを見ている。「何だこいつ」という表情だ。

「いやいや、遠慮しないでください!このマヨネーズ、めちゃくちゃ美味いんですよ!人生が変わります!」

石川が熱く語る。その熱意が逆に怖い。女性は彼氏の後ろに隠れ、男性は「すみません、間に合ってますので」と一歩下がる。

「そうだ!実演しましょう!百聞は一見に如かずです!」

千葉が自分の持っていたパンを取り出し、マヨネーズを大量にかけ始めた。ニュルニュルニュルという音を立てて、白いマヨネーズがパンを完全に覆っていく。その量は明らかに常軌を逸している。パンが見えないほどだ。

「ほら、こうやってたっぷりかけるのが美味いんです!マヨネーズ・イズ・ライフ!」

石川が豪快にパンを頬張る。マヨネーズがはみ出して、口の端から垂れた。さらに頬にもついている。その光景は...異様だった。

「...」

カップルは無言で自分たちのテントに逃げ込んだ。ファスナーを閉める音が、明確な拒絶の意思を物語っている。中から「怖い...」という女性の声が聞こえた。

「あれ?逃げちゃった...」

石川がきょとんとしている。マヨネーズを口の周りにつけたまま、首を傾げている。千葉も「なんでだろう?」と不思議そうだ。二人とも、何が悪かったのか全くわかっていない様子だ。

「当たり前でしょ!いきなり知らない人にマヨネーズ勧めるとか、怖いに決まってるじゃない!しかもその食べ方、完全にヤバい人でしょ!」

富山が遠くから叫ぶ。彼女は自分たちのサイトで、恥ずかしそうに顔を覆っている。周りのキャンパーの視線が痛い。

「でも、マヨネーズの良さを伝えたいだけなのに...純粋な気持ちなのに...」

石川が本気で悲しそうな顔をする。その純粋さが、逆に事態を悪化させている。善意が空回りしている典型例だ。

「そうだ!もっとインパクトが必要なんだ!千葉、あれを持ってこい!」

「あれですね!わかりました!待っててください!」

千葉が走って自分たちのサイトに戻る。そして、大きな袋を持って戻ってきた。その中から取り出したのは...巨大なマヨネーズの着ぐるみだった。

「いつの間にそんなもの用意してたの!?というか、どこで買ったの!?」

富山が絶叫する。その声は悲鳴に近い。確かに、昨日道の駅で買い物をしていた時、石川が怪しげな店に入っていたのを思い出した。「ちょっと見てくる」と言って、30分くらい戻ってこなかった。

「へへ、実はこれも昨日見つけてさ。『イベント用マヨネーズ着ぐるみ・中古・美品』って書いてあって、3000円だったんだ。店主が『企業のキャンペーンで使われた本物です!掘り出し物ですよ!』って言うもんだから、これは運命だと思って」

「安い!って思って買うものじゃないから!そもそも必要ないから!」

富山の叫びは虚しく響く。石川は既に着ぐるみに着替え始めている。ジッパーを上げる音が、不吉な未来を予感させる。

五分後、キャンプ場に巨大なマヨネーズが出現した。

全長2メートルはあろうかという巨大な白い着ぐるみ。ボトルの形を模しており、頭の部分はマヨネーズのキャップを精巧に再現している。胴体には赤と緑のラインが入っており、某有名ブランドのマヨネーズを彷彿とさせる。なかなか良くできている。というか、本格的すぎる。

「どうだ!これなら目立つだろう!」

着ぐるみの中から、石川の籠もった声が聞こえる。彼は着ぐるみを着たまま、キャンプ場内を練り歩き始めた。その姿は...完全に異様だった。朝のキャンプ場に、巨大なマヨネーズの着ぐるみ。シュールすぎる光景に、キャンパー達は唖然としている。

「マヨネーズ!マヨネーズ!みんな、マヨネーズを食べよう!マヨネーズは正義!マヨネーズは愛!」

石川が両手を振りながら叫ぶ。着ぐるみの手は大きなミトンのようで、振ると「フサフサ」という音がする。その姿は...もはや恐怖すら覚える。

「石川さん、応援します!僕も行きます!」

千葉が拍手しながらついていく。彼も手にマヨネーズボトルを3本持っており、配りたくてうずうずしている。さらに、首からは「マヨネーズ普及委員会」と書かれた手作りの名札をかけている。

