『俺達のグレートなキャンプ139 道の駅特製弁当争奪戦で弁当勝ち取るぞ(キャンプ?)』
海山純平
第139話 道の駅特製弁当争奪戦で弁当勝ち取るぞ(キャンプ?)
俺達のグレートなキャンプ139 道の駅特製弁当争奪戦で弁当勝ち取るぞ
「いやいやいや、待って待って!」
富山は両手を前に突き出し、石川の言葉を遮った。朝8時、まだ朝露が残るキャンプサイト。テントの前に置かれた折りたたみテーブルには、湯気の立つインスタントコーヒーが三つ。石川はそのうちの一つを片手に、もう片方の手でスマホを高々と掲げている。
「だから聞いて聞いて!今日の午前11時から、ここから車で15分の『道の駅 山里の恵み』で特製弁当の争奪戦があるんだって!限定30個!先着順!」
石川の目がキラキラと輝いている。朝日を浴びて、その瞳はまるで少年のようだ。千葉は興味津々といった様子で身を乗り出す。
「争奪戦!?それってつまり、早い者勝ちってこと?」
「そう!でもね、ただの早い者勝ちじゃないんだよ!」石川がスマホの画面を二人に見せる。「このイベント、毎年恒例らしくて、地元のキャンパーやツーリング客が集まって、もう伝統行事みたいになってるらしい!口コミ見てみろよ!『毎年参加してます。今年こそは!』『去年は肘打ちされました』『カートで轢かれかけた』『最高に楽しい』...って」
富山の顔が蒼白になる。「ちょ、ちょっと待って。肘打ち?カート?」
「そう!つまりだ!」石川が立ち上がり、コーヒーカップを空に掲げる。「これは普通の販売イベントじゃない!バトルロイヤルだ!弱肉強食!サバイバル!俺達のグレートなキャンプ139!今回のテーマは『道の駅特製弁当争奪戦で弁当勝ち取るぞ』だ!」
「やったー!!!」千葉も立ち上がって拳を突き上げる。その目は既に戦士のそれだ。「バトルロイヤル!最高じゃないですか!石川さん、その弁当ってどんなやつなんですか?」
石川が再びスマホを操作する。「えーとね、『山の幸づくし特製弁当』。地元の山菜、キノコ、川魚の塩焼き、そして目玉は地鶏の照り焼き!全部地元食材で、料理長が腕を振るって作る逸品らしい!通常価格1,500円が、イベント特価で1,000円!」
「それは...確かに美味しそうだけど...」富山が恐る恐る口を開く。「でも、バトルロイヤルって...怪我とか...」
「富山!」石川が富山の両肩を掴んで真剣な顔で見つめる。「人生は戦いだ。そして、戦いに勝った者だけが美味い飯を食える。これぞグレートなキャンプの真髄!」
「名言風に言ってるけど、ただの危険な話よね!?」
「大丈夫大丈夫!」千葉が笑顔で言う。「どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる!ですよね、石川さん!」
「その通り!千葉、お前分かってるな!」
石川が腕時計を見る。8時10分。
「よし、11時開始まであと2時間50分!まずは腹を空かせる!」
「え?」富山が眉をひそめる。
「戦いに勝つには飢餓感が必要だ!朝飯抜きだ!空腹こそが最強の武器!闘争本能をマックスにする!」
千葉が即座にテーブルに置いてあったパンを放り投げる。「了解です!もう朝ごはんは要りません!腹が減った獣になります!」
「おい!」富山が叫ぶ。「二人とも目がおかしいわよ!まるで野生動物みたいに...」
石川の目が鋭くなる。既に瞳孔が開いている。千葉も同じだ。二人とも鼻息が荒い。
「富山、お前も朝飯抜きだ」
「私は普通に食べるわよ!というか、もう食べたし!」
「ちっ、闘争本能が足りない...」石川が舌打ちする。「まあいい。富山は後方支援だ。千葉、作戦会議だ」
二人がテーブルを囲む。石川がノートとペンを取り出し、まるで軍師のような表情になる。その目は獲物を狙う肉食獣だ。
「まず、敵を知ることから始めよう。口コミによると、参加者の8割が40代以上のベテラン勢。毎年参加してる常連が多い。つまり、戦い慣れてる。甘く見たら死ぬ」
