第42話 夜の帳が降りるとき

「それで。僕はまだ聞いてませんけど」

 タカヤナギさんを睨みつけている。

「アンタの口から、好きとか言うてもろてない」

 煙草を吸っていたタカヤナギさんは、ごほごほとむせ、おどけた。


「ええ、ほんまかいな」

「鴉と何話してたん。裸なんがめっちゃ気になるんやけど」

「おう。鴉は、あー……あれは……まあ、ちょっと事情があってな」

「は??」

「……お前の方が、なんかあったんちゃうの」

「え。いやいや、なんも」

「……見えるもんも見えへんもんも、見えるって言うたっけ、俺」

「ちょっと、待って。何が見えたんすか。怖いわ」

「俺のもんやって、言うたろ? なんで簡単に許す」

「え、何の話」

「鴉となんかあったやろ。俺のせいやない、オマエやろが」

「なんもしてへん……」

「……ふうん」

「違う。寝てただけやし。僕は……」


 タカヤナギさんのどんぐり眼がすうっと細められた。

 暗い瞳で僕を見つめたまま笑う。こわい。


「はー。襲われとるやんか」

「い……や、きいてよ」

「うっさい、言い訳は聞かへん」

「ちがっ、もしかしたらやけど、ようわからんけど、なんかされたかもしれへんけど。でもな、寝落ちてもうたし俺は知らんって」

「それが甘い。俺の前以外で寝るな」

「えー。ごめんって。そんなん言うたら、ひとりで呑みに行けへんやんか」

「出張中かて、いっぺんも連絡してこおへんしなぁ」

「そんなん、仕事邪魔したら悪い思うて、遠慮したゆうねん。こっちやって簡単には抜けられへんからな。新人くん来たやん。今調整中やし、どんなん作れるか見てるしな」

「ごちゃごちゃゆうな」

 怖い顔で僕を睨みつけていたが、ふっと相好を崩す。それからにやにや笑うタカヤナギさん。僕はそれが何を意味しているかに気づき、むすっと膨れっ面になった。


「僕がテキトーやからって、そもそも大事なこと言わんのは、アンタやんかー」

「あーあ、怒った顔も、かわいいなぁ」とタカヤナギさんに朗らかな笑顔を返され、僕は急に素直すぎる反応にむずむずする。

「そんなんずるいやろ。めっちゃこわかったゆうねん。チサトさんだけじゃなくって、アンタも、鴉までおらんなるかと思うて」

「すまん。ちょっとおいたがすぎたなぁ。お前んちにはな、土産を置いてやろ思うて行ったんや。鴉が裸なんは、なんや知らん、たまたま。実は鴉に、ボディガード頼もう思うて。お前、これから夜1人で歩くな。なんなら昼も。どちらにしろなんかあったら、あいつのほうでお前を捜すけどな」


 僕は何事かと顔を上げた。

「ちょっと、ヤバいヤマ抱えててなぁ」

 急に仕事の話を振られて、素直に頷いた。


「あ、出張の。ふつうのHPホームページちゃうかった?」

「裏稼業でなぁ。そのぶんたんまりやねんけど、しばらく気ぃつけといて」

「了解。鴉は、なんて?」

「異存はないとさ」

 タカヤナギさんは笑顔で答えてきた。


「アイツはこれからもお前の友達や。アイツがなんかしたとして、匂いに当てられただけや、もし気がついて嫌な感じやったら殴って構わん。正気に戻る」

「は~。ほんまかぁ。良かった。めっちゃ心配したわ」

「あ。大将、おあいそ!」

「大将、今日も美味しかったですー!」

「ごっそさん」

「ほなまた〜」


***


「ああっ。おったおった」

「おー。さっきの猫やな」

 夜の駅前に向かう途中、あの公園前にいた子猫は、大きくなったことなど忘れたかのように僕にすり寄ってきた。


「ミルさん、どうしたん~? 僕めっちゃ怖かったんやで」

「あー?おい、そいつ連れ帰るつもりちゃうやろな」

「今日だけや!この子秋葉原の公園におった子やねん、あっち連れて行って餌やってええかな?」

「あかん。野良は野良らしく外に置いといたらええ。また大きゅうなってもたら困るやん」


 ゴロゴロ喉を鳴らしながら、足元にじゃれつく。

 ベンチに座ると僕の膝にちゃっかり乗って、丸くなった。


「ええー。かわいいのに」

「はいはい、かわいいかわいい。さっきまで凶悪な大きさやったのに、誰かさんは呑気なことで」


 花粉は飛ぶが、爽やかな風が吹いている。夕方にかけて風が強くなっていた。公園の木々を揺らした。

 あたりを見渡すと。

 風が唸り電線のケーブルがそこここに垂れ下がっていた。

 猫の足跡は盛大に地面に残ってひび割れているし、ビルの端がちょっと欠けて、ついでに割れたガラスが散らばって、何なら地面に大きな水たまりがあったりした。


「これ、直すんは俺やからな。あー。面倒なことになったなあ」

 タカヤナギさんが呟いた。

「直す?」


 妄想でも、白昼夢でもないと、肌で感じているのに。

 僕はいつものように、いつものふりをして、世界が静かに崩れていく音を、ただ聞いていた。

 そのまま彼の家まで連れられていき、鴉や怪しい子猫の存在も、いつの間にか受け入れていた。

 いつもと変わらないようでいて、どこか少しずつ違っていく日常の中で、またそんな風に流された。

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Happy Cleate!!! Re-Edit ——召喚士は現実世界で奮闘中。 柊野有@ひいらぎ @noah_hiiragi

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