第2話 花火とビー玉
浴衣なんて、似合わない。
知ってる。
でも、君が「青い浴衣似合いそう」って言ったじゃん。去年の夏、冗談みたいに。
あの言葉、まだ覚えてるの、私だけかな?
提灯がゆらゆらと揺れるたび、胸がきしむ。
焼きとうもろこしの匂い。汗と香水の混ざった人混み。
ざわめきの中で、君の笑い声が聴こえた。
見つけちゃった、また。
いつものTシャツと、ボロボロのダボパン。
あの子といるね。
肩先が、触れてたね。
いつの間にか、そんな距離になってたんだ。
私の方が、君のこといっぱい知ってるのに。
寝ぐせの位置も、授業中耳さわる癖も、あくびをかみ殺す仕草も全部。
目が合った。
少し笑った。
今、私かわいく笑えてた?
喉の奥が苦くて、すっぱい。
呼吸が苦しい。笑ってるふり、もう疲れた。
ラムネの瓶を握りしめた手が、冷たくて白い。
からんと、瓶の底でビー玉が鳴る。
このビー玉みたいに、君をずっとずっとこの中に閉じ込めておけたらいいのに…。
踵を返して、楽し気な喧騒に背を向けた。
人混みのざわめきが遠ざかる。
下駄が、アスファルトを叩いて不器用な音を立てる。
視界の端がにじむ。
そのとき――
小石に躓いて、視界がぐるんと反転した。
ぱしゃん、と澄んだ音。
ラムネの瓶が砕けて、破片がキラキラと散らばった。
痛い。
転んだ衝撃で、掌と膝を擦りむいた。
涙が勝手にあふれてくる。
ビー玉はどこかに転がって行ってしまった。
破片をひとつ拾って、掌の擦り傷に押し当てる。
君の名前を刻むように……。
赤い線がひとすじ、月の灯りに反射する。
痺れるような痛みが皮膚を這う。
けど、気持ちは少しだけ、楽になった。
夜空の花火がひとつ、遅れて弾けた。
ぐちゃぐちゃに涙を流している私を、この痛みごと、君に届けたい。
手首を赤く染める痛みも、涙も、崩れて汚れてしまった浴衣姿も――。
全部、君のものなのに……。
メンヘラちゃん 月詠兎 @tsukiyomiusagi
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