人魚の唄

サドル・ドーナツ

 声に誘われた。

 洞窟を探検している内に、美しい唄声が聞こえて来た。

 声を辿っていると、だんだんと潮の打ち付ける音が聞こえて来た。

 やがて私は入り江に辿り着いた。

 波間にある岩場に、声の主はいた。

 セイレーンだ。


「あら人間さん」


 私はすぅっと背筋が凍るような思いになった。

 セイレーンの唄に誘われた者は海に溺れ死ぬと言われている。

 私は慌てて踵を返して逃げようとする。


「別に取って食ったりはしないわ。おいで」


 妖艶な声で誘い、セイレーンは手招きする。

 とても白い肌。

 濡れた髪が顔の左半分を覆ってしまっているが、残った右の顔だけでも私を魅了するには十分であった。


「だが、セイレーンの唄は死を招くと相場が決まっている。悪いが誘いには乗れない」


「じゃあ唄わないわ。約束する。その証拠にお話をしてあげるわ。その間唄は唄えないでしょう」


「……」


「ほらこっちおいで」


「君の名前はなんて言うんだい?」


 私は話を投げかける。返事が来れば少しは信用できるかもと考えたのだ。


「ルイク」


「普段はどこにいるんだ? 海の中? 海の底?」


「人魚はみんな海中を泳いで暮らしているわ。海の底に居つくことはしない」


 彼女は、話を続けてくれている。

 私は安心して自然と彼女の方へと歩み寄っていく。


「仲間がいるのか?」


「いるわ。みんないい子よ」


「仲間は今どこへ?」


「港の方へ。人懐っこいのよ」


 私は足が濡れるのも構わず彼女の元へと歩いた。


「失礼だけども、恋人はいるのかい」


「あら、私に惚れたの? 人魚に惚れると、大変よ?」


 私は彼女の元へと辿り着き。彼女の左頬に手を伸ばした。

 彼女の左の顔を見る。


「――君は何を食べるんだい?」


「……それはね」


 左の顔にはフジツボのような人面瘡が張り付いており、静かに唄を唄っていた。

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人魚の唄 サドル・ドーナツ @sabamiso0822

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