大学生活、最後の幸せ

大学生活が始まったが、やはりほとんどそれまでの延長線で、青春とは無縁の日々が続いた。

高校とは規模が違うほどに、無数の部活やサークルがあったが、それらも全部スルーした。


全部スルーしたのは、人間関係のしがらみはもちろんのこと、他にも理由がある。

大学に入っても、学業に対して少しも手を抜くわけにはいかなかったからだ。



それまでのお母さんの貯蓄で、入学金は余裕で払うことが出来た。しかし、学費となると私立よりはかなり安いが、4年間で数百万円であり、今の貯蓄ではとても賄えない。だが卒業すると同時に、数百万の借金を背負わされる奨学金や学生ローンを使いたくはなかった。

そこでぼくが目をつけたのは、学費免除の制度だった。大学が成績優秀かつ世帯収入が一定を下回っている人に対して学費を免除する、という内容だ。ただし、免除されるのは学費だけであるが。



この制度は、ぼくにとっては命綱だった。借金を背負わずに大学を出るにはこれに頼るしかない。だが、この大学自体も名門の国立であり、ただでさえ全国から優秀な学生が集まってきている。その中で成績優秀と認められるには相応の才能に加えて、並大抵ではない努力も要することは間違いない。


そんなこともあり、ぼくは必死だった。プライドを捨てて教授のもとに会いに行くことも珍しくなかった(にも関わらず、教授側には何故か気に入られていた)。



大学に入っても、結局部活も交友関係を広げることもしなかった。それまでお母さんは、文句こそ言わないがボヤキを口にしていたが、それすらもなくなっていた。言っても無駄だと諦めたのだろうか。


その甲斐もあって、3年間成績優秀者と認められた。

最後の一年は、就職活動に多くを費やしたこともあってか、優秀者の対象からは外れてしまったが、貯蓄がなくなるほどではなかった。



就職地は、当時住んでいた名古屋にした。東京で華やかな生活をすることにも憧れはあったが、既に12年も住み慣れた地を離れたくはなかったし、名古屋もそれなりの大都市で仕事は多くあったからだ。


こうして就職が決まり、大学生活も終わりを告げた。


お母さんにはイベントの節目には毎回の如く祝いの内容を聞いてくるのだが、今回も案の定「就職祝いは何がいい?」と聞いてきた。


しかしぼくは

「今度はぼくの番だよ。初任給もらった時にそれでお祝いするから、どこに行きたいか、何食べたいかで考えておいてね」

と断った。それを聞いたお母さんは「ハナらしいわね」と笑っていた。



職種は就職活動の花形と言われる広告代理店で、入れれば人生は安泰と言われるようなものだった。




思えば、一番幸せだったのはこの幻想を抱いていた時かもしれない。しかし、そんな幻想が打ち砕かれるまで、そう長くはかからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

落とし穴の底で(更新休止中) つばさ @underworld

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