最終日 帳の終焉  〜光と封印〜

在庫/三十九日目


・水:1.0L

・食:海藻 微量

・塩:微量

・火:なし

・記録具:ペン 使用可


所感:

今日も在庫を書き留める。

震える指で。崩れる声で。

歩けぬ足を引きずりながら、それでも帳を埋めようとする。


しかし――


帳の文字が揺らぐ。

黒い染みが広がり、かすれ、見知らぬ文字が浮かぶ。


「代償」

「請求」


……これは、私の命そのもの。


それでも書こうとする。

書かねば消える。

書かねば私が、私でなくなる。


光が差した。

帳を照らす。

温かいのか冷たいのか、わからない。


声がする。

――もう全部忘れていいんだよ。

――さあ、進むんだ。


帳が勝手に開き、ページが燃えるように輝く。

炎ではない。光そのものに包まれている。


「待て! これは私の記録だ!」

叫ぶ声は光に呑まれ、ペンは滑り落ち、文字は封じられていく。


帳が閉じられる。

固く、もう二度と開けぬように。

最後に残ったのは、ひとつの「〇」だけだった。


影が揺らぎ、潮の人が白光に浮かぶ。

彼女は無言で「〇」を描く。

「一緒には行けない」と首を振るように。


私は涙で霞む視界の中、震える指で「〇」を返す。

形は歪み、線は震えたが、確かに〇だった。

潮の人は微笑み、波に呑まれるようにその姿を溶かしていく。

残されたのは、ひとつの印だけ。


〇。


光が一層強くなる。

足元の砂が消え、影が消え、音が消える。

残るのは囁きと、私自身の震えだけ。


「まだ……!」

叫ぶ。

「まだ終わっていない!」


だが声は光に呑まれる。

帳は閉じられたまま、永遠に開かぬよう封じられている。


最後に残るのは…〇だけ。


狂気に残ることもできた。

死の静寂に沈むこともできた。

けれど私は、歩くことを選んだ。


これは終わりではない。

…始まりへ至る物語だ。


眩い光の中で、私は次の一歩を踏み出した。



************

『星図』は完結しました。

……が、これはプロローグにすぎません。

プロローグに 53,325文字 を費やす、史上稀に見る問題作です。

本当の物語は次作『ただ神』から始まります。

(既に書き終えていますので、気分がのった時に順次公開していきます)


最後までご覧いただき、本当にありがとうございました!

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星図の狂う浜の帳簿 〜漂流先は無人島ではなく、毎晩ずれる島でした〜 kuro @azoa

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