姫ちゃんになりたい
マヌケ勇者
姫ちゃんになりたい
ネトゲの姫ちゃんになりたい。チヤホヤされる存在になりたい。
私はネットでもリアルでも不幸だ。
仕事も、オンゲー(オンラインゲーム)もそんなに上手くない。
出会い厨に歳を聞かれるといらいらしてくる。堂々とできる歳じゃない。
でもギルド(オンゲーのグループ的なもの)には友達がたくさんいる!
世話が焼ける人が多いけれど、戦闘を教えたり装備を作ったりしているのは楽しい。
そんなささやかな幻想も昨日の夜に打ち砕かれてしまった。
ギルドのマスターに呼び出された。
「サクヤさんのことさ、イチゴさんが困ってるんだよ」
サクヤは私。イチゴというのは最近ギルドに入ってきたあざとい子だ。
ギルドの地位の高い人。それと面倒見のいい人。彼らに露骨な猫なで声を出す。
そして絶対、変な意味で自分のことかわいいと思ってる。
うざったく自信たっぷりに、べらべらと自分のことを延々と話し続けてアイドル気取りだ。
正直、すごく、うっとうしい。ある種の姫ちゃん気質。
でも私は他の人と同じように接しようと努力していた。
「サクヤさんが自分にだけ凄く冷たくしてくるって。話かけてくれたと思えば戦闘の指示ばっかり。装備を渡されるのも一方的で凄く怖いって」
「え……何それ。怖いって、私そんなつもり全然ないんだけど」
「いや、俺も思ってたんだよね。やること一方的だって。俺以外にも感じてる人いたし」
「そんな……」
彼は話を続ける。
「ともかく他のメンバーが困ってるからさ、サクヤさんがなんとかしてよ」
なんとかって、こんなのどうしろっていうんだ!
こいつはマスターのくせにいつも他人任せだよ。
しかも自分じゃなくて、他のメンバーが困ってるせいにしてここも人になすってるし。クズか?
ああ、それにしても私は今まで何をやっていたんだろう。
あれもこれもどれも、全部余計なお世話だって。私はおつぼねか?
ああ、やだやだやだこんなクソゲー。ふざけんなよ。
そしてそのまま私はヤケ酒の勢いもあってキャラクターのデータを消してしまった。
キャラクターは消えたけれど、頭の中は何度も思い返しながら嫌な気分で寝た。
翌日の夜になっても、私はまだまだ感情を引きずっていた。
腹いせに半年ぶりぐらいのFPSゲーム(撃ち合うゲーム)を起動する。
撃っても全然当たらない。もうすっかりオンゲーの世界に適応してしまっていたのだ。
でもあんなクソゲー……いっそ私が姫ちゃんだったらいいのに。
いや、クソゲーなんじゃない。クソなのはギルドのやつらだ!
あのオンラインの世界で、そうだよ私が姫ちゃんになればいいんだ。
あれこれ教えたりなんかしなくていい。
ちょっと猫なで声を出して、私が面倒見たような世話のやける子をすればいいんだ。
前の小人族男子のキャラなんかやめて、猫耳で美人のカワイイ子になって。
ナイト君や従者君(どちらもとりまきの一種)をゲットするんだ!
そうして、私はすでにキャラクター作成を始めてしまっていた。
私の新しい冒険生活……姫ちゃんライフ! は森の都で始まった。
姫ならばもちろん(?)回復術師。今度の名前はサキ。
街の中心のワープポイントの雑踏。人間の群れ。
どうやって、なんて、声をかけたらいいんだろう?
考えてみると、わからない。私は内容を少し考えた。
「すいませーん! 園芸師ギルドはどこですか?」
知ってても聞いてみる。
「地図の上に行って旧市街に出て左の行き止まりだよ」
冒険者たちは親切だ。通りすがりにそう教えてくれた。
そして彼はそのまま通り過ぎていった。
わからない。フレンドってどうやって作ったっけ。
考えながらとりあえずレベル上げを始めた。
新規プレイヤーの多い時期でもないし、狩場は静かだった。
もくもくとテントウムシ形の敵に石を投げていると、横を中盤くらいのナイトの装備を着た小人族男子がとことこ左に駆けていった。
しばらくすると戻ってきて、今度は右へ走っていった。
そしてまた戻ってきた。一体何をしているところなのだろう?