「死ぬって...」富山が額を押さえる。
「去年の優勝者は、元ラグビー選手の60代男性。タックルでライバルを次々となぎ倒したらしい」
千葉がゴクリと唾を飲む。「60代でタックル...恐ろしい...」
「そして、準優勝は50代の主婦。買い物カゴを盾代わりに使い、人混みを突破。肘打ちと足払いのコンビネーションが得意らしい」
「もう格闘技じゃない!」富山が叫ぶ。
「甘いな、富山」石川が冷たく言う。「戦場に優しさはない。ルールはただ一つ。弁当を手に入れること。それ以外は全て許される。殴り合い、騙し合い、何でもありだ」
「待って待って!」富山が両手を振る。「さすがにそれは...店側も止めるでしょ?」
石川がスマホを見せる。道の駅の公式サイトには小さく注意書きがある。『※争奪戦は自己責任でお願いします。怪我等について当店は責任を負いかねます』
「ほら。自己責任だって」
「逆に怖いわよ!!」
石川が立ち上がり、テントの中から何かを取り出す。膝当て、肘当て、そしてヘルメットだ。
「だから、装備を用意した」
「本格的すぎる!!」富山が絶叫する。
「石川さん、準備万端ですね!」千葉が目を輝かせる。「僕も装備つけます!」
二人は真剣な表情で防具を装着し始める。まるで戦場に向かう兵士だ。富山は頭を抱えた。
「あのね...二人とも...もうちょっと冷静に...」
「冷静だぞ」石川がヘルメットを被りながら言う。「これほど冷静な判断はない。戦場での準備こそが勝利への道だ」
「あなた達が戦場って言うたびに心臓が痛いのよ...」
時刻は9時。石川と千葉は既に完全武装だ。ヘルメット、膝当て、肘当て。その姿はまるでアメフト選手のようだ。しかし、顔つきはもっと凶暴だ。朝食抜きの効果か、二人の目は完全に飢えた獣のそれになっている。
「グルルル...」石川が唸る。
「お腹空きました...」千葉が呟く。
「ちょっと!もう人間じゃなくなってるじゃない!」富山が叫ぶ。
「いいか、千葉」石川が千葉の肩を掴む。「お前の目標は分かってるな?」
「はい...弁当...弁当を...」千葉の目がギラギラ光る。
「そうだ。弁当だ。あの山の幸づくし特製弁当だ。地鶏の照り焼き、山菜、キノコ、川魚...」
「うおおおお!」千葉が雄叫びを上げる。
「よし、その調子だ!飢餓感を高めろ!闘争本能を解放しろ!」
「もうやめて!二人とも完全におかしくなってる!」富山が二人の間に割って入る。「石川、千葉、聞いて。これはただの弁当の販売イベントよ。命懸けで戦う必要なんてないの」
石川が富山を見る。その目は真剣だ。
「富山、お前は分かってない」
「何がよ」
「これは弁当じゃない。これは...誇りだ」
「誇り?」
「そうだ。俺達のグレートなキャンプの誇りだ。139回目のキャンプ。毎回、俺達は奇抜なことに挑戦してきた。そして今回は、この争奪戦を制覇する。それが俺達の誇りなんだ」
千葉が頷く。「石川さんの言う通りです。僕も、キャンプを始めてから色んな挑戦をしてきました。全部楽しかった。だから今回も、全力で楽しみたいんです」
富山は二人の真剣な顔を見て、ため息をついた。
「分かったわよ...でも、本当に怪我しないでね」
「おう!」
「任せてください!」
時刻は10時。三人は車に乗り込んだ。石川が運転席、千葉が助手席、富山が後部座席だ。石川と千葉は相変わらず完全武装している。
「出発だ」
エンジンがかかる。車は山道を下り始める。車内には異様な緊張感が漂っている。石川と千葉は無言だ。ただ、二人の呼吸が荒い。そして、時折お腹が鳴る。
「グー...」
「グルルル...」
「お腹の音が完全に獣ね...」富山が呟く。
15分後、道の駅『山里の恵み』に到着した。まだ10時15分だが、既に駐車場は車でいっぱいだ。バイク、車、キャンピングカー。様々な車両が停まっている。
「すごい人...」千葉が呟く。
「予想通りだ」石川が言う。「みんな、朝から準備してきてる」
