フオンダーネ!

はいの あすか

第1話『キュートな笑顔で笑いたい!』

 ここはフオンダーネ島。今日もコウモリの女の子のキミミ、ハイエナの男の子のハイーナ、毒キノコの子どものポズロの三人と、楽しい仲間たちが仲良く暮らしています。

  

 おや? 広場でキミミが何やら練習をしているようです。

 

「ニコッ! うーん……。 テヘッ! 違うなあ……。 キャピッ!」

 

 小さなくちばしの口角を上げ、まん丸の目を愛らしくギュッとつぶって、小首は傾げて、おまけに人差し指をほっぺにあてたりして、何度もポーズをとっています。

 

 そこにハイーナとポズロがやってきました。

 

「やっほー、キミミ、何やってるんだー?」

「首でも痒いんですかねぇ?」

 

 キミミはがっかりしたように、肩を落としました。

 

「ちーがーうーよー! あたし、アイドルみたいにキュートな笑顔で笑いたいの。だから、練習してたの。

 ニコッ! ニコッ! どーお?」

「『キュートな笑顔』ねえ、うーん、何か……、変な感じ?」

「ぎこちないですし、まったく自然に笑えていないと思います!」

 

 ポズロはいつでも客観的に、ずばりと、芯をついたことを言います。キミミは更に自信を失ってしまいました。

 

「はーあ、あたし、アイドルみたいになれないのかなー……」

「そう落ち込むなって! ほら、オイラと遊ぼうぜい。おしくらまんじゅう、しよう!」

「いーやーだ! ハイーナ、負けそうになると噛み付いてくるんだもん。ここのお尻のキズ、まだ治ってないんだからね!」

「あー、それは、あの、……ごめんなさい」

 

 ハイーナも、ずーんと落ち込んでしまいました。申し訳なさそうに、抑えきれない本能を恥じるように、自分の牙を手で隠します。

 誰も目を合わせようとせず、かといって、このまま解散するのは憚られました。

 

「あ! こういうのはどうでしょう?」

「ポズロ、なになにー?」

「フオンダーネ島のアイドル、ネズミのニミィさんに、笑顔のコツを教えてもらうんです!」

「ニミィさんって、あの『ハッピーランド』のか? あそこ、おとなしか入れないんだろう?」

 

『ハッピーランド』はおとなの遊園地、色々な乗り物や華やかなショーが楽しめる場所。ハイーナたちはおとなからそう聞いていましたが、一度も連れて行ってもらえたことはありません。

 それでも、ニミィさんのことは知っていました。彼女が早朝に帰路に着くところを子どもたちも見かけていたし、おとなたちもよく下品な顔で彼女の話題で盛り上がるからです。何でも、ニミィさんの特別なショーは観た人を虜にするんだとか。

 

「そうなんですが、きっと出口で待っていればショーを終えたニミィさんに会えるはずです!

 いつも眠そうなニミィさんとしか話したことないですが……。街に帰る前の、まだちゃんと起きてる時なら、観た人を虜にする笑顔のコツを教えてもらえるかも」

 

 それを聞いて、キミミも希望が湧いて来ました。島のおとなたちを魅了するアイドル、ニミィさん。彼女にコツを教われば、絶対にキュートな笑顔になれる!

 

「キミミも行くー!」

「オイラ、まだ話したことないし、会ってみたいぞ!」

「それでは、みんなで行ってみましょう!」

 

 

 

 その日の夜中、三人はこっそり『ハッピーランド』の出入り口のそばの植木に隠れました。そしてニミィさんを待ちます。

 出入り口からは、気持ちよさそうに安酒の酔いに身を浸したり、お金を使い果たした様子で茫然としたおとなたちがフラフラと出て来ていました。『ハッピーランド』と書かれた看板のネオンの点滅が、彼らの背中をピンク色に照らします。

 ランドの中から漏れ聞こえる狂騒と、出てくるおとなたちの覇気を失った悲しい雰囲気が、とても対照的に感じられました。

 

「な、なんか、『ハッピーランド』って思ってたのと違ったな……」

「はい……、もっとウキウキワクワク楽しい場所だと思ってました……」

 

 不安に駆られる二人を、キミミが鼓舞します。

 

