日が綺麗ですね

唐灯 一翠

私と彼の月日

「月が綺麗ですね」


 最後の登校日。


 帰りを告げる音楽が流れる。

 本に齧りつく生徒たちも、外へ追いやられた。図書委員の二人になったところで、彼は扉へ鍵をかけながら背中越しに話す。


 彼とはただの本友達。


 同級生だが、別のクラスで三年の月日を過ごした。一年生の頃から委員会が同じで、図書室だけが私たちの世界だった。はじめは「お互い運動部がペアに組まされると、放課後に仕事押し付けられるね」と。

 彼は生徒の貸し出し記録係を担当する。

 長く細い手で記される字は、どんな書籍よりも美しかった。


 会う度に、姿を見る度に、あなたの本をめくる軽やかな音に。

 私はずっと、惹かれている。

 誰か、この止まらない先走る心を止めてほしい。


 隣に座るだけで顔が熱くて、紙が指に張り付いて、涙が溜まって。

 私はずっと、片想いしている。

 誰か、この身体へ浸透する「好き」を止めてほしい。


 熱でチョコが溶けてしまう前に、最後のバレンタインの日、はじめて彼へ渡した。

 義理チョコだ、と。

 あくまで三年間の仲間として。

 「ありがとう。残り短いけど、押し付けられ図書委員同士、がんばろっか」なんて言葉でも舞い上がった。


 それも、今日で終わり。

 私たちはもうすぐ学び舎を去る。


 もっと一緒にいたい。

 あなたと本を読みたい。

 時間を忘れるくらい、幾千もの星空を股にかけ、共に過ごせたなら──。


「朝日も、見たいですね」


 カチャ──と鳴り、私の固く握られた拳を解くように、指が絡められた。


 解錠された図書室へ手を引かれる。

 自分より長く、あったかい。

 ゴツゴツしているが、出っ張りは柔らかく、私を包み込んだ。

 指をするりと撫で、名残惜しそうに離した彼は鞄を開く。


「少し早いけど、ホワイトデーの返事」


 出されたのは、二人の共通したお気に入りの本。


「僕の本命は、あなたです」

「⋯⋯これからも私の物語には、記録係が必要です」


 おもむろに紙へ何かを記す彼。


 渡されたのは数字のみ。

 離れていても繋がる番号。

 本と少しの荷物を片手に、半身を手繋ぐ。

 三年間の帰路が、これからの道を新たに拓き出した。


 一度沈んだ太陽が、再び昇るまで──。


 眠りにつく空の下。

 私たちは朝日を拝むまで、電話で語り合った。





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日が綺麗ですね 唐灯 一翠 @toubi-issui24

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