三人は車を降りた。駐車場には既に50人以上の人間が集まっている。そして、その雰囲気が尋常ではない。みんな目がギラギラしている。中には石川と千葉のように防具を着けている者もいる。ある男性はボクシンググローブをはめている。ある女性はレスリングのシューズを履いている。
「ちょっと...みんな本気すぎない...?」富山が震えた声で言う。
「これが現実だ」石川が言う。「ここは戦場。生き残るのは強者だけ」
その時、一人の老人が石川達に近づいてきた。60代くらいだろうか。筋骨隆々とした体格で、目つきが鋭い。
「お前ら、新人か?」
「ええ、まあ」石川が答える。
老人がニヤリと笑う。「忠告してやる。無理すんな。毎年、救急車が3台は来る」
「3台!?」富山が叫ぶ。
「ああ。去年は腕を折った奴が2人、脳震盪が5人、打撲・擦り傷は数えきれねえ」
「もう完全に危険なイベントじゃない!」
老人が笑う。「だが、それがいい。人生、たまには命懸けで戦わなきゃな。じゃあな、若造ども。戦場で会おう」
老人は去っていった。富山は完全に青ざめている。
「ね、ねえ...もう帰りましょう?ね?」
「帰れるか」石川が言う。その目は完全に戦士のそれだ。「ここまで来て。俺の腹は既に戦闘態勢だ」
「グルルル...」千葉も唸る。
「もう二人とも人間の言葉喋ってないじゃない!」
時刻は10時45分。人々が道の駅の入口前に集まり始めた。みんな、スタートラインに立つ準備をしている。その数、約80人。弁当は30個。つまり、50人は敗北する運命だ。
石川が前方を見据える。入口から販売コーナーまでは約50メートル。その間には土産物コーナー、野菜販売コーナー、そして無数の障害物がある。
「いいか、千葉」石川が低い声で言う。「俺が先頭で道を切り開く。お前はその後ろを走れ。分かったな」
「了解です」千葉が頷く。
「富山は...」
「私は後ろで見てるわ」富山が即答する。「というか、カップ麺持ってきたから、それ食べる」
「え?」石川が振り返る。
富山がリュックから日清のカップヌードルを取り出す。
「だって、危険すぎるんだもの。私は安全な場所で、お湯沸かしてカップ麺食べるわ。二人が怪我したら手当てするから」
「富山...お前...」石川が呆れた顔をする。
「賢い選択だと思うけど?」
「まあ、確かに...」千葉が苦笑いする。「誰か冷静な人が必要ですもんね」
時刻は10時55分。緊張感が最高潮に達する。80人の人間が、まるで戦場の兵士のように入口前に並んでいる。ある者は膝を屈伸させ、ある者は首を回し、ある者は目を閉じて集中している。
そして、道の駅のスタッフが拡声器を持って現れた。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます!これより、第15回山の幸づくし特製弁当争奪戦を開始します!」
歓声が上がる。いや、それは歓声というより、雄叫びだ。獣の咆哮だ。
「ルールは簡単!11時ちょうどに入口が開きます!販売コーナーにある弁当を取った方の勝ちです!弁当は30個!早い者勝ちです!」
石川が深呼吸する。千葉も同じだ。二人の目が交差する。
「行くぞ」
「はい」
スタッフが時計を見る。
「それでは...10秒前!」
「10!」群衆がカウントダウンを始める。
「9!」
石川が腰を落とす。スタートダッシュの体勢だ。
「8!」
千葉も同じ体勢をとる。
「7!」
周りの人々も、皆同じだ。まるで陸上のスタートラインのようだ。
「6!」
「5!」
富山は後方で、既にポットでお湯を沸かし始めている。「二人とも、無事に帰ってきてね...」
「4!」
「3!」
石川の瞳が鋭くなる。獲物を見据える鷹の目だ。
「2!」
「1!」
「スタート!!」
入口の自動ドアが開いた瞬間、地獄が始まった。
80人の人間が一斉に突進する。その光景は、まるで津波だ。人間の津波。怒涛の如く、人々が入口に殺到する。