「やめて!もうやめて!恥ずかしい!お願いだから!」

富山が泣きそうな顔で叫んでいる。しかし、石川は止まらない。彼の「グレートなキャンプ」への情熱は、もはや誰にも止められない暴走機関車だ。

「さあ、みなさん!マヨネーズの素晴らしさを体験してください!」

石川マヨネーズが朝食中のファミリーに近づく。家族は驚いた表情で固まっている。子供たちは「マヨネーズだ!」と喜んでいるが、両親は明らかに困惑している。

「お、お父さん、マヨネーズが歩いてる...」

母親が夫の袖を引く。父親は「落ち着いて」と家族を守る姿勢を取る。

その時、事態は思わぬ方向に動き始めた。

「すごーい!マヨネーズだー!」

子供たちが歓声を上げて、石川マヨネーズに駆け寄ってきたのだ。3人の子供たち、5歳から10歳くらいだろうか。目をキラキラさせている。

「お、おお?」

石川が着ぐるみの中で戸惑う。予想外の反応だ。

「マヨネーズさん、写真撮ってもいい?」

「握手して!」

子供たちが無邪気に近づいてくる。その純粋な反応に、石川のスイッチが入った。

「もちろんだ!マヨネーズは君たちの味方だぞ!」

石川が子供たちと握手を始める。その光景を見て、他の子供連れの家族も興味を示し始めた。

「あら、なんか楽しそう...」

「子供たち、喜んでるわね」

「写真撮っちゃおう」

親たちがスマートフォンを取り出し始める。すると、瞬く間に子供たちが集まってきた。10人、15人、20人...気づけば石川マヨネーズの周りは子供たちで溢れかえっている。

「やった!これは大成功だ!」

千葉が興奮した様子でノートにメモを取る。「子供たちに大人気!」「マヨネーズの力、恐るべし!」と書き込んでいる。

「ちょ、ちょっと待って...これ、催眠術の企画だったよね...?」

富山が遠くから呆然と呟く。しかし、その表情は少しだけ和らいでいる。少なくとも子供たちは楽しんでいる。それだけが救いだ。

「よーし、みんな!マヨネーズクイズをするぞー!」

石川マヨネーズが突然叫ぶ。子供たちが「やったー!」と歓声を上げる。

「第一問!マヨネーズの原料は何でしょう!」

「たまご!」

「油!」

「お酢!」

子供たちが元気よく答える。その光景は、まるで幼稚園の教室のようだ。

「正解!みんな良く知ってるな!じゃあ、マヨネーズはどんな料理に合うかな?」

「ポテトサラダ!」

「サンドイッチ!」

「たこ焼き!」

「お好み焼き!」

子供たちが次々に答える。その盛り上がりを見て、親たちも微笑ましそうに見守っている。もはや怪しい催眠術イベントではなく、子供向けの食育イベントのようだ。

「いいぞいいぞ!じゃあ最後の問題!マヨネーズを一番たくさん食べられる人は誰かな?」

「マヨラーーー!」

子供たちが声を揃えて叫ぶ。その元気な声に、石川は着ぐるみの中で涙ぐんだ。

「そうだ...お前たち、もう立派なマヨラーの素質があるぞ...」

石川が感動している。しかし、その時、ふと我に返った。

「あ、そうだ!催眠術だ!今だ!」

石川が着ぐるみの中から懐中時計を取り出そうとする。しかし、着ぐるみの大きなミトンの手では、ポケットに手を入れることすらできない。

「くそっ...手が...動かない...!」

石川が着ぐるみの中でもがいている。その様子は外から見ると、マヨネーズが妙な動きをしているようにしか見えない。子供たちが「マヨネーズさん、どうしたの?」と心配し始める。

