異世界にどこにでも繋がるドアがありました。

長月瓦礫

異世界にどこにでも繋がるドアがありました。

目が覚めると、そこは異世界だった。

通勤途中だった私は、気づけば赤いレンガ道に突っ立っていた。

電車で立ちながら寝ていた。ここは夢だろうか。

自分の手をつねると痛みが走る。これは現実であるらしい。

石造りの家が並び、洗濯物と一緒に赤色の旗がかけられている。


二頭のがっしりとした茶色の馬が馬車を引き、そこから人が乗り降りしている。

見たことない文字の看板、聞いたこともない言語、何より誰もスマホを持っていない。さらに、服を着た二足歩行のネコとかブタとかトカゲとかが、当たり前のように歩いている。彼らの背中にジッパーが見えているわけでもない。

よほど丁寧に作られた遊園地でもない限り、ここが現代日本には見えなかった。


人通りが多いことや馬車が止まっていることから、何かしらの大きな通りであることは分かった。それ以外、何も分からない。


「あの、すみません」


「ン、なんだい?」


「ここ、どこですか?」


鋤を肩にかけた男性に声をかける。

ところどころ土で汚れており、農業を営んでいることが一目見て分かった。

不審者を見るような目で、私の全身を眺める。


「もしかして、迷子かい? 

だったら、そこを曲がったところに役所があるから。

そっちに行ってごらん」


通りの向こう側を指さす。ひときわ大きく、綺麗な建物があった。

人や動物たちが書類用のカバンを持って、出入りしていた。

赤、青、紫、白、緑など、様々な模様が描かれた旗がいくつもたなびいている。


役所と言われて、真っ先に思いつく建物だ。

ひとまず、私は言われたとおりにそちらに向かう。


建物内は様々なコーナーが設けられているらしい。

種族の垣根を超え、老若男女問わず、誰もが利用していた。


品のよさそうなブタのお姉さんがこちらを見ている。


「すみません、なんか迷子になっちゃったみたいで……」


声がひっくり返ったのが自分でも分かる。

どう話しかければいいかも分からないまま、行動した結果だ。

お姉さんはあまり気にしていないのか、机のわきに置かれた発券機をさす。


「迷子の方ですかね? 