「うおおおおお!!」石川が叫びながら走る。
「負けるかああああ!!」千葉も叫ぶ。
最初の10メートルは順調だった。しかし、入口を通過した瞬間、カオスが始まった。
「どけええええ!」一人の男が、買い物カゴを振り回し始める。
「きゃああああ!」女性の悲鳴。
「うわああああ!」男性の怒号。
人々が入り乱れ、ぶつかり合い、押し合い、引き合う。まさに戦場だ。世紀末だ。
石川が前方の男性とぶつかる。
「邪魔だ!」男性が肘打ちを繰り出す。
「くらえ!」石川が肘当てでガード。カキーン!と金属音が響く。
「なに!?」男性が驚く。
「準備がいいんだよ!」石川が男性を押しのけて前進。
千葉も必死に走る。しかし、横から女性が突進してくる。
「どいてええええ!」
女性が買い物カートを押しながら突進。まるで戦車だ。
「うわああああ!」千葉が横に跳ぶ。ギリギリで回避。
カートは他の参加者に激突。
「ぐはっ!」男性が吹き飛ばされる。
「ひいいいい!」別の女性が悲鳴を上げる。
石川が土産物コーナーを通過する。しかし、そこで待ち構えていたのは、あの老人だった。
「よお、若造」
「あんたは!」
老人がニヤリと笑う。「教えといてやる。ここからが本番だ」
老人が突然、タックルの体勢をとる。
「元ラグビー選手の本気、見せてやる!」
老人が突進。その速さ、まるで若者のようだ。
「くそっ!」石川が横に跳ぶ。
しかし、老人のタックルは別の参加者に命中。
「ぐああああ!」参加者が宙を舞う。
「うわああああ!」その参加者が他の人々に激突。ドミノ倒しのように、5人が倒れる。
「ひでえ...」石川が呟く。
千葉が石川に追いつく。「石川さん、大丈夫ですか!」
「ああ!行くぞ、千葉!」
二人が再び走り出す。しかし、前方には更なる地獄が待っていた。野菜販売コーナーだ。そこでは、50代の主婦が待ち構えていた。
「あら、若い子ね」主婦が笑う。しかし、その目は笑っていない。殺意すら感じる。
「あの人...去年の準優勝者だ...」石川が呟く。
「あら、調べてきたのね。感心だわ」主婦が買い物カゴを両手に持つ。「でもね、調べるだけじゃ勝てないのよ」
主婦が突然、買い物カゴを投げつける。
「危ない!」石川がしゃがむ。
カゴが石川の頭上を飛ぶ。そして、後ろの参加者に命中。
「ぐへっ!」参加者が倒れる。
「まだまだ!」主婦が連続でカゴを投げる。
まるで手裏剣のように、カゴが飛び交う。参加者たちが次々と倒れる。
「これは...カゴの暴風雨だ...」千葉が呟く。
「避けながら進むしかない!」石川が叫ぶ。
二人がジグザグに走りながら、カゴを避ける。右、左、しゃがむ、ジャンプ。まるでアクション映画のようだ。
主婦が舌打ちする。「ちっ、若いだけあって機敏ね」
「すみませーん!」石川が叫びながら主婦の脇を通過。
「お邪魔しまーす!」千葉も続く。
「くっ...」主婦が悔しそうに呟く。
しかし、まだ試練は終わらない。前方では、複数の参加者が乱闘している。殴り合い、蹴り合い、掴み合い。まさに格闘技大会だ。
「うおおおお!」一人の男が、相手の腰を掴んで投げ飛ばす。
「ぐああああ!」投げられた男が床に激突。
「いやあああ!」女性が別の女性の髪を掴んで引っ張る。
「やめてええええ!」引っ張られた女性が抵抗。
石川と千葉が立ち止まる。
「どうする、石川さん...」
「回り道だ!」
二人が右側に走る。しかし、そこには買い物カートのバリケードが作られている。
「くそっ、誰だこんなの作ったの!」
「ここは通さないぜ」バリケードの向こうから、男性が笑う。
「畜生...」石川が歯ぎしりする。
「石川さん、飛び越えましょう!」
「何?」
千葉が走り出す。そして、カートの前でジャンプ。
「とおおおお!」
千葉がカートを飛び越える。見事な跳躍だ。
「すげえ、千葉!」
石川も続く。助走をつけて、ジャンプ。
「せいやああああ!」
