釣り堀

冬部 圭

釣り堀


「魚釣りをしたい」

 と浩太が言った。釣りなんて久しくしていないので用具は何も持っていない。準備とかでかなり使うことになりそうで困ったなと思う。そもそも海に行くのは面倒だ。近場に釣りができるところが無いか調べたら、車で二十分位の所に釣り堀があることが分かった。貸し竿もあるらしいのでお手軽そうだ。釣った魚をお買い上げと言うことは結構安く上がるんじゃないかと心惹かれる。貸し竿があるところでは渓流を利用したマスの釣り場なんてのもあるそうだけど、調べた限りではこちらは入場料が結構いいお値段する。十匹迄のお持ち帰りまで考えた料金設定なのかもしれない。ふたりで二十匹、三人で三十匹なんて釣って帰ったら大ごとだ。

「釣り堀でいいか?」

 浩太に聞くと少し不服そうだったけれど、

「まあ、いいよ」

 と返事が返ってくる。こちらも手抜きであることを自覚しているので申し訳ないなという気持ちがある。負い目はあるが、休日に遠出するだけの気力がないのであきらめてもらうしかない。

 ニジマスだと伝えたら妻は

「晩御飯のお魚になるんだったら家計から出してあげる」

 と言ってくれたので想定より更にお財布にも優しい。

 俊平にも一緒に行くか聞いたら、

「たくさん釣れても困るんじゃないの?」

 と変な方向の心配を口にした。そんなことはたくさん釣れた時に考えたらいいと思うので、

「その時はその時で考えればいいさ。全く釣れなかったときの方が心配だね。ストレス解消のつもりがストレス倍増。お金を払って時間を使って何をしてるんだろうって気持ちになるんだから。でも釣り堀だったら大丈夫じゃないかな。きっとそこそこ釣れて気分転換になるさ。ふたりで二匹ずつ釣ったら晩御飯に十分だし、四匹釣ったら二匹食べられる。婆ちゃんちに持って行ってもいいし」

 と声を掛けた。

「だったら安心だね。オレも行く。兄ちゃんとどっちがたくさん釣れるか競争だ」

 俊平も興味はあったみたいでそんな風に答える。釣ったらお買い上げなのでたくさん釣れるかじゃなくて早く釣れるかを競って欲しいけれど指摘はしない。少しでも気分を上げて行かないとこちらも辛い。みんなそこそこ楽しみにしている状態を保たないと。

 当日、釣り堀なる場所に親子三人で車で向かう。たどり着いた釣り堀はちょっと失礼だけどほどほどに萎びた感じがして趣がある。僕の好みではあるのだけど、息子二人がどんな感想を持ったかは分からない。

 僕たちの他にも家族連れらしきお客さんが二組ほどいて、のんびり談笑しながら魚釣りを楽しんでいるようだ。僕たちも店番のおじさんに二本分の貸し竿代を払って、貸し竿と練り餌とバケツを受け取る。

 マスが放たれている池を覗き込むと魚影が見える。

「魚がいっぱいだ」

 俊平が楽しそうに笑う。

「釣り堀だからね」

 浩太は当たり前だろと言う口調で答える。それでも機嫌は悪くなさそうだ。

「制限時間は二時間。ふたり合わせて八匹釣り上げるか二時間が経過したらおしまい。どちらかが一匹も釣れてなかったら延長戦に突入。それでいいか」

 釣った魚はお買い上げでリリースは禁止と言うルールらしいので釣りすぎは良くない。まあ、八匹も釣れるかどうかわからないけれど念のため。

「分かった。それでいいよ」

 浩太が答える。

「どうやるんだろう」

 俊平が竿と練り餌を手に首を傾げる。そんなの僕にだってわからない。

「父さんも分からない。そうっと糸を垂れた方がいいような気がするけど、その他は想像もつかない。いろいろ試してみたらいいんじゃないか。餌の量とかどこにどれくらいの深さで釣り糸を垂らすか」

