第4話 訪れた朝

 「芙美ふみちゃん、ねぇ、起きて!」


 どこかで自分の名前を呼ぶ声がして、目を開けると、心配そうな有希がそこにいた。

 

 朝が来た。助かった。すべて夢だったんだ。

 私が布団から起き上がると、有希は胸を撫でおろしたようだった。


「よかったぁ、芙美ちゃん中々起きないから心配したよ」


 全身は汗でぐっしょりと濡れていた。


「……昨日、有希だって、ご飯の途中で眠りだしたんだけど? 覚えてないよね」

「あっ、そうみたいだよね。ごめん! なんかご飯食べていたら急に眠たくなっちゃって。薬でも盛られたかと思うくらいだった」


――あれは本当に夢でいいのか。もしかしてこの部屋で過去に起こった事件ではないのか?


「あのさ、実は……」

「どうしたの?」

 

 私は途中まで言いかけた言葉を飲み込んだ。

 夢の話を信じてもらえるかという疑問よりも、口にするのが恐ろしい気がしたからだ。一度口にしたら、もうこの部屋にはとどまれない。

 この部屋を出る直前か、出てから有希に話そうと決めた。


 チェックアウトは十時。

 予定よりも早く身支度ができた。部屋を出る直前に、この部屋で起こったことを、全部話してみた。

 部屋に入った時の違和感、浴室での奇妙な出来事、金縛り、奇妙な夢の内容。


 話していくうちに、有希の顔がどんどん青ざめていった。


「ごめん、私が寝ている横で芙美ちゃんが金縛りになっていたなんて。私も昨日からこの部屋は、なんかおかしいなとは思っていたんだけど」

「有希のせいじゃないよ」

「ちょっと待ってて、こういうのって――」

 

 そう言うと、有希は押入れに顔を突っ込んだ。布団がまだ片づけられていないため、押し入れの奥まで入り込んで――慌てて出てきた。


「芙美ちゃん、早く帰ろう!」

「えっ、まだ時間あるよ」

「早く! 急いで!」


フロントでチェックアウトをして慌ただしく旅館を後にした。

旅館からかなり離れた場所にあるバス停まで来た時、有希がやっと口を開いた。


「芙美ちゃん、あの部屋ね、かなりマズイよ」

「マズイって?」

「押入れの中にお札がベタベタ貼られてた。ものすごい数だった。あれ見たとたん、怖くなってもう部屋にいられないって思った」


 やはり、と思った。


「多分、芙美ちゃんが見た夢は、なんだと思う。きっと浴室で無理心中した男女がいたんだよ。調べておくよ。知り合いにそういうの詳しい人いるから」


 過去にあの部屋では本当に事件が起こったのかもしれない。あの夢は、それほどまでにリアルだった。まるで映画を見ているような感覚だった。


「私、霊感なんてないのに、あんなもの見たんだろ? 有希は何も見てないよね」

「うん、私は見てないな。夕食の時に眠らされたくらいかな」


 今まで心霊体験なんてしたことがない、霊能力なんてないし、そもそもそんなことは信じてもいなかったからだ。

 

「多分、芙美ちゃんとその幽霊は、とかみたいなものが合ったんだと思うよ?」


 そういうものなのか。


「値段の割にいい部屋だったしね、なんかあるって一番最初に疑問持つべきだったかな」

 

 そう言うと有希が大きく頷いた。


「それは思った。私も安い料金でこんないい部屋泊めてもらえるの、って不思議だったから」

「幽霊が出る部屋だから安いわけか」


 なるほど納得かもしれない。しかしこんな風に、旅の思い出を壊されるのは困る。

 

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