石川もカートを飛び越える。二人は無事にバリケードを突破した。
「やったああああ!」
しかし、着地した瞬間、二人の目の前に地獄の光景が広がった。
販売コーナーの前だ。そこには、約30人の参加者が密集し、激しい肉弾戦を繰り広げている。押し合い、へし合い、掴み合い。人間の山だ。
「うわあああああ!」
「どけええええ!」
「弁当は渡さねえええええ!」
その中心に、特製弁当が積まれている。しかし、人々の壁が厚すぎて、近づけない。
石川が歯を食いしばる。「くそ...ここまで来たのに...」
千葉も必死に考える。「どうすれば...」
その時、石川の目に、天井から吊るされた装飾が映った。季節の飾りだ。そして、その下には棚がある。
「千葉、あれだ」
「え?」
「棚に登る。そして、上から飛び降りて弁当を取る」
「え!?上から!?」
「他に方法がない!」
石川が走り出す。棚に向かって。そして、棚をよじ登り始める。
「おい、何してる!」スタッフが叫ぶ。
「すみません、ちょっと借りますー!」
石川が棚の上に立つ。高さ約3メートル。そこから、人間の山が見える。そして、その中心に、弁当が見える。
「行くぞおおおお!」
石川が跳ぶ。空中で体を回転させ、人々の頭上を飛ぶ。まるでアクション映画のスタントマンだ。
「うおおおおお!」
人々が驚いて顔を上げる。
「何だ!?」
「空から人が!?」
石川が弁当の山に着地。そして、一つを掴む。
「ゲットォォォォ!!」
歓声と怒号が同時に上がる。
「くそっ、取られた!」
「まだだ、まだ残ってる!」
千葉も石川の真似をする。棚に登り、跳ぶ。
「せいやああああ!」
千葉も着地。しかし、弁当を掴もうとした瞬間、横から腕が伸びる。
「甘いわ!」あの主婦だ。
主婦が千葉の腕を掴み、投げ飛ばす。
「うわあああああ!」千葉が宙を舞う。
「千葉!」石川が叫ぶ。
千葉が床に落ちる。しかし、その手には...何も掴んでいない。
「くそ...」千葉が悔しそうに呟く。
その時、千葉の目に、隅に置かれた緑茶のペットボトルが映った。弁当を取り損ねた人向けの、慰めの商品だ。
「せめて...これを...」
千葉が緑茶を掴む。涙目で。
「緑茶ゲットォォォ...」力ない声で。
石川は弁当を抱えて、人混みから脱出する。周りの人々が次々と弁当を掴み、歓声を上げている。そして、弁当を取れなかった人々の絶望の声も響く。
「嘘だろ...」
「また今年もダメだった...」
「来年こそは...」
10分後、戦いは終わった。30個の弁当は全て主を見つけた。そして、道の駅の床には、約20人の負傷者が倒れている。打撲、擦り傷、捻挫。幸い重傷者はいないが、救護スタッフが忙しく動き回っている。
石川は弁当を持って、駐車場に戻った。千葉は緑茶を持って、トボトボと歩いている。
富山が待っていた。既にカップ麺を食べ終わっている。
「お帰り。二人とも、無事で良かったわ」
「ただいま...」千葉が力なく言う。「僕...緑茶しか取れませんでした...」
「いいのよ、無事なら」富山が優しく言う。「怪我はない?」
「ありません...体は無事です...心が傷ついただけです...」
石川が弁当を高く掲げる。「だが、俺は勝った!これが勝者の証だ!」
「おめでとう、石川」富山が拍手する。「じゃあ、キャンプ場に戻りましょう。そこで食べましょう」
三人は車に乗り込み、キャンプ場に戻った。
30分後、キャンプサイト。テーブルの上に、石川の弁当と千葉の緑茶が並んでいる。石川は満面の笑みで、千葉は虚ろな目でそれを見つめている。
「さあ、いただくぞ!」
石川が弁当の蓋を開ける。中から湯気が立ち上る。山菜、キノコ、川魚の塩焼き、そして大きな地鶏の照り焼き。まさに山の幸の宝石箱だ。
「うおおおお!見ろ、この輝き!」
石川が箸を手に取る。そして、地鶏の照り焼きを一口。
「んまああああああい!!」
石川の顔が感動で歪む。涙すら浮かべている。
「なんだこれ!肉が柔らかい!味が染み込んでる!そして、この香り!」
