第3話 夢の中
――ここはどこだろう。
部屋には電気が点いていて明るかった。
私は、自分たちの泊まっているこの和室を、どこからか見渡している。しかし部屋には布団も敷いてなく、有希の姿もない。
夢でも見ているのだろうか。
先ほどまで私は部屋で寝ていた。浴室の扉が開き――その後の記憶はない。
今、私の意識だけが部屋の中に漂っている感じだ。
――男女の姿があった。
二人とも知らない顔だ。テーブルを挟んで夕食を食べていた。
一人は若い女性で、もう一人は恰幅の良い男性だ。二人ともこの旅館の浴衣を着ていた。
楽しく談笑していたと思っていたら、男の体が急に前のめりになってテーブルに突っ伏したのだ。
女は少し嬉しそうな表情で、「薬が効いた」と呟いた。
――『私知っていたんだよ、今夜ここで別れ話出すつもりだったんでしょ?』
――『奥さんとの間にどうして子どもができるのよ』
――『そんなの許さない』
女は一瞬、笑った。
――『私だけが会社辞めて、あなただけが日常に戻るなんて許せない』
――『だからここで心中しましょう』
女の姿が浴室に消えた。
力強い水音が聞こえた。
どうやらお湯を張り、入浴の準備をしているようだ。
――『お風呂に行こうか、歩ける?』
男が飲まされたのは睡眠薬かなにかだろう。酩酊状態なのか。私はテーブルの上の酒瓶を見やった。
女は男の腕を引きながら、浴室へと歩かせた。浴衣姿のまま湯船に入れられた男は、意識があるのかどうかわからないが、まだ生きている。
――『一緒に天国に行こうね』
女は小さな皮のポーチの中から剃刀を取り出した。刃が銀色に鈍く光った。
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