【声劇台本】台本本編
※配役検索に役立ててください。
☆:ヴィンセント
△:エレナ / ニュースキャスター
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【Ⅰ】
☆ヴィンセント(M):――
久しぶりだ、こんなに心が落ち着く時間は。
この絵を見ていると、昔の事を思い出す。
……彼女も美術館が好きだった。
いつも俺の
「この画家は何を伝えったのかしら?」って、
いつもそんな風に問いかけてきた。
俺はいつも答えに
△エレナ:あの……すいません。
☆ヴィンセント:……何か?
△エレナ:こちらの作品、とても興味深くて。
一人で見ているより、どなたかと感想を共有できたらと
思ったのですが……お
☆ヴィンセント:いや、構わない。
△エレナ:ありがとうございます。
――本当に
光の表現が……まるで絵の中に
☆ヴィンセント:あぁ……フェルメールの
作品だが、
特に、この
△エレナ:ウルトラマリン……でしょうか?
この深い青色は。
☆ヴィンセント:よくわかるな、その通りだ。
ラピスラズリから作られる、最も高価な
△エレナ:昔は、金よりも高価だったと聞いたことがあります。
だからこそ、
☆ヴィンセント:
美術史を学んだことでもあるのか?
△エレナ:大学で少し。
でも、本格的に学んだわけではありません。
ただ……美しいものを見ていると、心が安らぐんです。
☆ヴィンセント(M):興味深い女性だ。
知識もあるし、何よりも声に品がある。
だが……時折見せる視線が、何か計算めいたものを感じる。
考えすぎかもしれないが。
△エレナ:光の使い方が
特に、少女の
まるで生と死の境界線を表現しているみたい。
☆ヴィンセント:鋭い観察だ。
確かに、この作品にはそういった
△エレナ:
☆ヴィンセント:光と闇、生と死、美と恐怖……
それが人間の本質なのかもしれない。
△エレナ:なるほど……とても
あなたも美術に
☆ヴィンセント:なに、
ただ……長い間、様々なものを見てきた。
ヒトの表情を含めて。
△エレナ:ヒトの表情……ですか。
それもまた芸術の一部なのかもしれませんね。
喜び、悲しみ、恐れ……人間の感情すべてが、顔に
☆ヴィンセント:そうだな……そして時には、その表情が
最も美しい芸術になることもある。
△エレナ:この絵のタイトルは何というのでしょう?
☆ヴィンセント:――『死と乙女』。
古典的なテーマのひとつだ。
△エレナ:『死と乙女』……なんだが、美しくも
☆ヴィンセント:『死と乙女』というテーマは、古典絵画に
よく見られるモチーフだ。
死への
△エレナ:
死に対する
☆ヴィンセント:人は死を恐れると同時に、どこか
それが完全な
すべての
△エレナ:完全な
この
☆ヴィンセント:そうだ。
生きているということは、常に何かしらの音に囲まれている。
心臓の
△エレナ:心の中の
☆ヴィンセント:……それらの音が止まった時、本当の
△エレナ:でも、生きている限りは、その
☆ヴィンセント:時にはな。
だが、完全に消し去る方法もある。
△エレナ:消し去る……方法……?
☆ヴィンセント:
一時的にでも心を
―― 今、こうして君と話している時のように。
△エレナ:ああ、そういう意味でしたか。
確かに、こうして美術作品を前にしていると、
日常の
☆ヴィンセント(M):――彼女のとの出会いは果たして
それとも……いや、考えすぎだ。
久しぶりに、こんな会話が出来る相手に
出会えただけの事だ。
△エレナ:あなたは、とても
きっと豊富な人生経験をお持ちなのでしょう!
お仕事は何をされているのですか?
☆ヴィンセント:……今は何もしていない。
引退したようなものだ。
君は?
△エレナ:私は、フリーでライターをしています。
様々なテーマで記事を書いているんですが、
最近は特に……生と死について関心があって。
人間の本質を探究するような内容を書きたいと思っているんです。
☆ヴィンセント(M):生と死、か……本当に
それに、
まるで
……これも俺の考えすぎならいいのだが。
☆ヴィンセント:生と死について書くなら、ここは良い場所だな。
美術館には『死』をテーマにした作品が多い。
インスピレーションも得やすいだろう。
△エレナ:ええ、まさにその通りです!
それに……ここには特別な
集中して考えることが出来る。
☆ヴィンセント:――
それは確かに貴重だ。
現代社会では
△エレナ:そういえば、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?
