天野宮大学物語
M1エイブラムス
みかん村
※ この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
プロローグ
正直、今回の件は気が進んでいなかった。
今回の活動に関して、福島は教授の推薦と言っていたが、愛知のこんな田舎に行かされるなんて思っていなかった。これも勉強になるだろうと笑う、脂っぽい肉をタプタプと揺らす教授の顔が目に浮かぶ……。こんなことは何度もあった。多くの場合、県を跨ぐことは無かったが……たまに今回のように県外へ飛ばされ、ド田舎に行かされることも何度かあった。
でも今回は違う。県外に行くだけでなく、愛知の山奥、まさに秘境とも呼べる田舎に行かされるなんて……。
福島から聞いたときは、「まさかまた田舎に……」とずっと思っていた。しかし、こうしてタクシーに乗っているということが、私に現実を示してくれる。
ふと、キャンディークリッカーの開いたスマホから窓へ目を移す。
辺りはすでに真っ暗で雑木林の中を走っている。山を登っているのか、少し車体が斜めで、タクシーが揺れる度に私の脳も揺れる。心地よいはずの揺れも、山奥の田舎に来ていると言うだけで、地獄へ向かう列車に乗っているような気分だ。
決して愛知全体が特別田舎という訳ではない。むしろ東京や大阪と同じく中央付近は都会だ……。
しかし、中心部や要所を出ると落ち着いてしまう。これ自体はどこも同じだけどね。なぜそこに住居を構えているのか分からないレベルの場所もちらほらあり、今回行く場所もそんな場所なのだ……。
「ココらへんは初めてですかい?お客さん、珍しいもんですなぁ」
「あぁ、はい」
タクシー運転手か。少しびっくりしてしまったなぁ。
「いやぁ……こうして県外の人乗せるのも最近は珍しいでなぁ……それもこの先の村は住民以外利用しないからねぇ」
「そうなんですか……」
「大学のお勉強か何かかな?」
「まぁそんな所ですねー」
「はい、そうです」
「実はなぁ、この先の村……真奈村って言うんだけどねぇ、みかんがとっても美味しいのよ。実際ブランド化してね?毎年豊作で、よく僕らも差し入れで貰ったりしてるんですよ〜」
「は、はぁ……」
みかんねぇ……確かに愛知ってみかんが有名だったっけ……。
「もうすぐ着きますんで……ゆっくりしてください」
「ありがとうございます」
私はスマホに目を移し、暇を潰す。
何よりも眠い。一日移動し続けてたから疲労が酷い……。一体どうしてこんなことになったのか……。
しかし、そこまで暇ならウトウトしてしまうものだ。烈火のごとく襲い来る睡魔に勝てる人間などいるのだろうか……。
少なくとも私は勝てない。だから着くまでの間……少し、寝ることにする。
「着いたら教えてくださいな」
「分かりました、お任せを」
運転手に寝ることを伝え、私は重い瞼を閉じるのだった……。
————————到着
「着きましたよ!」
軽快な声が響く。
「着きましたよお客さん……お友達さんも居ますよ」
運転手の声……?私は、あっ、そうだ、寝てたんだ。
「あぁ〜はい、おはようございます?」
「はい、おはようございます!もうこんばんはですけどね」
私ははしゃぐ運転手を無視し、車を降りる。
「それでは私は3日後こちらへ戻ってきます!」
「はい、ありがとうございました……」
疲れの取れていない体に鞭を打ち、タクシーを見送る。
はぁ……全然眠れなかったなぁ……とスマホを見て思う。眠っていたのはおよそ20分で、寝ていないも同じだ……。
「そう言えばお友達が居るって……」
去る前の運転手の言葉を思い出す。急に胃が痛くなってくる。だが……退路はない、進むしかないのだ……。
「よう!明智!」
「こんばんはです!明智先輩‼」
うるさい製図サークルの仲間達だ……。ここへ遠征することになった元凶である福島正則とミノ。
「うるさい連中が来たな」
「そんなこと言うなってぇ明智‼」
福島はそう言って私の肩に腕を回し、力強く引き寄せてくる。痛さから感じる程である。
「やめろって……私だってこんな所来たくなかったんだよ……」
「まぁまぁ良いじゃねぇか、別に!田舎だって製図の経験積むには良い場所だぜ?」
「そうですよ!明智先輩!何事も挑戦です‼」
「でも今日はもう夜も深いし、宿に行くわよ」
「わーってるよ、流石にこんな時間からはやらねぇって」
それだけは安心した。いつもならライトを引っ張り出して夜も活動する羽目になる……。私の体は頑丈だからといつも色んな場所に連れ回されるが、今日はミノが居る……。幸運だったと言えよう。
「じゃあ!宿へ行くぞ‼」
「行きましょう!明智先輩!」
ミノの手に連れられ、予約している宿**『みかん村』へと向かう。荒く舗装された土道に、周囲は草花やみかん畑が生い茂っているだけ。そんな道を歩き進む。
どうやら人口は多いようで、家も多く見かける。そんなこんなで進んでいると、宿が目に入る。
「ここが泊まる宿……結構綺麗だな」
福島の言うとおり、教授の予約した宿は周囲の家々とは違い、妙に整備されているのか、コンクリート造りで電気も付いており、異様ながら綺麗という感想を与えてくれる。
「まぁまぁ良いわね、ここ」
「ですね!先輩!」
「ごめんください‼」
ガラス製の玄関を開け、中へ入ると、黒色の石造りの床と程よい量のライトがロビーをいい感じに照らしている。
「お名前、承りました……こちら鍵です」
受付で鍵をもらい、移動の疲れを癒やす為に部屋へと入る。
「んぅぅぅ〜疲れましたねぇ先輩!」
「そうねぇ……流石にまる一日移動で潰れるとは思わなかったわ……」
「ですがこれで明日から製図活動が出来るんですよね!私初めてなんです!」
「そう言えばミノ初めてだっけ……」
「はい!」
ミネバ・ミノリア。アメリカからの留学生で、製図サークルの後輩である。活発で可愛らしい子だが、福島に影響されたのか無鉄砲な一面が目立つ。先輩として護らなければならない。
「もう今日は寝ましょう。これ以上起きてたら明日の活動に支障が出てしまうわ」
疲れた。ただその一言ですべてが終わる。大学を出て少し歩いてバス停まで行き、何駅も経由してここまで来たのだから。生憎、急に言われたため新幹線の予約は出来ず、乗ろうとしても満員で入れないと言われたのだから仕方がない。
ベッドがふかふかなのは幸運だっただろうか。部屋はそれなりに綺麗で、よくあるビジネスホテルの上位互換のような感じだ……。旅客は少ないらしいが……ここは一体なんの為にあるのだろうか?村人が泊まるのだろうか?