 ふたりには普段分からないことを正直に言うようにしてもらっているので、こちらも分からないことを正直に言う。楽して釣れるのはそれはそれで楽しいかもしれないけれど、試行錯誤して釣り上げるのはまた別の喜びがあるんじゃないかと思う。口にはしないけれどふたりが色々考えて釣りを楽しんでくれたらなんて考えて。

「分かった。いろいろ試してみる」

 とりあえずバケツに水を汲んでふたりの様子を見ている。俊平は考えながら練り餌を針に付けて釣り糸を垂らす。浩太もさっさと餌を付けて釣り糸を垂らしている。

 浩太の持つ釣り竿の先が少し震える。浩太が慌てて引き上げると餌がなくなっているみたいだ。

「遅かったのかな」

 浩太が呟く。

「どうだろう。針を飲み込まずに餌だけ取ったのかもね」

 何が駄目だったのか全く見当がつかない。なので適切なアドバイスをすることはあきらめて当たり障りのない感想を述べる。

「餌はまだまだあるからいろいろ試して見るしかないんじゃないか」

 そう付け足すと

「そうだね」

 と答えて浩太は再度釣り糸を垂らす。

 何も反応が無かったように見えた俊平の方も引き上げてみると餌がなくなっている。

「取られちゃったのかな」

 それとも付け方が甘くて落ちたのか。

「おっ」

 浩太の方に魚がかかったみたいだ。

 浩太はおそるおそると言った様子で釣り上げた魚を針から外してバケツに入れる。

「やったな」

 声を掛けても浩太は返事をしなかったけれど嬉しそうにはしている。

「こっちも」

 しばらくして俊平の方も釣れたみたいだ。

「外してよ」

 俊平はぶら下げた魚を僕の前に持って来て甘ったれたことを言う。そこも含めて魚釣りだよと思うけれど、無理につれてきたのは僕のような気がするので針から魚を外してやる。

 何とか釣れることは分かったので一安心。ほどほどに釣れるみたいで助かる。

 心に余裕をもってふたりが釣りをしている様子を見ていることができる。

「これで八匹だね」

 しばらくして、八匹目を釣り上げた俊平が言う。一時間半で浩太が五匹に俊平が三匹。立て続けに釣れたり全く釣れない時間があったりしたけれどそれなりにふたりは楽しんでくれたみたいだ。

「じゃあ、帰るか」

 店番のおじさんの所にバケツを持って行くと流れるような包丁さばきでワタを取ってくれる。片付けは用具を返すだけだし至れり尽くせりだ。

 お買い上げ分の魚代を払って帰宅する。

「どうだった」

 軽い調子で妻が尋ねてくる。

「たくさん釣れたよ」

 浩太が機嫌よく答える。

「八匹だからひとり二匹ずつだね」

 俊平がそんなことを言っている。夕飯で妻が塩焼きにしてくれたのでみんなで食べて魚釣り終了。

「どうだった」

 妻と同じことを浩太に聞く。

「手抜きだと思ったけど、面白かったよ。今度はもっと手の込んだ釣りをしたい」

 なんて回答が返ってくる。手の込んだというのは用具を揃えたり船にのったりと言うことを想定しているのだろうか。

「用具を置くところもないしな」

 しばらくは釣り堀で我慢してと言おうと思ったけれど、それも申し訳ないかと思い直す。

「今度は自分で調べてごらん。どこで何を釣りたいのか。用具は借りられるのか揃える必要があるのか。揃えるなら何が必要でどこに保管するか」

 妻の眉がピクリと動いたような気がするけど気にしないことにする。浩太は目を輝かせて

「分かった」

 と元気よく答えてくれる。

「次は家計から予算が下りないからそこのところも良く考えて」

 妻のご機嫌を取るためにそう付け加えておく。

「同じところのニジマスだったらまた家計から出してあげるよ」

 妻がそう告げた。結局僕らは妻の掌の上にいるような気がする。掌の上から脱出するのかしないのか。浩太の悩みは深まりそうだ。

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釣り堀 冬部 圭 @kay_fuyube

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