金蚕蠱

斑猫

毒を喰らわば皿まで

「……つまるところ、あなた方はお金が欲しいだけなんですよね」


 蝶野真白と言う名の少女は、俺たちをじぃっと見つめながらそう言った。小首を傾げて瞬きする様は童女のようにあどけなく、それでいて不気味だった。

 真白の態度からは、俺たちへの恐怖心は微塵も感じられなかったためだ。この状況下で、恐怖心を抱かないのはおかしな事だった。何せ俺たちは、この屋敷で強盗を働くために侵入したのだから。

 ましてやこの屋敷の住人は、真白しかいない。せいぜい高校生くらいの小娘だろう。見た所格闘技を嗜んでいる訳でも無いし、武器も携えた俺たちに太刀打ちなど到底出来ないはずだ。

 だというのに、彼女は俺たちを客人と見做した。「金を出さないと殺すぞ」という、一郎(仮名。そもそも俺たちは三人とも本名など知らない)の、ナイフをちらつかせた脅しにすら、淡く微笑んで受け流しただけだったのだ。

「すぐに殺さなくても良いじゃないか。よく見れば別嬪さんだし」という二郎の、優しさの裏に隠されたギラついた欲望の発露にも、やはり蝶野は動じなかったらしい。

 いずれにせよ、屋敷にいたのが自分たちよりも年下の少女で、尚且つ状況が解っているのかどうか解らない態度に、俺たちが面食らったのも事実だ。

 気が付けば、蝶野から「込み入ったお話でしょうし居間でお話を聞きますわ」と提案される始末である。まぁ金を奪えば良いんだし、多少時間がかかっても構わないだろう。蝶野に関しても……殺さず生け捕りにして雇い主に献上すれば喜ぶかもしれない。彼女の見た目の良さ、それを上回るほどの世間知らずぶりは、彼女稼ぐのにうってつけだろうから。

 そんな事を考えているうちに、俺たちは蝶野にもてなされてすらいた。クッキーと桑の葉を煮だしたお茶を振舞われたのだ。ここまでやるか、と思いながらも、俺たちは茶を飲みクッキーを齧っていた。蝶野のペースに巻き込まれているというか、操られているのではと言う懸念もあったけれど。


 そして話は冒頭に戻る。蝶野は何処からともなく小さな小箱を取り出した。古ぼけたベニヤ板か何かで組み合わせたようなそれを見て、俺は何故かコトリバコを連想してしまった。

 箱の中に納まっていたのは、三匹の芋虫だった。全体的にクリーム色で、所々茶褐色の斑紋がある。大きさも長さも大人の人差し指ほどもある。

 これは……誰ともなく声が漏れた。蝶野はにっこりと微笑みながら頷いた。


「この子たちは金蚕きんさんと言います。この子たちの面倒を見て、時々ご飯をあげていたら、何もしなくても大金が転がり込んでくるんです」


 そこまで言うと、蝶野はやおら顔を上げ、俺たち三人を順繰りに見た。


「もしよろしければ、あなた方に差し上げますわ。丁度三人いらっしゃるんですから」

「待て」


 声を上げたのは二郎(仮名)だった。仏頂面で、短い声は鋭さを孕んでいる。


「ただ芋虫を飼って、それでお金持ちになるだと。そんなうまい話がこの世にあるものか。どうせ管狐や犬神みたいに、上手く管理できなければ家が傾くだけだと、俺は思うけどな」

「あらぁ……」


 オカルト要素全開の二郎の言葉に、蝶野が感心したような声を漏らした。俺たちを見る流し目に、瑞々しい唇から放たれた言葉に、冷ややかな悪意が潜んでいるように思ったのは気のせいだろうか。世間知らずの小娘なのに。


