みどりの窓口のきっぷ

霜月あかり

みどりの窓口のきっぷ

ある土曜日の朝。

駅の「みどりの窓口」に、小さな男の子が一人で立っていました。

背伸びしてカウンターをのぞきこみ、ぎゅっと握ったおこづかいをポケットから取り出します。


「すみません。ぼく、きっぷをください」


駅員さんは少し驚きました。

普段は大人たちが並んで買っていく場所に、まだ小学生になったばかりくらいの子が一人で来ているのです。


「どこまで行きたいのかな?」


男の子は照れくさそうに答えました。

「おばあちゃんの家です。ひとりで行ってみたいんです」



---


駅員さんはにこっと笑いました。

「そっか。じゃあ、きっぷを用意しようね」


パタパタと端末を操作しながら、駅員さんの心には、昔の自分の姿がよみがえってきました。


——小さいころ、遠くの祖父母の家に行くとき。

父に手を引かれて切符を買い、改札を通るたびに胸がドキドキした。

「旅の始まりはここからだ」と思ったあの瞬間。


あのわくわくを誰かに届けたい。

それが、自分が駅員になろうと思った理由だった。



---


「はい、きっぷだよ」

差し出された小さな紙切れを、男の子は両手で大切に受け取りました。


「ありがとう!」

その笑顔に、駅員さんの胸がじんわりあたたかくなります。


「気をつけてね。おばあちゃんによろしく」


男の子は大きくうなずいて、きっぷを胸に抱きしめるようにして改札へ向かいました。



---


その後ろ姿を見送りながら、駅員さんは思います。

きっぷはただの紙切れじゃない。

「これから会いに行く人の気持ち」や「新しい景色に出会う期待」が、ぎゅっとつまっている。


今日もまた、小さな旅立ちを見送ることができた。

そう思うと、みどりの窓口のガラス越しに見える駅のホームが、いつもよりまぶしく輝いて見えるのでした。

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みどりの窓口のきっぷ 霜月あかり @shimozuki_akari1121

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