第5話 誰にも言えないこと

 後日、有希から連絡があった。

 有希の知り合いに、心霊現象に詳しい人がいるらしく、その人に尋ねてくれたらしい。


 あの旅館で起こった事件は、私が夢で見た通りの内容だったという。

 別れ話を切り出されることを恐れた女は、男を殺害し、自ら命を絶ったという。無理心中だった。 

  

「あの部屋に泊まって、心霊現象に合う人は多いらしい。でもって。芙美ちゃんは、多分その幽霊と波長とか波動が合ったんだろうって」


 波長とか波動というスピリチュアルな話は、正直よく分からない。だが、そんなものと「」なんて、嬉しくはないと思った。


 あと、居室の間取りの疑問、洗面所が狭いなど水回りのスぺ-スの真相についても教えてもらった。

 事件の後、旅館側は何度もリフォームしたという。それでも心霊現象がおさまらないので浴室には入らないように、という意味であのような間取りになってしまったらしい。

 

 有希は旅館にクレームをいれていた。事故部屋だと分かって、宿泊者を泊まらせるのはいかがなものか、と何度もメールしたらしい。

 旅館側の回答は、『すべての宿泊者に心霊現象が起こるわけではない』と。しかし、今後はもう部屋の使用を中止するということだった。

 

 ——すべての宿泊者に心霊現象がおこるわけではないのか。

 

 ***


 大学を卒業した私は、大手食品メーカーに就職した。


 私は母子家庭で育ったこともあり、年上の男性に憧れる傾向があった。交際する男性は、自分よりふた回り以上離れた年齢の人ばかりだった。

 そういう人は既婚者であることが多かった。

 

 有希には内緒にしていたが、学生時代、有希とあの旅館に泊まっていた時も、私は既婚者と付き合っていた。

 「不倫」と呼ばれる関係は、親友にも隠さなければならない。知られたら友人は一斉に私から離れていく。共感してくれる人は誰もいないのだ。

 

 そして年を重ねていくうちに、交際相手の目に私は「結婚相手」として映らないことがはっきりしてきた。

 皆、必ず家庭に戻っていく。

 不倫なのだから当然だ。——それが辛くなってきた。

  

 現在、私は会社の上司と交際している。最近、彼の妻に子供ができたらしい。そして彼は私と別れたがっている。

 別れ話をされる前に、無理矢理にでも旅行に誘おう。

 

  

 睡眠薬と剃刀を用意した時、ふと『旅館の女』のことを思い出した。

  

 

 了

 

 

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旅館の女 山野小雪 @touri2005

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