私の前で小人はぴたりを足を止めた。
「あの、若葉の牧場ってどっちですか?」
え、そんなのマップの南に行くだけじゃん。
ちょうどシーズンイベント中だからそれに行くんだな。
ていうか、そんなことレベル3のプレイヤーの私に聞くなよ。しょうがないな。
「えっと、ここから南って聞いた気がします」
「僕、方向音痴でw ありがとうございます」
そう言うと彼は北へ向かって走り出した。
「待って、そっち逆! 逆!」
「えーー? そうなんですか? 僕ほんと方向音痴なんですよw」
地図読めないタイプなのかな。仕方ない、案内してやるか……。
雪景色の若葉の牧場。
迷子の彼はポンポンという間の抜けたような名前をしていた。
「すごいすごい! 雪だるまいっぱい立ってる!」
イベントの飾り付けに超はしゃいでジャンプ連打してる。
「道案内ありがとうございました!」
にこにこしたまま彼は言う。
「そうだ、よかったらフレンドなってもらえませんか」
なんだこいつ。でも姫らしいしゃべり方で生きないと。
「えっと、すごく積極的な方なんですね?」
「師匠のキサブローさんが、親切な人とフレになったらもっと楽しい! って教えてくれたんです」
誰だよキサブローって。
まだ返事していないのにピロッとフレンド申請の通知が来る。
仕方ない、仕方ないよねこれ。
まっさらな新しいフレンドリストに最初の名前が載った。
ポンポン・ヤー
やっぱちょっと変な名前だな。
さいきんこのセリフをよく聞く。
「ストーリーのそこは、道がややこしいから案内しますよ!」
ややこしいというのは、ポンポンの基準でなのだろう。
ポンポンは見た目通りの初心者ぎみプレイヤーで、まだフレンドが少ないらしい。
それで私に懐き……というかまとわりつき始めている。
「今そっちのワープポイントに飛びますね」
そのワープから、私のいる場所までの道をこれまで何度も迷っている。
またか。という気持ちでここからワープポイントまで引き返す。
やっと合流した彼が呼び出した2人乗りの大きな陸鳥の後ろにフリルのスカートでまたがる。
でもなんだか、絵面が子守をしているみたいだ。
「そっちじゃないよー。左だよ」
「柵のある方は敵が強いエリアだよ」
道を間違えたら、敵に殴られて死ぬのは後ろの席のレベルが低い私だけだ。
それでも我ながら、こんな序盤よく覚えてるなぁ。
そして1番やばいのが、彼がダンジョンの道も迷いまくることだ。
「ああもう、こっち! こっち!」
ガード役のナイトのポンポンよりも前を歩き、ジャンプをして後衛の私が先導する。かなり変な進行。
「サキさん、今日もありがとうございました!」
助けに来たとか言っているわりには、ポンポンはこういう挨拶をする。
それはけっこう、楽しかった。そんな日がしばらく続いた。
さて、私もばかではない。私は姫ちゃんだ。姫になるのだ。
すでにギルドの募集にはいくつか乗っていた。
募集だけはギラギラやっているのに、入ってきた新メンバーの扱い方なんて考えもしてない所。
そういうよくある所を渡り歩いた。
今度入ったギルドのマスター、グレインは
「うちのギルドは男ばっかりだからな。女性が増えるのはありがたい」
ちょっとしゃべっただけで女子認定してきた。
私がオッサンだったらどんな顔をするんだろう。
でも、男ばかりというのは姫プレイの下地になる!