こんなに素晴らしい会話が出来る方と、もっとお話ししてみたくて。
☆ヴィンセント:……ヴィンセント、ヴィンセント・グレイだ。
△エレナ:私はエレナ、エレナ・ローズです。
よろしくお願いします、ヴィンセントさん。
☆ヴィンセント(M):エレナ・ローズ……美しい名前を持つ。
……本当に彼女との出会い、これは
俺の
【Ⅱ】
☆ヴィンセント:エレナ、話を戻すが。
君は、多くの人が
△エレナ:恐れる、ですか?
☆ヴィンセント:そうだ。
△エレナ:うーん……そうですね。
恐れるというのは……想像できません。
☆ヴィンセント:
自分の思考、感情、過去……すべてが
それが、彼らは怖いんだ。
△エレナ:……確かに、
音楽、テレビ、他人との会話……すべて自分の内面から
☆ヴィンセント:大した
ただのライターにしては、あまりにも
△エレナ:ヴィンセントさんに
ところで、この絵の少女の表情を見てください。
恐怖と……何か別の感情が混じっているように見えませんか?
☆ヴィンセント:
死を受け入れるような
△エレナ:死を
☆ヴィンセント:自由、か。興味深い
△エレナ:だって、死ぬことが決まってしまえば、
もう何も恐れることはないじゃありませんか?
社会的地位も、他人からの評価も、全てが無意味になる。
☆ヴィンセント:それは
死が近付いた時、人は逆により強く生に
△エレナ:そうですね……でも、きっぱりと
その
☆ヴィンセント(M):
彼女は『死』について
0:遠くで時計の音が聞こえる。館内に響く規則的な音。
△エレナ:時間って不思議ですよね。
こうして絵を見ていると、時が止まったような感覚になります。
☆ヴィンセント:芸術の力だな。
優れた作品は時を
この絵も、何百年も前に
今も我々の心を動かしている。
△エレナ:『
ヒトの命は有限だけれど、創り出されたものは永遠に残り続ける。
☆ヴィンセント:だが、永遠に残るのは作品だけじゃない。
『
△エレナ:……
☆ヴィンセント:完璧に
準備から実行まで、全てが計算し
無駄のない美しい流れで完成される。
△エレナ:まるで
長年の経験と技術が産み出す、究極の美。
☆ヴィンセント:そうだ。
そして、その道の頂点に立つ者だけが、
0:館内放送が流れる準備音。
△エレナ:あなたはその……完璧な
実際に見たことがおありなのですか?
☆ヴィンセント:……何度か。
そして、自分でも
△エレナ:どのような分野で?
☆ヴィンセント:それは……
△エレナ:
でも、きっと
完璧を
☆ヴィンセント:『
完璧を求める者は、必然的に一人になる。
他人には理解されない領域に足を
△エレナ:それでも、その道を選ぶのは
☆ヴィンセント:……愛する人のためだった、最初は。
△エレナ:最初は?
☆ヴィンセント:そのヒトを失った後は……習慣になった。
他に生きる理由を見つけられなかった。
0;静寂が戻る。二人の会話だけが空間に響く。
△エレナ:愛する人を失うということ。
……それは想像を
☆ヴィンセント:あぁ……世界の色が全て失われたような感覚だった。
何を見ても、何を聞いても、全てが
△エレナ:でも、今のあなたは違います。
この絵について語る時、あなたの
☆ヴィンセント:――キミと話していると、久しぶりに
色が
△エレナ:それは、
私も、こんなに深い話ができる方に出会えて、とても楽しいです。
0:遠くで他の来館者の声が聞こえるが、すぐに静かになる。
☆ヴィンセント:ところで、キミの記事はどのような
△エレナ:主にオンラインメディアですが……
まだ
でも、いつか多くの人に読んでもらえる作品を書きたいと思っています。
☆ヴィンセント:題材は豊富にありそうだな。
『生と死』について書くなら。
△エレナ:ええ。
でも、実体験に
なってしまいがちで……もっと深く、人間の本質に
☆ヴィンセント:実体験、か……それは確かに重要だ。
表面的な知識だけでは、ヒトの心は動かせない。
△エレナ:あなたのような方の体験談を聞かせて頂ければ、
きっと素晴らしい記事が書けるのでしょうけれど……
☆ヴィンセント:俺の話など、キミの記事には向かないだろう。
△エレナ:どうしてですか?