「石川さん、大丈夫ですか!?」

千葉が駆け寄る。石川は着ぐるみの口の部分から小声で指示を出す。

「千葉...お前が...催眠術を...」

「え!?僕がですか!?」

千葉が驚く。しかし、すぐに決意の表情になる。

「わかりました!やってみます!」

千葉がポケットから懐中時計を取り出す。そして、子供たちの前に立った。

「えーと、みんな、この時計を見てください」

千葉が時計を揺らし始める。子供たちは興味津々で時計を見つめている。

「この時計を見ていると...だんだん...マヨネーズが好きになります...マヨネーズが世界一美味しいと思うようになります...」

千葉が真剣な表情で語りかける。その声は震えているが、一生懸命だ。

すると、不思議なことが起こった。

「あれ...なんか、マヨネーズ食べたくなってきた...」

一人の男の子が呟く。

「僕も...」

「私も!マヨネーズ食べたい!」

子供たちが次々に言い始める。その声に、石川と千葉は目を見開いた。

「え...まさか...成功!?」

しかし、次の瞬間、一人の父親が笑いながら言った。

「いやいや、あれでしょ?さっきからマヨネーズマヨネーズって言ってるから、単純に食べたくなっただけでしょ(笑)催眠術じゃなくて、ただの刷り込みだよ」

「あ...」

千葉が気づく。確かに、過去30分間、ずっとマヨネーズの話をしている。催眠術というより、ただの連想ゲームだ。

「でも、でも!みんなマヨネーズ欲しがってる!これは一種の成功です!」

千葉が前向きに叫ぶ。すると、母親たちが「じゃあ、お昼ご飯にマヨネーズ使った料理作ろうか」と言い始めた。

「やったー!」

子供たちが喜ぶ。その光景を見て、石川は着ぐるみの中でガッツポーズを取る。

「よし!作戦は続行だ!千葉、次は大人たちだ!」

石川マヨネーズが立ち上がり、今度は大人のキャンパーたちに近づいていく。しかし、大人たちの反応は子供たちとは違った。

「あ、いや、大丈夫です...」

「写真だけでいいです...」

明らかに距離を取られる。大人には通用しないようだ。

「むむむ...大人は手強いな...」

石川が着ぐるみの中で唸る。その時、キャンプ場の奥から一人の老人がゆっくりと歩いてきた。白髪のおじいさんで、杖をついている。昨日マヨネーズ試食会で出会った、あのマヨラーのおじいさんだ。

「おお、お前さんたち、今日も元気じゃのう」

「おじいさん!」

石川が着ぐるみを脱いで、汗だくになりながら出てくる。髪の毛はぺったんこで、顔は真っ赤だ。

「実は、今日は催眠術でみんなをマヨラーにしようと思ってるんです!」

「催眠術か...」

老人が興味深そうに頷く。

「実はのう、わしの知り合いに、催眠療法士がおってな。本物の催眠術を見たことがあるんじゃ」

「本当ですか!?どんな感じなんですか!?」

石川と千葉が身を乗り出す。富山も興味を持って近づいてくる。

「まあ、催眠術というのはな、相手を無理やり操るもんじゃないんじゃよ。相手がリラックスして、自分から受け入れたくなる状態を作るのが大事なんじゃ」

「なるほど...」

石川が真剣に聞いている。

「つまり、マヨネーズを無理やり好きにさせるんじゃなくて、マヨネーズの魅力を自然に感じてもらう...そういうことですね!」

千葉がノートにメモを取る。

「そういうことじゃ。ところで、お前さんたち、昼飯はもう考えておるか?」

「いえ、まだです」

「じゃあ、わしが特別なマヨネーズ料理を教えてやろう。これを食べれば、みんな自然とマヨネーズの虜じゃ」

老人がニヤリと笑う。その笑顔には、長年のマヨラー人生で培った確信が込められている。

「本当ですか!?お願いします!」

こうして、作戦は新たな段階に入った。

三十分後、石川達のサイトには大きな調理テーブルが設置され、老人が指揮を執っている。

「まずは、マヨネーズオムライスじゃ!」

「オムライスにマヨネーズ!?」

富山が驚く。普通、オムライスにはケチャップだ。

「そう、ケチャップではなく、マヨネーズを使うんじゃ!ライスを炒める時にマヨネーズを使い、さらに卵にもマヨネーズを混ぜる。仕上げにもマヨネーズをたっぷりかける!」

「マヨネーズ尽くし!」

千葉が目を輝かせる。

「そして、マヨネーズナポリタン!」

「ナポリタン!?」

「そう、トマトソースではなく、マヨネーズで作るナポリタンじゃ!パスタを茹でたら、マヨネーズと和える。そこにベーコン、玉ねぎ、ピーマンを加えて炒める。仕上げにさらにマヨネーズ!」

「もはやナポリタンなのか...?」

富山が呟く。しかし、その香りは...意外と美味しそうだ。

「さらに、マヨネーズピザ!マヨネーズたこ焼き!マヨネーズ焼きそば!」

老人が次々と料理名を挙げる。もはやマヨネーズのフルコースだ。

「すごい...これが真のマヨラーの料理...」

石川が感動している。千葉のノートには「マヨネーズ料理大全」というタイトルで、レシピがびっしり書き込まれている。

「よし、みんなで作るぞ!」

石川が号令をかける。富山も「まあ、料理なら...」と渋々参加する。

一時間後、石川達のサイトからは美味しそうな香りが漂っていた。マヨネーズオムライスは黄金色に輝き、マヨネーズナポリタンは艶やかに光っている。

「うわあ...意外と美味しそう...」

富山が驚く。見た目は普通の料理と変わらない。むしろ、食欲をそそる。

「さあ、試食じゃ!」

老人が誇らしげに言う。四人で一口食べると...

