終わり
***
「また、変なことに首を突っ込みましたね……」
警察からの質問攻めを受けた後、外に出るとあたりはもう暗かったが両親役の男女は仕事がまだ終わっていないらしく朔也を迎えに来たのは師事した男であった。
男は亜麻色の長い髪をかき上げてため息を付く。
あの後、警察と救急車が来て男たちは坐禅を組んだ格好のまま市内の病院へ運ばれていった。駐在所で行われた取り調べでは「昔話を調べるために郷土資料の棚に入ったら全裸の男が二人座っていた」と嘘の証言をした。どうせ本当のことを言っても誰も信じやしないからだ。
男たちの素性と事情を調べその後の処遇を決めるのは警察と役所で朔也と羽沼はもう大丈夫だよと大人たちに慰められた。
「セックスしないと出れない部屋で男同士で5億年……ねぇ……――――」
「信じられないかもしれないけど、本当なんだよ……」
朔也は怪奇現象が関わる事件の解決を生業とする師匠に対して本当のことを話した。
流石に突拍子もないことなので、師匠は整った顔に訝しげな表情浮かべながら少年を見下ろす。
「俄には信じがたいですが……君が言うのなら本当なのでしょう。」
「信じてくれるんだ。」
「当然です。師匠ですからね。私だけは何があっても君の眼と言葉を信じますよ……――――日吉少年は?」
「あそこ。」
指を指した先で羽沼は自販機で買ったオレンジジュースを一気飲みしていた。
師匠はその様子を眺め「呑気なものだ……」と呟きながらやれやれと肩を落とす。
「しかし少年、君の判断は正しい。山に捨て置いていたらもっと大騒ぎになっていたでしょうね。」
師匠は朔也の肩を抱くと顔を覗き込む。
近い距離で視線があうと、翡翠色の目を細めてふわりと微笑んだ。
「ほんとに?」
「ええ。よく創作物で『殺した遺体を山に埋める』という描写があるでしょう?あれは結構な確率でバレますからね。」
「そうなの?ってか遺体じゃないよ、殺してないし生きてるよ。」
「見殺しにするんですから同じようなものです。」
いいですか?と師匠は続ける。
「うんと山奥に捨てたとしても死体を持ち運べる距離ならうっかり登山者も入り込めるでしょう。海も駄目です。すぐ上がりますよ。身元不明の争った形跡のない全裸遺体であっても、もし君の髪の毛が1本でも付着していれば警察は事件性を疑います。貴方が想像するよりずっと優秀な組織ですからね。見つかってなんと言い訳するつもりですか?」
「それは……」
「生きてる内に引き渡す、今回はそれが正解です……――――遺体はおしゃべりですからね。何処に捨てようが必ず人をおびき出してべらべらと語る。」
「うーん……」
「それでもあの二人を機密裏に処分したかったら燃やす一択です。火葬装置を作って燃やして骨を砕いて地下の骨壺に入れて保管する。これが一番バレなかった。」
「詳しいですね?さすが先生。なんていう本ですか?」
「あっ……ええ、なんだったかなー……漫画だったような思い出が……」
師匠はこほん咳払いをして朔也から離れる。その額は少々汗ばんでいた。
「ともかく、警察は優秀です。あとはなんとでも処理してくれますよ。少年、君が心配する事はもう何もありませんよ。」
「そうかな……でも……」
「通報という責任を果たしたでしょう?十分です……――――所で君たちはまだ夕ご飯を食べていないでしょう?帰りに寄りましょうか、何が食べたいですか?」
駐在所から朔也の家まで飲食店などないが、どうやら遠回して連れて行ってくれるらしい。
「ありがとうございます。えーっとじゃあ、尾道ラーメン。」
「ふむ……ラーメン専門店はこの時間はどこも閉まってますね……ファミレスか居酒屋になりますよ?」
「うん、いいよ。」
「日吉少年を呼んでらっしゃい」と師匠は車の鍵を取り出す。
促されるまま朔也は羽沼の元に駆け寄った。
街頭に照らされた自販機の下で羽沼は小銭が落ちていないか地面にへばり付いて探している。
「羽沼、先生が飯奢ってくれるって。」
「まことか!」
顔を上げた羽沼の頬に付いた小石と土くれがパラパラと制服の黒いスラックスの上に落ちる。
羽沼は起き上がるとうーんと大きく背伸びをした。
「あなや、感謝いたす。是非ご相伴に預かるとしよう。」