ここはイケメン種族の甘かったりクールだったりする美顔で構成されたギルド。
理想的。メンバーは私の他に8人。
1人がアイテム制作……クラフト勢で他の7人はエンドコンテンツ勢(高難度ボス勢)だ。
どうやら私はエンドのパーティの8人目として期待されているらしかった。
行ったことはなかったけれど、エンドに興味はあった。
期待されているだけに、彼等がエンドコンテンツに挑んでいる最中以外は私が話題の中心だった。
「じゃ、これ加入のお祝いとアイテム代ね」
そう言ってマスターに300万ゴールド渡された。
レベルがカンストしたプレイヤーにとってはさほどの大金でもない。
だがこれまでの私は、ずっと高価な上級防具をくばったりはしても、ろくな物をもらった事がなかった。
可愛い子キャラになるだけで、最初からこんなにも違うんだ……! そう思った。
レベルが上がったら高品質(製作大成功品)の装備がもらえて。
新しいダンジョンが出たら争うように4人、8人のパーティが組まれて。
私のログインの時にはみんな大急ぎで挨拶してくれる。
あっと言う間に全員からおやすみの言葉が届く。
買っただけで放置され気味のギルドハウスは、私の自由に内装できた。
前なんて例のクソマスターの変なセンスの部屋で、ハウスに飛びすらしてなかったな。
ああ、お世話される側になるって、いいなぁ。
そういえばだけど、いつだかポンポンが言っていた。
「前にキサブローさんにサキさんのこと話してたら言われたんです。人に好かれるには、その人に世話をさせろって言葉があるって」
「あ、もちろん僕はサキさんのお手伝いすること、気にしてないですよ!」
私はあなたの世話をするのがちょっとめんどくさいです。
それで、その言葉を新しいカンパニーでかまわれながらなんとなく考えていた。
ここに入ってから、ポンポンとしばらく遊んでないなぁ。
でも、今夜もマスターのグレインさんは言ってくれる。
「始めは人見知りなところもあるけど、打ち解けたらサキさんがすごく人に優しい人だってわかる」
私だけのナイト君はちょっと素敵なことをたくさん言ってくれる。
「エンドは最高だけど疲れる。だからいっそう俺、サキさんと話してると癒やされるよ」
「俺たちにいつも明るくしてくれるけど、ホントはとても繊細な性格だよね」
そして、私の些細なプレイをひとつひとつ拾っては褒めてくれる。
少し恥ずかしくもあるけれど、居心地はとても良かった。このころまでは。
「サキさん、なんで覚えられないの? 二人目の回復師は東側で敵の技を4人で受ける」
ボイスチャットからマスターの濁った男声がする。舌打ちをしながら。
駆け足で育っていった私は、遂に彼らとエンドに行くようになった。
私には初めて挑戦するエンド。でも彼らは何週間もプレイして慣れている。
ギャップが、ある。でもそんなこと誰も気にかけてくれなかった。
私は即戦力を求められた。毎日攻略サイトの内容を予習して、予習して、復習もして。
でも全然私は覚えられない。日々、張り詰めた緊張感だけが続いていく。
「あぁ~~。また誰かのせいで進まないねw」
メンバーの1人が深いため息交じりに言う。
彼にとっては、私はもはや敵に見えているようだ。
あんなに、取り囲むようにチヤホヤしてくれていたのに。
心にはずしりと、重しばかりが積み重なっていった。
そんなある日。ギルドハウス前でぼんやりしているとポンポンがハウスワープで飛んできた。
「ポンポンじゃない。急に何しに来たのよ」
「けっこう前に、サキさんがハウス案内してくれるって言ってたじゃないですか。ちょうどいるみたいだったから、見学に来ました!」
相変わらずなんかこいつは頭の上にヒマワリでも咲いてそうだな。
ポンポンはきゃあきゃあ飛び跳ねながらハウスの内装を眺めている。
そこへマスターのグレインが入ってきた。
「サキさんの女友達?」
ポンポンへのぶしつけな質問だった。
「え? 僕男ですよ」
「そうか」
それだけ言うとマスターは部屋から出ていった。
一通り眺め終えたポンポンは満足げだった。
「サキさん、また時間のあるときダンジョン行きましょう!」
そう明るく言って、手を何度もブンブン振って帰っていった。
しばらくして、チャットの個人メッセージの効果音がした。マスターからだ。
「お願いだからハウスに勝手にあいつ連れてこないで」
意味がよくわからない。
「私のフレンドなんだけど……」
「あんな装備の雑魚、君には似合わないよ。俺たちも関わりたくない。」
俺”たち”って。メンバーと相談してはなさそうだけど。
