第8話 探索者協会幹部会議 一章終了
会議室は窓際の長テーブルを囲んでざわついていた。モニターには全国の新規探索者に関する統計と、先日のロッカールーム騒動の要旨が表示されている。
探索者協会の幹部達が集まり会議が始まろうとしていた。
現場にこれない人間はオンラインで参加しており、Webカメラも設置されている。
「では始めます」
この場で最も高い階級である、探索者協会支部次長『灰田』がいつもの穏やかな口調で切り出した。資料を軽く示し、出席者の顔を見回す。
20代の若さで探索者協会支部の人事課長を務める女傑であり、久豆と対面して正式登録に誘った管理職、クールな印象の女職員『九条』が軽く手を挙げる。
「まずは全体の傾向から見ましょうかしら。新規マイナーの増加に伴って、秩序の乱れに関する通報も増えているようです」
九条は一度咳ばらいをする。
「特にアルマ型が占める比率は概ね1割、残り9割がソーマ型という数字が出ています。
ダンジョン出現時からすると、大分アルマ型の数も増えましたね。ただ、増加とともにアルマ型の特異性をどう扱うかは各支部で課題になっているみたいです」
席の空気が締まる。九条の声色は柔らかいが、内容は鋭い。
澤田が前に乗り出した。顔に刻まれたしわが深くなる。
『澤田』は協会支部、30代後半で順当に昇進している経理課長。
頭が固いことであまり職員人気はなく、マイナーに対してやや過激な思考を持っている、ダンジョン出現前から国勤めの典型的なお役所タイプの人間だ。
「数字は数字だ。アルマ型が少数であっても、制御不能及び犯罪に走った際の被害が大きい。また能力使用の証拠を掴むのも現状では難しい。
発信機や監視体制の強化を本気で検討すべきだ。甘い対応では現場が混乱するだけだろう」
彼の言葉に、机の上の資料をめくる音が重く響いた。
宇垣が腕組みをしながら首をかしげる。年季の入った探索者らしい口調だ。
「私は現場目線で言わせてもらう。人数比の話もわかるが、ただでさえマイナー不足だ。新規を全部押しつぶすような対応は逆効果だ。
そもそも、ダンジョン出現直後の厳戒態勢を取っていた時期とは話が違うだろう。増加分を考えても全員を監視するなど不可能なんじゃないか?」
「だから発信機の携帯を義務付けると……」
「人権侵害でしょう。そもそもそんな次元の話はもっと上、国会で話し合われること。支部の独断で手を出していい範囲じゃないわ」
声を荒げる澤田に対し、九条が冷たい声で打ち切る。
「うんうん。澤田君の意見もわかるよ。しかし、そんな権限は私達には無い。上申書をあげてくれるかな?」
この場で最も位の高い灰田は、どちらつかずの中庸的な意見を述べた。
澤田は不満そうだが、一定の理解を得られたと溜飲を下げた。
しかし実際のところ、中身の話を聞いてみると灰田は何も認めていないし何の権限も決定もしていない。
どちらつかず、優柔不断ともとれるが、それが出来て歴史の浅い玉石混合の探索者協会で上役として生きるコツなのかもしれない。
「今回の我が支部の新人の能力ですが―――一部非常に突出した能力の持ち主がいますね」
九条がやや重くなった空気を払拭するように次の議題を出した。
「筆頭が久豆 正(くず ただし)。圧倒的な良型な粒子波動パターンです。強力なサイコキネシス使いのサイキックになるでしょう。
初日に引率した宇垣の報告では、安定した出力、繊細な制御力、それを戦闘に生かすセンス。どれも類を見ないレベルだと聞いています」
「ああ。俺もたった数年ではあるが自衛隊や国際組織主体の軍の能力者を見てきたが、素体としては稀に見るレベルの素質だろう」
九条が資料をめくりながら声を上げた。それに宇垣が重ねて返答する。
「まあ、数値通りだな。あいつは強え。戦闘センスも抜けてる。言動はまあ写真を見れば想像できるだろうが荒い。大人しく言うことを聞くタイプでは少なくともないな。