今考えても仕方のないことだ。今回はありがたく使わせてもらうとしよう……。
ベッドに入ると途端に眠くなってくる。まだ夕食すら食べていないのに体が動かなくなっていく。このまま眠ってしまおう……。
睡魔は睡眠という甘味に私を誘い込み……深い深い眠りへと陥れた……。
————翌日
「よく寝たなぁ……」
そんな一言を呟き、体をベッドから起こす。これ以上寝てしまうと、起きるのが難しくなりそうだったからだ。
疲れもあるのだろうが、絹のようにサラサラで高級なワタを使っているベッドに体を下ろすだけで包み込まれるこんな環境で、起きたくないと思わないほうがおかしい。
「おはようございます先輩……」
「起こしてしまったかな?」
「いえ!私も今から起きるところだったので‼」
丁度良い。ミノが起きたならそろそろ活動を再開することにしよう。
ふと横に放置していたスマホを覗き見る。
5時30分……朝食には少し早い時間だが好都合だ。
福島を起こして少し村の様子を見て回ろう。
「私は福島を起こして少し村の様子を見に行くが、ミノはどうする?付いてくるか?」
「勿論です先輩!」
「別に製図をする訳ではないが良いのか?」
「勿論!」
「ならいい……」
私は足早に化粧を終え、自販機で買ったホットコーヒーを飲みながらコートを着て部屋を出る。
「福島の部屋は……ここか」
私達の部屋である4階の一つ上、5階に部屋を予約してある。
周囲は木々の生い茂る山のみでお世辞にも景色が素晴らしいとは言えないが、それでも上の階は夜の空は見えやすいだろう。なぜこいつが5階で私達が4階なのか、教授に問い詰めてやりたい気分だ。
「おい、起きているか?」
ノックと同時に声をかける。数秒の静寂の後、帰ってきたのは元気な福島の声であった。
「おう!今向かうぜ!」
部屋の中からは福島の元気な声が響いている。ドタドタと言う足音は、奴が急ぎ外出の用意をしていることを示しているのだろう。
しばしの間、扉の前で待っていると、ようやく現れる。
肉体は立派に育った筋肉を持つが、精神面では粗暴で、所々考えの至らない部分が目立つ男、福島正則だ……。
悪いやつでは無い。それどころか優しい一面も多く、大学内では一部の女子を虜にする位にはイイヤツだ。
まぁ恋愛面に疎いのか、そう言う女子たちを袖にしているらしいが。
「それじゃあ行こうぜ」
「行きましょう先輩‼」
なんか妙に気に食わないものを感じるが、まぁ良いだろう……。
「行こうか……」
————————調査開始
私達は宿を後にし、みかん畑や民家を見渡せる丘まで来ていた。
小さな集落だと思っていたこの村は、広大なみかん畑とそれを囲うように作られた大量の民家、そして村の奥にある大きな寺院など、結構な規模をしているのだ。
この村のみかんは高級ブランドとして金持ちの間で流行っているらしく、現地民が往来している小規模な木造のスーパーなど、田舎の小規模集落の域は出ないものの、それらの中ではまぁまぁ繁栄していると言って良いだろう。
確かに製図には、まぁ良い難易度の土地なのかもしれない。私自身は都会出身だからか、こういった自身の住まう土地から遠い田舎に対して偏見を持っていたのだろう。
そんなちょっとした反省を胸に作業を開始する。
この村を見てまわるのだ。製図をする為には、まずその土地の地形や性質を確認していかなければならない。そして聞き込みをする。この土地にはどんな物があるのか、どうやって出来たのか。
情報はあればあるだけいい。実際現地へ到着して早々作業に入るわけではない。土地の下書きと情報を集めてから地系の計測などに我々は移行している。
まぁそんなこんなで、とりわけ真面目に製図をしていると言うより、遊んで散歩していることの方が多いのだ……。
これ自体は大学の意向なのである。そもそも本気でやるのであれば、もっと計画が緻密に練られているはずだ。そうでないというのはこういうことであるのだ。教授が受け取った過剰なお金の使い道の一つとして使われているに過ぎないだろう。
しかし、そのおかげでタダで旅行ができていると言っても良い状況、ありがたく楽しまなければ損だ。
「早速聞き込みを開始するぞ!」
「おー」
「元気ねぇ……」
「明智先輩は元気がなさ過ぎるんですよ!」
「そうだぞ明智、楽しもうじゃないか」
「そう……ね」
「楽しみってのは共有するものだろ?」
「まぁ……」
「どうしたんです?明智先輩?」
「なんでもない。楽しもうじゃないか、せっかく来たんだから」
「おう」「はい!」
私達は歩き出した。目的地は住宅地。話を聞くなら村人からの方が早いし確実なのだ。
———————第一村人発見
住宅街を歩く。地面はコンクリートで舗装されており、歩きやすい。早朝ということもあり、涼しく快適だ。周囲は家々が多いがみかん畑も広がっており、なんとも美味しそうな実を作っている。
愛知のみかんは絶品だと、オカルト研究会の部員がよくうちのサークルにも持ってきていたっけな……。その殆どを福島が食べるが、私も何度か食べた事がある。実際美味しかった。ブランド名は禁断の果実だったか……名に恥じない旨さではあった。
「キレイですね〜」
「もうすぐ収穫の時期だからな」
「そうなんですね!」
「今回もオカ研の奴等が置いていってくれるかな」
「全部は食べるなよ」
「分かってるって」
「お前にはマエがあるんだからな」
「そんな怒んなって分かってるから」
「なら良いけど……」
「そうですよ先輩!いくら福島先輩が馬鹿だからって流石にもうあれだけは食べませんよ!」
「バカってお前‼」
「まぁ良いじゃない、事実なんだし」
「このっ……まぁ仕方ないか」
「おっ認めたな?」
「認めた訳ではないぞ」
「あっ、第一村人が見えてきたわね」
舗装されたコンクリート道を歩いていると、軽トラに箱を積んでいるお婆さんを発見した。
所謂第一村人である。
「すみませーん!ちょっと良いですか!」
福島が声をあげ飛び出す。カメラを片手に薄着の男が走る様は、まさに貴重映像を撮影しているテレビスタッフのようなものである。
「行ってしまいましたね」
「すぐ合図が来るさ」
「合図って?」
福島がこちらに親指を立てている。
「ほらな」
「なんなんです?あれ」
「聞き込み許可みたいなもの。断られることもあるからな」
「そうなんですね〜」
「本当たまにだけれどね」
現場へと足早に向かう。早朝に出たとは言え、徐々に周囲の空気が冷たく凍りついていく。時期が時期だから当然ではあるのだが、やはり寒すぎると行動が制限されるし不便だ。少し行動が遅すぎたのかもしれない……。
こればかりは反省するしかないことだ。
「おやおや……こんな所に若い子が3人も居るだなんて珍しいねぇ」
少し考え事をしていると、しわくちゃの声が耳に入ってくる。どうやら到着していたようだ。
「そうなんですよ!僕ら天野宮大学から来てて、あっこういう物です〜」
福島が名刺を差し出している。そしてそれを見た村人の表情が一瞬固くなったように見える。
「こんな田舎に来てくれるなんて嬉しいわぁ……、何でも聞いてくださいなぁ。出来る限りお答えしますよ、あっそうだ」
「取れたてのみかんでも味見してみませんか?」
お婆さんはみかんを3つ手に取り、私達の手に軽く落とした。
「ありがとう……ございます」
そのみかんはとてもピカピカしていた。まるで加工された写真でも見ているかのように輝いており、何とも言えない珍妙な手触りが私を虜にしようと巻き付いてくる。
愛知のブランドみかんは何度も食べた事はあるが、ここまでのものは正直初めてだ。採れたてなのも影響しているのだろうか?
