ララミディア独立戦争

真名千

ララミディア独立戦争

「右舷、大型のモササウルス通過します」

 聴音員ソナーマンの声が、特殊潜航艇「菊石号」の艦内に響いた。推古諸島共和国海軍の乗員たちは息を押し殺して、危険な大型海棲爬虫類の通過を待った。母艦の潜水艦ならともかく、そこから分離した小型艇の菊石号では、モササウルスに襲われたらただでは済まない。

 いまだ西部内陸海路の支配者は人類とは言いがたかった。特に深度の浅い海中においては、そうだ。


(それなのにアメリカ人たちは人間同士の戦いを始めようとしている)


 艇長は人類の愚かさに溜息をつきそうになって慌てて飲み込んだ。まだモササウルスは隣で聞き耳を立てているかもしれない。



 東のアパラチア大陸と西のララミディア大陸。西部内陸海路を挟んでトラベルワールドのアメリカ合衆国を構成する二つの大陸は、国土の巨大さに耐えられず分裂し、戦争を起こそうとしていた。


 そもそもがアメリカ合衆国の内戦を阻止しようとタイムスリップしてきた人々の創った国であることを考えれば、あまりにも皮肉がすぎる。

 タイムスリップは失敗し、彼らは白亜紀末期の地球に飛ばされた。それどころか、他のタイムトラベラーたちも、ことごとく同じ時代に飛ばされてきた。どうやらタイムスリップの移動先が白亜紀末期に固定されてしまっているらしく、狙った時代に飛べなくなっているのであった。最初にタイムマシンを開発した人間の目的地が恐竜時代だったのではないかと言われている。

 乗ってきたタイムマシンで元の時代に戻ろうとした人々は時空の狭間に消えた。のみならず奇怪なロールバック現象が起きて、現地で発展させかけていた文明も大きな被害を被った。科学者によれば原子爆弾などを使った場合も同じ現象が起きる恐れがあるという。中には電波を発振する機器すら危険だと主張する者さえいた。


 歴史改変の夢破れた人々はやむなく恐竜が跋扈する大陸の片隅に自分たちの国を興した。それぞれ、おおむね故郷の位置を踏襲していたが、日本列島は大陸と分裂する前であり、日本人タイムトラベラーたちはやむなく天皇海山列が沈む前の姿にあたる推古諸島に本拠地を据えていた。

 位置関係からも推古諸島共和国はララミディア大陸と親しかった。とはいえ、ララミディアの独立を後援していたわけではなく、アパラチアとの仲裁にヨーロッパ連合と一緒に尽くしてきた。しかし、全ては無駄であった。いまやアパラチアの敵意は推古諸島共和国やヨーロッパ連合にも向けられていた。


 アメリカ人タイムトラベラーたちは他人の行動に口出しすることを好みすぎた。国土が広く気候風土も異なり、文明も復興――というべきか、再発明というべきか――の途上にあるのに、それぞれの事情を無視して、自分の理想を押し付けあった。

 人間の支配欲に限界はなかった。


 摩擦の代表的なものが先住の生物である恐竜などの保護に関する考え方だった。土地は余っているのだから極力保護すべきとするララミディア(有名な恐竜が多い)と個体数を維持できる最小限を残せば十分とするアパラチアでは、かなり姿勢が違っていた。

 それでも陸上生物についてはそれぞれの州の基準で棲み分けが出来た。だが、西部内陸海路の水棲生物に関する問題は両者の潜在的な領海問題に発展してしまい、対立が決定的となる契機になった。



(本来の覇者であるマーストリヒトの怪物モササウルスの呪いか……)


 艇長はバカげたことを考えながら問題のモササウルスが離れたことを確認して潜望鏡をあげた。


 すでに空戦がはじまっていた。


 アパラチア(東アメリカ)空軍のレシプロ戦闘機サーベルキャットとララミディア(西アメリカ)空軍のレシプロ戦闘機プテロダクティルスが飛行機雲を引きながら相手の背後につこうともつれ合っていた。数はサーベルキャットが優勢だが、プテロダクティルスは編隊を緊密に維持して数の不利を補おうとしている。

