裏モテJKと二人の王子様

最悪な贈り物@萌えを求めて勉強中

教室の隅のお姫様

花澤恋白は、高校に入学して半年が経っても、教室の隅で本を読む生活を送っていた。誰かと話すのが苦手なわけではない。ただ、どうにも言葉が出てこない。人見知りというには少し重く、ネガティブというにはそこまで深くも考えていない。ただ、人と関わるというエネルギー消費量が、他の人より少しだけ多いだけだ。


「花澤さん、今日の放課後って空いてる?」


突如、目の前に現れたのは、クラスで一番モテる女子、小野日向だった。太陽のように明るく、笑顔がまぶしい彼女は、恋白とは真反対の存在。そんな日向が、なぜ自分に話しかけてくるのか、恋白には皆目見当がつかなかった。


「……えっと、特に予定はないけど……」

「やった! 実はさ、この前借りた本、返しに来たんだ。ついでに、ちょっとお茶でもどうかなって」


日向が手に持っていたのは、恋白が先週貸したミステリー小説。まさか、クラスのヒエラルキーの頂点に立つ彼女が、自分に本を借りに来るとは思ってもみなかった。


「……いいけど、なんで私と……?」

「えー、だって花澤さん、本の話になると目がキラキラするんだもん。見てて楽しいし、もっと話してみたいなって思って」


日向の言葉に、恋白は戸惑った。彼女の言葉に嘘偽りはないように見えた。その日の放課後、二人は学校近くのカフェで、本の話に花を咲かせた。日向は、恋白が持つ本の知識に驚き、目を輝かせながら聞いていた。


「花澤さんって、本当はすごく面白い人なんだね! なんか、話しかけにくいオーラ出してたから、ちょっと勇気出したんだけど、話してみたら全然違った」


日向の言葉に、恋白は少しだけ心が軽くなった。彼女は、自分を「話しかけにくい」と認識していたことを素直に口にした。そして、その先にある「本当の自分」を見ようとしてくれた。


この日を境に、日向は何かと恋白に話しかけるようになった。恋白も、日向と話すことに少しずつ慣れていき、笑顔を見せることも増えた。


その変化に、最初に気づいたのは、矢澤柊だった。彼は、入学当初から恋白に話しかけ続けている、人懐っこい犬のような男の子だ。


「花澤さん、おはよう! 今日もいい天気だね!」

「……うん、そうだね」


柊は、恋白がどんなに素っ気ない返事をしても、めげることなく話しかけ続けた。しかし、最近の恋白は、ほんの少しだけ、柊の言葉に反応するようになった。


「花澤さん、なんか最近、楽しそうだね!」

「……そうかな」

「うん! なんか、前より笑ってる気がする! 俺、嬉しいな!」


柊は、本当に嬉しそうに笑った。その笑顔に、恋白は少しだけ心が温かくなった。柊は、いつも恋白の気持ちを尊重してくれた。話したくなさそうなら、それ以上は踏み込まない。ただ、毎日、変わらずに話しかけてくれる。そのことが、恋白にとっては心地よかった。


しかし、そんな日常に、新たな波風が立った。その中心にいたのは、目黒瀬名だった。彼は、サッカー部のエースで、身長も高く、クールな容姿から「王子様」と呼ばれていた。女子からの人気は絶大で、日向と並んで、いや、それ以上に学校中の注目を集めていた。


ある日の昼休み、恋白がいつものように本を読んでいると、その本がひらりと床に落ちた。拾おうと手を伸ばすと、それより先に、長い指がその本を拾い上げた。


顔を上げると、そこに立っていたのは目黒瀬名だった。


「これ、お前の?」


その声は、驚くほど低く、優しい響きだった。恋白は、彼が自分に話しかけていることに、一瞬思考が停止した。


「……はい、そうです」

「そうか。……大事にしろよ」


そう言って、彼は本を恋白に手渡すと、すぐに去っていった。その一連の出来事に、周囲の女子たちがざわめいた。


「え、今、目黒くんが花澤さんに話しかけてたよね?」

「なんで? 接点なんてないはずなのに……」


恋白は、周囲の視線に耐えられなくなり、顔を伏せた。しかし、なぜか胸の鼓動が早くなっていた。


翌日、恋白はいつものように本を読んでいた。すると、再び瀬名が教室の隅にやってきた。


「よ」


彼は、恋白の向かい側の席に座ると、何をするでもなく、ただそこにいた。恋白は戸惑い、視線を本に落とした。しかし、どうにも集中できない。


「……何か、用ですか?」


意を決して尋ねると、瀬名は少し驚いた顔をした。


「いや、別に。……話しかけてもいいか?」

「……はい」


瀬名が、恋白に話しかけるようになった。それは、柊のように毎日というわけではないが、放課後や昼休み、彼は恋白の元を訪れた。そして、ただ静かに隣に座ってくれたり、時折、ぽつりぽつりと話しかけてきた。


