第8話 皇帝と公爵
カフェで楽しいひとときを過ごした後、ミカエリスは「行きたいところがある」と言って私をある店に連れてきた。
店内は剣や銃が所狭しと並べられ、武器屋のようだ。
「ミカエリス様、狩猟祭用の武器を買いにこられたのですか?」
尋ねるとミカエリスは「いいえ」と言ってピストルほどの大きさの銃を手に取った。
「私には普段使っているものがあります。今日はシルフィア嬢のための銃を探しにきました」
「え! わ、私ですか⁉︎ でも私は狩猟には参加しませんよ?」
まさか私に銃を持たせるつもりだとは思わなかった。
「これは護身用です。ここの武器には魔法がかけられていて、弾の威力が強化されています。令嬢が扱えるものでも、魔獣を気絶させるくらいはできるでしょう」
(そういえば……)
狩猟祭の終盤、待機会場に侵入できるはずのない魔獣が現れ、ルリアナを襲いそうになる。
それをセドリックとミカエリスが助け、負傷したセドリックをルリアナが癒すーー
そこから二人の愛が芽生える、というのが原作の展開だった。
(それなら、私が魔獣を倒してセドリックが怪我をしなければ……?)
このイベントは起こらず、セドリックもルリアナに惚れない。
生き残る可能性が少しでも上がるなら、この原作の流れを変えてしまえばいい。
「ミカエリス様。私でも使える、できるだけ威力の高い銃はありますか?」
思い切って尋ねると、ミカエリスは少し驚いたように目を瞬かせた。
そして穏やかに笑みを浮かべて「ありますよ」と他の銃を見せてくれる。
***
「すいません、プレゼントまでしていただいて……」
ミカエリスは、私に合う銃を見つけてくれただけでなく、なんとプレゼントまでしてくれた。
世の中で令嬢に銃をプレゼントする公爵など滅多にいないだろう。
今の私にとっては、どんな宝石よりも"生き残る手段"の方がありがたかった。
「かまいません、もともとプレゼントしたくてお誘いしましたから。ですが、シルフィア嬢が銃にそこまで興味があったのは意外でした」
「あはは…以前から少し興味があったので」
銃を選ぶのに夢中になり、日が傾いていた。
「今日もとても楽しい時間でした。帰りはご自宅にお送りしてもよろしいですか?」
「えっと……できれば皇宮までお願いできますか?」
本当は行きたくないが、今日もセドリックの所に顔を出す約束を守らなければならない。
「…陛下に会うため、ですよね。ここ最近毎日陛下の元に通っていると伺いました」
皇宮に毎日出入りする令嬢などいない。
私はすでに一部の貴族の間で有名になっていることは知っていた。
「はい、陛下と約束しているので」
「……わかりました、皇宮までお送りしますよ」
ミカエリスは少し寂しそうに微笑む。
それ以上尋ねることはなく私を馬車まで案内してくれた。
***
ミカエリス・ド・フォーシアは戦争の英雄だ。
公子の頃から戦場で戦い、数々の武功を立てた。公爵位を継いでから、国内でも屈指の権力を前皇帝から授かった。
馬車では、そんな彼から銃の構え方や戦いの心得を教わることになった。
「敵が現れた時、真っ先に注意すべきなのは相手の手札です。どんな手段で襲ってくるかを、常に考慮する。そして、令嬢の場合は自分の手札を初めから全力で使うことが大切です」
「なるほど……。でも自分の手札はできるだけ残した方がいいのでは?」
「それは力のある者の場合です。戦闘力のない人ほど、初めから全力を出さなければ死ぬ確率が高くなります。これは私が戦場で一番最初に痛感したことです」
原作のミカエリスはシルフィアにとって敵だった。
けれど今の彼は、気を許せる相手になりつつある。
それは彼が、本心から自分を気遣ってくれていることが伝わるからかもしれない。
(ルリアナと出会ったら彼も変わってしまうのかな……。でも、変わらずこうして友達でいられたらいいのに)
そう願いながら、原作通りルリアナのために私を傷つける日が来るかもしれないーーという不安は拭えなかった。
やがて馬車は皇宮に到着した。
「ミカエリス様、本日はありがとうございました。狩猟祭で会えるのを楽しみにしていますね」
「こちらこそありがとうございました。……またお会いできるのが楽しみです」
ミカエリスに礼をして去ろうとしたが、「シルフィア嬢」と後ろから呼び止める声に振り返る。
「ひとつだけお願いしたいことがあります」
「はい? なんでしょうか?」
ミカエリスはコートの胸ポケットから小さな箱を取り出し、私の後ろに手を回した。
「あの、ミカエリス様⁉︎」
近すぎる距離に、息がつまり心臓が跳ね上がる。彼の綺麗な青い瞳が、すぐ目の前にあった。
「不躾にすいません、どうしてもこれだけお渡ししたくて」
ミカエリスが離れると、首元には蒼く輝く宝石のペンダントがかかっていた。装飾は控えめだが宝石の透明な光が美しい。
「とても綺麗……。ミカエリス様、これは?」
「身を守るアーティファクトです。一度だけですが致命傷でも癒す力が込められています。狩猟祭では必ずこれをつけていただけませんか?」
そんな高価な品、お金を出したからといっていって買えるものではない。
致命傷などを治せるのは聖女の神聖力だけとされている。
「どうして、二度しか会ったことのない私にこんな貴重なものを……?」
この小説の中に転生して、一番行動が読めず理解できないのはミカエリスかもしれない。
優しくしてくれるし信用したいと思いながらも、原作では考えられない行動が多すぎる。
(これは、私が転生してきたことと関係があるの…?)
ミカエリスはいつも通り笑みを浮かべて、私の手をとって唇を落とした。
「勘ですが……今回の狩猟祭は嫌な予感がします。お気をつけください」
そう言い残してミカエリスは踵を返す。
私はその背中を見つめながら、胸の高鳴りが収まるのを待った。
***
「遅い」
セドリックの書斎に着くなり、冷たい声で言い放たれた。
「申し訳ありません、陛下……」
(そんなこと言ったって、私にも予定があるんだから!)
内心不満に思いつつ、いつものように隣に腰を下ろして本を手に取る。
セドリックの視線を感じたが、気にしないふりをした。
「……そのペンダントはなんだ」
「あ……これはアーティファクトです」
セドリックは不快そうに眉を寄せ、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「なるほど。デートのお相手はミカエリス・ド・フォーシアか」
(なんでこれだけでわかったの⁉︎)
驚いく私を見て、セドリックは鼻で笑った。
「それだけの魔力を込めたアーティファクトを手に入れられるのは、あいつか俺くらいだ。……お前に監視などつけていない」
セドリックはミカエリスに対して、前から妙にあたりが強い。
原作ではルリアナを取り合って仲違いしていたが、それまでは公爵家は皇室の忠臣として功績を重ねてきたはずだ。
「ミカエリス様からもらったのは事実です。
……陛下はミカエリス様のことが苦手なのですか?」
セドリックは小さく笑い、ぼそりとつぶやいた。
「は……、面白い。俺に苦手な奴などいるわけがない。ただーー あいつの腹の中が読めないだけだ。俺とミカエリスは幼なじみだが、あいつは昔から何を考えているのかわからん」
(幼なじみ…⁉︎ そんな設定、原作では出てこなかったはず…)
これから二人がルリアナに出会ったら、幼なじみ同士で一人の女性を奪い合い、そしてーー殺し合う。
(そんな残酷な未来、見たくない…)
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