☆ヴィンセント:……あまり明るい話ではないからな。
【Ⅲ】
0:館内放送が流れる。
「ご来館いただき、ありがとうございます。まもなく午後5時となります。」
放送が終わり、静寂が戻る。
△エレナ:――もうそんな時間なのですね。
時の流れを
☆ヴィンセント:良い会話は時を
久しぶりの体験だった。
△エレナ:私もです。
こんなに深いお話をさせて頂けて……本当に感謝しています。
☆ヴィンセント(M):感謝、か。
だが……この状況はやはり不自然だ。
出来すぎている。
――
0:ヴィンセントが立ち上がる音。椅子が軽く軋む。
☆ヴィンセント:エレナ、もう少し他の作品を見てみようか。
△エレナ:ええ、
0:二人の足音。
ヴィンセントの靴音は重厚で規則正しく、エレナのハイヒールは軽やか。
しかし、エレナの足音がヴィンセントとの距離を微妙に調整している。
☆ヴィンセント(M):――やはりな。
0:二人が新しい展示室に入る。足音が少し反響する。
△エレナ:こちらも
☆ヴィンセント:ここは17世紀のフランドル派の作品が中心だ。
『戦争と平和』をテーマにしたものが多い。
△エレナ:戦争と平和……対極にあるもの同士ですが、密接な関係にありますね。
☆ヴィンセント:そうだな。
平和は戦争があってこそ価値を持ち、
戦争は平和を知る者によって
△エレナ:すなわち……戦争を知る者、にもなりますよね?
☆ヴィンセント:そうだ。
血の
……理論ではなく、実際に体験し、それらを知る者だけが、
本当の平和の価値を理解できる。
△エレナ:あなたは……そのような体験をお持ちなのでしょうか?
☆ヴィンセント:……昔の話だ。
0:エレナがバッグを少し動かす音。わずかな金属音が混じる。
☆ヴィンセント(M):今のは……化粧品や筆記用具では出ない音だ。
―― 金属の音だ。
△エレナ:このような経験をお持ちだからこそ、あなたの芸術
に対する見方は深いのですね。
生と死の境界を実際に見てこられた方だからこそ。
☆ヴィンセント:君は本当に、素晴らしい
ただのライターにしては、あまりにも的確過ぎるな。
△エレナ:そんな……ただの
☆ヴィンセント:
俺も
長年。それに命を救われてきた。
△エレナ:命を……救われた……?
☆ヴィンセント:言ってしまえば、危険を
何か違和感がある時、それを無視してはいけない。
経験上、そう学んだ。
0: 二人の会話の合間に、微かに緊張感のある静寂が流れる。
△エレナ:危険を
この世界には、見た目とは違うものがたくさんありますから。
☆ヴィンセント:その通りだ。
美しい花にも毒があり、優しい笑顔の裏に
△エレナ:……詩的な表現ですね。
まるで経験に
☆ヴィンセント:
△エレナ:はい?
☆ヴィンセント:君は、俺の言葉の真意を理解している。
普通の人なら、もっと表面的な反応を示すはずだ。
だが、それが裏目に出てしまったな。
△エレナ:えーっと、何が言いたいのですか?
☆ヴィンセント:ところで、だ。
君はどうやって俺を見つけた?
△エレナ:見つけた……? どういう意味でしょう?
☆ヴィンセント:この美術館は広い。
数多くの展示室がある中で、なぜあの部屋の、
あの絵の前にいる俺に声をかけたのか。
△エレナ:それは……
たまたま素晴らしい作品があって、
たまたまあなたがそこにいらして……
☆ヴィンセント:
特に、命に関わる仕事をしてきた者としては。
△エレナ:命に関わる仕事……?
☆ヴィンセント:君こそ、本当はどんな仕事をしている?
△エレナ:お話ししたじゃありませんか。
ライターです。
☆ヴィンセント:君の言動と行動がそれを否定している。
それに、歩き方が
△エレナ:えっ?
☆ヴィンセント:常に周囲を警戒し、最適な位置を保つ。
……どんなに外見を
歩き方までには気が配れなかったか。
△エレナ(M):――気付かれた?
いえ、彼の表情は……まだ確信を持っていないはず。
歩き方についてもブラフだ。
冷静に、最後まで演じきらなければ。
△エレナ:そんな……気のせいではないでしょうか。
☆ヴィンセント:それに、さっきからバックの中で何かが金属音を立てている。
△エレナ:っつ! あなたは、一体何者なのですか?
☆ヴィンセント:それは俺の台詞だ。
君こそ、何者だ?
0:二人の間に緊張した静寂が流れる。
△エレナ:私はただの――
☆ヴィンセント:もうそれは聞き飽きた。
それとも、なんだ? あくまでもライターと言い張るのか?
