最強の壁使い、聖なる壁を継承する

みちづきシモン(狐依コン)

第1話「最強の壁使い誕生」

「ハッハッハー! どうだ、見たか!? この僕の最強魔法を!」

 現代に魔法という概念が現れてまだ数年。研究途中の魔法を扱えるものは稀有けうな者として扱われ、良くも悪くも目立っていた。

「ふん、ただの属性魔法が俺の剣の魔法に勝てると思うなよ? ほら、サイドががら空きだ!」

 そうして我こそが最強と己の力試しと、他者からの羨望の目を目当てに、今日も若者がただの喧嘩をしていた。尚、怪我だけで済んでいるだけまだマシなのだろう。


「こらー! ケンジ君と、ツルギ君! また私の癒しの魔法を独占する気ですか? 喧嘩をやめなさい!」

 ケンジが普通の魔法使い、ツルギが剣の魔法使い、そして。

海符かいふ先生が来たぞ。おい、さっさと決着つけさせてもらうからな?」

「それはこっちのセリフだ。さっさと最大魔法を使え!」

「やめなさーい!」

 こんな日々もここが小学校だから許されるわけで。

 日々、社会では大人たちの魔法による犯罪が増加していた。拳銃でさえも抑止力にならない現状に、秩序は壊れようとしている、そんな不安定な日常だからこそ、人々は憧れた。

 自分こそがこの混沌の中で英雄になると。夢見る人々は力を求めた。この力の根源がどこにあるかもわからずに。


 校長室で、校長先生と話す一人の男性。名をクラフト=ウォール。明らかに日本人でない金髪なのに流暢に日本語を話していた。

「それで……その壁の修復にどれくらいかかるんだ? クラフト君」

「校長先生、子供たちが心配なのは分かります。ですが、魔法能力覚醒の壁は逆に広がりつつあります。もはや我々では塞ぎ切れない程に」

「天才の君を持ってしてもか。いよいよ、『異世界』と呼ばれる世界との境界線はなくなりつつあるのか……」

「大丈夫です。私の息子をしっかり育ててください。彼はきっと私を超えます」

「ヘキシ君か……未だ魔法の覚醒もしてないのに何がわかるんだ?」

「きっと未来は子供たちの手で守るように作られているんだと思うんです」

 クラフトはこの、急遽建てられた小学校の守り手として、そしてここに通う息子を思い、手を挙げた。

「ではあとは次世代の子らに任せます。私は一旦帰ります」

 次元の壁に包まれた壁使いクラフトは異世界へと帰っていったのだった。


 放課後、クラフトと同じ髪の色の地毛のヘキシ=ウォールが帰宅しようとしているところへ、ある女の子が話しかける。

「ヘキシ君、もう帰るの?」

「うん、母さんが待ってる」

 あまりにも少ない言葉数に呆れることなく、黒髪の女の子、草壁愛梨はヘキシに質問を繰り返す。

「魔法を使えないのに危ないよ。集団下校まで待とう?」

「大丈夫」

「部活動終わりまで待つだけじゃん。少しくらい……」

「大丈夫」

「うーん、じゃあ、私が一緒に帰ってあげる! 私、魔法使えるし」

「大丈夫」

「うん、じゃあ決まりね! さぁそうと決まったら早く帰る準備してね」

「え? いや、そうじゃなくて……危ないよ」


 先程とは違う反応の彼に、むすっとする愛梨は自分の方が身長が高いのをいい事に、ヘキシの頭をぺしぺしと叩く。

「大丈夫、私が守ってあげる」

「わかったよ、集団下校まで待とう」

「えー? 私と二人きりで帰りたくないの?」

 どんどん不機嫌になる愛梨に、ため息をついたヘキシは諦めて帰り支度を済ませて、愛梨の手を引いた。

 手を繋いで帰る二人を見た、ある男子が怒った表情で先生たちに報告する。

 大人たちに追いかけられながら走る中、愛梨はまるで駆け落ちでもしているかのような気分に浸っていたのだが、ヘキシは作り笑いをしながら周囲に気を配っていた。


 どれだけ走ったかもわからない。路地裏に入ったつもりもなかったのに、まるで迷宮のような路地裏に入り込んだ二人は、正しい帰り道を探して彷徨いていた。

「よぉー? 若いカップルだな」

 二十代前半だろうか、大学生と言うにはあまりにも不良のような格好の男性達が近寄ってくる。

「な、何よあんた達。私、魔法が使えるのよ? 死にたくなかったら消えなさい!」

 いきり立つ愛梨だが、男性達のにやけ笑いは止まらない。まるで餌を見つけたハイエナのようににじり寄ってくる。

「実はなー、俺たちも魔法が使えるんだよー。あ、そっちの男の子はいらないぞ? さっさと女の子置いて逃げな。ひひひ、可愛らしい女の子だなぁ」


 ヘキシは、思わず愛梨の前に立って手を広げる。制止の意味のそのポーズも、本当にただの小学生のそれにしか見えない。

 無意味の行動をする彼の髪を引っ張った男は顔面を殴った。

 殴って殴って殴って、腫れ上がるまで殴っているのに泣き顔一つ見せないヘキシに笑って、唾を吐いた。

「気色悪いガキだな。まぁいいや、用があるのはその女の子の体の方だ」

 その言葉を聞いた時、ヘキシは歯を食いしばって抵抗した。

「お? いい顔になってきたな。そうそう、必死に守れよ、お姫様をよぉ。その方が奪うこちらも楽しいぜ」

 更に腹も顔もボコボコにしてくる男たち。自分に興味が向いてる間は愛梨に害はないはずと考えたヘキシはとにかく手足で暴れた。

 そうすれば大人たちが見つけてくれると信じていたからだ。だが一向に大人たちはこない。