 そして、ララミディア海軍は多少の爆撃を受けても致命傷を避けられた。無数の水上戦車とも言うべき特殊砲艦で編成されていたからだ。


 開戦までに大型船を建造する時間がなく、戦場は天候が荒れにくく水深の浅い西部内陸海路に限定されると考えたララミディア海軍は小型艦艇の数を揃えることに集中した。

 ララミディア海軍が後で敵になっても小型艦艇では自国への攻撃がしにくいことから推古諸島共和国やヨーロッパ連合も、その方針を後押しした。こうして誕生した数百隻からなる水上戦車・魚雷艇部隊はアパラチア海軍を迎撃するべく波を蹴り立てて進んでいった。


 後にヘルクリーク海戦と呼ばれる戦いはアパラチア海軍巡洋艦の遠距離砲撃ではじまった。これに対してララミディア海軍の数少ない駆逐艦が届かぬ主砲で撃ち返し、煙幕を展開して小型艦たちを守る。

 アパラチア海軍巡洋艦は、ジグザグ航行する駆逐艦に遠距離から弾を当てることができず、弾切れを恐れて距離を詰めざるを得なくなった。さらに遠距離から放たれた魚雷がアパラチア艦隊の陣形を乱す。

 ララミディア海軍は狙い通りの乱戦に持ち込んだ。



 一隻の駆逐艦に十隻近い小型艦艇が襲いかかる。しかも、砲艦は半潜水モードになることができ、砲塔だけを海上に出しての射撃が可能だった。こうなると高速は発揮できない代わりに被弾面積は非常に小さい。

 5インチ砲の集中射撃を受けてアパラチア海軍の鑑定が次々と穴だらけにされていく。まるで小型肉食魚の群れに襲われる牛のようだ。完全に動きが止まった艦には魚雷艇が肉薄して、魚雷を発射。トドメを刺していった。


 ララミディア海軍の犠牲は決して少なくなかったが、初戦はこうして西アメリカの勝利に終わった――かに思われた。



「なんだ!?」


 菊石の艇長は生き残ったプテロダクティルス戦闘機が必死に高空へ向かっているのに気づいた。サーベルキャット戦闘機もそれを追いかけていく。いや、しばらくして反転した。潜望鏡の倍率を切り替えると、その先には多発機らしき大きな影が東から西へ向かって飛んでいた。

「偵察機か?」

 口では一般的な判断を述べるが、どうにも嫌な予感がする。

「面舵、針路を南に取れ。戦場を離れる。潜航用意」


 艇長の判断は間に合わなかった。この日、東アメリカ軍の新型重爆撃機マストドンはトラベルワールド初の原爆を投下した。


「あいつらリセットボタンのように……ッ!!」


 衝撃波で翻弄される菊石号の中で艇長は呻いた。核を使用すれば時間が巻き戻るなら、戦争で不都合な結果が出たら核を使えばいい。そんな恐ろしいことを考えた人間がアパラチアにはいるらしい。

 それだけなら無人地帯に投下してもいいのに、わざわざララミディア軍の上に落としてくるのは、戦いに負けた腹いせのようである。底知れない悪意、それでいて子供っぽい悪意が感じられた。


(もしや、あの噂は本当だったのか?アメリカが分裂した原因となった張本人がタイムトラベルしてきてアパラチアで実権を握ったというあの噂は……)


 ここで艇長の意識は一度途切れた。意識が戻った時にはロールバック前の残留記憶を頼りにマーストリヒトに本部を置くヨーロッパ連合がアパラチア帝国――いつの間にか帝国になっていた――に宣戦を布告しており、推古諸島共和国もそれに習おうとしていた。



 こうして第一次世界大戦より遥か昔に、第三次世界大戦が始まった。

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