喧騒の中、独り

西條 ヰ乙

第1話

『こんにちはー』


『こんちゃー』

『こんにちは!』

 たった一言の挨拶を送信しただけで、たくさんの人が同じような言葉を返してくれる。


 私はスマホを覗き込んで、ホッと息を吐いた。


 学校が嫌いなわけではないけれど、家族との仲が悪いわけでもないけれど、それでも私にとって匿名SNSここは大切な第三の居場所だった。


 みんなは私が誰かわからないし、私もここにいるみんなが誰なのかまったくわからない。

 みんな同じお月様のアイコンで、違うところといえばアカウント名だけ。

 特定の人をフォローする機能すらついていない、ただ単純にみんなで独り言を垂れ流すだけの場所。


 私がこのSNSを始めたのは半年前のことだった。

 休日に暇を持て余していた私は、アプリストアのランキングを巡回していた。そこで見つけたのがこのSNSだった。


 みんながみんな、自分の好きなことを呟いている。

 他にも呟き機能のあるSNSはたくさんあるけれど、このSNSにはフォロー機能がないから、みんなその時その時に出会う他のユーザーとの一期一会を楽しんでいた。

 そこに私は猛烈に惹かれて、毎日その日限りの浅いやりとりを楽しんでいた。


『誰か今日あったこと聞いてくれない?』


 ユーザーの呟きで溢れるタイムラインをスワイプしていると、ふとこの呟きが目に止まった。

 呟きの主であるアカウントの名はひかりさん。

 タップすると、そこには私と同じようにこの呟きに吸い寄せられた他のユーザーたちが、

『なにがあったの?』

『聞かせて、聞かせて』

 と彼女に声をかけていた。

『私も聞いてみたいな』

 送信ボタンを押した。


『わー、みんな聞いてくれるみたいでありがとー! でもあんまり期待しないでね? 今日私が友達から聞いた話をみんなにも聞いてほしいだけだからー』

『なになに、気になる』

『恋バナ? それとも怖い話系かな?』

『怖い話は苦手かも』

 私はちょっと苦笑して、送信ボタンを押す。


『あのね、私地元の県立高校に通ってるんだけど、そこの七不思議の話!』

『怖い話か、退散退散』

『怖い話大好き。続き聞かせて』

『怖い話と聞いて我参上』


 ひかりさんが七不思議と言った途端に会話から抜けていく人がおり、逆に会話に参加し始めた人もいる。

 この気軽な感じが私は好きだった。


『私の学校には事故で亡くなった生徒の幽霊さんの話があって、なんとなんとその幽霊さんはこのSNSのユーザーらしいんだ!』

『なんそれ』

『怖い……か? いや、うん怖いな』

『幽霊がSNSやるわけあるかい』

 ひかりさんの呟きに、次々と感想が書き込まれていく。


『そもそも七不思議ってそうゆーのじゃなくね?』

『七不思議ってあれでしょ? 音が鳴るピアノとか、増える階段とか』

『一番有名なのはやっぱトイレの花子さん!』

『新生なの、うちには半年前にできた新生七不思議ってやつがあるの!』

 ひかりさんと他のユーザーが喧嘩を始めてしまった。


『新生って……』

 私も苦笑いをこぼしつつ、ぽつりと呟いた。


 薄い氷の上を歩いた様な、白くひび割れた液晶の先ではまだ彼らの喧嘩が続いていた。

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喧騒の中、独り 西條 ヰ乙 @saijou

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