「あたしたち、ニミィさんに会いに来たんでしょっ! こんなに大勢のおとながお金を払って観にくるんだよ? すっごいアイドルに違いないよっ!」

「そ、そうだよな、とにかくニミィさんを待とう!」

 

 夜から朝に、星空から太陽にバトンタッチする頃、ついに仕事を終えたニミィさんが出て来ました。

 くるりと上を向いた長いまつ毛が風に揺れます。

 

「んーっ! 今日も疲れたわぁー。お客さんが来る限り、こちらは拒めないってのが人気商売の辛いところよねぇ、まったく

 って、ん?」

 

 ニミィさんが吸いかけのタバコを植え込みに投げ捨てようとすると、そこに寄りかかって寝ている子どもたちを見つけました。ハイーナ、ポズロ、キミミの三人です。

 

「あら、いつもの仲良しヘッポコ三人組じゃない。ねえ、キミたち。こんなとこで何してるのさ」

 

 三人のからだを揺すって起こそうとします。

 

「むにゃむにゃ……」

「ぜんっぜん、起きないじゃない。こうなったら……」

 

 ニミィさんは紫煙をくゆらせながら、子どもたちの顔を見下ろしました。細い煙の筋が闇に溶け、甘ったるい匂いだけが漂います。彼女は口元に笑みを浮かべると、

 

「すーっ、ふぅーーー」

 

 タバコの煙を思いっきり吹きかけました。心地よく眠っていたハイーナは、

 

「ゲホッ、ゲホッ。げーっ、臭いっ……。なんだ、この煙?」

「おはよう、ぼうや。私の吐息を浴びられて光栄と思いなさい」

 

 にやりと笑ったその顔は、艶やかに妖しくて、ハイーナは思わず視線を奪われました。感じたことのないほど心臓がバクバクと高鳴ったのでした。

 ハイーナが見惚れていると、横にいたポズロとキミミも目を覚ましました。

 

「あれぇ? えーっと、ここは……?」

「どうやら、『ハッピーランド』で待ち伏せしてたら寝ちゃってたみたいですね、キミミ。

 って、あなたは、ニミィさん!」

「ハーイ、お嬢ちゃん、と、よく分からない生き物さん、どうもこんにちは」

「ポズロはよく分からない生き物じゃなくて、キノコです! 何回言ったらおぼえてくれるんですか!」

「ふふふ、ごめんなさい。キノコが動いてるのが意味分かんなくてね。私、頭悪いから」

「まったく……。って、そうじゃなくて……。

 いきなりすみませんが、キミミが、ニミィさんみたいに、みんなを虜にする笑顔で笑いたい! って言うので、コツを教えてくれないでしょうか?」

「ええと、笑顔のコツ……?」

 

 ニミィさんは困ったように、頬っぺたに手をそわせて考えます。いじらしく泳がせる瞳は、大きくて丸くて重力さえも感じさせるほど存在感がありました。

 ハイーナはまたその妖気に、ドキドキ見入ってしまいました。

 

「……ハイーナ、こういうのがタイプなんですね」

 

 ポズロが横から揶揄うように囁きます。

 

「え!? な、なに言ってんだよ」

「口の端からちょこっと牙が覗いてますよ。ははは」

 

 ハイーナはハッと口元を押さえて、隠しました。近ごろ無性に湧きあがるようになった興奮と恥じらいを隠せないで、顔が真っ赤になってしまいました。

 

「なあ、ポズロぉ、みんなには内緒にしてくれよ」

「分かりました。ハイーナとポズロだけの秘密、ですね」

 

 嫌なニヤけ方で、ポズロは言いました。実際、ハイーナの弱み、触れられるとフニャリと気が抜けてしまうくすぐったい部分を見つけた! と、良い気分だったのです。これをうまく使えばハイーナに言うことを聞かせられる……。

 

「困ったわね……、魅力的な笑顔っていうのはね、『才能』なのよ」

「さいのう?」

 

 キミミは首を傾げました。

 

「そうよ、ちょっと試しに笑ってみせなさい。見てあげるわ」

「うん! いくよー、ニッコニコぉ、キラーンー!!!」

 

 精一杯の嬉しい気持ちを込めて、笑顔を弾けさせました。

 

