第7話 戦闘終了!フラレンジャー!!

ーー病院にて。



「後は、お医者さんに任せようや。俺達にゃ出来ることは限られてる。ここからはどうしようもねぇよ。」


「だね…。俺達がやるべきことは、一人でも被害者を出さないためにも、敵を倒していくことか。」


「そーいうこったな。」


『……もしかしたら。』


「なんだい、産夢。」


『彼女を、正気に戻す方法があるかもしれん…。』


「なにっ…!」


『とある女性の力を借りれば、可能性はある。しかし、戦いに巻き込むことになる。』


「黙っとった理由でもあんのか?」


『すまない。成功するかは不確定で、かつ女性を戦いに巻き込む可能性を考えると、言い出せなかった。また、その女性は君達と違い、何も戦闘力が無い、本当に一般人レベルなのだ。』


「そりゃ…悩むわけだ。」


「ほーん…。んだらよぉ、本人に聞いちゃえば?助けてくれるかってよぉ。」


『そうだが…こんな残酷な戦い、出来れば女子供を巻き込みたくない。』


「そうだよな。子どもには少なくとも、何一つ見せられないな。絶対見せちゃいけない。」


『特にフラレブラック!』


「なんじゃい」


『やり口がエグい!ゴミ捨て場で包丁探していただろ!』


「出来るだけ確実に仕留めるべきじゃろがい。」


『ヒーローだろ!?コンクリ片で頭かち割るヒーローなんて聞いたことあるか?!それになんだ!?電池入り靴下!?どういう発想だ!?怖いわ!!』


「いやあ〜、プロレスのヒールっつったら卑怯とかルール無用とかよぉ、あんだわ。上手くハマってるみてぇでよかったわ。」


『…ち、ちょっ、待て!褒めてない!!なぜそんなドヤ顔なんだ!?』



ーーその頃。


ひとり、自室で呆然とベッドに座る女性がいた。


 思考は静かに停止し、見つめるのは空間か、それとも壁の向こう側か。


 (………。)


(……。…空、きれい。)


(……あ。猫。)


(……。)




 叶須真白(かなわずましろ)18歳。未恋の妹である。


 なぜ、この状態なのか。


 それは、昨日の出来事にさかのぼる。


ーー昨日


(あっ、紅さん帰ってきてる!プロテストどうだったんだろ!)


(…うん?なんか話してるな。)


「すっ、好きですッッッ!!未 恋 さ ん!!好 き で す ッ ッ ッ!!!」


(ッッッ!!!ええええーーーー!!!!!)


(告ってる!!未恋って言った!!??)


(お姉ちゃんに、告ってるッッッ!!!)


「声、デカッ!!!」


(いやほんとそれ!!)


(確かに声でけぇよ…紅さん。)


(まじ…かよ…。)


(…よりによって、お姉ちゃんに、かぁ…。)



 …この通り、真白は紅に、密かに想いを寄せていた。



ーー真白の自室にて。


 胸の奥にぽっかり、大穴が開いたまま。


 その穴から、思考という思考が全て抜けつ落ち、どこかへ霧散していくようだった。


(…外、暗い。)


 一体どれだけの時間がだったのか、その感覚もない。


(ごはん…食べよかな…。)


 ただ何も考えたくない、何も考えられない、それだけが真白を支配していた。


 『…聞こえるか、私の声が。』


「…はあ。え?」


『私は産夢。心へ直接話しかけている。あなたに協力して欲しい。』


「…幻聴かな。」


 …精神の足場が崩れかけている真白には、否定する気力も薄かった。


『あなたの能力が、とある女性を正気に戻す鍵になるかもしれない。今、その女性は自我を失い、衰弱していく一方なのだ。』


「…それ、だれ?」


『わからない。加えて、あくまで助けられる可能性があるというだけで、確実に助けられるかわからない。また、過酷な戦いにも巻き込まれる恐れがある。』


「…じゃ無理。」


『…ですよね、』


「…今はとにかくなんも考えたくないし、考えられない。悪いけどほっといて。」


『すまなかった。もし、気が変わったり、助けが必要となれば、いつでも私を呼んでくれ。』


「…よくわかんない。まいっか。」


 気だるげに、リビングへと向かう。


「…こんな時でもお腹はすくもんだ。」


…ドタドタドタッ


真白とは対照的に、慌ただしく動き回る未恋。


「あれ、お姉ちゃん、どしたの。」


「さっちゃんが、病院に運ばれたって…!」


「えっ?いつ?」


「今さっき!私、行ってくる!」


 未恋は慌てて玄関を飛び出し、病院へ向かっていった。


「なにごと……?」


 ふと、脳裏をよぎる「とある女性」。


「…まさか、ね。」


 真白は、ただでさえ考えるのが億劫だった。




ーー暫くして。未恋が帰宅。


「お姉ちゃん、おかえり。…あれ、どしたの。」


 未恋の表情から、辛さがにじむ。


「真白…。病院でね、さっちゃんみてきた。なんかね、心ここにあらず、って感じで…意識はあるけど反応も薄くて…。」


 容態は芳しくないらしい。未恋の表情から痛いほど見て取れた。


「真白は…昨日からなんだか、魂が抜けた様に感じるけど…大丈夫?」


「あははは…。まあ、うん。」


「さっちゃんさ、ここ最近、調子が悪かったのか、様子がおかしかったんだよね。真白も、ちょっと違うけど、なんかあったのかなって怖くなっちゃって…。ごめんね、変なこと聞いちゃって。」


「あー、あたしは大丈夫、なんか違うと思うから。」


(お姉ちゃん、あんたもちょっと噛んでんだよ…!)


(…いや、本人は知ったことじゃないか、なんでもいいや…。)


「そっか、ならよかった。さっちゃんの方は原因不明だって。男達に乱暴されたのが原因かもって。かなり弱ってきてるんだって…。」


「えっ、男たちに、乱暴…?」


「もっと、話していればよかった…。変だなって思ったときに、話しかけてあげたらよかった…。」


 明るさがとりえの未恋からは、その明るさが消えていた。


「真白は…本当に大丈夫、だよね…。」


「…あ、あたしはホント大丈夫だって!お姉ちゃん、ごはん食べてお風呂入りな?」


「うん、ありがと、気を遣ってくれて…。」


(紗礼子さん、ぶっ倒れたの?)


(男達に乱暴された?)


(何が、起きてるの…?)


 真白の胸が、チクリと疼いた。

 未恋の瞳の揺れ。

 いつも明るい姉が、泣きそうな顔をしていた。


 真白の動悸がなった。





「産夢さん、聞こえる?」


『ああ、聞こえている。呼びかけに応じよう。』


「一つ聞きたいんだけど、その女の人ってさ。」


「集団で乱暴されたり…した?」


『まさしく。それを仲間が救出した。しかし、正気に戻らず様態も芳しくないことから、病院に搬送した。まだ若い女性だ。』 


ーー胸の奥。


 真っ白で空虚な空間のどこか、その最深部。

 

 消えかけていたはずの感情の火種が、チリッと音を立てた。


(…あたし、何してんだ。)


(人が助けを求めてるのに、見て見ぬふり?)


(助けの声を見送って、惨めな思いをするの?)


(そんなの……あたし?)


小さな火種は、後悔と化し、込み上がる。


 (…やんなきゃ。あたしが、あたししか出来ないこと、やんなきゃ…!!)


 産夢からの協力要請の声。それを聞いた瞬間、真白の胸はわずかにざわついたはずだった。

 なのに、紅の姿ばかり追いかけて、失恋の空虚を理由に目を反らしていた。


(紅さんならこんな時、バカみたいに首突っ込んで、無駄に全力疾走する。)


(好きな人に認められるくらい、あたしもーー)


(こんな時に、自分のことばっかでボーッとしてる場合じゃない!)

 

 無性にざわつく。

 必須ではない行動での、自分への後悔が胸の奥からせり上がる。


(お姉ちゃんが泣きそうなのに!)


 誰よりも大好きで大切な姉。いつも明るく気丈に振る舞う姉が、珍しく暗い表情を落としていたのに。自分はーー。


「産夢さん、聞こえる?」


『ああ、聞こえている。』


「教えて。あたしに何が出来るの?」


『…危険だ。助けられる保証もない。君はーー』


「ーー関係ないッ!!」


「産夢さん!事情が変わったの!あたし、その女の人助けたい!!」


 「私のお姉ちゃんの大切な友達かもしんないの!ほっとけるわけない!!」


 後悔、焦り、やるせなさ…。混沌とした感情がごちゃ混ぜに溶け合い、衝動と化した。


 涙が頬を流れ落ちるが、その瞳は真っ直ぐで、

確たる熱を帯びていた。


『…すまない。協力、感謝する。』


「そんなのは後!今は一刻も早く助けてあげないと!」


(…紅さん。あなたなら、そうするよね。)


 胸が圧し潰されそうになるが、その瞬間、真白は光に包まれ変身した。


 身も心も軽くなり、純粋な「助けたい」の一心に変わる。


「お姉ちゃん!バイク借りるね!!」



ーー病院にて。


『この女性だ。』


「…紗礼子さん…。」


 未恋と親友。写真や動画で何度も見た。見間違いではない。


「こんにちは。紗礼子さん。未恋の妹の、真白だよ。って、こんな格好じゃわかんないか笑」


「……。」


 紗礼子を前に真白は、何とも言えない複雑な気持ちになった。

 目は合っているのか、それとも空間を見ているのか、それすらも定かではない。

 ただ、明らかなのは、正気ではないこと。


「私の力を、紗礼子さんに向けたらいいんだよね。」


真白は、病室で紗礼子に向かい手をかざす。


(…お願い。どうか…!)


 強烈な閃光が、部屋を包んだ。


 夜の病室が、昼間のように明るく輝いた。

 





ーー翌日、紗礼子の病室にて。



「無事か、紗礼子。」


 紗礼子のもとに、一人の男が尋ねる。


 落込 蒼(おちこみ そう)24歳

 

 紗礼子とは、交際関係にある。


 2人の出会いは、当時のアルバイトの先輩と後輩に当たる。


 朝に突然、蒼のもとに紗礼子から連絡が入った。

 

 蒼は、紗礼子から入院していることと、話がある、との知らせを受け、仕事帰りに病院へ向かった。



 彼女の手を包む指先は、わずかに震えていた。


 先月あたりから、何となく、だが確実に異変を感じていた。


 それまでの彼女は、明るく元気で、自由奔放な性格だった。


 それが、異変を感じた頃から、まるで別人のように感じるほど物静かになり、今までの2人の時間が嘘だったかの様に思えるほどだった。


 病室内で蒼は、彼女の手を取りながら、2人の時間を思い出していたーー。



ーーある晴れた日のこと。


 二人は、河川敷を歩いていた。


「ぅうーう、有ぅー限でーす、有ぅー限だぁーん」


「足りないんだな、内藤のぉー」


「ユーキャンダーン!ユーキャチャーッアーイ!」


「男ぁん子喰いー、洋菓っ子ぃー多い、さぁーどっちぃー」


一見、意味不明な羅列が続く。


 蒼は、ふふっと微笑みながら、紗礼子のご機嫌な姿を温かく見守っていた。


「その古い洋楽好きだよな。特にその、今歌ってるダンスィンクィーンってやつ。」


どうやら洋楽を歌っていた様だ。


「ところで、それって歌詞解って歌ってんの?」


「何言ってるかさっぱりんかんない!」


「よく大学受かったよな。」


「英語のリスニングとはわけが違うのよ。」


 この様に、よくオリジナルの耳コピ歌詞で歌っていた。


 本人も解らないところは適当にハミングしたりするので、所々しか聞き取りは出来なかったが、有名曲なのでなんとなく解った。


 蒼にとって、紗礼子のその姿が面白可笑しく、微笑ましく、なによりーー愛おしい姿だった。


 紗礼子にとって、蒼の優しく受け止める物腰が心地よく、ありのままの自分をぶつけることが出来、甘えていた。


 2人はお互いのことを、心から愛しており、それを互いに分かり合っていた。



ーー病室にて。


 紗礼子は、生命エネルギーを吸われすぎたのだろう。かなり衰弱した様子だ。


 薄暗い病室。


 点滴の滴る音だけが、静かに時を刻んでいる。


 衰弱し、やせ細った紗礼子の手を、蒼は震える指で包み込む。


 まるで、この部屋の時間だけが止まっているようだった。


 蒼は、紗礼子の横に置いたパイプ椅子に腰を下ろし、彼女の言葉を待っていた。


 口下手な自分は、下手に慰めるより、ただ話を聞くほうがいい——いつもそう思ってきた。


 だけど今日だけは、聞くのが怖かった。


「……ねえ、蒼」


 紗礼子の声は、怖いほど乾いていた。

 それでも、無理に明るくしようとする色が混じっている。

 いつもの調子を装おうと、喉の奥で必死に笑おうとしていた。


「色々あったんだよね……あたし。ほんと、笑えないくらい。ほら、ビッチだからさ、こういう罰もあるのかなって。」


「……罰、か。」


 蒼は、少し身を乗り出して紗礼子を見る。

 何か言い返したい。

 でも「何を言うべきなのか」が分からない。

 結局、言葉が喉につかえてしまい、何も発せられない。


「…もう、無理だよ。あたしなんて見てて楽しくもないでしょ。」


 ただ、静かに聞くしかなかった。


「男たちにね……色々された。……痛いとか、怖いとかじゃなくて……なんか……心のほうが……ぐしゃぐしゃってなったっていうか。」


 無理に笑った。

 けれどその目尻は震えていて、

 長い睫毛には光る雫が溜まっていた。


「はは……こんなの、言われても困るよね。ごめん、変な女で。」


「……紗礼子。」


 呼ぶだけで精一杯だった。

 名前を呼ぶ声さえ、震えていた。


 紗礼子は、あえて蒼のほうを見ずに、天井のほうを向いた。


「ねぇ……蒼はさ、もっといい子見つけなよ。ちゃんとした、まともな子。あたしなんかより、可愛くて、優しくて、さ。」


「……そんな。」


「だからさ、蒼とは…別れますっ!」


 涙がこぼれそうになり、紗礼子はぎゅっと唇を噛んで、笑顔を作る。


「別れたほうがさ、蒼のためなんだよ、絶対。」


 必死で作った、不自然な笑顔。

 笑いながら涙が落ちた。

 止められず、ぽとぽととシーツに染みを作っていく。


「蒼のこと、……ずっと。ほんとはね、離れたくなんて……全然……」


 震える声。

 もう笑顔は形になっていなかった。


(好きって、…言えない。)

(こんなあたしが、言える言葉じゃ、ない……。)


「でも……こんなあたし、隣に置いといたら、

 蒼まで壊れちゃうからさ……。」


 彼女の肩が小さく震えた。

 蒼はそっと、紗礼子の手を取る。

 言葉は何も出てこないけれど——

 ただ温かさだけでも伝えたかった。


「……俺は。」


 ようやく絞り出した声は、弱かった。


「紗礼子が……苦しいときに……何もできない。

 何が正解なのかも……わからない。……でも、離れたくは……ないッ…。」


 紗礼子は、首を横に振った。


「だめだよ、蒼。きみ、優しいから……引っ張られちゃうよ。あたしみたいな女に。」


「そんなこと——」


「あるのっ…!!」


 紗礼子の声が、泣き声に変わった。


「……お願い、蒼。嫌いになってよ……。あたしを……置いてってよ。じゃないと……苦しいんだよ。あたし……もう、蒼の前で……普通に笑えないよ……」


 蒼は言葉を失った。

 胸が詰まり、心が軋んだ。

 責めることなんてできない。

 今の紗礼子には“強がる”という鎧しか残っていないのだと、痛いほど伝わってきた。


(今の俺には……支えられないのか。)


 その事実だけが、ゆっくりと、胸を潰していく。




「…そっか……わかった、帰る。」


 蒼は、彼女の手をそっと離した。

 ぽとん、と小さな音がした気がした。

 手を離しただけで、胸の奥がじわりと痛む。


「……ごめんな。」


「謝んないでよ……っ……そんなの……優しすぎる……。」


 紗礼子は顔を覆って泣いた。

 その声を黙って聞きながら、蒼は片手で目元を押さえた。


 泣くまいとした。

 でも、無理だった。


「……おやすみ。」


 その言葉だけ置いて、蒼は病室を出た。

 背中を向けた瞬間、紗礼子のすすり泣きが大きく聞こえた。


 扉を閉めても、その声は耳に残ったままだった。




ーー病院帰り。


 夜風が、冷たい。

 けれど蒼の体温は、もっと冷たかった。


 自販機の光だけが点いた静かな道を、当てもなく歩く。

 胸の中は重く、ひとつ呼吸するだけでも痛い。


(俺……何してるんだ。)

(好きなのに……助けたいのに……何もできないのか。)


 自分を責める声がずっと鳴り続ける。


 結局、明確に「別れる」ことを了承した返事は出来なかった。

 自分の弱さが露呈したと、自責の念に駆られる。

 そして、何も出来ない自分の不甲斐なさに、心底嫌気が差す。



 そんなときだった。


 街角のFMから、ふいに流れ出したのは——


 紗礼子がよく歌っていた、あの曲。


 あの、耳コピでめちゃくちゃな歌詞で笑わせてくれた曲。


 ピアノの伴奏から始まり、コーラスから歌が始まる。


 ただただ、少女が明るく踊っているというだけの曲。


 蒼の足が止まる。


 胸の奥で、堤防が音を立てて崩れ落ちた。


「……なんで……こんな時に……」


 俯いたまま、ぼとりと涙が落ちる。

 次の瞬間には、その涙は止まらなくなっていた。


「嘘だろ……紗礼子……。」


 歩道の端にしゃがみ込み、

 肩を震わせ、

 声を押し殺して泣いた。


 好きな人の声が、思い出が、笑顔が、

 全部この曲といっしょに胸を締めつける。


 本当は離れたくない。

 本当は抱きしめてやりたかった。

 本当はあの笑顔を取り戻したかった。


 でも——

 彼女のためだと思えば思うほど、心が千切れそうに痛んだ。


 夜風の中で、蒼は一人、静かに泣き崩れた。



 次回予告!

 フラレホワイトの真白は、今後活躍するのか!?

 そして、蒼という名前、ということは…?ま、まさかっ!新たなフラレンジャーかっ!?

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轟沈戦隊!フラレンジャー!! ウィダーイン納豆飯 @nattoumeshi

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