『俺達のグレートなキャンプ136 どら焼きの中身を餡子ではなく納豆挟むぞ』
海山純平
第136話 どら焼きの中身を餡子ではなく納豆挟むぞ
俺達のグレートなキャンプ136 どら焼きの中身を餡子ではなく納豆挟むぞ
「グレートォォォーーーッ!!」
石川の叫び声が、信州の山々にこだまする。午前十時、快晴。爽やかな初夏の風が吹き抜ける長野県某所のキャンプ場。鳥のさえずりと、遠くで川のせせらぎが聞こえる絶好のキャンプ日和だ。
テントを張り終えた石川は、両手を大きく広げて青空を仰いでいる。顔は満面の笑みで、目は少年のようにキラキラと輝いている。その姿はまるで世界征服を成し遂げた悪の組織のボスのようだ。
「石川さん、テント設営お疲れさまでした!」
千葉が爽やかな笑顔で駆け寄ってくる。額に汗を光らせながらも、その表情は充実感に満ち溢れている。彼の目には、これから始まる冒険への期待が溢れている。
一方、富山は荷物を整理しながら、ため息をついている。その背中からは「また始まった」という諦めのオーラが漂っている。肩を落とし、眉間に皺を寄せて、時折石川の方をチラリと見ては不安そうな表情を浮かべる。
「よーし千葉!今回もグレートなキャンプにするぞ!!」
石川が千葉の肩をバンバンと叩く。その力強さに千葉の体が前後に揺れる。
「はい!今回はどんな暇つぶしキャンプなんですか!?」
千葉が目をキラキラさせて尋ねる。彼の声は期待で弾んでいて、まるで遠足前日の小学生のようだ。両手をぎゅっと握りしめ、体全体で「早く教えて!」と訴えている。
石川はニヤリと笑うと、おもむろにリュックからあるものを取り出した。
「じゃーん!どら焼きだ!!」
どっさりと十個以上のどら焼きが袋に入っている。コンビニで買ったと思われる大量のどら焼きだ。茶色い生地が袋の中でぎっしりと詰まっている。
「おお!どら焼き!美味しいですよね!」
千葉が拍手をする。パチパチパチと軽快な音が響く。彼の表情はまだ無邪気だ。何も疑っていない。純粋な笑顔のままだ。
「ふふふ、そう。美味しいよねぇ。でもさぁ」
石川が不敵な笑みを浮かべる。その目は悪戯っ子のように光り、口角が不自然なまでに吊り上がっている。
「餡子ばっかりじゃ飽きるよねぇ?」
「え?」
千葉が首を傾げる。その瞬間、富山の顔が蒼白になった。目を見開き、口を半開きにして、石川を凝視している。体が硬直し、手に持っていたクッカーがカラン、と地面に落ちる。
「だからさ!今回の俺達のグレートなキャンプ暇つぶしは——」
石川がもう一方の手に持っていたものを高々と掲げる。
「どら焼きの中身を餡子ではなく納豆にして食べるぞォォォーーーッ!!!」
その手には、パックに入った納豆が三つ。糸を引きそうな予感がぷんぷんと漂っている。
「え゛っ」
千葉の笑顔が一瞬で固まる。目が点になり、口がぽかんと開いたまま動かない。風で髪が揺れているが、彼の表情は完全に静止している。
「やめてぇぇぇぇーーーっ!!!」
富山が頭を抱えて叫ぶ。その声は絶望に満ち、まるで世界の終わりを見たかのような悲痛な響きだ。膝から崩れ落ちそうになりながらも、必死に立っている。
「どら焼きと納豆!!和と和の融合!!これぞジャパニーズグレートハーモニー!!」
石川が納豆パックを振り回しながら雄叫びを上げる。彼の目は完全にイッている。キャンプという名の狂気の実験場に立つマッドサイエンティストの目だ。
「い、石川さん...」
千葉がようやく口を開く。その声は震えている。しかし彼の目には、困惑と同時に、何か別の光も宿っている。それは——好奇心だ。
「どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる...んですよね?」
千葉が自分のモットーを呟く。その表情には葛藤が見て取れる。眉をひそめながらも、口元には微かな笑みが浮かんでいる。
「そうだ千葉!!お前はわかってるゥゥーー!!」
石川が千葉の肩を掴んで激しく揺さぶる。千葉の体がぐらぐらと前後に揺れる。
「ちょっと待って!!」
富山が二人の間に割って入る。その顔は真剣そのもので、眉間の皺が深く刻まれている。両手を前に突き出し、必死に説得しようとしている。
「どら焼きに納豆って...絶対おかしいでしょ!?甘いものとネバネバって...考えただけで...うぅ...」
富山の顔が青ざめる。想像しただけで気持ち悪くなってきたようだ。手で口元を押さえ、少しよろけている。
「富山ー!まだ食べてもないのに決めつけるなんて科学者として失格だぞー!!」
「科学者じゃないし!!私達ただのキャンパーだし!!」
富山が必死に反論する。その声は裏返り、目には涙すら浮かんでいる。
「ほら、千葉も興味あるんだろ?」