さっきも言ったが、「君の言動と行動が裏目に出た」、と。
△エレナ:そして?
☆ヴィンセント:最初に声をかけたとき、君は確認を持っていた。
まるで、最初から俺が誰なのか知っているような顔だった。
△エレナ:そんなことはありません。
本当に偶然だったんです。
☆ヴィンセント:なら、何故、君は俺を見る時、時々
獲物を見つけた肉食動物のようにな。
0:エレナの心拍が上がっているのか、呼吸音が微かに荒くなる。
△エレナ:想像しすぎです。
☆ヴィンセント:むしろ、これも
言っただろ? 俺の
そうでなければ、この
△エレナ:長い間……あなたは危険な仕事をされていたのですね。
☆ヴィンセント(M):話を
あくまでシラを切るつもりか。
0: 館内放送の予告音が鳴る。
「お客様にお知らせいたします。まもなく午後5時30分となります。
閉館まで残り30分となりました。」
△エレナ:閉館まで、残り30分……
☆ヴィンセント:時間がないようだな。
△エレナ:そうですね……残念です。
もっとお話ししていたかったのですが。
☆ヴィンセント:まだ30分ある。
△エレナ:何が……
☆ヴィンセント:真実を明かすのに、君が何者で、何の目的で
【Ⅳ】
0:重い静寂の中、二人の足音が別の展示室へと向かう。
より人気のない、奥まった展示室。
☆ヴィンセント:こちらのほうが落ち着いて話せるだろう。
△エレナ:えぇ……とても静かですね。
0:新しい展示室に入る。足音がより反響する。
展示されているのは、より暗いテーマの絵画たち。
☆ヴィンセント:ここにある作品群は、すべて暴力をテーマにしたものだ。
戦争、
△エレナ:なぜ芸術家たちは、こうした
☆ヴィンセント:真実だからだ。
美しいものだけが現実じゃない。
血と痛み、そして死……それらもまた人間の本質の一部だ。
△エレナ:でも、美しいものを描く方が楽しいでしょうに。
☆ヴィンセント:楽しさと真実は違う。
優れた芸術家は、見る者に真実を突き付ける。
それがどんなに不快であっても。
0:エレナの足音が微かに変わる。より慎重に、計算された歩き方に。
△エレナ:真実……それはとても重い言葉ですね。
☆ヴィンセント:重いからこそ価値がある。
軽い真実など存在しない。
△エレナ:あなたは、重い真実を
☆ヴィンセント:――君もそうじゃないのか?
△エレナ:私が……ですか?
☆ヴィンセント:この絵を見てみろ。『カインとアベル』だ。
兄弟の殺し合いを描いている。
△エレナ:聖書の物語ですね。人類最初の殺人。
☆ヴィンセント:そうだ、
だが、注目すべきはカインの表情だ。
△エレナ:……複雑な表情ですね。
☆ヴィンセント:その通りだ、殺人者の心理を正確に読み取っている。
△エレナ:殺人者の心理……?
☆ヴィンセント:〝人を殺す〟という行為は、実行者に複雑な感情をもたらす。
△エレナ:まるで……体験されたかのような語り口ですね。
☆ヴィンセント:体験したからだ。
△エレナ:体験……?
☆ヴィンセント:そうだ……俺は多くの人間を殺してきた。
仕事として。
△エレナ:仕事として……殺人を……?
☆ヴィンセント:驚いたか? だが、君はそれほどでもないそうだ。
△エレナ:そんな……突然そんなことを言われても……
☆ヴィンセント:普通の人間なら、もっと
立ち去ろうとするか、恐怖で
だが……君は冷静すぎる。
△エレナ:……あなたは、殺し屋だったのですか?
☆ヴィンセント:過去形ではない。殺し屋は辞めることが出来ない。
だが、仕事としては引退している。
△エレナ:引退……でも、技術は
☆ヴィンセント:興味深い質問だな。
なぜ、そんなことを尋ねる?
△エレナ:いえ……ただ、
☆ヴィンセント:
ライターらしい反応と言えるが……違うな。
君の質問は、まるで同業者のようだ。
△エレナ:同業者……とは?
☆ヴィンセント:言葉の通りだよ。
――エレナ・ローズ、君も……いや、お前も殺し屋だろう?
