海底都市の秘密【宇宙開拓史】

スター☆にゅう・いっち

第1話

西暦二八五〇年――。

人類は長きにわたり夢見てきた新たなフロンティアに、ついにその足を踏み入れた。

探査船アストライアが到達したのは、銀河辺境に存在する惑星「X89895」。

その表面は、ほぼすべてが濃い青の海に覆われており、雲間から差す恒星の光を受けて、巨大な蒼玉のように輝いていた。


上空から観測しただけで、地球の海洋生物とは比較にならないほどの巨獣が悠然と泳ぎ回る姿が見える。まるで浮遊する大陸のような背を持つ鯨に似た存在、甲殻に覆われた怪魚、光を発する触手を何本もたなびかせるクラゲ型生物――その光景は、畏怖と同時に探査隊の冒険心を大いに刺激した。


隊長のリュシアン博士は、かつて「深淵の生態学者」と呼ばれた人物であった。彼はガラス越しに広がる水面を見つめ、胸の内で抑えきれぬ高揚を感じていた。

「ここに、人類の未来を変える秘密が眠っているかもしれん……」


やがて、深海探査艇ネレイデスが海面を切り裂き、ゆっくりと潜行を開始する。青から群青へ、群青から漆黒へ――。やがて光は完全に失われ、ただ探査艇の照明だけが闇を切り裂いていた。


その時だった。

漆黒の奥底から、ほのかな光が点滅するのが見えた。初めは発光生物かと思われたが、近づくにつれ、その正体は信じがたいものだと判明する。


――都市だった。


幾重ものガラス状のドームに覆われた巨大な構造物群が、深淵にそびえ立っている。そこには建築の秩序と文明の痕跡があり、窓越しに人影のようなものが行き交っていた。


「まさか……ここに知的生命が?」

若い隊員マリアが息を呑んだ。


探査艇がさらに接近すると、その内部に暮らす生命体の姿がはっきりと見えた。

彼らは驚くほど地球人に酷似していた。だが鎖に繋がれ、粗末な布切れのような衣服をまとい、うつむき加減に動いている。人間そっくりの顔立ちには疲弊と恐怖が刻まれていた。


リュシアン博士は、必死に接触のためのサインを送った。

すると彼らは目を見開き、慌てたように両手を振り、口を開かずただ必死にジェスチャーで訴えてきた。


――出て行け。

――近づくな。


その仕草には絶望的な恐怖がにじんでいた。まるで、探査チームが何かとてつもない危険に晒されることを警告しているかのように。


「何をそんなに怯えているんだ……?」

緊張が艇内を走る。隊員たちは互いに顔を見合わせ、次の行動を決めかねていた。


その時だった。

探査艇の外窓に、奇妙な影が映り込んだ。


それは――イルカだった。

いや、正確にはイルカに酷似していた。だが全身は虹色の光に包まれ、角度を変えるたびに七色の鱗粉のような光がきらめき、異様な神々しさと不気味さを同時に放っていた。


「美しい……」

思わず誰かがつぶやいた。


虹色のイルカたちは、群れをなして探査艇の周囲を優雅に旋回する。鳴き声は聞こえない。だが、その動きはまるで知性をもった舞踏のようで、隊員たちの緊張をわずかに解きほぐした。


だが、その安堵は一瞬で砕け散る。


突如、一体の虹色イルカが急接近し、その硬質な額で探査艇の強化ガラスを叩き割ったのだ。轟音と共に冷たい海水が流れ込み、隊員たちは悲鳴を上げた。


次の瞬間――。

彼らの脳内に直接、嘲るような声が響いた。


『今日の刺身はこいつらで決まりだ!』


探査艇の中はパニックに陥った。隊員たちは酸素マスクを必死に装着しようとするが、虹色のイルカたちは器用にヒレを使って人間を捕らえ、拘束していく。


都市の中では、先ほど恐怖に顔を歪ませていた人間そっくりの知的生命体たちが、その光景を見つめていた。彼らは悲しげにうつむき、やがて諦めきったような表情を浮かべた。


――そう、この惑星における食物連鎖の頂点は、虹色のイルカたちだったのだ。

彼らは美しい姿をした捕食者であり、狡猾で残忍な支配者であった。


リュシアン博士は捕らえられながらも、最後の力を振り絞って叫んだ。

「記録を送れ! この惑星は……楽園ではない……!」


その言葉が地球に届くかどうかを知る者は、もはや誰ひとりいなかった。

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海底都市の秘密【宇宙開拓史】 スター☆にゅう・いっち @star_new_icchi

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