「ダメね、全然ダメ」

「えーっ、そんなあ……。プラーン……」

 

 キミミはいつも落ち込むと、プラーンという変な音を出すのです。筋張った両翼で頭を抱えて、力無くうなだれてしまいました。

 

 それを見ていたポズロが、ハイーナに耳打ちしました。

 

「つまり、キミミは才能なしってことなんですね」

「お、おい、ポズロ」

「ポズロ、なんか言った……?」

 

 キミミはいつも地獄耳でどんな陰口も聞き逃しません。プラーンになったら尚更で、被害者思考の地雷原と化して、うかつに触れられません。

 

「い、いいえ、こーんなにキュートなのに、何がダメなんでしょうねぇー……、って言ったんです。へへへ……」

「ふーん……、あ、そう」

 

 絶対に聞こえていただろ、わざと聞こえてないふりしてこちらに慌てて言い逃れさせて、罪の意識で苦しませるためのトラップだろ! とポズロは思いましたが、当然恐ろしくて口にはできません。

 

「いいこと? キミミちゃん。魅力的な笑顔っていうのはね、その人が、自分の笑顔でみんなが喜ぶ、って確固とした自信に基づいているの。

 あなたの笑顔は確かにキュートだわ。でも、誰もが虜になるかと言われれば違う。自分でもそう思うんじゃない?」

「うん、だって今まであたしの笑顔で喜んでくれる人なんていなかったから、よく分かんないし……」

「才能のある奴はね、最初から上手くできるから自信がついて、どんどん上手くなっていく。そういうものなの。

 ほら、ちょうどポズロくんがお勉強が得意で、褒められて更に勉強するようになった結果、ハイーナくんやキミミちゃん何故こんな簡単なことも分からないんだ? っていつも二人のいないところで馬鹿にしてるのと同じよ」

 

 ハイーナとキミミは、じろり、と視線でポズロを問い詰めましたが、ポズロは知らないフリをするしかありません。だって、この三人が仲良しであることは決定事項ですから、壊すわけにいかないのです。

 

「……」

「それでも何とかしたいって言うんなら、方法はあるわ」

「何とかしたい! 教えて! ニミィさん」

「要は自分が一番になれて、自然と自信がつくような環境を作ればいい。そうすれば、勝手に上手くなっていくからね。

 そのためには……」

「そのためには……?」

「自分より劣ってる奴だけを身の回りに集めるのよ。自分が一番になれるようにね」

「なるほど〜……、って、そんなインチキで変わるのか……?」

 

 ハイーナは納得いかない様子です。

 

「ま、やってみることよ。ワタシ忙しいから、もう帰るわね。頑張ってね、キミミちゃん」

「あ、ニミィさん、待ってよう。ニミィさん、いっつもお家で寝てるだけじゃん! だから、あたしたち、わざわざここまで話しに来なきゃいけなかったんだし」

「ええ、そうよ、『ハッピーランド』でステージに立つか、家で寝てるか、ワタシの生活はそれだけなの。最高にシンプルで美しいでしょ?

 じゃ、またおとなになったら遊びに来なさい。バイバイ」

 

 困った三人はひとまず解散して、また別の日に相談することにしました。

 

 

 

 そして、再び、三人が広場に集まる事になっていた日、ハイーナとポズロは一緒にやってきました。

 

「なあ、オイラ、考えたんだけど、やっぱりニミィさんの言ってることはおかしいよ。笑顔でみんなを喜ばすために、劣ってる奴を見つけなさい、だなんて……」

「そうですね……。ポズロも何か間違ってると思います。

 実は、あのあとうちに帰ってキノコ一族の長老にも相談してみたんです」

「おお、確か長老って、オイラのひいひいひいおじいちゃんと同じ年に生まれたんだったよな。まだ死んでなかったのかぁ。

 で、なんて言ってたんだ?」

「確かに間違っている、しかし正しいことだけで何かを成し遂げることはできないのだ、って……」

「うーん、そうなのかぁ……。ていうか、キノコの長老は何か成し遂げたことあるのかなぁ。それ、言うべき人が言わないと全然説得力ないぞ?