「あー、もしかして大人たちが気づくかもと思ってるのか? 無駄だぜ。俺たちの迷宮魔法は、そう簡単に見つけられない」


 大人たちが来れない、そう聞いた時真っ先に頭をよぎったのは父親のクラフトの顔だった。父なら見つけてくれるはず、必死にそう願った。

 魔法をまだ使えない彼にはそう願うしかなかった。なんなら一生魔法は使えないと思っていたからだ。

 いつだって大人が助けてくれた。彼はまだ子供だ、無理もない。

 だがとうとう理不尽は愛梨に向いた。

「や、やめてよ! もうやめてよ! 私が従えばいいんでしょ?」

「おー、そうだぜ? そうだなぁ、とりあえず服を脱いでもらおうか、靴下からな」

 悪趣味な男たちの下卑た笑い声が聞こえる。それがヘキシの顔色を変えた。


「やめろよ!」

 初めて叫んだ。感情を表に出そうとしなかった彼の初めての叫び。

「なんだってー?」

「やめろって言ってんだ!」

「なら止めてみなー?」

 ゲラゲラと笑う男たちを止める手段はない。魔法も顕現しない。

「愛梨! 魔法を使って逃げろ! 僕のことはいいから!」

「追いかけっこもいいがなぁ、そもそも、この空間では指定された俺たち以外魔法は使えないんだよー」

 愛梨は俯いて涙目だった。きっとヘキシが捕まってから殴られている間、何度も魔法を使おうとしたはずだ。使えなかった、そして大人たちが来ても魔法を使えないかもしれない。

「と、」

「あ? なんだ?」

 ヘキシは涙を流しながら叫んだ。

「父さん! 助けて!」

 その言葉に笑ったのは男たちだった。

「いい声で泣くなぁ」

 そしてその声は届かなかった。愛梨が時間稼ぎになるべくゆっくり服を脱ぐのを見ている男たちはより一層興奮していた。


「なんで……」

『そこにまだ壁があるからだ』

「!?」

 男たちは愛梨に集中して気づかない。ヘキシに語りかける何かがいた。それは恐らく心の声だった。

(誰?)

『誰かを語る必要はあるのか?』

(ううん、今はいい。助けて!)

『助けるのはお前だ』

(……? どういうこと?)

『お前は自分が魔法を使えないと思っている。お前は自分が守られる存在だと思っている。お前は彼女を守れないと思っている。そういう全ての壁を取り払い、従えろ』

(わからないよ!)

『自分の限界の壁を越え、服従させるのだ、ウォール家の血を引くものよ』

 ウォール家と聞いた時、この声の主は確実に信用できると思ったヘキシだが、自分の才能だけが信用できない。

 イメージできないと言っていい。そんな彼に声の主は優しく声をかける。

『ただ己の特別さを信じろ』

 特別だと感じたことはなかったが、この世界では唯一の異世界人の父と、この世界の母の血を引く混血。

 世界で唯一という言葉を思い浮かべた瞬間、彼は瞬く間に光り始めた。


「ん? なんだ?」

 男たちは愛梨から目を離し、ヘキシを見る。

「嘘だろ? なんで魔法の光が……」

 次の瞬間ヘキシから光の壁が飛び出し、男たちを路地裏の壁にぶつけたのだ。

「ぐえっ! く、くそ、なんでだ?」

「愛梨!」

「ヘキシ……ヘキシー!」

 もうすぐパンツまで脱ぐところだった愛梨はすぐに履いてヘキシの元に寄ってくる。

「もう大丈夫だよ」

「遅いわよ……でもありがとう」

 気絶した男たちを光の壁で挟んで、持ち上げ出口を探す。やがて光が見つかり、大人たちが見えた。


 ヘキシは心の声以外の事情を説明して、愛梨と共にしっかり怒られたのだった。

 そうして騒動が終わり、家に帰り母にも叱られた後、一人になった時ふと声をかけてみた。

(ありがとう)

『まだだぞ』

「うわぁ!?」

「どうしたの? ヘキシ?」

 下の階から聞こえた母の声に適当に返しつつ、心の声に返事をする。

(まだ何かあるの?)

『お前は唯一と認めただろう?』

(そうだけど、それが何?)

『お前に全てを継承する準備はできた。この世界ではない世界の、ウォール家の秘法、聖なる壁を受け取れ』


 昔、父がよく話していた聖なる壁。それはこの世界と父の元々いた世界の境界にある壁だという。父はそれを継承できなかったと言っていた。そしていつしか繋がりつつあった、二つの世界を行き来した父は母と出会い自分を産んだ。

 ヘキシとは壁神(紙)になれという想いを込めて父が付けた名前。

 全てが繋がった気がしたヘキシは、最後に尋ねた。

(君はずっといてくれるの?)

『ああ、共に行こう』

 世界で唯一になった彼にはもう隔てる壁などない。だがその役割は重く、いつかのしかかってくる事を彼はまだ知らない。

「よく頑張ったな」

 いつの間にか後ろにいた父に驚いたヘキシは、クラフトに抱きついた。

「父さん! 話したいことがいっぱい!」

「夕飯を食べながらゆっくり聞こう」



 数年後、最強の壁使いと呼ばれるヘキシは、健司や鶴木と共に、愛梨を守る最強のパーティと呼ばれることになる。人助けの先にあるのは、聖なる壁の問題。そこから先は、また別の話になることでしょう。


── 終 ──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最強の壁使い、聖なる壁を継承する みちづきシモン(狐依コン) @simon1987

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画