「木立に揺れる影」
人一
「木立に揺れる影」
「あ~これ、マズいか?遭難したか?」
俺は趣味で登山をしている。
今日も登頂に無事成功して、今は下山の途中だ。
だが、険道だったこともありいつの間にか道を逸れてしまったようだ。
斜面や坂はほとんどなくなったので、下山自体はできているようだが問題は今いる場所だ。
目の前に広がる景色は、先を見通せないほどに鬱蒼と並び立つ木々。
所々に木漏れ日がハシゴのように、差し込んではいるがほとんど光が届いていない薄暗さ。
光が届かないので、湿度も高いのか地面も不快にぬかるみ落ち葉も湿っている。
「これ……樹海にでも迷い込んだか?スマホも圏外だし、登山記録つけておくんだったな……」
後悔しても、もう遅いが幸いにもコンパスは持っていたのが救いだった。
「街の方角はだいたい分かってるから、これだけが頼りだ……」
俺は、抜け出せると自分に言い聞かせ歩き出した。
しばらく歩いた。体感1時間くらい。
まだまだ樹海は抜け出せそうもなく、広がる景色に変わりはない。
コンパスの針は、ほぼ変わらず一定の方角を示し続けている。
「樹海じゃあコンパスが狂うって噂……全然そんなことないじゃん。やっぱり迷信だったんだな。」
薄暗く不気味な雰囲気に呑まれないよう、わざと明るくおどけたように独り言を言いながら歩いた。
樹海が深くなるにつれて、木漏れ日は減りぬかるみもひどくなっていた。
登山靴越しに踏む地面の感触が、気持ち悪いことこの上ない。
すると、木の洞に折り畳まれた紙が入ってるのを見つけた。
かなり朽ちており、何が書いてあるのかと読もうとしたが水に濡れ滲んだ文字はほとんど消えていた。
好奇心ゆえの行動から得た結果に、心の中で少しガッカリしながら立ち去った。
気を紛らわせるために「不気味~」と軽口を叩きながら進んでいる。
少しすると、様々なカバンが山積みになり放置されてるのを発見した。
まるで誰が、なにかの意図を持って集めたように見えた。
ビジネスカバン、スクールバッグ、登山カバン……
どれもこれも、長い間放置されていたのかかろうじて原型をとどめているばかりだった。
「誰が……何のために、1箇所に集めたんだ?」
湧き上がる疑問に、答えてくれる人はおらず薄闇に溶け消えていった。
再びコンパスを確認して、歩き出した。
道無き道をひたすら進んでいる。
しばらくは、目に留まるような物や事柄は無かった。
だが……今は違う。
木々の脇に綺麗に揃えられたローファーがあった。
靴の中に水が溜まっているとはいえ、まだ艶めいている。
まるで誰かが最近まで、丹精込めて手入れをしていたかのように状態が良いように見える。
周りには何も無く、その靴だけが浮き上がるように異様な存在感を放っていた。
――背筋が凍りつく。とはこのことか。
「これは……」
気持ちを誤魔化すべく、軽口を叩こうとしたが目先の物を前に言葉を失ってしまった。
辺りを見回す勇気こそ無かったが、
「もしかしたら他に何かあるかもしれない」
そう感じてしまったが最後、いても立ってもいられずすぐに駆け出した。
ぬかるみに突っ込み跳ねる泥も、足をとられる草も、こちらを転ばすためだけの根っこも気にせず走り続けた。
ただただ逃げるように、走り続けた。
すると先を見通せなかった樹海に、前方から緩やかな光が差し込んできた。
その光に縋るように、辿って行くとついに樹海を抜け整備された道に出た。
人気も車通りも無い。
だが、この均された人工物を見れた安堵感に膝から崩れ落ちた。
無理して走ったせいで、膝が笑いしばらく立てそうにもない。
……だが、あの樹海から抜け出せたのだからそれでもいい。
突如生ぬるい風が通り抜けた。
辺りに森の湿ってまとわりつくような、匂いが満ちる。
何故か呼ばれた気がして振り返ると、一筋の光がとある木を照らしていた。
スポットライトを浴びているように、切り取られたかのように照らし出されている。
自然と目を惹かれ見ると――
その木の幹に古びた縄が、括り付けられていた。
風に吹かれゆっくりと揺れている。
ギリ……ギリ……ギリ……
と乾いて擦れる音が、耳に否応なしに届き入り込む。
俺は今すぐ一目散に逃げ出したかった。
さっき見た新しげなローファーなんて、可愛いもんだと思う。
だが俺の意に反して、膝は足は言うことを聞かなかった。
もう這ってでもいい。
とにかくこの場から、少しでも遠くに逃げようとした。
あの音が聞こえない遠くに逃げたかった。
アスファルトに食い込む指先が裂けてしまうが、そんなことはどうでもよかった。
何とか這いずり移動しているうちに、足も動くようになった。
道なりにしばらく走っているとバス停があり、運良くバスにそのまま乗れた。
そこからはあっという間だった。
バスに乗り電車に乗り自宅へと、無事に……表面上は無事に帰宅できた。
以前までの、アウトドアな生活はどこへやら。
俺はすっかり自室から、かぶった布団から出ることができなくなっていた。
目を閉じても、耳を塞いでも……頭の奥底で縄が擦れる乾いた音が鳴り止まない。
それに、あの樹海が夢にまで出てくる。
――あぁ、呼ばれている。
どうしても、そう感じてしまう。
身体は自由。
だが、囚われて抜け出せないままでいる。
心を。
あの樹海に。
「木立に揺れる影」 人一 @hitoHito93
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