0:長い静寂。二人の呼吸音だけが聞こえる。
△エレナ:――理由をお
☆ヴィンセント:さっきも言ったはずだ。
歩き方、距離の取り方、質問の仕方、そして
俺の告白に対する反応……すべてが
△エレナ:そんなの……推測に過ぎませんよね。
☆ヴィンセント:なら、証明して見せよう。
0:ヴィンセントが突然動く音。素早い足音。
△エレナ:何を……!!
0:エレナが瞬時に反応し、バッグに手を伸ばす音。金属がこすれる音。
☆ヴィンセント:いい動きをするな。
△エレナ:くっ……!
☆ヴィンセント:普通の女性なら、逃げようとするか、助けを呼ぶ。
だが、君は武器に手を伸ばした。
……体に染みついた
△エレナ:――
☆ヴィンセント:認めるのか?
△エレナ:あなた程の方をだまし続けるのは、初めから困難だと思っていました。
でも、出来る限り演じてみたかった。
☆ヴィンセント:演技は悪くなかった。
△エレナ:光栄です。
かの【
☆ヴィンセント:やれやれ……その言葉が出てくるということは……
やはり最初から俺の正体を知っていたのか。
では、この偶然の出会いは――
△エレナ:えぇ、そうです。
☆ヴィンセント:一応、聞いておこう。
△エレナ:
☆ヴィンセント:そうだな。プロは
なら聞こう。俺を殺す自信はあるのか?
△エレナ:正直に言えば……半々ですね。
あなたの
☆ヴィンセント:半々、か。
だが、自信がないのなら……なぜ引き受けた?
△エレナ:
自分の限界を試してみたくて。
☆ヴィンセント:
金ではなく、自己実現のためか。
△エレナ:
ですが……それだけではありません。
☆ヴィンセント:なら……これだけは教えてくれないか?
君のような美しい女性が、なぜこの道を選んだ?
△エレナ:それは……長い話になります。
☆ヴィンセント:時間はある。まだ15分程度は。
△エレナ:15分でヒトの人生を語るには短すぎます。
☆ヴィンセント:要点だけでも。
△エレナ:
……〝
最初は、家族を殺した男への
でも、その男を殺した後も、この仕事を続けている。
☆ヴィンセント:なぜ、続ける?
△エレナ:気が付いた時には、他に生きる
そして……この仕事が私を生かしてくれるから。
☆ヴィンセント:……理解できる。
俺も似たような道を歩んできた。
△エレナ:あなたも
☆ヴィンセント:愛する人を守るためだった。
だが、結局守れなかった。
その後は……君と同じだ。
他に生きる道を知らなかった。
0:深い静寂が二人を包む。
△エレナ:でも……今日、あなたとお話して……少し考えが変わりました。
☆ヴィンセント:どう変わった?
△エレナ:美しいものについて語り合える相手がいる
ということの価値を知りました。
☆ヴィンセント:俺もだ。久しぶりに……生きている実感を味わった。
△エレナ:それでも……私は依頼を
☆ヴィンセント:プロとして、か。
△エレナ:えぇ、プロとして。
☆ヴィンセント(M):――この女性には敬意を覚える。
美しく、知的で、そして誇りを持っている。
だが、それでも俺を殺そうとしている。
皮肉なものだ。
【Ⅴ】
0:館内放送が流れる。
「お客様にお知らせいたします。閉館まで残り10分となりました。
お帰りの準備をお願いいたします」
☆ヴィンセント:もう時間がないな。
△エレナ:えぇ……でも、十分です。
☆ヴィンセント:君の腕前を見せてもらおうか。
△エレナ:その前に……ひとつ、お聞きしたいことがあります。
☆ヴィンセント:何だ?
△エレナ:何故、引退されたのですか?
☆ヴィンセント:……疲れたからだ。
血を見ることに、ヒトを殺すことに、そして一人でいることに。
△エレナ:でも、復帰することは考えなかった?
☆ヴィンセント:毎日考えている。
他に生きる意味を見つけられずにいる。
△エレナ:今日、私と話して……どう感じましたか?
☆ヴィンセント:――あぁ、久しぶりに自分が人間であることを思い出した。
美しいものを美しいと感じ、知的な会話を楽しみ、そして……
△エレナ:そして?