「いいなあ...」千葉が羨ましそうに見る。その手には緑茶のペットボトル。
「千葉、お前も飲めよ」
「はい...」千葉が緑茶を開ける。ゴクリと一口。
「...お茶です」
「そりゃそうだろ」富山がツッコむ。
「でも...心が潤います...」千葉が目を閉じる。「戦いに破れた僕に、この緑茶は優しく語りかけてくれます...『次は頑張れ』と...」
「何を悟り開いてるのよ...」
石川が山菜を口に運ぶ。「うめええええ!この食感!この苦味!春の息吹を感じる!」
「石川、季節は秋よ」
「関係ない!今、俺の口の中は春だ!」
石川が川魚を食べる。「うまああああい!この淡白な味!川の清らかさを感じる!」
千葉が再び緑茶を飲む。「...渋いです」
「それ、感想薄すぎない?」富山が呆れる。
その時、キャンプ場の入口から、次々と車が入ってくる。そして、降りてくる人々を見て、三人は絶句した。
全員、包帯を巻いている。腕、足、頭。まるで戦場から帰還した兵士のようだ。
「うわあ...」富山が呟く。
最初に降りてきたのは、あの若いカップルだ。男性は右腕に包帯、女性は額に絆創膏を貼っている。
「石川さーん!」男性が手を振る。
「お、どうだった?」
「いやあ、すごかったです!」男性が笑う。しかし、その笑顔は疲労で引きつっている。「弁当は取れませんでしたけど、めちゃくちゃ盛り上がりました!」
「それは良かった...って、怪我してるじゃん!」
「ああ、これ?買い物カゴが当たっただけです。大丈夫大丈夫」
女性が苦笑いする。「私は人混みで転んで、額を打っちゃいました。でも、楽しかったです!一生の思い出になりました!」
「そ、そうか...」石川が苦笑いする。
次に降りてきたのは、家族連れだ。父親は左足を引きずっている。母親は右手首にサポーターをしている。子供たちは...意外にも無傷だ。
「石川さん!」子供たちが元気に走ってくる。
「お、お前ら大丈夫か?」
「うん!パパとママが守ってくれたから!」男の子が笑う。
父親がゆっくりと歩いてくる。「いやあ、子供たちを守るのに必死でした。弁当は取れませんでしたけど、子供たちが楽しんでくれたので良かったです」
母親が手首を押さえながら言う。「でも、来年はもう参加しません」
「だよねえ...」富山が深くうなずく。
そして、次々と他のキャンパーたちが戻ってくる。全員、負傷している。包帯、絆創膏、サポーター。まるで野戦病院のようだ。
あるソロキャンパーは松葉杖をついている。
「捻挫しちゃいました」彼が苦笑いする。「でも、いい運動になりました」
「運動のレベル超えてるよ!」富山がツッコむ。
別のグループは、全員が揃って額に絆創膏を貼っている。
「カートに突っ込まれました」彼らが同時に言う。
「集団で被害に遭ったの!?」
キャンプ場全体が、まるで戦争の後のようだ。あちこちで、負傷者が手当てをしている。消毒液のツンとした匂いが漂う。絆創膏とガーゼが飛ぶように使われている。
石川は自分の弁当を見る。そして、周りの負傷者たちを見る。
「なあ...俺、なんか申し訳なくなってきた...」
「今更?」富山が冷たく言う。
「だって、俺のせいで、みんな怪我して...」
その時、若いカップルの男性が笑顔で言う。
「石川さん、気にしないでください!これも含めて楽しかったです!普通のキャンプじゃ絶対に体験できないことでした!」
他のキャンパーたちも口々に言う。
「そうそう、面白かったですよ!」
「来年もやりましょう!」
「次は絶対に弁当取ります!」
石川がホッとした表情になる。「そっか...みんな楽しんでくれたんだな」
「まあ、結果的にはね」富山が苦笑いする。「でも、来年は私も絶対に参加しないからね」
「俺も来年は...考える」千葉が緑茶を見つめながら呟く。「この緑茶の屈辱を忘れない...」
「まだ引きずってるの!?」
石川が再び弁当を食べ始める。一口ごとに、感動の表情を浮かべる。
