特急Aの車窓から見えた風景

犬神堂

ぼくの さんぽに ついてきました

所要で東京に行くこととなった。

特急券と乗車券を胸ポケットに忍ばせ、列車が来るのを待つ。


「まもなく、特急あずさ〇〇、東京行きが到着しまままままままままま…」

 故障だろうか?しばらくして、プツリと途切れる。


 何事かとスピーカーを見上げた。それで原因がわかるわけもない。


 見上げた目線の先、駅に併設されたビルの屋上から、こちらに視線を感じた。

 それは、子供だった。顔の上半分が覗いている。

 じっと、こちらを凝視している。

 じっと、見つめ合った。


 なんであんなところに?

 あの建物、屋上あったか?


 色々腑に落ちなかったが、ちょうど電車が来たのでぼくは電車に乗り込んだ。


 

 車内に入り、再びその建物を見上げたが、子供の姿はなかった。


 一体なんだったのだろうか?


 ぼくは自分の席について今のことを思い返した。

 なんだったのか?


 ぼくは、昔からよく他の人が見えないものが見える。

 職場で、街角で、車中のバックミラーで…。


 さっきの子供もいつものやつだろうか?


 ぼんやりと窓の外に目をやりながら、回顧する。後ろに座る二人組は、ずっとしゃべり続けている。訪問先への手土産について揉めている。


 隣に座る男性はスマートフォンを一心に眺めている。充電が充分じゃないのか、バッテリーをひっきりなしに触っている。


 周りに気を配っていたので、ぼくはずっと見つめ合っていたことに気が付かなかった。


 前の席のと窓の隙間から、顔半分が覗き、こちらをじっと見ている。

 表情はない。


 各席には、指定席の販売状況が分かるランプが付いているのだが、それは赤が灯っていた。

 空席のはずだ。


 ぼくは男と見つめ合った。それほど怖いとも思わなかった。慣れているわけでもないのだが、目の前に見えているものがあまりにリアルで、身近だったので、騒ぎ立てることがはばかられた。


 年齢は同じくらいか、ぼくよりも若く見えた。

 茶髪で耳にピアスをしている。

 血走った目でずっと私を見ている。

 視線に表情はない。

 見えているのは顔半分だけ。肩も見えない。


 隣の男性も気がついた様子ではない。


 どれくらい見つめ合っていたのかわからなかったが、駅に着いたとアナウンスがあったときに、男はいなくなっていた。


 その代わり、また別の視線を感じた。

 窓の外だ。


 今度は親子連れだった。

 駅のホーム、ぼくの席の窓を覗き込んでいる。

 母親の首がおかしいくらい横に曲がっている。母親は右手をいっぱいに上に上げていた。子供はその手に片手でぶら下がっていた。


 そして、私を凝視する。

 ぼくと見つめ合う。





 発車を告げるベルが鳴り、静かな振動と共に列車が動き出す。親子はついてくる様子はなさそうだったが、振り返らなかったのでわからない。


 何回かトンネルを抜け、緑一色だった外の風景が一変し、窓の外は宅地で埋め尽くされた。


 そろそろ終点だ。

 少し眠気を覚えたので、目を瞑る。







「すみません…あの、すみません」


 そんな声に目を開ける。


 見ると、となりの男が、車掌に話しかけている。


「こんなことを言って…本当に申し訳ないんですが…」


「席を変えることってできませんか?」

「何か、不都合なことでもございましたか?」

「いえ、あの、その…」

 歯切れが悪い。

「隣にちょっと…」

 ぼくのことを言っているのだろうか?

「こんなこと言っても信じてもらえないと思うんですが、私、小さいころから色々と見えちゃうたちでして…」

「はあ?」

 車掌はよくわからない。といった口調で相槌をする。


「ずっとこちらを見つめられてて…」と言った後、一呼吸おいて、あきらめたように「いや、やっぱりいいです。私、駅に着くまで乗降口に行きます」

と言って、席を立った。



ああ、そうか。


「無害そうだったから無視してたけど、こうもじっと見つめられたんじゃあ…」


などと呟く男の背中を凝視しながら私は理解した。



ぼくそうだったのか。


ぼんやりとしていた頭の中が、少しスッキリした。

もうすぐ終点だ。



都会なら、たくさんの人がいる。

紛れることは容易い。


ぼくは、誰についていこいこいこここここここここここここ………………


 

 

 








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