秋のひと葉

sui

秋のひと葉

村はずれの古い小道に、毎年秋になるとだけ現れる大きな楓の木がありました。

普段はそこに何もないのに、紅葉が深まるころ、人々がふと足を向けると、必ずその木の下に立ってしまうのです。


木の下に立つと、枝から舞い落ちる葉がひとひら、手のひらにすっと落ちてきます。

その葉を握りしめると、胸の奥の悲しみや疲れが静かにほどけて、やわらかな思い出に変わるのでした。


ある日、旅人の少年がその道を通りました。

彼もまた一枚の葉を受け取り、しばらく目を閉じます。

気がつくと、遠い故郷で母が笑いながら呼ぶ声が、耳の奥にやさしく響いていました。


少年は深く息を吸い込み、心に灯がともるのを感じます。

手を開くと葉はもう消えており、ただあたたかな余韻だけが残っていました。


その木は翌朝にはもう見えなくなっていましたが、村人たちは知っています。

――秋が来るたび、静かな魔法は必ず戻ってくるのだと。

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秋のひと葉 sui @uni003

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