「ああ...これだ...この味のために戦ったんだ...」
キノコを口に運ぶ。「うまああああい!この歯ごたえ!森の恵みを感じる!」
山菜を食べる。「んまああああい!ほろ苦さが最高!大人の味だ!」
ご飯を食べる。「米がうめええええ!ふっくらしてる!甘みがある!」
千葉が緑茶を飲む。「...やっぱりお茶です」
「もうそのネタいいから!」富山が叫ぶ。
石川が最後の一口、地鶏の照り焼きの端っこを食べる。箸を置き、深く息を吐く。
「ああ...完食だ...」
石川の顔には、満足感が溢れている。そして、その目には涙が浮かんでいる。
「石川、泣いてるの?」
「ああ...」石川が涙を拭う。「美味すぎて...そして、この弁当を手に入れるために戦った記憶が蘇って...感動してるんだ」
千葉が自分の緑茶を見る。「僕は...何のために戦ったんだろう...」
「緑茶のためでしょ」
「これ、自販機で買えますよね?」
「そうね」
千葉が膝に手をつき、俯く。「僕の戦いは...何だったんだ...」
「千葉、元気出せよ」石川が千葉の肩を叩く。「お前も頑張っただろ。結果は残念だったけど、過程は素晴らしかった」
「過程...」
「ああ。お前は棚に登り、空を飛び、着地した。あの瞬間、お前はヒーローだった」
千葉の目に光が戻る。「そう...ですか?」
「ああ。そして、この緑茶は、お前の勇気の証だ」
千葉が緑茶を見つめる。そして、ゆっくりと笑顔になる。
「そうだ...これは僕の勇気の証なんだ...」
千葉が緑茶を飲む。今度は違う。その表情に、誇りがある。
「うん...美味い...この緑茶は...僕が戦って手に入れた緑茶だ...」
「良かった、ポジティブになってくれて」富山がホッとする。
その時、キャンプ場の管理人が拡声器を持って現れた。
「皆さん、お疲れ様です!今日は道の駅のイベント、お疲れ様でした!怪我をされた方は、管理棟に救急箱がありますので、自由にお使いください!」
キャンパーたちから拍手が起こる。
管理人が続ける。「そして、今日のMVPを発表します!最も華麗に弁当を手に入れた方!それは...棚から飛び降りて弁当をゲットした、石川さんです!」
「え!?」石川が驚く。
キャンパーたちから大きな拍手と歓声が上がる。
「石川さん、すごかったです!」
「あの飛び方、かっこよかった!」
「まるで映画のスタントマンみたい!」
石川が照れくさそうに笑う。「いやあ...ありがとうございます...」
管理人が言う。「石川さん、何か一言お願いします!」
石川が立ち上がる。そして、周りのキャンパーたちを見渡す。全員、笑顔だ。包帯を巻いていても、絆創膏を貼っていても、みんな笑っている。
「えー...今日は...」石川が言葉を選ぶ。「俺達のグレートなキャンプ139回目でした。毎回、奇抜なことに挑戦してますが、今回は特に...激しかったです」
笑い声が起こる。
「でも、みんなと一緒に参加できて、本当に楽しかったです。怪我をさせてしまって申し訳ないですが...これも含めて、いい思い出になりました。ありがとうございました!」
大きな拍手が起こる。石川が頭を下げる。
千葉が立ち上がって、緑茶を高く掲げる。
「僕は緑茶しか取れませんでしたが...この緑茶は僕の誇りです!」
笑い声と拍手が起こる。
「千葉さん、いい心意気だ!」
「来年は弁当取ろうな!」
富山も立ち上がる。
「私は参加しませんでしたが...カップ麺が美味しかったです!」
「正直!」
「富山さん、賢明な判断だ!」
爆笑が起こる。
夕方、太陽が山の向こうに沈み始める。キャンプ場には、焚き火の煙が立ち上る。石川、千葉、富山は、テントの前で焚き火を囲んでいる。
「今日は...疲れたな」石川が呟く。
「そうですね...」千葉が緑茶を飲む。もう何本目か分からない。
「あなた達、よく無事だったわね」富山がコーヒーを飲む。
石川が空を見上げる。星が見え始めている。