☆ヴィンセント:人を
△エレナ:
☆ヴィンセント:君は美しい人だ。外見だけでなく、内面も。
知性があり、誇りがあり、そして……哀しみを抱えている。
△エレナ:あなたもですよ。
とても
☆ヴィンセント:違う
そんな世界があったとしても、俺たちのような
人間は出会わなかっただろう。
△エレナ:そうかもしれませんね。
でも……今日、出会えて良かった。
☆ヴィンセント:俺もだ。
0:深い静寂。二人が向き合っている。
△エレナ:それでも、私はやらなければならない。
☆ヴィンセント:わかっている。俺も逃げるつもりはない。
△エレナ:なぜ? 逃げることも出来るのに。
☆ヴィンセント:プロに対する敬意だ。
君はここまで完璧に仕事をこなしてきた。
それを無駄にするつもりはない。
△エレナ:ありがとうございます……でも、
☆ヴィンセント:そうでないと困る。
……だからこそ、俺を殺したければ確実に殺すんだ。
0:二人が微かに動く気配。距離を測っている。
△エレナ:一つだけ約束していただけませんか?
☆ヴィンセント:何だ?
△エレナ:もし……もし、私が負けた時……
美しいものを見ることを忘れないでください。
☆ヴィンセント:……約束しよう。君は?
△エレナ:私が勝ったとしても……今日の会話を忘れません。
あなたと過ごした時間は、私のかけがえのない宝物です。
☆ヴィンセント:(※小声で)本当に美しい心を持っている……実に惜しいな……
△エレナ:なにか?
☆ヴィンセント:いや、なんでもない。
――ひとつ、頼みたい事があるんだが……いいか?
△エレナ:どうしました?
☆ヴィンセント:この場所で戦うのは適切ではない。
△エレナ:なぜ?
☆ヴィンセント:美術品を傷つけてしまう可能性が高い。
ここは、あまりにも物が多すぎる。
△エレナ:……確かに。では、どこで?
☆ヴィンセント:中央のホールはどうだ?
天井が高い上に、展示されている作品数も少ない上に、
周りに貴重な作品もない。
△エレナ:良いアイディアですね。流石です。
0:二人が展示室を出て、中央ホールへと向かう足音。
☆ヴィンセント(M):――「良いアイディアですね」、か。
普通の殺し屋ならば、そんなことは気にしない。
あぁ……本当に……
0:中央ホールに到着。広い空間に足音が響く。
△エレナ:ここなら大丈夫そうですね。
☆ヴィンセント:あぁ……では、始めよう。
0:二人がバッグや上着に手をかける音。
△エレナ:【
☆ヴィンセント:何をだ?
△エレナ:お名前です。私は知りたいんです。
偽名ではなく、本当のお名前を。
☆ヴィンセント:……何故、それを知る?
△エレナ:あなたを殺すなら、せめて本当の名前を知っておきたい。
そして、その名前を心に刻みたいんです。
☆ヴィンセント:――ヴィンセント・グレイだ。
△エレナ:ヴィンセントは偽名ではなかったのですね。
そうでしたか……では、私も。
アイリス・ローズが本名です。
☆ヴィンセント:アイリスか……美しい名前だ。
△エレナ:ありがとうございます……ミスター・グレイ。
0:二人が武器を取り出す音。金属音がホールに響く。
☆ヴィンセント:
△エレナ:はい。ワルサーP99。
軽くて扱いやすいのでお気に入りなんです。
そちらは?
☆ヴィンセント:H&K USPコンパクト。信頼性が高い。
△エレナ:いい選択ですね。実に、プロらしい。
☆ヴィンセント:君もだ。ワルサーは女性の手にもよく
△エレナ:ええ。もう10年以上の付き合いです。
手入れも欠かしません。
☆ヴィンセント:武器への
命を預ける
△エレナ:どれくらいの付き合いなのですか?
☆ヴィンセント:15年になる。これまで俺を裏切ったことはない。
△エレナ:でも……ここで銃声が響けば、警備員が来ませんか?
☆ヴィンセント:安心しろ、サイレンサーが備わっている。
アイリス、君もだろ?
△エレナ:はい、特注のものを使っています。
☆ヴィンセント:音の消し方で、その人の技術が分かる。
△エレナ:えぇ、楽しみですね。
お互いの腕前を確かめ合えるなんて。
☆ヴィンセント:アイリス……君と出会えて光栄だった。
△エレナ:私もです。
0:二人が向き合い、銃を構える音。
☆ヴィンセント(M):美しい女性だ……最後まで。
だが、これで終わりだ。
――さらばだ、アイリス・ローズ。
△エレナ(M):素晴らしい人でした……もう少し早く出会えていたら……
でも、これが〝私たち〟の運命。
さようなら……ヴィンセント・グレイ。
0:重い静寂。二人の銃が向き合っている。時計の音だけが響く。
館内放送「閉館時間となりました。本日はご来館いただき、
ありがとうございました。」
【Ⅵ】
0:深い静寂の中、二人の心拍音だけが響く。
時計の針の音が緊張を高める。
△エレナ:3つ、数えましょう。
☆ヴィンセント:いいだろう。
☆ヴィンセント / △エレナ:3......