「美味い!」

「めちゃくちゃ美味いです!」

「え...本当に美味しい...」

マヨネーズオムライスはまろやかでコクがあり、マヨネーズナポリタンはクリーミーで絶品だ。

「じゃろう?マヨネーズは万能なんじゃ」

老人が満足そうに頷く。

その香りに誘われて、周りのキャンパー達が集まってきた。

「いい匂いがしますね...何を作ってるんですか?」

「これは...マヨネーズ料理です!試食してみませんか?」

千葉が笑顔で勧める。今度は押し付けがましくない、自然な誘い方だ。

「マヨネーズ料理?珍しいですね。じゃあ、ちょっとだけ...」

一人の女性キャンパーが試食する。その表情が...驚きに変わる。

「美味しい!これ、本当にマヨネーズなんですか?」

「そうなんです!マヨネーズで作ったナポリタンなんです!」

「へえ〜!面白い!」

その反応を見て、他のキャンパー達も興味を示し始めた。次々に人が集まり、試食していく。

「このオムライス、ケチャップより好きかも...」

「マヨネーズナポリタン、クリーミーで美味しい!」

「子供も喜びそう!」

好評の声が次々に上がる。石川と千葉は大喜びだ。

「やった!みんな、マヨネーズの魅力に気づいてる!」

「これは...一種の催眠術かもしれません!味覚を通じた催眠術!」

千葉が興奮して叫ぶ。確かに、みんな自然とマヨネーズに興味を持ち始めている。

すると、一人の主婦が言った。

「これ、レシピ教えてもらえませんか?家でも作ってみたいです」

「私も!」

「僕も教えてほしい!」

キャンパー達が口々に言う。千葉は急いでレシピをノートに清書し始める。

「みなさん、コピーして配ります!ちょっと待ってください!」

千葉が管理棟に走っていく。そこにはコピー機があるはずだ。

十五分後、千葉が戻ってくると、手には大量のレシピのコピーがあった。

「マヨネーズ料理レシピ集、できました!」

それを受け取ったキャンパー達は、嬉しそうに読んでいる。

「今日の夕飯、これ作ってみようかな」

「子供、喜びそう」

「マヨネーズ、買い足さなきゃ」

そんな会話が聞こえてくる。石川は感動で目を潤ませている。

「すごい...みんな、マヨネーズに興味を持ってくれてる...」

「お前さん、良かったのう」

老人が優しく笑う。

しかし、その時、一人の青年が興奮した様子で叫んだ。

「そうだ!マヨネーズ教を作ろう!」

「「え?」」

全員が固まる。

「だって、これだけマヨネーズが素晴らしいなら、もう宗教レベルじゃないですか!マヨネーズを崇める宗教!マヨネーズ教!」

青年は本気だ。目がギラギラと輝いている。

「いや、それはちょっと...」

富山が慌てて止めようとするが、その青年に同調する人が現れ始めた。

「面白そう!」

「マヨネーズ教、いいね!」

「教義は『マヨネーズを愛せよ』とか?」

キャンパー達が盛り上がり始める。もはや収拾がつかない。

「ちょ、ちょっと待ってください!宗教はマズいですよ!」

千葉が慌てる。しかし、盛り上がりは止まらない。

「じゃあ、教祖は誰?」

「そりゃ、マヨネーズ着ぐるみを着てた人でしょ!」

全員の視線が石川に集まる。石川は汗をかきながら、必死に手を振る。

「いや、俺は教祖じゃないです!ただのキャンパーです!」

「謙遜しないで!あなたこそ、マヨネーズの使徒だ!」

「マヨネーズの預言者!」

「我らがマヨネーズ教教祖!」

キャンパー達が勝手に盛り上がっている。もはやカオスだ。

「やめてくださいー!」

石川の叫びも虚しく、「マヨネーズ教」は瞬く間にキャンプ場中に広がっていった。

一時間後、キャンプ場の中央広場には「マヨネーズ教 臨時教会」という看板が立てられていた。

「なんでこうなった...」

富山が頭を抱えている。広場には30人以上のキャンパーが集まり、それぞれがマヨネーズ料理を持ち寄っている。

「マヨネーズピザ作ってきました!」

「マヨネーズ炒飯です!」

「マヨネーズアイス...は失敗しました!」

もはや何でもありだ。マヨネーズを使った料理が次々に並べられていく。

「教祖、一言お願いします!」

キャンパー達が石川を見る。石川は困惑しながらも、立ち上がる。

「あの...俺は教祖じゃないんですが...」

「「謙遜しないで!」」

一同が叫ぶ。もはや逃げられない。