石川が千葉に目配せする。千葉は困ったような笑顔を浮かべながら、頭の後ろを掻いている。その仕草には「どうしよう」という葛藤が滲み出ている。
「まぁ...その...興味は...ありますけど...」
「ほらァァァーー!!千葉がやる気満々だぞォォーー!!」
「満々じゃない!!」
富山がツッコむ。しかし時すでに遅し。石川はすでにクーラーボックスからどら焼きを取り出し、ナイフで切り込みを入れ始めている。その手つきは迷いがなく、まるで当然のことをしているかのようだ。
「さぁて!まずは餡子を取り除いて...」
石川が器用にどら焼きの餡子を掻き出していく。甘い餡子の香りが辺りに漂う。それは平和な香りだ。これから起こる惨劇を予感させない、優しい香りだ。
「そして納豆を...」
パカッと納豆パックを開ける音。
「混ぜ混ぜ混ぜ混ぜーー!!」
石川が箸で納豆をかき混ぜる。シャカシャカシャカシャカと、あの独特の音が響く。納豆が糸を引き始める。白い糸が箸に絡みつき、ネバネバとした光沢を放つ。
「やめてぇぇぇーー!!」
富山が顔を背ける。その表情は恐怖に歪んでいる。まるでホラー映画を見ているかのようだ。
「そしてこれを...どら焼きに...イン!!」
ドロッと納豆がどら焼きの間に挟まれる。茶色い生地の間から、納豆の粘り気のある糸が垂れている。その光景は、美しくも恐ろしい。
「完成ィィィーー!!納豆どら焼きグレートエディションッ!!」
石川が両手でどら焼きを掲げる。朝日に照らされた納豆どら焼きが、妙に神々しく見える。しかしその神々しさは、邪神のそれだ。
「さぁ千葉!一緒に食おうぜ!!」
「え、えぇ...」
千葉が恐る恐る手を伸ばす。その手は微かに震えている。しかし彼は逃げない。モットーに従って、前に進む。
「私は...遠慮しておきます...」
富山が両手を前に出して拒否する。その顔は完全に青ざめていて、今にも倒れそうだ。
「じゃあ富山は審査員な!!」
「審査って何!?」
「せーのっ!」
石川と千葉が同時に納豆どら焼きに噛み付く。
ムギュッ
生地の柔らかさと、納豆のネバネバが同時に口の中に広がる。
「...」
二人が固まる。咀嚼が止まる。表情が微妙に引きつる。目が泳ぎ始める。
「ど、どうなの!?」
富山が恐る恐る尋ねる。その声は心配と興味が入り混じっている。
石川の顔が、ゆっくりと変化していく。最初は困惑、次に驚き、そして——
「グレートォォォーーーッ!!!」
石川が叫ぶ。
「意外とイケるゥゥーー!!!」
「え゛っ!?」
富山が驚愕する。その目は信じられないものを見たかのように見開かれている。
「石川さん、これ...確かに...」
千葉がもぐもぐと咀嚼しながら呟く。
「和の組み合わせだからなのか...なんか...馴染んでる...?」
「だろォォーー!!俺はわかってたんだよォォーー!!」
石川が納豆どら焼きを掲げて踊り出す。その動きはまるで原始時代の祭りのようだ。
「うそでしょ...」
富山が信じられないという表情で二人を見つめる。
その時、隣のサイトから声がかかった。
「すみませーん、何を作ってるんですかー?」
40代くらいの男性キャンパーが興味深そうに近づいてくる。その後ろには奥さんらしき女性と、小学生くらいの子供が二人。一家でキャンプに来ているようだ。
「おお!納豆どら焼きですよ!!」
石川が満面の笑みで答える。その笑顔に一切の曇りはない。むしろ誇らしげだ。
「納豆...どら焼き...?」
男性が首を傾げる。その表情には困惑が浮かんでいる。
「やめて石川!!他の人を巻き込まないで!!」
富山が必死に止めようとするが、もう遅い。
「一つどうですか!?めちゃくちゃグレートですよ!!」
石川が新しく作った納豆どら焼きを差し出す。男性は困惑しながらも、その奇妙な食べ物を受け取る。
「パパ頑張ってー!」
子供たちが応援する。その無邪気な声が、この異様な状況をさらにシュールにする。
男性が意を決して噛み付く。
「...」
固まる男性。
そして——
「これ...意外と...」
「でしょう!?」
石川の目がギラリと光る。
「面白いですね!!家でも作ってみよう!!」
「やったァァーー!!」
石川が拳を突き上げる。千葉も一緒になって喜んでいる。二人はハイタッチを交わし、まるで何か偉大なことを成し遂げたかのように喜び合っている。
「ちょっと待って!!広めないで!!」
富山が叫ぶが、もう手遅れだった。
「あの、私たちも...」
「僕も食べたい!」
気づけば、周りのキャンパーたちが集まってきていた。石川と千葉の異様なテンションに引き寄せられたのだ。老若男女、様々なキャンパーたちが、好奇心に満ちた目でこちらを見ている。
「よっしゃァァーー!!みんなで納豆どら焼きパーティーだァァーー!!」
石川が叫ぶ。その声は山々にこだまし、森を揺らす。
「やめてぇぇぇーー!!」