「ぐいっと、ぐいっとどうぞどうぞ」
お婆さんが食べるように催促する。
私は我慢出来ず……皮を剥き、一口、齧り付いてしまう。
最初に来たのは酸味ではなく……強烈な、果実的ではない甘さだった。
何だ……これ。
過剰なまでの甘さは脳を強く刺激し、視界が遠くなるように感じる。人工的な強烈な甘さが口の中に広がる。みかん一つにしては過剰にも思える程の甘さが脳を侵略している感覚と、愕然と覚えてしまう。
なぜ二人はこれを食べてなんの反応もないのか。
横目に二人を見ても、「美味しい、美味しい」と言うだけで、私のようにはなっていない。
私の味覚がおかしくなったのか。
まるで角砂糖を大量に噛んでいるような気分になってくる。まるで甘い砂を食べているような、ザラザラとした食感が口内に広がっていく。
次の瞬間、パチンッと妙な糸の切れたような音が頭に響いたと思えば、既に口内にみかんは無く、飲み込んだことを表していた。
「うちのみかんは甘いでしょう?他のみかんとは糖度が違うのです、糖度が」
「本当美味しいですね!これ」
「実家に送りたいくらいですよ!」
「あら……?お口に合わなかったかしら?」
みかんをくれたおばあさんが、私ではなく、みかんを見つめながら口を開く。
「い、いえ、とても甘いですね!」
今は分からない。まぁきっと突然の糖分に脳がびっくりしたんだろう。そうとしか考えられない。
「それでなんですけど」
一刻も早くこの話題から脱出したい私は話題を変える。
「この村に伝わる伝承とかって……ありますか?」
お婆さんの舌が止まる。さっきまで話し続けていた口は突如として一瞬静止する。さっきまでニッコリとしていた表情を、考えるような困ったような表情に変える……が直ぐに動き出す。
「ありますよ」
「是非聞かせてほしいです!」
「僕も知りたいな‼」
二人の目を輝かせる様子に一瞬の戸惑いを見せるが、最終的には話し出してくれた。
「この村がみかんを作っている理由は、みかん様ってな、神様が贄として欲しているからって言う伝承があるんよ」
「それはもう昔、この土地にはとある寺が建っていた。『陰陽組織十雄士』っちゅうのがおってな、そこを管理して居たらしいけど、陰陽師さんが不在中にとある山賊がここを占拠して寺を燃やした結果、とある神さんが住み着いたらしい」
「その神さんは贄として麦を要求したんだとか……いざ贄にするため育ててみたらぎょうさん取れてね……神様の加護やって言って近年まで取ってたんですがね?ある人がみかんの木を植えた所、それが麦よりもたくさん採れたからね、その時からみかんを育てる事にしてここまでになったって言い伝えがあるんですよ」
要約すればこうだ。ここは平安時代、陰陽師と呼ばれる集団が拠点を持っていたが、とある動乱に乗じた山賊が荒らし、空き地にどこかの荒神が住み着き、当時の住民が麦を贄として捧げ祀っていたそうだが、近年はみかんを捧げ、その報酬に豊作となったみかんをブランドとして売っている……と言うことだろうか。
「参考になりました!、ありがとうございます」
「いいのいいの、また聞きたいことがあったらぜひ頼ってくださいねぇ」
私達はお婆さんを離れ、歩き始めた。話している内に太陽が登り、空気に明確な冷気が含まれ始める。鳥肌は立ち、息は白いモヤになる。
「寒いですねぇ……先輩」
「えぇ、寒いわ……」
「カイロ入ります?」
「もう既に持ってる……」
「良いじゃないですか!一緒に使いましょうよ!」
「良いの?」
「いいんですよ!先輩に使ってほしいんですよぉ!」
「ならお言葉に甘えて……」
私はミノが差し出してきたカイロに触る。明らかに発熱反応だけではない、肌の体温を同時に感じる。
ミノが私の手を上から握っているのだ……。
「なっ」
「なんですかぁ〜?」
「何でもないよ……」
私は黙り込む。ミノは文化的違いなのか何なのか、私に懐いているようで、こうやって無自覚のボディータッチが激しい節があるのだ。しかしそれは幸運で、実に喜ばしいことである。ミノの華奢な手は、じんわりとした温もりを私の手に提供してくれているのだ。自らそれを享受せずぶっ壊すのは愚の骨頂、ここはじっくり堪能させてもらうとしよう。寒いのは事実だ。
「そう言えば先輩はどうしてこのサークルに?」
「ん?」
「気になってしまったんですよね……」
「どうして?」
「先輩って製図サークルに属している割には遠出を嫌がっているような感じがして……」
「あっ」
「いや、違うからね?」
「そうですかぁ……」
ミノは「う〜ん」と唸り声をあげながら考えているようだ。
「先輩って元オカ研で民俗学を学んでいたとお聞きしていたので、その延長線かと……」
「まぁ元々はそれもあったのかもしれないけど、今は別の理由……」
「そうなんですね……」」
「私と教授が旧い仲で……何を立ち止まっているんだ福島」
私はミノとの会話に夢中で気付かなかったのだが、福島が立ち止まり前をじっと見つめていた。
「何かあるのか?」
「異質な建物があってな……」
福島に言われ前を見ると、淡い青色のレンガで出来たような巨大な建物が姿を表す。多くの家や施設が木造の年季の入ったような素材をしているのに対し、町中にあっても違和感のないような建物がポツンと建っている。
「入るのか?」
「勿論だろ!」
「大丈夫なんですか?入れます?」
「多分大丈夫だろ、村の人たちも俺達を歓迎してくれているし、公民館や図書館のような施設ならここに関する情報を得られるだろ」