0:二人の呼吸が深くなる。
☆ヴィンセント / △エレナ:2......
0:微かな衣擦れの音。二人が構えを調整している。
☆ヴィンセント / △エレナ:1.....!
0:瞬間的な静寂の後、二人が同時に動く音。
足音、銃声(サイレンサー付きのため低い音)。
☆ヴィンセント(M): 速い……! 想像以上だな、
0:エレナの銃弾がヴィンセントのいた場所を掠める。
△エレナ(M):外した……! でも、予想通りの反応速度!
0: 二人が柱の陰に隠れ、足音が止まる。
☆ヴィンセント:見事な腕前だ。
あと数センチずれていたら死んでいた。
△エレナ:お褒めの言葉、ありがとうございます。
でも、次は外しません。
☆ヴィンセント:それはこちらの台詞だ。
0:ヴィンセントが柱から身を乗り出し、銃声が鳴り響く。
エレナが素早く移動する。
△エレナ:そんなに簡単にはいきませんよ!
☆ヴィンセント(M):動きが読みにくいな。
まるで影のように軽やか……相当な腕前だ。
△エレナ:そこ!
☆ヴィンセント:っつ!
0:エレナが別の角度から撃つ。
ヴィンセントが転がって回避する。
☆ヴィンセント:素晴らしい身のこなしだ。
やれやれ、
△エレナ:そう言いますが、まだ
☆ヴィンセント:そうかい。
0:ヴィンセントが立ち上がり、連続で3発撃つ。
エレナが華麗に回避する。
△エレナ(M):
でも、
0:エレナが上の階へと階段に移動する。
☆ヴィンセント:上へ逃げるつもりか?
△エレナ:いいえ、戦術です。
0:後に、ヴィンセントが追いかける。
☆ヴィンセント(M):高所から狙い撃つつもりか……?
いや、それならば提案に乗るはずがない。
上の階は……なるほどな。
0:2階の展示室。エレナの足音が止まる。
△エレナ:――2階まで来ました。
ここなら、より面白い戦いができそうですね。
0:ヴィンセントが2階に到着。慎重な足音。
☆ヴィンセント:確かに……だが、ここは絵画がある。
△エレナ:えぇ、そうです。
でも、私は美術品を傷つけるつもりはありません。
☆ヴィンセント:それを聞けて、安心したよ。
0:二人が展示ケースの間を移動する音。
猫と鼠のような追いかけっこ。
△エレナ:ミスター・グレイ、質問があります。
☆ヴィンセント:やれやれ、俺もヒトの事は言えたもんじゃないが
戦闘中にも関わらず、
△エレナ:今だからこそです、
――あなたは本当に私を殺せますか?
0:ヴィンセントの足音が一瞬止まる。
△エレナ(M):足が止まった……!
☆ヴィンセント:どういう意味だ?
△エレナ:私は、ここにある作品を傷つけるつもりはありません。
ですが、あなたは私を殺すことで、美術品を傷つける
危険を冒せますか?
☆ヴィンセント:確かに君の頭を銃弾で貫いたとしても、
君の血が作品に降りかかることになるだろうな。
0:エレナが射撃。ヴィンセントが展示ケースの陰に隠れる。
☆ヴィンセント:まったく……話が終わる前に
君は俺の弱点を
△エレナ:弱点とは言いません、あなたの美学です。
☆ヴィンセント:物は良いようだな。
0:ヴィンセントが反撃。しかし、明らかに慎重な射撃。
△エレナ(M):やはり……彼は美術品を傷つけることを恐れている。
これなら私の方が有利に戦える!
☆ヴィンセント:…………。
△エレナ:どうしました?
先程とは違って、迷いが見えますよ。
☆ヴィンセント:……そうだな。
君の読みは正しい。
△エレナ:では、降参していただけませんか?
☆ヴィンセント:それは出来ない。
△エレナ:では、どうされるおつもりですか?
☆ヴィンセント:君の読みは正しかった。
俺は美術品を傷つけたくない。
△エレナ:それなら――
☆ヴィンセント:だが、
0:ヴィンセントが発射する音。小さく、鈍い音。
△エレナ(M):うそっ……撃った……!?
ここに来て、自らの美学を本当に……?