「俺がラーメン食いたいって言ったからファミレスか居酒屋だって。」
「ラーメン……うーむ、重労働の後だ。折角なら高いものを強請りたいが……」
「遠慮しろよ。」
「あれは無駄に金回りがいい。たかるぐらいが丁度良かろうよ。」
車に向かう途中、そう言えばと羽沼は思い出したように話題を変える。
「あの部屋についてなのだが……」
「セックスしないと出れない部屋?もう壊したんだろ?まだあるのかよ……」
「否、そういう話ではない……――――朔也よ、少々面白い事がわかったぞ。」
羽沼は先程師匠がしたように朔也の肩を抱き込む。
顔がくっつきそうなほど近づけて耳元で内緒話をするような小さな声で囁いた。
「――――あの部屋、鍵が開いておった。」
朔也が目を見開くと、その真っ黒い瞳を見つめながら羽沼はその猿顔から一切の表情を消して真顔のまま続ける。
「え。」
「条件を満たしておったのだよ。どちらかが子を孕んだら外に出るという、な。」
「男同士だよ?」
羽沼は意図せぬ言葉に驚き慌てて離れようとする朔也の肩をぐっと抑え込んで自身の方へと引き寄せる。
そして感情を一切宿さないままニヤリと口元を釣り上げた。
「幾年前かわからぬが……――――信じられぬだろう。だが、事実だ。」
「んな馬鹿な……――――壊れてたんじゃない?1000年も放置してたんなら……」
「否!否!拙僧のセックス部屋は神の叡智を集結した神秘の結晶ぞ。たとえ核戦争が起きようが世界が崩壊しようが宇宙が一巡しようが子を宿さぬ限りびくともせぬわ。」
「でも……でもさあッ……!」
朔也は中で流れた時間を思い出す。
外で1000年、中で5億年。
途方もなく長い年月。
人間は可能性の塊だ。
時を止め全ての常識が通用しないあの部屋であっても、人間が進化しないとは限らない。
「あの部屋を出ぬ限り、部屋は時間は止まり機能し続ける。あの細身……兄の方だな、腹に傷があっただろう?」
朔也は記憶から細身の男の外見を引っ張り出す。
確かに腹に一文字大きな傷があった。
「外から裂いたか中から開いたか、わからんがあれは閉じ込められた後で来た傷だ。拙僧が捕まえたときにはあんなものはなかった。」
「でも互いに傷はつけれないんだろ?」
「それはどれほど致命傷を相手に付けたとしてもすぐに治癒すると言う話だ。」
「じゃ、じゃあ……」
「布団の上で衣類になにか包まった形跡があった。そこからなにかが這いずって外へ出た跡もな。」
朔也は絶句する。
床についていたあの染みは……――――――
「あの部屋に入れば仕組みは即座に頭に流れ込む……――――いつでも外に出れたのだ、あやつらがそれが理解できずはずがない。あの二人は全て解っておった。解っていてあの部屋に留まったのだ。」
仏像のように微動だにしなかった二人。
5億年と言う年月の果てに、悟りの境地にたどり着いた兄弟。
外に出る条件を満たした後、あえてあの部屋に留まることを選んだ。
――――孕んで産まれた何かが外に出るのを見届けて。
「一体、何が産まれたのだろうなあ?」
羽沼が笑う。
ありえない着床で得た生命。
果たしてそれは人の子だったのだろうか。
――――もしかしたら、あの二人はそれが外にいるから出るのを拒んだのではないのか…………――――
「二人共何をしているのです?」
早くいらっしゃい、と師匠が運転席から二人を呼ぶ。
羽沼は朔也はから身を離し「ゴチになります!」と礼をいって車に向かう。
朔也はそれを追おうとして1度足を止め病院の方角を見る。
これから先のあの二人の行く末を知ることは恐らく無いだろう。
今のところ不審者の第一発見者ということになっている。
大人たちは秘匿するだろう。
――――自分も、誰か男同士で閉じ込められたら、5億年の果ての涅槃にて何かを孕むのだろうか……
いや、恐らく1時間もしない内に晦や師匠がすっ飛んでくるのだろう。
だがもし、誰かと……
「おーい」と呼ばれ朔也は我に返る。
頭を軽く降って余計な思考を振り落とすと鞄を持ち直して師匠の車へ向かう。
後ろから、赤子の笑う声を確かに聞いた。
涅槃より孵る 絶山蝶子 @vortex_july
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