それでは、受付番号をとって、そちらのコーナーでお待ちください」


ちょうど黒猫がそこから受付票をとり、席に座って待っていた。

私もそれにならい、受付票をとって席に座る。


現代と変わらないシステム、世界史で見たヨーロッパのいいところだけを取り込んだ世界観、私は本当に異世界に来てしまったらしい。


そうだとしたら、私は何かに選ばれたのだろうか。

こんな不思議な世界があるなんて、思ってもみなかったし。

実は隠された能力が覚醒するとか、あるかもしれない。

有り余る力を手に入れ、この世界を救ってしまうこともあり得る。


並んだ机の奥には、大きな広場があった。

長方形の黒いゲートから紫のモヤが出ており、二足歩行のブタたちが出入りしている。

植物が絡まった金属製のアーチからは、耳の長い人たちが木製の道具を携えていた。

巨大な頭蓋骨から黒い煙がうごめき、何かが現れた。

どこかで見たようなピンクのドアからは、スーツや作業服を着た人間が出入りしていた。


思わず目を見張った。様々な形の門があって、多種多様な種族が出入りしている。

現代日本にはないシステムだ。魔法か何かで動かしているのだろうか。

それとも、科学が発展しまくっていろんな世界に行けるようになったのか。


あれやこれやと妄想しながら、私はそれを観察していた。

自分でもにやにやと笑っているのが分かる。

何か起きるかもしれない。そんなことをつい考えてしまう。

番号が呼ばれると、受付の人――イヌのお姉さんは物言いたげな目で私を見ていた。


「はい、本日はどうされましたか」


「ここって異世界なんですか?」


私は思わず、聞いてしまった。

大人げないとは思うが、浮足立つ心をどうしても抑えることができなかった。

受付の人は一切、表情を変えず私をじっと見る。


「すみません。気づいたら、あの大通りにいたんです。

自分のいた場所とは全然違うし、ここはどこなんですか?」


「えー……少々、お待ちくださいね。

観測結果をお出ししますので」


役所の人はコピー機から紙を出し、私に見せた。

日時、時刻、場所、細かく記載されている。

上から3番目に私の名前が記されていた。


「……これは何ですか?」


「他の世界からあなたのような迷子が来ないか、常に観測してるんです。

ほら、そこの広場で無茶苦茶やってますしね。

こういったことが起きてもおかしくはないと言いますか」


係の人はちらりと広場のほうを見てから、改めて私と向き合う。


「結論から申し上げますと、異世界は異世界です。

あなたのいる世界もこちらからしてみれば、異世界みたいなもんですが」


それはそうだろう。

私は別の世界から来たのだから、現代日本もまた異世界ではある。


「すみませんね。これ、他の方にも話しているの気を悪くしないで欲しいんです。

ハッキリ言ってね、あなたみたいな迷子の方って全然珍しくないんですよ」


なんらかの理由で、別の世界の迷い込むのは不思議でも何でもない。

こちらの世界にいる天使や精霊が気まぐれに人を連れてきたり、魔方陣を書き損じて別の人を呼んでしまったり、歩いているだけで別の世界に飛ばされたり、異世界に行く方法なんて無限にある。


奥にある扉やアーチから人が出入りしている。

知らない世界を探してゲートを作る許可さえ取れれば、どこにでも行ける。


「じゃあ、あの扉から出てくる人たちって本物の人間なんですか?」


「ええ、そうですね。あなたと同じ世界にいる方々です。

彼らはこちらで就労ビザを取得し、働きに来ている人々です」


出稼ぎに来ている外国人みたいなものだろうか。

私が言うのもアレだけど、こんなところで何をしているのだろう。


「ご覧の通り、ゲートを使っていろんな世界からいろんな方々がいらっしゃるんですね。こっちの世界からもゲートを使っていろんな世界に行くんですよ。

ここは一種の港みたいなものなんです」


役所の人は精一杯の笑顔を浮かべていた。空港なんて可愛いものだ。

世界間の移動なんて簡単にできてしまう。

私のいる世界にすぐ戻れる。現実がすぐそこにある。


「じゃあ、私、帰れるんですか?」


「そうですね。奥のほうでゲートが開きますので、少々お待ちください」


サイレンが響くと、再びピンクのドアが開いた。

ずらずらと人々は役所を出て行き、流れるようにどこかへ向かっていく。


「人間にアンケートをとったところ、あのデザインがダントツで人気だったんです。

どこにでも繋がるドアなので、すぐ帰れますよ」


よく見ると、ドアのところに改札機のような何かがついている。

アレに何かをタッチして出入りしている。

朝の駅でよく見かける光景とまったく同じだ。


「じゃあ、冒険とかしなくていいんですか?」


「そうですね。特に人間の方が多いんですけど、自分の世界に戻るためのカギといいますか、何かしらの手段を探らないといけないと思っているようでして」


「そうですね、こんな簡単に戻れるとは思っていませんでした」


「ハイ、そうなんですよ。

ゲートが完備されていると聞いて、ガッカリされる方が多いんですよね」


それは本当にそうだ。

何かしないといけないと思っていたから、とんだ肩透かしを食らってしまった。


「係員が毎日点検しておりますし、ご安心いただければと思うんですが」


なぜだろう、すぐに戻れると聞いて逆に不安になってきた。

役所の人が嘘をつくとは思えないから、ドアから出てくる彼らは本物の人間なのだと思う。手続きを踏んで、この世界に来ているのも事実だ。


「滞在するなら、許可証を取ってもらわないといけないんですけど。どうします?」


「許可証ですか?」


「ビザって言えば分かりますかね?

就労なのか観光なのか、どのみちこのままだと不法滞在になりますから」


「ルールがしっかりしてらっしゃる……」


「でしょう、ここまで来るのに大変だったんですよ。

そこのテーブルで必要事項を書いていただければ、すぐ取得できますが」


「分かりました、すぐ書いてきます!」


係の人が出した書類をもらって、ボールペンで焦りながら丁寧に書く。

現代日本なら誰でも使ったことがあるであろう筆記用具だ。


ここは異世界だ。まだ何かあるかもしれないじゃない。

そう簡単にあきらめるわけにはいかない。


書類を提出して、私は市役所を出た。

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異世界にどこにでも繋がるドアがありました。 長月瓦礫 @debrisbottle00

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