「それもそうね……」
私達は寒さから逃げると言う目的もあるのか、目の前の建物へ足早に向かい始めた。
————————公民館
私達はその建物の入り口前まで来ていた。全面ガラス張りの扉にはいろんなポスターが貼られている。警察署が発行している犯罪に対する対処法や指名手配、そして行方不明者のポスターも。
そうして、それらのポスターや付近を眺めていると、
「どうかしましたか……」
掠れているが存在感のある声に私達は驚いてしまう。
「う、わぁっ」
「驚かせてしまったようで、へへ、失礼します」
私達を驚かせた声の主は、異様な猫背で丸眼鏡を掛け、黒髪を首元で束ねた白衣の女性であった……。
「私はこの公民館の管理をしているヤスと申します、どうぞご贔屓に」
ヤスと名乗った女性は、掠れた声で早口に説明を続ける。
「元々ここに公民館が設置される予定はなかったのですが、村長さんがずっと自治体に懇願していて、ようやく最近設立されたのですよ。そしてそこの管理人として任命されたのが私だったということです、あっ関係ない話でしたね」
「まぁ、公民館は本来この時間はまだ空いておりませんが、どうやら貴方方は旅客と言うことで、今日は特別に今から開けてみるとしましょう。この村とそれを囲う山々の模型や祭り、みかんについてなどいろいろな情報があるので、ぜひ覗いてみてください。そして公民館中央から右側の通路を抜けると元々あった図書館につながります。使われていないので少し埃っぽいかも知れませんが……是非ご利用ください、へへっ」
ヤスがそう言うと、扉に首にかけていたカードキーを翳し、「ピッ」と言う電子音のあと、扉が開いた。
その瞬間、公民館内部の電気が次々と点き、公民館中央の噴水や天井のシャンデリア、壁に埋められたホログラムなどが起動し始めた。
「それじゃあ行こうぜ!」
「そうね……」
私達は大理石の床を踏み、公民館へ足を踏み入れた。
【真奈村へようこそ、旅人の皆様、愛知みかん『禁断の果実』の生産地である真奈村はその特異的な環境であり⋯】
「アナウンスが今日は元気に説明をしていますね」
「そうですね、ちょっと音量が大きいくらいには」
「へへっ」
ヤスは微笑みながら受付へと向かう。
「皆さんの滞在を嬉しく思います。これは公民館を訪問し、その施設を利用したという証明書と、設備利用に関するカードキーのようなものです」
「ありがとうございます」
「是非旅を楽しんでください」
ヤスは私達に3つのカードキーを渡すと思い出したように慌ただしく動き、受付奥の従業員扉へと消えていった。
「不思議な人でしたね……」
「でも親切な人だ!」
「そうね……」
私達は突然消えたヤスに思いを馳せながらも、公民館を回ることにした。
「色んなものがありますね〜」
「この木本物か?」
「その……ようね……」
公民館内部は、中央の噴水から木の根のようなものが伸びており、市民が閲覧可能な部分にまで伸び、近年のみかんの収穫記録や街建設の様子や新聞などが納められている。2階には村を模した巨大な模型が置かれており、周辺のプロジェクターやモニターが繁栄の様子などを映していた……。
一通りの地形や歴史など、我々が知るべき情報は一覧できたように思う。
「ヤスさんに感謝ですね……」
「あの人が居なければこのカードキーもこんな早い時間からここに入ることも出来なかっただろうし……そう考えると私達は運がいいわね……」
「……」
「どうしたんですか?福島先輩、」
「どうしたんだ福島」
「なぁ、ヤスさんここに図書館があるって言ってなかったか?」
確かに言っていた。
「使われてない図書館があるって言ってたな」
「丁度ここにある紙資料は近代や最近のものばかりなので、その図書館には更に前の情報があるかもしれせんね」
「それなら!行かない訳には行かねぇよな?」
「そうね」
「私、楽しみです!」
「俺も楽しみだな、どんな施設なのか」
「早速行きましょうか」
その、奥にある使われていないという図書館へと向かう。
図書館へと向かう通路には木の根はなく、廊下にはいくつか扉があるものの、物置だったり警備室だったりと、とても民間人が歩く場所とは思えないような廊下である。
いくつも扉があり、私はヤスから貰ったカードキーを翳し、開けていく。
通路の妙な雰囲気と、渡されたカードキーのセキュリティクリアランスレベルの異様な高さに疑問を覚えながらも進んでいく。本当に民間人が立ち入る場所であるなら、何重にも扉を用意するとも、それにカードキーを要求するとも思えない。
そんな考えを巡らせているとその場所へと到着する。
外はすっかり明るくなっていた。空を黒い雲が覆っており、太陽の光は限定的であるものの、私達が外を出歩いていた時よりは圧倒的にマシである。
そして図書館は他の建物よろしく木造であり、入り口には木の板が鍵のように立てかけられていた。
私達はそれを退かし、扉の横にある建物と見合わない異質なカードリーダーにカードキーを差し込み、中へと入る。
中は薄暗く、証明がチカチカと薄い黄色の光を放っている。
「図書館と言うより……資料庫……?」
それが第一印象だった。目の前には沢山の本棚があるが、そこにあるのはファイルのような物で、1900年代、1910年などの札が本棚に立て掛けられている。
