鳳凰ロレンシア

黒井咲夜

黄金の胤

富士山麓北西部、山梨県側に広がる青木ヶ原樹海。

うっそうと茂った木々や木の根は足を踏み入れた者の方向感覚を奪う。


おおとり鷹仁ようじ、覚悟!」


青年の声と共に、銃声が樹海に響き渡る。

破裂音から遅れて木の葉が飛び散るが、その先に聞こえるはずの悲鳴が一向に聞こえない。


「ほう、霊脈れいみゃく潰しの弾丸か」


この世界には霊者れいじゃと呼ばれる、不可視の特殊な力――霊力を操る人間がいる。

霊脈とは、生物の身体に張り巡らされた霊力の通り道。

そして霊脈潰しの弾丸とは、霊者自身の持つ霊力を暴走させ死体すら残さない、必殺の魔弾。

必殺の、はずだった。


「どうした?オレに当てねば、命は取れんぞ?」


弾丸は、標的――おおとり鷹仁ようじの足元で溶けていた。


(弾丸が当たる前に、霊力を当てて炸裂させたのか!?……まさか、そんなことは不可能だ。たまたま動物かなんかに当たったんだろう)


青年が枝から枝へ跳び移りながら、リボルバー銃に魔弾を装填そうてんする。初弾を避けられたということは、鷹仁に自身の居場所を教えたことと同じだ。


(まあいい。僕の居場所がバレただけなら、まだやりようはある)


木々の生い茂る森は、モクぎょうのみならずスイぎょうの気を持つ霊者にとっても有利なフィールド。

静岡県側にある屋敷ではなく、ここ青木ヶ原樹海を襲撃場所に選んだのは、少しでも地の利を得るためだ。


(この先に安芸あきが張った結界がある。その中に鳳鷹仁を追い込めれば、僕の魔弾は最大の威力を発揮できるはずだ)


青年には仲間がいる。

霊者の頂点――ホウ家の当主、鳳鷹仁を討つという共通の目的を持つ仲間が。

彼らは名前で呼び合うことはなく、皆産まれた家の名で呼び合っている。会津あいづ水面みなも家の産まれの青年は仲間内で「会津」と呼ばれ、青年は広島から来たという男を「安芸あき」と呼んでいた。


「――惜しいな」


視界の端にくれないが映る。

振り向いた瞬間、金色の目が青年を見据えていた。


(しまった!鳳鷹仁は、目を合わせただけで人を殺せる……早く、早く逃げないと……!)


青年は目を逸らそうとしたが、身体は石のように動かない。身じろぎはおろか、呼吸すらできない。


「高度な呪いを扱える技術。二手、三手先を見据えた判断力。それだけの実力がありながら、なぜオレを倒そうなどと無謀な事を企てた?」


鷹仁の視線が魔弾を装填したリボルバー銃に向く。

その一瞬の隙を突いて、青年は茂みの中へと飛び退いた。


「っ、証明、するためだ……」


「証明?」


「僕が……僕たちが、産まれてきた意味を。僕たちの家柄の正当性を」


茂みの中から飛んできた魔弾が、鷹仁の頬をかすめる。

細い糸のような傷から、赤い血が滲み出ていた。


を!」


青年の叫びと同時に、人影が鷹仁に飛びかかる。

鬼面、馬の被り物、あるいは目隠し。視線が合わないように、全員が顔を隠している。


「死ね!鳳鷹仁!」


「オマエを殺して、私たちが鳳凰家を手に入れる!」


鬼面をつけたふたりが鷹仁に切り掛かる。青銅色の太刀が月光に煌めいた、その時だった。


「♪『さぁざぁなみ〜〜ぃの〜〜』」


突然、鷹仁が唄い出した。


「♪『よる〜〜ぅべなきぃ〜〜地ぃをさ〜〜ぁびし』」


鷹仁は詩吟のような調子の唄に合わせて、奇妙な踊りを踊り出した。

地を踏み鳴らし、飛び跳ね、かと思えばくるくると回る。

神楽かぐらのような踊りの動きに合わせて、紅の着物と鳶色とびいろの長髪がうねる。


「♪『そぉら〜〜ぁみつぅやまの〜〜ぉ裾野〜〜にぃ〜〜よら〜〜んぅ〜〜』……」


鷹仁が唄い終えた瞬間、


「……え」


岩肌に打ち付ける波のように、先程まで足元にあった地面が鬼面のふたりに襲いかかった。


「下京!隠岐!」


すかさず馬の被り物をした男が両方に分銅のついた鎖――万力鎖を振りかざす。


「チェストぉぉぉっ!!」


金の分銅がまっすぐに鷹仁の頭めがけて飛ぶ。

しかし、それを阻むように木の枝が鎖を絡め取った。


(……まただ。まさか、鳳鷹仁が木や地面を操ってるのか?)