富山の絶叫もまた、山々にこだまする。
こうして、謎の納豆どら焼き集会が始まった。
石川が次々とどら焼きを切り開き、餡子を取り除き、納豆を混ぜ、挟んでいく。その手つきは職人のようだ。まるで何年も納豆どら焼きを作り続けてきたかのような手慣れた動きだ。
千葉は配膳係となり、完成した納豆どら焼きを次々と配っていく。その笑顔は輝いていて、まるで自分の作品を披露する芸術家のようだ。
「はい、どうぞ!」
「ありがとう!」
「これ、本当に食べられるの?」
「大丈夫です!意外とイケますよ!」
キャンプ場の一角が、納豆どら焼き試食会場と化している。人々が恐る恐る、しかし興味津々に納豆どら焼きを口に運ぶ。
「うわっ、本当だ...」
「意外と...」
「和と和だからかな...」
「子供にはちょっと早いかも...」
「でも面白い!」
様々な感想が飛び交う。否定的な意見もあれば、肯定的な意見もある。しかし共通しているのは、みんな笑顔だということだ。この奇妙な体験を、楽しんでいるのだ。
富山はベンチに座り込んで、頭を抱えている。
「なんで...こんなことに...」
その声は諦めに満ちている。しかし、その目には微かな笑みも浮かんでいる。結局、いつものことなのだ。石川はこうやって周りを巻き込み、奇妙な空間を作り出す。そしていつも、それが不思議と楽しい空間になってしまうのだ。
「富山ー!お前も食えよー!!」
石川が納豆どら焼きを持って駆け寄ってくる。その顔は悪戯っ子そのものだ。
「いらない!」
「まぁまぁー!」
石川が無理やり富山の口に納豆どら焼きを押し込もうとする。富山が顔を背けて抵抗する。二人の攻防戦が始まる。
「やめてよー!!」
「いいから食えー!!」
「石川さん、富山さん、仲いいですねー!」
千葉が笑いながら見ている。その目には、二人の関係性への温かい理解が滲んでいる。
結局、富山も根負けして一口だけ食べることになった。
「...」
富山の表情が変わる。
「どう?」
石川が期待の眼差しで見つめる。
「...まぁ...思ったよりは...」
富山が小さな声で呟く。その顔は少し赤くなっている。認めたくないけど、まずくはない、という複雑な心境が表情に現れている。
「ほらァァーー!!富山も認めたァァーー!!」
石川が雄叫びを上げる。
そして日が傾き始める頃、キャンプ場には不思議な一体感が生まれていた。
納豆どら焼きという奇妙な食べ物を通じて、見知らぬキャンパーたちが交流し、笑い合っている。子供たちは「納豆どら焼きの歌」なるものを即興で作って歌っている。大人たちは「次は何を挟むべきか」という議論で盛り上がっている。
「キムチとか面白そうですね!」
「いや、ツナマヨでしょう!」
「明太子は?」
みんな、石川の狂気に感染したかのようだ。
富山は呆れながらも、その光景を眺めている。
「結局...こうなるのよね...」
その声には、諦めと、そして微かな温かさが混じっている。
夕日がキャンプ場を赤く染める。
石川が千葉と富山の肩を抱いて言った。
「なぁ、キャンプって最高だろ?」
その声は穏やかで、いつもの騒々しさとは違う、静かな幸福感に満ちている。
「そうですね...」
千葉が笑顔で答える。
「...まぁね」
富山も、渋々ながら認める。
三人の背後では、他のキャンパーたちが焚き火を囲んで、納豆どら焼きの話で盛り上がっている。笑い声が風に乗って、森に溶けていく。
「次は何しますか?」
千葉が尋ねる。その目には、すでに次の冒険への期待が宿っている。
「ふふふ...それはお楽しみだ!」
石川が不敵に笑う。その目は、すでに次なる奇抜なキャンプを考えているようだ。
「やだぁ...」
富山が小さく呟く。しかしその口元には、確かに笑みが浮かんでいる。
星が瞬き始めた夜空の下、奇妙な絆で結ばれた三人のキャンパーたちは、また明日へと想いを馳せる。
これが、俺達のグレートなキャンプ。
奇抜で、バカバカしくて、でも——
最高に楽しいキャンプなのだ。
翌朝、キャンプ場の管理人から「納豆どら焼き、話題になってますよ」と声をかけられた時、富山は完全に顔を覆って蹲った。
「もう...知らない...」
石川と千葉は、満面の笑みでハイタッチを交わしていた。
「グレートォォォーー!!」
こうして、俺達のグレートなキャンプ第136回は、無事に(?)幕を閉じたのであった。
次回、第137回「焚き火で焼くのは肉じゃなくてマシュマロでもなくてチーズケーキだぁ!」にご期待ください。
「それ普通じゃない!?」
富山の叫びが、また山々にこだまする——。
おわり
『俺達のグレートなキャンプ136 どら焼きの中身を餡子ではなく納豆挟むぞ』 海山純平 @umiyama117
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