「あなたは賢くて用心深い強盗さんなのね。ええ、そこまで知っているのなら教えてあげる。金蚕のご飯はね、他の蚕と違って特殊なの。高価なシルクの着物や金銀の宝石とかが好物なのよ。でも、一番の大好物は、人間のお肉かな。そんなに頻繁にあげる事は出来ないけれど、用意できなかったら飼い主が喰い殺されちゃうのよね。少なくとも年に一回、出来れば月一回くらいは用意できた方が良いかな。

 まぁ、どうしても無理な時は、ワンちゃんとか猫ちゃんのお肉で我慢してもらうしかないかな。この子たちも、今回はそれでどうにか我慢してくれたし。でも、ロビンやシェリーをお肉にするのは哀しかったわ。私、あの子たちは大好きだったから。でも……でも仕方が無かったの」


 蝶野の説明に、俺たちは何も言えなかった。ちっぽけな虫を養うために、人肉を喰わせなければならない。話自体は荒唐無稽だ。しかし真実だと思わしめるものがあった。嘘をでっち上げたにしては細かすぎる。それに何より、二郎は既に震えあがっているではないか。

 目が合うと、蝶野は皮肉げな笑みを浮かべて続けた。


「どうかしら? この子たちを受け取ってみない? 元々強盗さんたちは、私を殺してお金を奪おうと思っていたんでしょ。それなら人を殺す覚悟だって出来ているんじゃあないの。強盗さんたちはお金をゲットできるし、私は死なずに済むし、この子たちは美味しいご飯を食べられる。良い話だと思うんだけど」

「嫌だっ!」


 悲鳴じみた声を上げたのは、二郎だった。


「やっぱり、やっぱり金蚕なんてヤバいやつじゃなかったか。糞、そんなものを俺たちに押し付けるなんて、真っ平ごめん――」

「あっそう。だったら死んでくれる?」


 残忍なその言葉を誰が放ったのか、俺には一瞬解らなかった。その声は、今までに聞いた事が無いほどに低く、悪意に満ち満ちていたのだから。

 他ならぬ蝶野の口から放たれたのだと気付いた時には、もはやそんな事などどうでもよくなっていた。一郎がもがき苦しみ、勢いよく吐血し始めたのだから。その勢いたるや、消火器から噴射される消火剤のようだった。しかも最終的には内臓の一部と思しき肉片すらも吐き出し始め……吐き出すものが無くなった所で、彼は永久に動かなくなった。


「まさか貴様、初めから――」


 三匹の芋虫のうちの一匹が、いつの間にやら箱から飛び出していた。そいつは物理法則を無視して肥大化し、二郎の言葉を彼本体ごと押し潰した。全長二メートル半の巨体の下で、枝が折れる音や湿った音が響いている。流れ出る紅い液体が粘っこくなったところで、枝が折れる音はもはや聞こえなくなった。

 最後の一人は俺だった。逃げなくては。そう思った時には、頬が床に貼り付いていた。立ち上がって逃げようとして、転んだらしい。痛みも、床の冷たさすら解らない。

 蝶野が頭を下げて、こちらを覗き込んでいる。さもおかしそうに笑っていた。


「ごめんね、私最初から、あなた達を殺すつもりだったのよ。だけど、ヒトの事情も知らないで、お金を奪おうとする強盗さんを殺しても、別に悪い事でもないでしょう」


 それにね。感覚が鈍った俺の頭上に、蝶野の言葉が降りてくる。


「金蚕を手放すには、金蚕がもたらした財産以上の金品を、同時に手放さないといけないの。十何代も金蚕に仕えてお金持ちになった私たちには、もはや金蚕を手放す事なんて出来ないわ。

 それに――お金をたくさん使えて、ついでに嫌いな奴を殺せる暮らしを、みすみす手放したりなんか出来ないわ」


 さよなら強盗さん。今日はありがとうね。蝶野の屈託のない言葉が終わるや否や、二匹の巨大な芋虫が俺に近付いてきた。

――俺の意識は、ここで暗転した。

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金蚕蠱 斑猫 @hanmyou

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