どうやら公民館本館にあった記録よりも更に古い記録や、あそこになった項目などが収められた資料館のような場所のようだ。
ヤスの言っていた図書館と言う表現に引っかかりながらも、それらを漁り、有益な情報を探すことにするのであった。
————————図書館
あれから何時間経っただろうか。私達は興味深い資料を漁るのに夢中になっていたと感じる。この施設へ入ったのが6時頃、そして現在は
「12時半……」
私はスマホを見てふと驚愕の声を漏らした。
「え?」
「マジですか……」
私の声に二人も反応し、時間の進みに驚きを隠せずにいた。
「もうそんなに経ってたんですね……」
「そろそろ良い頃合いだし、全員で今まで見た中で一番興味を引かれた資料でも持ち合って共有するか‼」
「それ良いですね」
「そうしようか……」
二人はその決定に急いで自分たちの漁っていた資料を取りに戻ってゆく。私も取りに行くとしよう……。
そう移動し資料を保管していた受付近くの本棚へ行こうとしたその時、
「ん?」
一つの受付にぽんとオレンジの大きな分厚いファイルが置かれていた。
本来ならスルーするであろうそれらの資料を、私は覗くことにしたのである。
1896年 愛知県 小鹿野宮関 真奈村
1月12日 3人が行方不明
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1897年 愛知県 小鹿野宮関 真奈村
1月12日 4人が行方不明
1898年 愛知県 小鹿野宮関 真奈村
1月12日 一人が行方不明
ページを捲れど捲れど1年刻みにこの日の新聞の一部が挟まれており、その全ての年で行方不明者がこの村で出ていると書かれている。
そしてこの日付は 今日である。
私はそれらの記録に何とも言えない恐怖を覚え、スマホでこの年のこの新聞を発行している新聞社の記録を検索する。
しかし ヒットしない。真奈村について調べてもみかんのブランドなどのみであり、強いて言えば怪しいオカルト記事がヒットするのみ。それもみかんが有害であるとかそういう系であり、イマイチこの新聞との関連性を見つけることができない……。
「これをあいつらに共有しないと……」
私はそのファイルを持ち、ミノと福島が待つ中央の読書スペースのような場所へと向かう。
「遅いですよ先輩」
「そうだぞ明智!一体何をしていたんだ」
「ごめんごめん……途中でちょっと変な物を見つけてしまって……」
「その変なものってその今持ってるファイルですか?」
「ま、まぁね……」
「ふぅん……」
「まぁ!見ようぜ!」
「そうね!」
私も椅子へ腰を下ろし、ファイルを机に置く。
「最初は私から行きます‼」
ミノは自信満々に一つのオレンジのファイルを置き、福島は古く汚れ破れかけている本を置く。
「誰から見るんだ?」
「私なら良いですか!」
「どうぞどうぞ……」
ミノが手を上げ一番を所望、私達は承諾し、ミノはファイルのタイトルであろう『豊作と不作表紙』と書かれた表紙を捲り、ファイルの中身を顕にする。
「なんじゃ……こりゃ」
中身には1900年から現代までの平均から大きく外れた量とその年が記録されている物のようだ。
「おい、みかんがこんなに取れることって普通あんのかよ」
「ここを見てくださいよ!あの規模でたったの560tなんてあり得ますかね……」
ファイルの中身自体は少ないが、通常では考えられないような回数記録されていた。少なくともこの村が保有しているみかん畑は50haはあったはずだ。
「不作とは言え、ここまで下がることもありえない
と思うのだけど……」
「だよな……」
「不思議ですよね……」
「ふむ……」
「次は明智の持ってきたやつを見せてくれよ」
「あぁ……そうね」
「明智先輩はどんなのを持ってきたんですか?」
私は二人の期待の視線を浴びながら、大量の新聞が収められたファイルを開いた。
「ここ」
例の行方不明の欄に指を指す。
「これって……今日ですか?」
「毎年この日にこの村で行方不明者が出ているそうよ」
ファイルを捲りながら二人に見せる。そしていくつかの行方不明者数が、ミノの持ってきた豊作不作に関する情報と噛み合うことも分かった。
私のファイルにあった1961年の新聞では行方不明者が1人となっている。ミノのファイルでもその年の記録が確認され、665tと土地にしてはあまりに異常な不作を記録している。
また別の年である1998年には大学生5人が行方不明となり、その年の収穫が1500を記録するなど平均を大きく上回る数値であった。
「不思議だな!こんなに行方不明者が出てるなんて俺知らなかったぞ」
「不思議な事に、この記事やこれに関する話が書かれた物がネットでもヒットしないのよ」
「この新聞社のサイトにもですか?」
「調べてみたけど、このニュースが書かれている部分だけ別の物に置き換えられている」
「不思議ですね」
「あぁ、不思議だ」
「これ以上の考察は無駄だ。何の情報もない以上、推察した所で全て虚構の物なんだからな」
「そう……ですね……」
「そう不安がるなよミノ!きっと何かの偶然だぜ!」
「おっと、俺の番だったな。俺はこの本を選んだぜ」
「何?それ」
「昔話とか色々乗ってるみたいな本だ!」
「童を喜ばせる物語を集めている訳ではないのだがな……」
表紙にはこの村とその周囲を含めた地名とそれに纏わる物語と書いている。お婆さんの言っていた昔話をさらに詳細化した物語でもあるだろうか?