「でも、楽しかった」
「そうですね」千葉が頷く。「僕、キャンプって、こういうものだと思います」
「どういうもの?」富山が尋ねる。
「えっと...」千葉が言葉を探す。「普段の生活じゃできないことに挑戦して、仲間と一緒に笑って、時には怪我して、でも最後には『楽しかったな』って思える。そういうものだと思います」
石川が笑う。「千葉、いいこと言うじゃん」
「石川さんの影響ですよ」
富山がため息をつく。「まあ、結果的には楽しかったけど...次はもうちょっと安全なことにしてよね」
「分かってる分かってる」石川が笑う。「次のキャンプ140は、もっと平和なやつにするよ」
「本当に?」
「ああ。例えば...」石川が考える。「川下りレースとか」
「危ないじゃない!」
「じゃあ、山登り競争とか」
「それも危ない!」
「じゃあ、早食い大会とか」
「喉詰まらせるでしょ!」
千葉が笑い出す。富山も呆れながら笑う。石川も笑う。
三人の笑い声が、キャンプ場に響く。周りのキャンパーたちも、それぞれの焚き火を囲んで笑っている。
今日の戦いで生まれた絆が、キャンプ場全体に広がっている。
石川が焚き火に薪を追加する。炎が大きくなり、パチパチと音を立てる。
「なあ、二人とも」
「ん?」
「俺達のグレートなキャンプ、まだまだ続けるぞ」
千葉が笑顔で頷く。「もちろんです!次も一緒に行きましょう!」
富山がため息をつきながらも、笑顔を見せる。「まあ...付き合ってあげるわよ。誰かが止めないと、あなた達暴走するもの」
「よし!じゃあ決まりだ!」石川が立ち上がり、空に向かって叫ぶ。
「俺達のグレートなキャンプは終わらない!次は140回目だ!もっともっと奇抜で、もっともっとグレートなキャンプをするぞおおおお!」
「おおおおおお!」千葉も叫ぶ。
富山は苦笑いしながら、二人を見つめる。「本当に、この二人は...」
でも、その目は優しい。こんな二人だからこそ、キャンプが楽しいのだ。
夜が更けていく。キャンプ場には、笑い声と焚き火の音が響き続ける。
今日の戦いで得た傷は、明日には思い出になる。
そして、その思い出は、次の冒険への糧になる。
石川が弁当の空き容器を見つめる。「本当に美味かったな...」
千葉が緑茶のボトルを見つめる。「僕の緑茶も...最高でした...」
富山がカップ麺の容器を見つめる。「私のカップ麺も美味しかったわよ」
三人が顔を見合わせて、笑い出す。
「来年もまた来ような、あの道の駅」
「はい、必ず!今度こそ弁当取ります!」
「私は...カップ麺持っていくわ」
「変わらないのかよ!」
笑い声が夜空に響く。
こうして、俺達のグレートなキャンプ139は幕を閉じた。
弁当争奪戦という名の戦場で、怪我人が続出し、まさに世紀末のような光景が繰り広げられた。
しかし、誰もが笑顔で帰っていった。
なぜなら、それが俺達のグレートなキャンプだからだ。
奇抜で、ハチャメチャで、時には危険だけど、必ず笑顔で終わる。
そんなキャンプを、俺達はこれからも続けていく。
140回目も、141回目も、ずっとずっと。
焚き火が静かに燃え続ける中、三人は星空を見上げた。
明日からまた、日常が始まる。
でも、いつかまた、こうしてキャンプに来る。
そして、次はどんな奇抜なことをするのか、今から楽しみだ。
石川が小声で呟く。「次は、もっとグレートにするぞ...」
千葉が心配そうに言う。「石川さん、それ以上は本当に危ないですよ...?」
富山が深くため息をつく。「もう、聞いてないわね、この人...」
でも、三人とも笑顔だ。
それが、俺達のグレートなキャンプ。
それが、俺達の冒険。
それが、俺達の日常。
【完】
『俺達のグレートなキャンプ139 道の駅特製弁当争奪戦で弁当勝ち取るぞ(キャンプ?)』 海山純平 @umiyama117
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