0:その場で倒れこむエレナ。全身が脱力していく感覚が。
△エレナ(M):――あれ?
おかしい……血が出ていない……
痛みもない……でも、体に力が入らない……
まさか……!
☆ヴィンセント:気が付いたか、
安心しろ、死ぬことはない。
△エレナ:
☆ヴィンセント:最初からだよ。
△エレナ:えっ……?
☆ヴィンセント:君が美術品を盾にするだろうと読んでいた。
△エレナ:そんな……完全に……読まれていたの……?
☆ヴィンセント:だが、こちらもヒヤヒヤしたものだ。
君のような、
いくらサイレンサーをつけているとは言え、銃声音は違う。
――アドバンテージをとれたことに、観察を
0:麻酔が聴いてきて、エレナの意識が朦朧としてくれる。
△エレナ:完敗ですね。
(※溜息をついた後に)もう……疲れました……
☆ヴィンセント:…………。
△エレナ:ずっと演じ続けて、戦い続けて……その繰り返し……
もう、疲れてしまいました……
今回で、これ以上続ける意味がわからなくなりました……
☆ヴィンセント:アイリス……
△エレナ:あなたと過ごした時間……ほんのわずかなの間でしたけど……
あまりにも美して……だから、こんな終わり方を……
するのが悲しいんです……
0:ヴィンセントがエレナに近付き、膝をつく。
☆ヴィンセント(M):気を失ったか……本当に最後まで……
こんな結末になるとは思わなかったな。
0:気を失ったエレナを抱きかかえ、休憩と鑑賞のために
置かれているソファに横にさせる。
☆ヴィンセント:聞こえていないと思うが……今日の対話は心から楽しかった。
ありがとう、礼を言う。
……もう二度と会うことはないだろう。
だから、最後の言葉として――
【Ⅶ】
0:ヴィンセントの足音が完全に遠ざかった後の静寂。
エレナが残されていた。
△エレナ:私は……生きて、るの……?
0:麻酔の効果が和らいだことで、寝ていた身体を起こす。
△エレナ(M):ひとりになってしまった……
最後に祝福とも、呪いとも言えてしまう言葉を残して、
本当に去ってしまった……
0:遠くで警備員の足音が近づいてくる。
△エレナ(M):この足音は……警備員が来る……
手には
このままだと、通報されるでしょうね。
…… それで私の正体がバレて、秘密保持のために
誰かが
0:エレナが小さなカプセルを取り出す。
△エレナ:この毒薬を飲めば、全て終わる。
痛みもなく、苦痛もなく……ただ、眠るように……
0:カプセルを握る。
△エレナ(M):でも……あの人との会話を思い出すと……
あの絵画について語り合ったとき、
美しいものを見ることの喜びについて話したとき
……私は確かに生きていることを実感した。
彼は美術品を傷つけることを恐れ、美しいものへの敬意を示した。
そんな彼から学んだことがある。
0:カプセルを見つめながら、手の中で転がせる。
△エレナ(M):生きることは...痛みを伴う。
孤独で、危険で、時には絶望的。
でも、美しいものに出会う可能性も秘めている。
今日のように……予想もしなかった出会いがあるかもしれない。
0:警備員の足音がすぐ近くに。
△エレナ(M):時間がない……決めなければ。
死ぬか、生きるか。
楽な道を選ぶか、困難でも可能性のある道を選ぶか。
0:長い静寂。エレナはカプセルを握る。
△エレナ(M):ヴィンセント……あなたは私に教えてくれた。
絶望の中にも美が存在することを。
0:複数の足音が近づく。警備員と救急隊員。
△エレナ(M):これからどうなるかは分からない。
……でも、今日この美術館で体験したことは
誰にも奪えない私の宝物。
△エレナ:――どんな結末でも……今日のことは忘れない。
もう二度と会うことはないかもしれない。
でも、あなたとの時間は私を変えた。
どこかで聞いているかもしれないから言わせてください。
――ありがとう。
(interval)
△ニュースキャスター:――続いてのニュースです。
昨夜、実業家のロバート・ハミルトン氏が
自宅マンション内にて遺体で発見されました。
死因は銃による射殺とみられ、現場からは
警察は慎重に捜査を進めていますが、
関係者によると、有力な手がかりはなく、
既に迷宮入りが確実視されています。
(interval)
☆ヴィンセント:――アイリス、自由に生きてくれ。
美しいものを見ながら。
(END)
【声劇台本】『静寂の画廊』 浅沼まど @Mado_Asanuma
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます