黎明のコンストラクター

マゼンタ_テキストハック

天翔る者たちの序章

 あれから十年の歳月が流れた。

 第十回軌道エレベーターコンテストに青春の全てを捧げた僕は、今では宇宙開発企業の設計部で働いている。

「佐伯さん、例の式典、本当に行かないんですか?」

 後輩の純朴な問いかけに、僕は曖昧に返事した。今日は軌道エレベーターコンテストの20周年を記念する式典が開かれる。


 中止のアナウンスが流れた瞬間の、腹の底から湧き上がった怒りと涙。200億円という途方もないプロジェクト費用を背負い、破産を叫んだ教授の顔。それらが僕の脳裏には鮮明に焼き付いている。あの時僕たちが目指した「高さ」への挑戦は、不完全燃焼のまま終わってしまったのだ。


 夕方、仕事を終えてスマホを開くと、式典に参加した仲間からのメッセージで溢れていた。その中に、短い動画が添付されていた。


「――諸君は、あの日、競技には敗れた。台風という圧倒的な自然の力に、コンテストという枠組みは屈した。しかし、君たちが心血を注いで作り上げた三つの塔は、その脅威にびくともしなかった。それは、ただの記録ではない。未来への可能性そのものだ。競技は中止になった。だが、君たちの挑戦は、あの瞬間から始まったのだ。『高さはロマン』。その言葉を胸に、それぞれの場所で今も戦い続けている諸君こそが、第10回大会が生んだ最高の作品なのだと、私は確信している」


 僕はしばらくの間、黒い画面を見つめていた。最高の作品。その言葉が、胸の奥で燻っていた澱を静かに溶かしていく。そうだ、僕たちは何も失っていない。他の『エレベーターマン』出身者は次世代素材の開発で世界をリードしている。そして僕は、本物の軌道エレベーターの設計チームにいる。


 あの祭りは、僕たちにとっての卒業式ではなかった。未来へと続くための、壮大な入学式だったのだ。僕はスマートフォンの連絡帳を開き、懐かしい名前をタップした。


「よう久しぶり。人力部門の覇者は今、何してる?……ああ、そうか。やっぱりお前も『上』を目指してるんだな。なあ、今度、俺が設計してる新しいエレベーターのパイロットになってみないか?」


 電話の向こうで、10年前と変わらない、自信に満ちた声が笑った。空は、あの日よりもずっと近くにある。僕たちの挑戦は、まだ始まったばかりだ。

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