 まあ、それは置いといて、今日はキミミに、残念だけど他の方法を考えようって説得するしかなさそうだな。うう、何だか心がシオレーナだぁ」

 

 シオレーナはハイーナが弱気になった時、元気がない時の心の声。気の乗らない足取りで、二人は広場に到着しました。

 すると、そこにはすでに何人か先客がいました。

 

「あれ? 珍しいなあ。オイラたちのために作られた見せ物用の空間、あ、いやいや、オイラたちくらいしか遊びにこない広場なのに」

 

 よく見ると、円を描くように人だかりができていて、真ん中にいるのはキミミだったのです!

 

「エンジェル〜、スマイル! ニコッ!」

 

 うおおお、と周りの歓声。

 

「ラブリー〜、ハート〜、プリンセス! ニコニコッ!!!」

 

 プリンセスッ!!! と息のあった掛け声がキミミに向かって投げられます。プリンセスと呼ばれたキミミは満更でもない表情でそれを浴びていました。

 

「お、おい、ポズロ、あれって」

「完全にニミィさんのアドバイスをものにしてますね……」

 

 確かに観衆は、太ったカメムシや泥濘に棲みつく孤独なアマガエルなど、フオンダーネ島の周辺や日陰に取り残されている生き物たち。ああ、キミミがこいつらを劣った存在だとみなしたのだな、と納得してしまうのでした。

 高まる熱狂を前に、容易に近付けずにいる二人の存在には気付かず、キミミは笑顔を振りまき続けています。

 

「これは、そっとしておいた方がよさそうですね……」

「キミミがあれでいいなら、オイラたちにできることはないな……」


「スウィート〜、ハニー〜、パーフェクト〜、キッス!!!」

 

 ぐうおおお、という雄叫びともに、何人かの観衆がその場で倒れてしまいましたが、その表情は恍惚としていました。


「まさか、あんなに早く取り巻きを見つけて、手懐けてしまうとは……。

 キミミ、恐ろしい自己愛の塊コウモリですね」

 

 と、ポズロが震え上がったその瞬間、キミミは観衆たちの背後の遠くにいるポズロを見つけ出し、冷酷な視線を突き刺しました。

 

「ポズロ、ずっとそこにいたのね。なんかあたしを貶めるようなことを言わなかった?」

 

 その声色からは、返答を間違えれば大事なものを奪われるような恐怖さえ感じました。例えば、命とか。

 

「えっ! あ、いえ、さっそくニミィさんの教えを実行していて、素晴らしいなぁ、と……。えへへ」

「ふーん……。まあいいわ、そこで、あたしの進化したキュートな笑顔を見ていけばいい」

 

 なんかキャラが変わってないか? とハイーナもポズロも思いましたが、そんなことは命の危険を冒してまで言えませんでした。キミミの地獄耳はそういう発言を聞き逃しません。

 

「キューティー〜、ラブリー〜、サンダー、ビーム!!!」

「あ、ラブリーってさっきも言ってたぞ。被ったな。サンダーも意味わかんないし」

 

 ハイーナは思わず口走ってしいました。

 

「そこの二人、また何か言ったわね! さっきからうるさいわ! 最高にキュートなこのあたしにケチをつけるなんて、許せない!」

 

 完全に目を逆立てて、鬼のように睨みつけます。さらに、そうだそうだ! と取り巻きたちも怒りを露わにしました。

 

「あなたたち、二人を痛めつけて分からせなさい! いいこと? ハイーナ、ポズロ、あたしに従うか、二度とこの広場に顔を出さないか、どっちかしかないのよ。

 オーッホッホッホッホ」

 

 ハイーナとポズロは、キミミが正気を取り戻すまで、島中を逃げ回るハメになったのでした。

 

 

 

 ここはフオンダーネ島。一年中、嘘みたいに穏やかな気候と海に囲まれて、食べ物や領土の奪い合いも、互いの尊厳を傷つけあう争いも存在しないから、それを守る法律も要らない、周到に設計された素晴らしい場所。

 ここでは誰もがお互いを(表面上は)認め合い、違いや個性を理解して(またはすることを諦めて)、助け合い(それと引き換えに我慢をし)ながら、豊かに生きています。

 だから、島のみんなはいつだって、——笑顔なのです。

 

 そんなこの島に、また遊びに来てみてくださいね。

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