「その言うこと、なんで聞かなくちゃいけないんですか?」
「は? だって今エンドとか行けてるのも、俺が頑張ってあげたからだよ?」
「そこまで束縛されたくないです。……それにエンドも、最近は冷たく嫌味みたいな事言われるばっかりで本当はつらいです」
マスターの語気が変わっていく。
「はぁ? そんな風に思ってたの? 最低だよ。お前。俺が準備も全部して教えてるのに、俺が悪いみたいに言って」
「えっと……それは……」
俺が全部だって、やはり彼には他のメンバーの存在は半分視界に入っていなかったようだ。
「嫌なら、もう抜けろよ」
言いたいことを言って、それから酷いことを言われて。
私は返事もせずにしばらくぼうぜんとしていた。
そうして、少しして。ギルドを除名された通知が出た。
あーあ、肩の力が抜けた。頭の中も真っ白け。
最初のキャラクターを消した時以上にやる気が無くなった。
半月ぐらい、帰ってきてもゲームしないで寝た。
その間、何度かオンゲーのスマホアプリにメッセージが届く音がした。
なんとなく、グレインさんからの恨み言のような気がして開かなかった。
そういう気分も落ち着いてきたころ、またスマホにメッセージが届いた。
見てやるか。そんな気分に私はなった。
最新のメッセージは意外にもポンポンからだった。
「サキさんお久しぶりです。最近うちのギルドにゲームを始めたての人が来ました」
「彼と冒険していて、サキさんの事を思い出してたくさん話しました」
「サキさんは今この世界にいないけれど、私の記憶の中にはサキさんがいます」
「私は憧れのサキさんが、どこかの世界でも優しく冒険していて欲しいです」
どこかの世界、かぁ。それに私はそう優しい人ではないよ。
ちなみに他のメッセージは本当に、グレインさんの恨み言だった。
俺は悪くない。恩知らず。わがまま女。とかそういうのの言い換えたち。
どこかの世界。それは結局いつものオンゲーの世界。
誰も来ない場所。私は海辺の村の、ハマヒルガオの咲く崖に座っていた。
姫ちゃんってなんだったんだろ。理想のナイト君ってなんだったんだろ。
姫ちゃんの従者ってどこにいるんだろ。そんな言葉が頭をぐるぐるする。
ぐるぐるし続けて薄れてきたころに、ポンポンがやってきた。
初心者との冒険が一段落ついたそうだ。うるさいのが来ちゃったな。
それでも言葉は自然と口から漏れてくる。
「ポンポンさぁ、私姫ちゃんになりたかったんだよ」
「姫ちゃんってなんですか?」
「えーっと、周りにチヤホヤされてお世話される人。かわいい人」
「そんな感じの人ですか」
「ナイト君も、欲しかったんだよ」
「ナイト君はどういう意味ですか?」
「護ってくれてかっこよくて、なんでもお世話してくれる人」
それを聞いて、ちょっと考えてポンポンは言った
「じゃあサキさんってナイトさんじゃないんですか?」
「えっ……それは考えて無かったかな」
「私もナイトさんなりたいです」
「私はチヤホヤされる姫ちゃんになりたいよ……」
「それ応援します! チヤホヤしますから一緒に姫ちゃんも目指しましょう!」
そんな事をいかにも本気で言う。
「でもさ、ポンポンは男でしょ」
「え? 私女ですよ」
「で、でもこの前ハウスで男って」
「知らない人の前では男のフリしなさいって、キサブローさんが」
また余計な入れ知恵か。
それでも、今みたいにこういう事言って元気づけてくれる人って、何ていうんだろう。
姫ちゃんっていうのとはちょっと違う気がする。
アイドルか何かみたいな……。
結局私はポンポンたちのギルドに入ってオンゲーを続けている。
事あるごとにポンポンは私の事を持ち上げ、ヨイショしてくる。
だけれど場のムードを作り出しているのはポンポンだ。
人に気を配って。変な失敗をして。私のことを持ち上げて……。
でもポンポンは言っていた。サキさんが居ないと話しにくいって。
どこか空気を固く感じるし、話し出すきっかけが無いらしい。
新人の世話しに行く時も、結局私が道案内についていってるしね。
うちのギルドの姫ちゃんは、間違いなくポンポンだと思う。
そして私はナイト様でも無く……ポンポンのオマケだ。
それでも居ないとポンポンは困るらしい。
だから、ポンポンにちょっと私を添えて。
「サキさん、今日も皆でダンジョン行きましょう!」
私達は今きっと、アイドルだ。
姫ちゃんになりたい マヌケ勇者 @manukeyusha
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