古今集にも「力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の仲をも和らげ、猛き武士の心をも慰むる」と記されるように、和歌は人の心――すなわち霊力に働きかけるには極めて有効な手段である。

先程の唄と舞は、土地の持つ霊力に働きかけるための儀式。

鷹仁はすでに、辺り一帯の霊力の流れを一瞬で掌握していた。今の彼ならば力を入れずとも天地を動かすだろう。


「いくら顔を隠そうと、オレの眼からは逃れられんぞ」


いつの間にか男の背後に回っていた鷹仁が、男に迫る。

男は慌てて万力鎖を引き戻そうとしたが、時すでに遅し。


「か、はっ……あが……」


男は胸を掻きむしり、地面にどっと倒れた。

鷹仁は目を合わせた一瞬で男の霊力を掌握しょうあくし、心臓の動きを止めたのだ。


「薩摩さ――」


茂みから飛び出そうとする青年を、何者かが物陰に引き戻す。


「会津、無事か?」


「安芸……」


目隠しをした男――安芸が、青年の懐に呪符じゅふを捩じ込む。

相手から自身を視認できなくするまじないが、ふたりの姿を闇に隠した。


「どうしよう、僕たちの中でいちばん強かった、薩摩さんまで……」


「大丈夫だ。まだ、お前と、おれの結界が残ってる」


安芸が青年が銃を構えさせる。その銃口はまっすぐに鷹仁を捉えている。


水生木スイはモクをしょうず木生火モクはカをしょうずだ。今は土地の霊力とおまえの霊力を相生そうしょう結界でに変換しているから、その弾丸の破壊力は格段に上がってる。いいか?ヤツの目を狙え。片目を潰して、死角から攻撃するんだ」


安芸の作戦は、明らかに青年を囮にする前提だった。

敵は魔弾の飛んできた場所から射手の場所が分かるのだから、不意打ちを仕掛ける方が圧倒的に安全である。


(……どちらかが死んでも構わない。僕らのなかの誰かが生きていれば、それでいい)


鳳鷹仁を殺し、生き残った者がホウ家の嫡男として鳳凰家の当主になる。

そのために、青年たちは生まれてきたのだから。


「……『魔弾に命ずる』、『鳳鷹仁の眼を貫け』!」


魔弾はまっすぐに跳んでゆき、鷹仁の右眼を撃ち抜く。

頭蓋骨に食い込んだ魔弾が炸裂し、鷹仁の頭を盛大に吹き飛ばした。


「やった!いくら最強の霊者とはいえ、頭を吹き飛ばしゃ――あ?」


次の瞬間、ふたりは自らの目を疑った。

霊力に霧散した脳漿のうしょうが、血が、瞬時に元に戻ったのだ。


「バカな……失われた身体の再生は御本尊様カミにしかできないはずだ!」


(……違う。魔弾で霊力に変換された身体を、一瞬で再構築したんだ……!そんなことが人間にできるのか?溶けて水になった氷を余さず集めて、元の氷に戻すようなものだぞ!?)


唖然としていた青年の横で轟音が鳴る。

振り向くと、先程まで安芸がいた場所が黒く焼けこげていた。


「さっきの音、まさか、雷……!?」


「その『まさか』だ」


青年の眼前に、鷹仁の巨躯きょくが立ちはだかる。


オレは五行の縛りを科さずに、無尽蔵に霊力を取り込むことができる。大地も、風も、水も、雷も、火も――太陽さえも、オレの味方だ」


鷹仁が懐から短刀を取り出す。

宝飾品のような美しい見た目の短刀は鞘と柄のみで、刃は霊力の奔流ほんりゅうであった。


(これが、最強の霊者――)


一陣の風が、木々を揺らす。

霊力で形成された刃が、青年の首を胴体から切り離したのだ。


「……オレに傷を負わせた霊者は、御前おまえが初めてだったぞ」


崩れ落ちる青年の亡骸に、鷹仁が称賛を送る。

あれだけの戦闘を経たにも関わらず、紅の着物にはシミひとつない。


「ご無事ですか?義兄にいさん。いやー、今年1999年の七月に世界が滅亡するからですかねえ?最近こういう手合いが多くって」


木の根と死体を飛び越えて、スーツ姿の青年が駆け寄ってくる。


「よく言う。侵入してきた奴等ヤツらをわざと見逃しただろう?鶴義つるぎ


「いいじゃないですか。たまに死地に身を置いた方が、霊力の練度が上がるんですよ?」


へらへらと笑いながら、鶴義は死体を手際良く台車に乗せていく。

ホウ家と対となるオウ家の嫡男、鶴義は鷹仁にとって妻の弟にあたる。


「……いつも通り荼毘だびに付してくれ。オレの命を狙ってきたとはいえ、このまま野晒しにしておくのは忍びない」


「血縁だけ見ればですもんねえ……全く、迷惑な叔父上ですよ。当主になれないからって、種馬商売なんかしてくれちゃって」


ホウ家に嫡男が産まれればオウ家の女を嫁がせ、オウ家に嫡男が産まれればホウ家の女を嫁がせる。ふたつの家は、はるか昔から交換結婚を繰り返してきた。

しかし、このシステムで家の財産を自由にできるのは嫡男とその妻のみ。あぶれた弟や妹は、兄ないし姉のために一生働かなくてはならない。

多くの弟妹は使用人として、あるいは家を支える稼ぎ頭として生きていくが、稀にそれを許容しない者もいる。

それが鷹仁の叔父、すなわち前ホウ家当主の弟だった。

彼は「瑞獣家の種を入れれば強い子が産まれる」と信じる地方の霊者から高額な謝礼を受け取り、子を成した。前当主がこの商売に気付いた時には、本人が把握しているだけでも20人以上の子どもがいた。


「種が強いからって、強い子が産まれるわけじゃないのに。競馬だって、成績のいい馬の血統がみんな速いわけじゃないんだしねえ」


鷹仁に襲いかかった刺客達は、全員が鷹仁の叔父を父に持つ。つまりは異母兄弟だ。

霊者の世界の秩序を守るためとはいえ、六親眷属ろくしんけんぞくを殺さねばならない胸中はいかほどだろうか。


「さ、帰りましょうか。今頃屋敷じゃあ、大仁ひろとくんが父親にいさんを探して泣いてますよ」


「……ああ」


死体を載せた台車を眺めながら、鷹仁はまだ幼い息子の未来を思った。

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鳳凰ロレンシア 黒井咲夜 @kuroisakuya

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