福島がとあるページに指を差し込み、ゆっくりと開けた。そこにはどす黒く塗られた絵に、いくつかの白い点が書かれており、まるで夜空に浮かぶ星を表しているような様である。
そしてそのタイトルは みかん様だった。
「なんて書かれているんですか?」
「これは……」
それは昔、江戸時代後期。ここ、真奈村は当時円隆寺と言う寺が建っていた。そこを管理していた神職者は実に粗暴で、その村の田畑を高値で村人に貸し付け、その金で豪遊し、払えなかった物を寺で無賃労働させると言う時代を考えれば何とも言えない惨状が繰り広げられていた様である。
しかしそんな状況に耐えかねた村人達がとある密教に手を出し、毎日空に向かって祈りを捧げ、星々がとある一つの地点に集まった日の事、何かが空から寺へ向かって落下し、寺は炎上。寺を守っていた僧兵諸共神職者は死に絶えたと言われている。
寺の跡地には一つ目の守り神が現れ、その年の冬頃、田畑には木々が生い茂り、オレンジの実を持つ丸い果物をたくさん実らせた。
村人達はそれを神の恵みと思い、今も大切に育て、食していると言う物語りだった……。
「お婆さんが言ってた話と違くないか?」
「確かに……これよりも少し理性的だったような気がします」
「地方に伝わってるお話なんてどれもこんなもんでしょ」
「残酷で悍ましい物語が残るものよ……」
「それは……そうかもしれませんが」
「空……かぁ」
「なんだ?引っかかるのか?」
空。オカルト研究会では星の話題について尽きることは無かった。勿論、空は神秘的で何があるのか分からない恐怖と言うのもある。
しかし
「妙にいつも私が関わる事には星と言う単語が出てくるだけだ」
「そうか……」
そうして……
「それなりに書けたな」
「おう!いい感じだなこりゃ」
「ですね!」
「明日からは計測を開始できそうか……」
「これだけあれば大丈夫でしょう」
図書館では非常に多くの情報を得ることに成功した。現場調査での短期間の調査としては良い結果であったと言えるだろう。
「そろそろ宿に戻って明日の準備をしよう」
「もうそんな時間か、時間が経つのははえーな」
「そうですねぇ……体感時間は2時間程度だったのでびっくりです」
「あぁ、私もまさかもう16時に差し掛かる頃だとは思っても見なかったよ」
「全員時間を忘れて作業してたっておもしれぇ」
「面白くないわよ……」
「明智先輩笑ってますよ!」
「おっホントだ!いつも気だるそうに過ごしてた明智が笑ってる、こりゃ大学内で話題になるわ‼」
「なる訳ないだろうこんな事で……」
「お前笑わないって結構キャンパス内じゃ有名なんだぜ?」
「先輩、交友関係広いですもんねぇ……」
「そんなに人と付き合った記憶はそこまでないのだがね」
「まぁでも良いじゃねぇか」
私の笑った姿を見てテンションを上げたのか、福島が私の肩にその豪腕を回し、グイッと近付ける。
「汗臭い、後埃っぽいぞ」
「言うな言うな!俺は嬉しいぞ!明智が楽しんでくれて」
「私が楽しまない事なんてあっただろうか?」
「暗くなる前に帰りましょう」
「そうだな」「そうね」
私達は図書館を出て、公民館へと戻って来る。
「おやおや、もうお帰りですか」
「はい、もうそろそろ暗くなりそうですし帰ろうかと」
「多くの事を調べてくれたようだね」
用事を終えたのか、ヤスが受付から身を乗り出し、こちらを見つめる。
「はい、おかげさまで有意義な情報収集が出来ました」
「君達に私ができる事だったらなんだってしよう、それが公民館の管理人、民の案内人たる公務員の使命さ」
ヤスは丸眼鏡をクイッと押し上げ、決めポーズのような体制を取る。
「取り敢えず帰るというのならば、一度カードキーを貰っておこう」
「はい」
私達三人はそれぞれもらったカードキーをヤスへと渡す。
「ふむふむ、3つ確かに返してもらったよ……気を付けて帰るんだよ?寄り道はせずに、田舎の夜は怖いからね」
「ありがとうございました!」
私達はヤスに別れを告げ、宿へと足を進めるのであった……。
————————お供え
ヤスと別れ宿へと向かう。住人が次々と住宅地に電気を灯し、それぞれが離れて住んでいるからか、幻想的な風景を醸し出していた。
なんとも風情のあるそれらの景色を見て、私は懐かしいと感じる。
「寒っ」
朝ほどではないものの、常に温もりのあった公民館を出たからか、体が外の冷たさに慣れておらず、寒く感じる。
「私がカイロになりますよ!先輩」
「あぁ、使わせて貰うよ」
私はミノを抱き寄せ、2人足を揃えて歩く。
それを見た福島は咳払いをし、歩くスピードを早める。
「どこへ行くんだ?」
「もう日の光が殆ど残ってない、早く帰ったほうが良いだろう」
「福島にしては正しい判断だ」
暖かいミノから離れ、腿を叩く。
「はぁ……インドアには辛い物があるな」
私は覚悟を決め、走り出す。
「せ、先輩〜待ってくださいよー」
私に抜かされたミノは焦燥感を顔に浮かべながらも、遅れまいと必死に走り出す。
私達三人は宿を目指し走り続けた。
到着したのは30分も後のことだった。
「ぜぇ……ぜぇ……」「はぁ……はぁ……」
私とミノが膝を震わせ肩で息をしているのに対し、福島は軽いジョギングだけで済ましたかのように息を少し荒らげるだけで、殆ど疲れていないように見える。
「一体何食ったらそんな耐久力が身につくんだよ……」
「私も見習ってみたいですぅ〜よぉ」
「おっお前らも普段から運動しろよな、これくらい誰だって出来るぜ」
「私はこれでも、普段から運動、してる方だとー思いますよ‼」
ミノ……確かジムに通っていると言っていたか。
「足りないんだな!」
福島の一言にミノは相当ショックを受けたようで、ガーンといった感じに表情を固めている。
「流石にあれはないだろ……」
「あっな、なんかすまん」
「良いんですよぉ……事実ですから……」
そんな休憩を宿屋の前で繰り広げていると、宿の中から声が聞こえてくる。
「お泊りの学生さんとは貴方達の事ですかな?」
その声の主が宿のドアを開け、姿を表す。
「いやぁ……良かった良かった」
そう零す声の主は、白髪が目立ち、頭のてっぺんには髪がなく肌は枯れ荒れているが、服装は高級な物なのか、何とも言えぬ雰囲気を醸し出し、金の装飾を付けた杖を地面に突き立てる老人だった。
「私はこの村の村長をしております松村琴音と申します、どうぞよろしくお願いします」
村長はそう言い、手を差し伸べる。
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
私は唐突な村長の登場に呆然としながらも、差し出された手を握る。