それと、戦闘時のやり方がちょっとえげつないな。マイナーとしてはいいことではあるが、まあ育ちが良いとは言えない。そこには多少引っかかりは覚えるが、まあ今の時期にマイナーになろうって人物としてはマシな部類だろう」
宇垣が腕を組み、どっかり椅子に寄りかかる。
澤田が鼻を鳴らした。険しい顔がさらに険しく見える。
「戦い方がえげつないという時点で問題だろう。能力が強かろうが弱かろうが、協会の看板を背負う人間が下品では困る。
次点で優秀な大宮大吾は……まあソーマタイプなら、武器の形態さえなければ、地上では現行の兵器で余裕を持って対応できるからな」
宇垣が少し肩をすくめる。
「経理にいたらわからないんだろうがな。俺らマイナーは日々命懸けで戦ってるんだ。そこに卑怯や卑劣なんて言葉はない。
いずれそうなるか、最初からできるか。それだけだ」
「ちっ、甘いことばかり言う」
「甘いことではない、現実だ。少しは窓口にでも立ったらどうだ?」
宇垣と澤田がしばしにらみあった。どちらも人相が悪く、迫力がある。
「パン」と九条が手を叩いた。
「思想の違いは一旦納めてもらえる? その性格の話繋がりですが、草野とその久豆とのトラブルの件ですね」
空中に粒子投影されたモニターには簡易的な映像ログが流れ、久豆に関する調査資料と、草野の行動記録が写されている。
「草野の言動は目に余るな。なんらかの処分が必要だろう。
久豆は言葉は荒いものの、一定の理はある。ダンジョン内での横狩りか否かのトラブル時でも、周囲の新人たちは完全に久豆側の味方に立っていた。
俺としては、十分にこちらの話を聞き入れる理性があるという結論だ」
「今回の一件は被害が出てもおかしくなかった状態だったのだろう? 今回の草野のような輩が、他の新人を追い回し、現場の安全を脅かす。
厳正な処分で一罰百戒とすべきだ。探索者免許の取り上げを行っていいだろう」
澤田の言葉に九条が静かに反論する。
「澤田さんの心配もわかります。
ただ、今回の草野さんの行動が確かに許しがたいとしても、現時点で刑事罰に相当する行為があったわけではありません。手続きと罰則はきちんと果たすべきですけれど、即時免許剥奪までは慎重であるべきかしら」
澤田が眉を寄せて応じる。
「慎重すぎるのは問題だ。抑止力がなければ同様の事案が増える。一件くらいは実際免許剥奪を行って、対象者を震え上がらせるぐらいでいい」
宇垣が澤田の過激な意見を遮る。
「それは拙速だ。草野は頭に血が上りやすい馬鹿ではあるが、完全な悪党とは思っていない。免許はく奪をチラつかせて従わせるのは一つの手だが、現場復帰の道を残しつつ監視と教育で改善させるべきだと考える」
会議室で一瞬、誰もが息を呑む。
灰田が全員を見渡し、まとめに入る。
「ここにいる誰もが現場の安全を第一に考えている。即断して追放するのは簡単だが協会の信頼を損なう。だが野放しも許されない。
折衷案として、我々の指定する奉仕活動を一ヶ月行わせ、その間は監視を付すという形でどうだろう。執行猶予的な措置を設ける。犯罪が確認されれば即時厳罰に移行する。どうかな?」
九条が机上のメモをめくりながら柔らかく言う。
「その程度の期間で、本人が反省するかどうかも見られますね。被害者や関係者への説明、そして監視の具体的な内容を明文化して周知すれば、ある程度の抑止力にはなるでしょう」
澤田は険しい顔のまま短く吐き捨てるように言った。
「監視の装置や行動制限の運用ルールは厳密に。曖昧な『見守り』では意味がない」
宇垣は腕の筋を動かし、少し笑って肩の荷を下ろすように言った。
「俺も現場からの意見を盛り込む。監視は単に技術的な管理だけじゃない。精神的なケアと現場教育も必要だと伝えとく」
「それで?久豆の方の処分はどうする?
