はなたば~怖がりな君と強がりな私~
はなだ
第1話
10月、うだるような暑さが過ぎ少しづつ朝晩が過ごしやすくなってきた。
私は滝坂花、28歳。ごくごく普通の会社で事務員をしている。
家から会社までは徒歩15分程度。これが毎日の運動と思い、自転車などは使わず歩いて出社している。
通勤中は歩きながら季節ごとに変わる街並みを眺める、この時間が地味に好きだったりする。
10月に入り、飲食店ののぼりも"秋のお芋フェア"や"新米入りました!!"などの文字に代わり、私の心は少々浮き足立っている。
私は食べる事が好きだ、でも作る事は苦手。
そんな私の毎日のお弁当はずっと変わらずおにぎりのみ、もっと卵焼きとかきんぴらごぼうとかほうれん草の白和えとかあったらいいのにと思いながら、毎日飽きもせずおにぎりを持っていく。
料理を全くしてこなかった訳ではない、20代前半は少しでも美味しいものを作ろうとお料理教室にも通ったりしたけど、包丁で怪我をし、火加減を間違えフライパンからは火柱がたち、食材を丸焦げにしそうになった。
あの時のお料理教室の先生のひきっつた苦笑いが忘れられない。
早々に料理のスキルが無いことを自覚してからは、毎日コンビニ弁当かスーパーのお惣菜。あとは冷凍食品に頼っている。お昼ご飯位はと思い毎日お米を炊いておにぎりだけは持っていくようにしている。
一人暮らしも長くご飯を作ってくれる人などは当たり前のごとくいない。
「手作りご飯が食べたい⋯」なんて一人で考えながらなんだか虚しくなってくる。
会社までの道をゆっくり歩いていると、ふと普段と違うことに気付く。
「あれ?こんなところにお弁当屋さんなんてあったっけ?」
そこには、ついこの間まで貸店舗募集の紙が貼られていたスペースに新しい店舗が入っていた。
―キッチン花束―
看板には控えめにそう書かれており、ビルの1階に6畳程度のこじんまりとしたお弁当屋さんがあった。
大きめの窓から店内が見えており、そこにはお弁当が所狭しと並んでいた。
「美味しそう…」
そう呟くと同時に、チリンっと扉が開き中から恐らく30代位であろう爽やかな笑顔の男性が本日のおすすめと書かれたボードを持ってこちらに声をかけてきた。
「おはようございます!よろしければ中へどうぞ!」
その言葉にハッとして自分が張り付くように窓から店内を覗いていたことに気付き途端に恥ずかしくなった。
「あっ、はいっ、あのっ、じゃあ、ちょっとだけ⋯」
何がちょっとだけなんだと自分にツッコミながら店内に入る。
明るい店内は2席程のイートインスペースと窓際にはお弁当やお惣菜が並べてある台があり、反対側にはレジとその横に冷蔵ショーケースがあり中にはサラダや手作りプリンがあった。レジの奥はおそらく厨房だろう、店内とはスペースが区切られており奥で人の気配が僅かにした。
そんな事よりも視線が目の前のお弁当やお惣菜に向く、どれも見た目が良く美味しそうだ。
「今日からオープンなので、記念価格で全品100円引きです!」
「そうなんですね、全部美味しそうで迷います」
「ありがとうございます、味には自信がありますので是非!」
爽やかな男性が人の良さそうな笑顔を向けてきた。
せっかく入ったんだ、何かお昼ご飯のお供に買っていこうとお惣菜達を眺める。
「あっ」
そこには、先程思っていた"卵焼き""きんぴらごぼう""ほうれん草の白和え"の3種のお惣菜詰め合わせがあるではないか。
迷わずそれを手に取りレジへ向かう。会計を済ませドアを開けると「ありがとうございました!行ってらっしゃい!」と男性はまたもや爽やかな笑顔で気持ちの良い挨拶をしてきたので、小さく会釈をして店を出る。
袋に入ったお惣菜を持ち、今日のお昼ご飯が楽しみだなと心弾ませながら会社に向かった。
パソコンを打つ手を止めて時計を見ると12時を5分すぎたところだった。
私の会社は従業員が10人程度の小さい会社であるが、20代~60代までと意外と幅広く在籍している。
「花さんっ、もう12時過ぎてますよ、ご飯行きましょ!」
もう一人の事務員である笹野みつきが隣から声をかけてきた。
笹野みつき、26歳。年下であるが仕事がとてもできる、可愛い顔とは裏腹に結構サバサバした性格で話しやすいのも彼女の魅力の一つだ。
「そうだね、ご飯食べよっか」
席を立ち隣の休憩室へ行く。
この会社は事務員の自分とみつき以外は全員男性だ。男性陣は各々デスクで食べたり外に食べに出たりする為、休憩室は私たち以外使う事は無い、そのためゆっくりと休憩ができる。
鞄からおにぎりを出すと前に座ったみつきから「またおにぎりだけですか〜?」と心配そうに見られる。普段は何故か少し後ろめたさを感じながら出すが、今日は違う。
「ふふふっ、今日はなんとおかずもあるんだよ」
「えっ!花さん遂に手作りデビューですか!?」
目をキラキラさせたみつきの前に今朝買ったお惣菜を出す。
「⋯⋯⋯お惣菜じゃないですか」
「そうだよ、新しくできたお弁当屋さんのお惣菜!ある意味手作りでしょ?」
得意げに出したお惣菜に対してみつきが眉を寄せる
「そうですけど⋯やっぱり私が花さんの分のお弁当も作りましょうか?」
あぁ、また始まった。
みつきは私に出来た初めての後輩であり彼女が新人の頃からずっと一緒にいる。仕事以外でもプライベートでランチに行ったりと中々長い付き合いになる。
そんなみつきは当然のごとく私の料理スキルの低さを知っており、度々この申し出をしてくる。
さすがの私も後輩にお弁当を作らせる訳にはいかないので丁重に断り続けている。
「花さん、コンビニとかスーパーのお惣菜とかは、たしかに便利ですけど、そういった物を毎日ずっと食べ続けると身体に悪いですよ!」
「大丈夫だよ、こう見えて意外と健康診断の結果は良いから」
「そういう事じゃなくて!」
可愛い顔をぷりぷりさせて怒る姿も可愛い。私が意中の相手だったら今頃メロメロだろうなとどうでも良い事を考える。
「ありがとう、でも本当に大丈夫だよ。もし必要な時はお願いするね」
「はぁい、その時がきたらすぐ言って下さいね!」
「ありがとう、ほらご飯食べよ!」
そう言って各自お弁当に手をつける。
3種のお惣菜をみてどれから食べようか悩む、まずはやっぱり卵焼きかな?と思い、黄色いそれを箸で掴んで1口で食べる。
「えっ、うまっ」
口の中で出汁の味が広がりつい声に出てしまう。
きんぴらごぼうもほうれん草の白和えもどれも美味しくて箸が止まらない。
あまりにも美味しくて「うまっ」を繰り返し感動にひたりながら食べる。
前に座っていたみつきも、あまりにも美味しそうに食べる私を見て「そんなに美味しいんですか?」と興味深そうに聞いてくる。
卵焼きを一切れあげると「えっ!このだし巻き卵凄い美味しい!」と驚いていた。
あっという間に食べ終わり、お腹も心も満たされた。
空になった容器を見つめ、絶対また買おうと心に誓ったのだった。
はなたば~怖がりな君と強がりな私~ はなだ @hanada31
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