「お前、その本、面白いのか?」

「……はい、面白いです」

「そうか。……今度、俺にもおすすめ教えてくれよ」


瀬名の言葉は、いつも真っ直ぐで、そしてどこか不器用だった。彼は、恋白を無理に明るくさせようとはしなかった。ただ、彼女のペースに合わせてくれた。


そんな瀬名の優しさに触れるうちに、恋白は彼に惹かれていった。彼は、見た目通りの「王子様」ではない。少し言葉足らずで、クールに見えるけど、その奥には温かさがあった。


しかし、そんな状況を、柊は複雑な心境で見つめていた。


「……花澤さん、最近、目黒くんと仲良いんだね」

「……うん、少しだけ」


柊は、いつものように明るい笑顔を見せたが、その目は少しだけ寂しそうだった。


「俺、負けちゃうかなぁ……」

「……え?」

「いや、なんでもない! 花澤さん、今日も可愛いね!」


柊は、いつもの調子に戻って、恋白の頭をくしゃくしゃと撫でた。しかし、その手は、少しだけ震えていた。柊は、恋白のことが好きだった。しかし、彼の持ち前の優しさが、恋白に告白することを躊躇させていた。


ある日の放課後、恋白は日向に呼び出された。


「花澤さん、正直に答えてほしいんだけど……。目黒くんのこと、どう思ってる?」


日向の言葉に、恋白はドキリとした。


「……どうって、別に……」

「嘘。だって、花澤さん、目黒くんと話してるとき、すごい楽しそうなんだもん。それに、顔もちょっと赤くなってたよ」


日向は、まるで全てを見透かしているかのように、にこりと笑った。


「目黒くんさ、ずっと花澤さんのこと、気になってたみたいだよ。入学式のときから、教室の隅で本読んでる花澤さんのこと、ずっと見てたって言ってた」


日向の言葉に、恋白は驚いた。瀬名が、自分をそんな前から見ていたなんて、思いもしなかった。


「……それって、本当……?」

「本当だよ。それにね、柊くんも、花澤さんのこと、ずっと好きだったんだよ」


日向の言葉に、恋白はさらに驚いた。柊が自分に好意を抱いていることは、薄々感じていた。しかし、まさか日向から聞かされるとは。


「花澤さん、どっちか選ばなきゃいけないってわけじゃないけど、自分の気持ちに正直になってほしいな。どっちといるときが、一番楽しい? 一番、素の自分でいられる?」


日向は、そう言って、恋白の肩を優しく叩いた。


その夜、恋白は眠れなかった。日向の言葉が、頭の中で何度も反芻される。


『どっちといるときが、一番、素の自分でいられる?』


柊といるとき、恋白は心が軽くなった。彼の太陽のような笑顔に、自分の暗い部分が照らされるような気がした。


瀬名といるとき、恋白は心地よかった。彼の静かな優しさに、自分の人見知りな部分が受け入れられているような気がした。


どちらも、恋白にとっては大切な存在だった。しかし、恋は、一人しか選べない。


次の日の昼休み、恋白は屋上に向かった。そこには、いつものように一人でいる瀬名がいた。彼は、空を見上げていた。その横顔は、いつも以上に寂しそうに見えた。


「……目黒くん」


恋白が声をかけると、瀬名は驚いた顔をして振り返った。


「お前……」


瀬名の口調が、少しだけ荒くなった。それは、彼が心を開いている証拠だと、恋白は知っていた。


「……どうした?」


瀬名は、少しだけ焦ったように、そして嬉しそうに言った。


「……あの、聞きたいことがあって」

「……聞けよ」


恋白は、意を決して尋ねた。


「……どうして、私に話しかけてくれたんですか?」


瀬名は、少しの間沈黙した。そして、まっすぐに恋白の目を見て言った。


「……お前、いつも一人で本読んでたから、なんか、放っておけなかった」

「……」

「それに……、お前の笑った顔、俺は好きだ」


