第17話 ロスオブなんとか? ベン・トー?
主人公になろう。
一歩踏み出した。二歩。三歩。四歩。五歩。
前傾姿勢。踵着地。腕振り。骨盤。小幅歩き。
毎日繰り返していることを出すだけや。
――あれ?
周りの連中遅ない? ぶっちぎりやねんけど。
え? こんなもんなん。なに。体育会系……チョロない?
ええ。なにこれ。完全に主人公やん今のわたし!!
第一話の最終ページやろ今まさにこの瞬間今! 冴えん主人公が実はとんでもない力を持っていた的なアレや! 王道! 二話への引きめっちゃ強いヤツ!! うわー堪らんわ。大好物や。
もう足音も聞こえんくなってきた。どんどん離れとる。なんやこれ。クソやん。体育会系が聞いて呆れるわ。どうってことないわ。
なんか横に立ってる人に黄色いカード出されたけどなんやろ? よくわからんマークの書いてあるヤツ。気にせんでええか!
この調子で歩いたろ。五キロなんていつもの調子やったら二十五分もかからんやろ。
あれ? またカード出された。なんか軽くキレとる?
あれれ? また?
てか何人立っとんねん。たかが女子高生の集団が歩いてるだけやのに衆人環視が過ぎるやろ。
あ。そういや母親来てるかな? 今探してる余裕は流石にないけど。
……まあええか。ちょっと視線上げるくらい。どうせもう勝ち確やし。母親探すくらいで追いつかれはせんやろ。
「失格!」
横に立っとる人になんか突然呼び止められた。
「は? もう五キロ歩きました?」
「失格です」
「は?」
「他の競技者の邪魔にならないようにレーンの外に出て!」
「……なんやねん」
渋々歩くのを止めた。まだ二周しかしとらんやん。失格ってどういうこと?
……失格。ん?
勝たれへんってこと?
外側の方に歩いたところで他の係っぽい人がいたので訊いてみよう。
「あの。なんでわたし失格なんでしょうか?」
係っぽい人は怪訝な顔をしていた。
「いや、明らかにロス・オブ・コンタクト違反でしょう。誰が見ても分かるレベルで」
ロス・オブ……なんて?
「あと膝もだいぶ曲がってたと思いますし……ベント・ニー違反もありますね」
ベン・トー?
よくわからん。
さっさとユニフォーム脱いで普段着に戻った。落ち着く。
そしたら今度はだんだん腹立ってきた。
「……五分で主人公終わりやんけ」
これギャグ漫画やん。調子よく歩いてたら「失格! 失格!」て。ざけんなや。ギャグ漫画の主人公になるつもりちゃうかったんやけど。
あーあ。ダル!! もう辞めよ!
このまま帰ろうかと思ったけどさすがに茂野のとこには顔出しとくべきか。世話なったしな。
「どもー」
「真下……お前冴えんかったな」
何言われてもしゃーない。はい冴えんでした。
「ルール何も知らんで出たいゆうたんか?」
「ただ速く歩けばええ思たんで」
「これでわかったやろうけど、競歩はただ歩けばええちゃうねん。“ルールの範疇で”速く歩かなアカンねん」
お前が陸上部なら教えてやれたんやけどなぁ、と残念そうにこぼした茂野。
「あの……これだけ言いたいんで言わしてもらってええですか?」
わたしの言葉に嫌そうな顔をする茂野。それを少し離れて不安そうに見ている早見も。
「競歩の歩き方ってただでさえダルいんすよ。恥ずいし。それに加えてロスオブなんとかとかベン・トーとか……エゲツなさすぎませんか?」
「……過酷だよねー。競歩って」
早見が口を挟んできた。
「歩き終わった人達見てもさ、だいたい倒れ込んでるし。腰とか痛そうにしてる。単純に距離長いし、速く歩くために不自然な動きをし続けなきゃいけない。あゆの言うとおりすごくしんどいと思うよ?」
“あむ”な。
まあ……わたしが甘かったっちゅうことや。
たった一年とんでもない距離を速く歩いただけで調子に乗りすぎとった。明日から……いや今日この瞬間から元の非リア陰キャに戻って慎ましく日陰の中で生きていこう。
主人公になろうとか思ったらアカンのや。わたしは。
「またやるやろ? 真下」
茂野はなんとなくニヤついたように見える顔で言った。誰がやるかアホか!
もう二度とやらんわ。マジで。
少女は歩いて夢を見る 藤沢泰大 @fujisawasan
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