彼が口汚く相手を追い詰めたことは事実だろう。草野のような一年目の中級マイナーを挑発してトラブルを大きくした。相手が悪いとしても、協会としては放置できない」
澤田は声を荒げた。
宇垣が眉をひそめる。
「おいおい、話を盛るなよ。草野が先に絡んできた。嫌がらせも粘着質だった。新人に対して悪質なちょっかいをかけてたんだぜ。久豆があの場で声を張らなきゃ、もっと面倒なことになってた」
九条がやや微笑みながら口を開く。
「あら、つまり久豆さんはむしろ事態を悪化させるどころか、抑えたということかしら?そうだとすれば、私の中の彼の評価は大分上がるわね」
澤田は椅子を少し引き、机に手を置いて言い切った。
「だとしても、アルマ型能力者を野放しにするのは危険だ。現代技術では能力の発動を完全に監視できない。せめて発信機を付けるか、奉仕活動を課すなど、協会の管理下にあることを自覚させるべきだ」
灰田が静かに間に入る。
「管理という言葉は強い印象を与えますね。監視の必要性を訴える気持ち自体は理解します。しかし現時点で明確な違反がない者に罰を科すのは、協会としても不適切です。少し私情が入りすぎているかな?澤田君」
「ぐっ」
灰田の指摘に澤田は苦虫を嚙み潰したような顔をする。図星だった。
「罰則であることを明らかにする必要はないのです。お前を守るためなりなんなり理由を付けて、ダンジョン外での発信機の携帯を促すくらい……」
「 “罰”ではないと見せかけたって本人のプライドは傷つけられるし余計反発するだろうな。
草野との言い争いでもきっちり周りを巻き込んで味方につける頭と理性がある奴だ。あまり馬鹿扱いしない方が身のためだ。
それこそうまく優遇すれば協会の意向を汲むだけの頭はある」
澤田の強弁を再度遮る宇垣の意見に、九条が軽くうなずく。
「あら、私も同感ですわ。罰という体裁を取らずに、例えば特別研修に参加してもらうのはいかがかしら。協会が力量を認めている証にもなりますし、本人のためにもなる」
澤田は腕を組み、眉間にしわを寄せたまま沈黙した。自分の思う通りにいかない苛立ちが顔に出る。
「現場で見た印象だが、久豆は口が悪いだけで理性的だった。
草野が暴れかけても手を出さなかった。口先だけで抑えたのはむしろ大したもんだ。少なくとも俺はそう評価してる」
九条が笑みを深くし、声を柔らかくする。
「あら、意外に紳士なのね。最初の印象を見直さなきゃね」
澤田が舌打ち混じりにぼそりと漏らす。
「紳士?チンピラの間違いだろう」
「被害者になりかねない若手や、今回のように指示で無理を強いられた者に対する保障と、相談窓口の強化をお願いします。被害報告が上がりやすい体制にしてほしいのです」
澤田の吐き捨てた言葉を無視し、九条が意見を締める。
灰田が手を軽く叩き、場を整える。
はっきりと決定を宣言する声が会議室に戻る。
「では決議する。草野については今回、免許剥奪は回避する。
だが我々が指定する奉仕活動を一か月、報告書付きで課す。その間、監視体制を付し、行動に問題があれば即座に免許取り消しを実施する。
実刑に至るような明確な犯罪行為が認められた場合は速やかに刑事手続きへ引き渡す」
灰田は一度水を口に含んだ。
「九条は被害者支援及び説明責任の窓口を整備すること。澤田は監視運用の技術仕様と運用マニュアルを提出せよ。宇垣、現場教育のプランを一週間以内にまとめて提出を」
「久豆については、現時点で罰則の対象とすることは見送る。まあこれは当然ですね。
むしろ力量を踏まえて特別研修などの形で協会側との接点を増やし、将来的に協会の方針に沿って動いてもらうよう誘導する」
『はい』
皆が短く肯定の声を上げる。空気に少しの安堵が混じった。
九条が付け加えた。
「それと、全国の新規に対する説明会や、アルマ型に特化した安全講習を強化しますね。1割のアルマ型の特性を現場で適正に扱えるようにするのは急務ですわね」
「それが妥当だね。草野にはしっかり指導と監視を。久豆には、力量に見合った扱いを。どちらも協会の信頼を損なわない形に整えてね」
澤田は小さく唸るが、拒否はしない。宇垣は苦笑いで承諾する。
灰田がメモを閉じて立ち上がる。会議室の空調が静かに唸り、書類を片付け始める手の音がする。
九条が頷き、手帳にまとめを書き込む。
「ええ、それが妥当ですわね。草野さんにはしっかり指導と監視を。久豆さんには、力量に見合った扱いを。どちらも協会の信頼を損なわない形に整えましょう」
宇垣が口角を上げる。
「それがいいでしょう。あいつは戦闘面じゃトップクラスだ。将来的にほぼ確実に支部を代表する戦力になる。口は悪いが、理性があるうちに協会とパイプを作っとくのが得策だ。
経験則だが、あの手のやつは一度へそを曲げたら曲げたままになる」
澤田はしばらく黙っていたが、最後に低く言い放った。
「……勝手にしろ。ただし監視だけは外すな。アルマ型は何が起こるかわからん」
灰田が頷き、会議の終わりを告げる。
「監視の在り方は今後の課題にしましょう。今日は久豆の件、草野の件ともに方向性が定まりました。各自、決定事項の準備をお願いします」
九条が資料を閉じながら、控えめに笑った。
「あら、思ったより良い方向に話が進みましたわね」
宇垣が立ち上がり、背伸びをしながらぼやく。
「まあな。現場としては、余計な火種が減るなら助かる」
澤田は無言のまま書類をまとめ、顔をそむける。その表情には、思い通りにならなかった不満がわずかに残っていた。
こうして会議は終わり、久豆への評価は当初よりも良い方向でまとまった。草野への処分も決まり、協会としての一歩が静かに踏み出された。
ろくでなしクズはざまあヒーローになりうるか?~クズチンピラ主人公とアゲマンキャバ嬢の現代ダンジョン AUN @aun
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