「いやぁ来てくださって助かりました。外で話すのも何ですから中でお話しましょう」
「わ、分かりました」
困惑は拭えぬものの、外で話し続けるのはあれなので中へ入る。
中は来たときよりも何処か煌めいているように感じる。
私達は村長に案内されるがまま、ホテルの応接間へと案内される。一介の旅客風情がこんな扱いをされるだなんて……正直疑問でしかない。
「突然呼び止めてしまって申し訳ない」
妙に緊迫した雰囲気を破壊したのは村長であった。
「我々はいつもこの時期にこの土地を守って下さる豊作の神様にお供物をしていてですね……そのお供えの実行をして頂きたいなと思いまして」
「良いのですか?その様な非常に重要そうな役目を我々のような学生に任せて」
「だからなのですよ、学生様はこれからを創る方々……我々はそう言った学生の方々には体験をしてほしいと思っております」
「ありがとうございます……」
村長の顔は話している間、ずっと穏やかで柔らかい表情をしており、善意からの提案で有ると分かる。
「本当に我々がやっても良いのであれば是非引き受けます‼」
話を聞いていた福島が立ち上がり、その大きな声で承諾の宣言をする。それを見た村長は笑いながら
「ありがとうございます、それでは是非よろしくお願いします……」
「お供えについては私から説明致します」
村長の隣に立っていた、若い女性が話し出す。
「皆さんには後で渡します、我が村のブランドみかんの入った箱をこの村の奥にある洞窟へと捧げて頂きます」
「礼儀作法に関しては、持っていき祭壇に置くだけなので、特に何かしら特殊な物が必要と言うわけではございません」
「分かり……ました」
「外が暗いのでそこは気を付けてください、一応光の類がないのであればこちらからライトを支給させて頂きます」
「いえ、ライトはあるので大丈夫ですありがとうございます」
私達は突然の誘いに困惑しながらも、貴重な経験であると快諾し、今は部屋で準備をしている。
「それにしても親切な人で良かったですよねー」
「あぁ、嬉しい事だな」
「神様にお供え物をするなんて経験、絶対大学内で強い武勇伝になりますよ〜」
「人生を通して数少ない強い経験だろうな」
「提案をしてくれた村長さんには感謝ですね!」
「そうだな、頼まれたからには完璧に遂行しようじゃないか」
「おっ福島先輩から連絡が来ました」
「準備が終わったか?」
「そのようですね」
「それじゃあ私達も荷物を持っていくか」
「ですね〜楽しみです」
「私も楽しみだよ」
「先輩の意外な一面を知れてよかったです!」
「そこまで意外な事とは驚いたな」
「いつもはあんまり笑ったりしませんから……」
「そうなのかい?」
「はい!」
「そう元気に言われると正直悲しい物があるな……」
私達は宿の扉を開け、福島と合流する。
「おっお前らようやく来たな!来ないかと思ったぞ」
「行くと行ったのに行かない訳ないだろ……」
「そうですよ!」
「すまんすまん、ちと遅かった物でな」
「心配かけたなら済まないな」
「おー良いぜ!それじゃあ早速……」
「こちらを」
先程私達に説明してくれていた女性が暗闇から姿を表し、木で作られた箱の中には収穫したてであろうみかんが山積みである。これを持っていき祭壇へ備えるのが我々の行うべき事だろう。
「ありがとうございます」
私は女性に別れを告げ、ライトを付け耳を照らす。
「何もないことを祈ろう……」
洞窟への道のりはそこまで激しい物はなく、少し大きな急斜面はあったものの辛い訳ではなかった。
「そろそろか……」
歩く事数十分……私達は山に合体している木造の寺のような建物の残骸を進むと、キレイな穴があり、横の立て看板には『みかん様』と書かれている。それは私達が供えるべき祭壇がこの先にある事を示している。
「本当に進んでも大丈夫なんですよね……」
「大丈夫だろ!多分」
「そう不安がる事はないさ……神様にお供えをするだけ、あまり心配せず終わらせよう」
「そう……ですね」
ミノは洞窟の前に立つと、怖がっているのかより一層私の腕にしがみつく。痛みはないが歩きにくい。
洞窟は暗く、ライトがなければ足元ですら何も分からないような環境となっている。水が溜まっているのか歩く度に不快な水音が鳴り響き、靴が水を吸っているのが分かってくる。
それでも歩いていると目の前に、石造りの妙に豪華な祭壇が姿を見せる。
「あそこに置けば良いのか」
「そうみたいだな……」
「は、はやく置いて帰りましょうよ」
「そうだな……不気味な場所だ」
「ま、確かに高潔な神様が居る場所のようには思えない……な」
実際そうだ……。湿っていて所々に木の根が張っている洞窟。寺も破壊されており、神が居るようには思えない。
だがここまで来たのだからとそう言った思考を止め、全員で一斉に祭壇にみかんを置く。
「これで……良いんですよね」
「あぁ……成功だ」
「そ、それじゃあ帰りましょう!」
「そうだな……」
私達は洞窟の出口へと足を進める……しかし
祭壇から離れ出口へ1歩。
「ズザッ」と言う何かがずり落ちる音が洞窟内に木霊する。1歩、1歩、祭壇から離れる度、音が増え大きくなる。
「せ、先輩……」
「気にするな、どうせ足音が反響したものだろう」
「で、でも」
「ズサッドサッ」と音は大きくなると同時に異様な重みを含み始める。あるはずの水温は消え、洞窟内には私達の足音と遅れてくる生々しい奇妙な音のみが響く。
私は恐る恐る、その視線を後ろへと向けた。
洞窟の奥、暗闇から姿を見せるのは、丸く壺のような形に大きな黄土色の瞳を持つ目玉が埋め込まれているような存在である。肌はくすんだ茶色に少し赤みが特徴の土色をしており、周囲の壁にはその何かの手足と思われる木の根のような物が這っている。
そしてその生物は一つの大きな目玉を持っている。黄土色の瞳を持つそれは、私達を見下しながらニタニタと笑いかけるように、瞼(のようなもの)を細めた。
最初に聞こえたのはミノの絶叫だった。私が振り返った事に気付いたのか、ミノもその異形の存在を目撃したのか、聞いたこともないような金切り声をあげ、「ドサッ」と倒れる。
「お、おい」
福島も異常に気付き、振り返ろうとする。
「待て福島!振り返るな!」
「な、なんで」
「ミノを持て!走れ‼」
「お、おう」
福島が咄嗟に気絶したミノを抱え、走り出す。私は後ろの異形の存在を一瞥してから、有らん限りの力を振り絞り走り出す。
さっき鳴っていた音は怪物の根が動く音なのだろう。走り出した途端、その音は大きく激しくなり、後ろの気配が強くなっていく。
普段から運動していない私は、来た道を半分来た地点で「ゼェゼェ」と肩で息をする。
