第9話 聖女登場

 ミカエリスと街へ行ってから数週間ーー。

 狩猟祭の開催日は、あっという間にやってきた。


 狩猟祭は「魔の森」と呼ばれる皇室所有の土地で、王侯貴族が集まって開催される。

 開催宣言の際に聖女が祈りを捧げ、参加者よ安全と活躍を願うことになっている。


 男性の多くは狩猟に参加して腕を競い、女性たちは優勝者を予想して談笑するーーそれが醍醐味だ。


 つまり、私も令嬢たちに混ざって優勝者を共に予想しなければならないが……。


 案の定、「悪女」と呼ばれるシルフィアに自から近づいてくる者はいなかった。


「お嬢様、本当にあんな物持ってきて大丈夫ですか?」


ローエンが心配そうに耳打ちする。


「大丈夫よ、護身用なんだから。それに、あのフォーシア公爵からいただいたのだから、持ってこないと失礼でしょう?」


「そう、でしょうか……?」


ローエンはなおも心配そうにしている。

 彼女が気にしているのは、私がドレスの下に隠している銃のことだ。


 銃は、現代でいうと警官のように、脇の下のホルダーにかけ、上からチュニックをかけて見えないようにしている。


 そして、ミカエリスがくれたペンダントも身につけている。

 蒼色の宝石に合わせ、ドレスも白とブルーを基調としたシンプルなマーメイドラインのドレスにした。


 シルフィアのドレスといえば、どれも赤か黒の華やかな物ばかりだったが、私は控えめで上品なものを揃えている。


「ペンダントはシンプルですがとても素敵です! 公爵閣下の贈り物のセンスは、一般人の私には推し量れません!」


 アクセサリーと銃ーー。

 ミカエリスの贈り物の組み合わせには、いまだ衝撃を受けているらしい。


そんな話をしていると、少し離れた場所で挨拶を交わす貴族の中に、ミカエリスを見つけた。


 白を基調に、金と青の刺繍を施した上品な装い。腰には剣。

 陽光を反射する銀髪は、誰しも見惚れるだろう。


(あの服……私のドレスと似てる?)


色も雰囲気も、どこかお揃いのように見える。これではまるで打ち合わせだと誤解されかねない。


 恥ずかしさに、思わずその場を離れようとしたその時ーー。


「シルフィア嬢」


 背後から柔らかな声が響く。


(逃げられなかった……)


「これはミカエリス様。ごきげんよう」


 初めて気づいたかふりをして、私は優雅に一礼する。

 ミカエリスは気に留める様子はなく、私の手の甲にキスを落とす。


「お会いできて嬉しいです、シルフィア嬢。ペンダントに合わせたドレス、とてもお似合いです」


 彼は上目遣いに、穏やかで眩しい笑みを向けてきた。


「恐れ入ります。ミカエリス様もとても素敵です」


心臓がうるさいほど高鳴り、聞こえていないか不安になる。


「あなたにそう言ってもらえて嬉しいです。もうひとつの贈り物は、使わずに済むことを祈っています」


 ミカエリスと親しげに話していると、周囲の視線が刺さる。


 不快な視線と、ヒソヒソと噂する声ーー


「なんて厚かましいのかしら、陛下だけでなくフォーシア公爵まで……」


「最近は皇宮にも出入りしているとか、黒魔法でも使って騙しているんじゃ……」


 ため息がこぼれる。

 私のせいで、ミカエリスまで不快な思いをするのは嫌だった。


「申し訳ありません、ミカエリス様。私は用があるのでこれで失礼します」


礼をして離れようとした時、ふいに頬にぬくもりを感じ、頭を上げる。


 ーーミカエリスの手が私の頬に触れていた。


 心臓が飛び出しそうになり、顔が沸騰したかのように熱くなる。


「あ、あの、ミカエリス様⁉︎」


ミカエリスは不適に微笑み、静かに言った。


「あなたは私にとって高貴な存在です。彼らに気を使う必要はありませんよ。……ですが、小物のさえずりが不快なら、私が排除しましょうか?」


その声音に、背筋が冷たくなる感覚がする。彼は冗談でこんなことを言う人ではないので、本気だろう。


 話題を変えたくて、胸元から淡いブルーのハンカチを取り出す。


「大丈夫です、私は気にしていません。それより、こちらをミカエリス様にお渡しするのを忘れておりました」


「これを私に……?」


ミカエリスは驚いたようにハンカチを受け取る。


 狩猟祭では、大切な相手ーー主に恋人ーーの無事を祈って、ポケットチーフ用を送る風習がある。


(本当は渡すつもりはなかったけど、いつも優しくしてくれるから、少しでもお礼がしたかった……。好きな相手とか、そういうことではないから!)


「……ありがとうございます、とても嬉しいです、シルフィア嬢」


「あ……」


ミカエリスがまっすぐ私を見つめる。

 彼の透き通るような白い頬が、薄く赤く染まっていた。


 思わず恥ずかしくなり、目を逸らしてしまう。


「汚すことなく、無事に戻ってきますね」


「……はい、お待ちしてます」


気まずいはずなのに、不思議ととても気分が良かった。




***




「帝国の太陽、皇帝陛下のご入場です!」


狩猟祭の開催式が始まる。

 セドリックが壇上に上がり、聖女が祈りを捧げて開会宣言する段取りだ。


 セドリックの髪は陽に照らされ、黒いシルクで仕立てた服がいっそう際立たせている。


 セドリックは普段白い服装が多いので珍しく感じる。


「皆、今日はよく集まった。今日は喜ばしいことが二つある。ひとつは、魔獣を始末し帝国の安寧が保たれること。そしてもうひとつは、新たな聖女を紹介できることだ」


その言葉に合わせ、神官と共に壇上に現れたのはーー


 亜麻色の柔らかな髪、桃色の愛らしい瞳、穢れを感じさせない白い衣を纏った少女ーー


 ーールリアナ。


(きれい……、小説で読んだ通り、純粋無垢で誰からも愛されるあのルリアナだ)


本当は、狩猟祭に来るのが怖くてたまらなかった。ルリアナが現れ、小説の出来事に巻き込まれたら、処刑されるシナリオにまた近づいてしまう。


 それでも大好きな小説の、ルリアナを一目見たかった。


 ルリアナは両手を掲げ、祈りを捧げる。


「かつて帝国は死の神レイヤーによってを混沌に貶めてれました。帝国の太陽たる皇帝陛下と聖女は、その光でレイヤーを討ちました。今も魔獣の脅威は絶えません。ですが帝国が繁栄しているのは沈まぬ太陽ーー陛下のお力があってこそ。この聖女ルリアナ、狩猟祭の皆様の無事とご活躍をお祈りしております」


 荘厳な声が森に響く。

 貴族も兵士も息を呑み、神々しいルリアナに見惚れていた。


 私もその一人だったが、ふとミカエリスを探して視線を動かす。


 ーー彼はルリアナを見ていた。だが、その瞳は氷のように冷たかった。


(ミカエリスは聖女を盲目的に愛していたはずなのに、どうして……?)


 胸に違和感が残る。


「聖女の祈りは終わった。皆、魔獣をより多く狩り、無事に戻ってくるように」


セドリックが開催宣言をすると、場は歓声に包まれた。


「皇帝陛下万歳!」「帝国にさらなる繁栄を!」と湧き立っている。


 私はもう一度ミカエリスがいた方に視線をやったがーー

 そこに彼の姿はなかった。



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鬱小説の悪役令嬢ですが処刑エンドはお断りします。 雪鞠 @yukimari00

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