「わ、わかりました...えー、マヨネーズは素晴らしい調味料です。でも、無理に食べる必要はありません。自分のペースで、マヨネーズを楽しんでください...」

石川の常識的な言葉に、一同が「さすが教祖!優しい!」と感動している。

「教義その一!マヨネーズを強要してはならない!」

青年が勝手に教義を作り始める。千葉がそれをノートに書き留めている。

「教義その二!マヨネーズは楽しむもの!」

「教義その三!他の調味料も尊重すべし!」

次々に常識的な教義が作られていく。もはやまともな道徳の教えだ。

「これ、もう宗教じゃなくて、ただの料理サークルじゃない...?」

富山が呆れて呟く。確かに、内容は健全そのものだ。

「でも、みんな楽しそうですよ」

千葉が笑う。確かに、キャンパー達は笑顔でマヨネーズ料理を食べ、交流している。

「まあ...結果オーライ...なのかな...」

富山がため息をつく。

夕方、「マヨネーズ教」の集会は大盛況のまま終了した。キャンパー達は満足そうに自分のサイトに戻っていく。

「いやー、今日は楽しかった!」

「マヨネーズ、見直したよ!」

「明日も集まろうね!」

そんな声が聞こえてくる。

「結局、催眠術は使わなかったけど...みんな、マヨネーズ好きになってくれたよな」

石川が満足そうに言う。

「そうですね。催眠術より、美味しい料理の方が効果的でした」

千葉が笑う。

「それ、最初から気づけよ...」

富山がツッコむが、その顔は笑っている。

「でも、次こそは本当に催眠術を成功させたいですね!」

「まだやる気なの!?」

富山の叫びが、夕暮れのキャンプ場に響き渡った。

その夜、焚き火を囲んで。

「今日は143回目のキャンプで、最高の思い出ができたな」

石川がマヨネーズたっぷりの焼きとうもろこしを頬張りながら言う。

「そうですね。マヨネーズ教、まさか本当に作られるとは思いませんでしたけど」

千葉も笑う。彼のノートには「第143回キャンプ・大成功」と大きく書かれている。

「というか、あれもう宗教じゃないわよね。ただの料理好きの集まりよね」

富山が呆れながらも、少し楽しそうだ。

「まあいいじゃないか。みんな楽しかったんだし」

「でも石川さん、次の企画は何ですか?もう催眠術は諦めるんですか?」

千葉が興味津々で聞く。

石川は夜空を見上げて、ニヤリと笑った。

「いや、次こそは本物の催眠術でみんなを...」

「もういい加減にしなさい!」

富山の叫びが、星空に吸い込まれていった。

翌朝、帰り支度をしている時、昨日の青年が近づいてきた。

「教祖、次回の集会はいつですか?」

「だから教祖じゃないって!」

石川が慌てて否定する。

「冗談ですよ。でも、本当に楽しかったです。ありがとうございました。マヨネーズ、これから色々試してみます」

青年が笑顔で言う。その表情は本当に楽しそうだ。

「こちらこそ、楽しんでくれてありがとう」

石川も笑顔で答える。

「じゃあ、また次のキャンプ場で会いましょう!マヨネーズと共にあらんことを!」

青年がふざけて敬礼する。石川も笑って手を振る。

車に荷物を積み込みながら、富山が呟く。

「結局、催眠術は一度も成功しなかったわね」

「でも、みんなマヨラーになってくれたじゃないですか!ある意味、大成功です!」

千葉が前向きに言う。

「そうだな。催眠術じゃなくても、マヨネーズの素晴らしさは伝わった。それで十分だ」

石川が満足そうに頷く。

「次は何するの?まさかまた催眠術?」

富山が不安そうに聞く。

「いや、次は『超能力でキャンパー達を...』」

「絶対ダメ!」

富山の叫び声が、キャンプ場を後にする車の中に響き渡った。

こうして、石川達の143回目のキャンプは幕を閉じた。催眠術は失敗したものの、キャンプ場には新たな「マヨネーズ教」という名の料理サークルが誕生し、多くのキャンパー達がマヨネーズの新しい可能性に目覚めた。

そして、懐中時計は車のダッシュボードに転がっていた。いつか使われる日を待ちながら...

【完】

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『俺達のグレートなキャンプ143 催眠術でキャンパー達をマヨラーにするか』 海山純平 @umiyama117

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