しかし
「ゴツン」と言う音の後に音が小さくなる。後ろを見ると、怪物の本体が洞窟の天井に引っかかったようで、何度もこちらへ来ようと強くタックルしているが、洞窟が揺れ、天井の土が揺れるのみでこちらへ来ることはない。
そしてそれを誘ったのか、怪物の目玉が大きく震え、
『グォァァァァァァァァァ』
と咆哮を挙げ、暗闇の中へと消えていった。
怪物の追跡は振り切ったものの、この状況を村長へ問い詰めるべく必死に走り、洞窟を出ると……
見下ろせる限りの家々から光が放たれ、ホテル周辺には松明を持っているのか、異様な光を放つ集団が一面にたむろしている。
「な、なぁ明智、あれって」
「あぁ、我々は生贄にされたのだ」
図書館にあった資料の行方不明者はこの村の外で行方不明になったわけではない。私達と同じくあれの生贄にされたのだろう。今でもたまにこういった風習が残っている村は存在する。各地には似たような神話が実在しているし、実際に……
「どうしたんだ明智!」
「す、済まない。考え事をしていたようだ……」
「とにかく逃げないとやばいぞ‼」
おそらくもうすぐ生贄が脱走した事がバレるだろう……。ここからどうすれば。タクシーは遠征最終日に教授が用意しているし、一番近くのを呼んだとしても数十分は待つことになる……。
ふと村の方を見ると、公民館の光が点滅しているのを発見する。
「村人か!?」
「いや、待て。望遠鏡がある」
私は懐から取り出した望遠鏡で、公民館の方を視る。
「あれは……」
ヤスが大きな照明をさっきの洞窟へと向け、一定のリズムでカチカチと点滅させているようだ。
まるで私達に「こっちへ来い」とも言わんばかりに何度も何度も光を出している。モールス信号と言うやつなのか、私はわからないが……。
「何だったんだ?」
「ヤスだ、ずっと光を洞窟へ向けてる」
「行ってみるか?」
「まぁ他に行ける場所もないだろうしね」
「だな……」
私達は公民館へと足を進める、バレないように隠れながら……。
公民館へ向かっていると、巡回なのか、松明を持った村人が近くを通る。そして彼らが話している内容を何度か耳にした。
「こんな儀式が上手く行くものかなぁ」
「毎年成功してきたんだ、今年も行けるさ」
「馬鹿な大学生をここに誘って餌になって貰うなんてな」
「村長の人脈ってのは大きなもんなんだなぁ」
「あんな公民館もここに呼べるくらいだからなあ、
相当大きいんだろう……」
儀式、餌と言う言葉を耳にする。やはり私達は生贄だったのか。そんな事を考えている内に公民館へと辿り着く。
そして
「やぁやぁ、よく来たね」
「ヤスさん……」
「おやおや、その様子だと洞窟に居た物を見てしまったようだね……」
「え、えぇ」
「気絶しているだけで済んだようで良かった。彼女はこれを夢だと思うだろうねぇ、それにしても驚いた……」
「見た人間が正気を保っているから……ですか?」
「まぁね、珍しいさ」
「あれは一体何なんですか?俺達、一体何に巻き込まれ……」
「混乱する気持ちはわかる。しかし……取り敢えず出る事がやるべき事なのでないのかな?」
ヤスはそう言うと私達を公民館の裏へと案内する。ガレージのような物の中に入ると一つの軽トラが目に入る。
「電波は遮断されている。助けを呼ぶのは絶望的だ」
「これで脱出するしかないと……」
「生憎私は運転する事が出来ないのだが……君達の中に普通免許を取得している人間は居るかな?」
「私一応持ってはいるが……」
「明智そんなの持ってたのか?」
「前に必要になったときがあってな……」
「なら決まりだ……早速こんな村とはおさらばしようじゃないか……」
ヤスはそう言うとすばやく助手席に座る。
「ヤスさんも行くんですか!?」
「当たり前だろう〜お前達の代わりに私が生贄になるかも知れないんだから〜」
「確かに……」
「じゃあさっさとこの村からおさらばしよう……」
「分かりました……」
福島のミノは後ろの荷台に乗り、私は運転席へと座る。
「ではシャッターを開けるぞぉ〜」
ヤスが懐からタブレットを取り出し、操作をすると目の前のシャッターが開き、外の光が入ってくる。
「今だ!」
ヤスに急かされるままに車を発進させ、道路へ出ると、後ろから怒号が聞こえ出す。
「居たぞ!生贄だ!」
「逃してはならん!」
「待て‼貴様らァァァ」
窓を締めていても聞こえる怒号に焦った私はアクセルを踏み込み、村の出口へと続く道へと車を走らせる。松明を持った村人らが次々と横を並走したり、前へ飛び出てくるのを間一髪で避け、村の敷地から出ることに成功する。
「良くやったぞ〜明智くん!」
「ふ、普通免許取っといて良かった……」
「流石は最近の大学生!肝が座ってるよ全く……」
「ありがとうございます……」
「山を降りれば行政職員が待っているはずだ」
「助けは呼べないんじゃ!」
「通信が遮断される前に予めよんでおいたのだよ〜」
「そ、そうですか……」
「後これは私の名刺だ、何か助けが必要になった時に呼んでくれたまえ」
「ありがとうございます……」
「いやいや良いんだよ、君には借りと興味があるからね」
「?」
「まぁ……お姉さんのお節介だとでも思っておいてくれたまえよ〜」
「は、はぁ……」
猛スピードで物事が進んだ。私達は山の下で待っていた警察や行政職員によって保護され、大学へと送り返された。大学へ帰るのにパトカーに乗らされ、中では永遠警察に話を聞かれ、一睡も出来ず大学の寮へと帰ってくることになった……。そこからの記憶はない、恐らく眠ったのだろう……。
翌日私が目を覚ますと、教授が申し訳無さそうに立っていた。
「教授……来ていたのか」
「済まなかったな……お前達をあんな場所へ連れて行ってしまって」
「謝罪なら福島とミノにしろ」
「そうさせてもらうよ……何か買ってこようか?」
「いや、要らない」
「そうか……」
教授はそう言うと、私の部屋から出ていった。
「はぁ……」
疲れもあまり取れていないが、さっき起きてしまった為眠る気にもなれず、スマホを触る。
「ん……?」
ニュースサイトを見てみると、
『有名みかんブランド禁断の果実倒産!生産地の廃村が原因か』
「あの村か……」
ふと気になり、ニュースを開く。
『有名ブランド禁断の果実ホームページが突如閉鎖!同時に村は更地に』
「更地に……」
気味が悪い。
私はスマホを放り投げ、ゆっくりと目を閉じる。
もう今日は何も考えたくない……。
END
天野宮大学物語 M1エイブラムス @34222
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