瀬名の言葉に、恋白の胸は高鳴った。彼は、自分のことを、ただの「話しかけにくい子」として見ていたわけではない。自分のことを、ちゃんと見ていてくれた。


「俺は、お前が好きだ。……付き合ってほしい」


瀬名は、まっすぐに告白した。彼の言葉は、飾り気のない、真っ直ぐなものだった。


その時、屋上の扉が開き、柊が顔を出した。


「……あれ? 花澤さん、ここにいたんだ」


柊は、恋白と瀬名が向かい合っているのを見て、何かを察したようだった。彼の顔から、いつもの明るい笑顔が消えた。


「……柊、俺は……」


瀬名が何かを言おうとすると、柊はそれを遮った。


「いいよ、目黒くん。俺は、もう全部わかってるから」


柊は、寂しそうに微笑んだ。


「花澤さん、俺は……、花澤さんのこと、大好きだよ。でも、俺じゃ、花澤さんのことを幸せにはできない。目黒くんといるときの花澤さんの顔、俺、知ってるから」


柊の言葉に、恋白は胸が締め付けられるようだった。柊は、いつも自分を優先してくれた。彼が、どれだけ自分のことを思ってくれていたか、恋白は痛いほどわかっていた。


「……ありがとう、柊くん」

「いいんだ。俺、花澤さんの笑顔が見られるなら、それでいいから」


柊は、そう言うと、踵を返して屋上から出て行った。彼の背中は、いつもより少しだけ小さく見えた。


柊がいなくなった屋上で、恋白と瀬名だけが残された。沈黙が流れる。しかし、その沈黙は、居心地の悪いものではなかった。


「……返事、聞かせてくれよ」


瀬名の声が、静かに響いた。


「……私、瀬名くんのことが、好きです」


恋白は、真っ直ぐに瀬名の目を見て言った。


「……だから、私と、付き合ってほしい」


瀬名は、信じられない、といった表情で恋白を見つめた。そして、その顔に、ゆっくりと笑顔が広がっていった。


「……マジかよ。……よかった、よかった……」


瀬名は、優しく、そして力強く、恋白を抱きしめた。その腕の中に、恋白は、やっと居場所を見つけたような気がした。


「……瀬名くん、私のこと、幸せにしてくれる?」

「……当たり前だろ。……お前が、俺の隣で、ずっと笑ってくれるなら、俺は、世界一幸せだ」


瀬名の言葉に、恋白は涙が溢れてきた。それは、悲しい涙ではなかった。温かく、心を満たしてくれる涙だった。


その日から、二人の関係は始まった。瀬名は、相変わらず口調が荒くなることもあったが、その奥にある愛情は、恋白にしっかりと伝わってきた。


「おい、飯行くぞ」


瀬名が、ぶっきらぼうに言う。


「……うん」


恋白が微笑むと、瀬名も少し照れたように笑った。


そして、恋白のそばには、いつも瀬名がいた。彼は、もう一人で本を読むことはなくなった。二人が一緒にいることで、世界は少しだけ色鮮やかに見えた。


矢澤柊は、二人の関係を、少し離れた場所から見守っていた。彼の心には、まだ少しの痛みがあった。しかし、彼は二人の幸せを願っていた。


ある日、柊は、恋白と瀬名が楽しそうに話しているのを見かけた。柊は、そっと二人に近づくと、笑顔で声をかけた。


「おい、お前ら! 今日も楽しそうじゃん!」


柊の言葉に、恋白と瀬名は驚いた顔をした。しかし、すぐに、二人の顔に笑顔が広がった。


「柊くん、ありがとう」

「……ああ」


柊は、少しだけ照れたように笑った。彼の心には、まだ少しの痛みはあった。しかし、それ以上に、大切な人たちの幸せを願う気持ちが勝っていた。


恋白は、この日から、少しだけ強くなった。大切な人たちが、自分のことを思ってくれている。そのことを知ったから。


そして、恋白と瀬名の物語は、ここから、ゆっくりと始まっていく。




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