4-4 誰が女狐ならぬ男狐だって!?
さて、二泊三日で大公邸に缶詰にされたレスカルが、王宮の自室に帰って来れたのは舞踏会から数えて五日目の午後だった。若干やつれた雰囲気の国王陛下は、それでも執務室に直行して不在の間の報告を聞き始める。俺は熱が下がってから二日は経ってて、既に体は元気一杯(メンタルのほうはそこそこ)だったのだが、レスカルの多忙さゆえ二人で話す時間を取れたのは夜食の時間以降だった。
二人でゆっくり話す時間が取れたとはいえ、まずはレスカルの身に起きたことの方が優先だ。当然、何があったんだ? 何かされなかったか!? と俺が問うところから始まった。
疲労の色が濃いレスカルの語った、この三日間の様子は大体以下の通りだ。
まず、大公邸に呼び出された理由は「なんだあの王妃は」だった。既に俺とレスカルのトンデモ結婚式から数えて、半年近くが経っている。今更!? っていうのが俺の感想だったのだが、実はレスカル本人は事あるごとに大公やフェレイド家の人間から「あの王妃をどうするつもりだ」とチクチク言われ、それをのらりくらりと躱していたらしい。
それで、向こうさん的には「流石に舞踏会でのお披露目までにはどうにかするだろう」と思っていたところ、なんと当日「王妃」の椅子には俺が座っており、あろうことか陛下と一緒に外国使節も迎え、開幕のダンスもした――と、いうワケだ。大公・フェレイド家サイドからしてみたら「正気か」という話だったらしい。そりゃまあそうか……道理で俺が大公に凄い目で見られたワケである。事情を知らない人間からしたら「野郎を王妃に据えたまま」なのは、やっぱりこの世界でも異常なのだ。
異常なのだが、レスカルの周囲はプリスコット公派閥に近い人間がガッチリと固めており、そのプリスコット公一派が俺を追い出そうとしないどころか、全力で歓迎・擁護をしているせいで、これまで外野からぐずぐず言う他なかったようだ。それで手をこまねいていたところ、対外的な「お披露目」までされてしまって、ほぼ手遅れ状態になってから陛下を捕まえて缶詰にしたらしい。
「あのさ言っていい? お前の叔父さんを貶したくはないけど……本気で対処したかったなら今までがヌル過ぎだし、後手後手な上に実力行使のやりようが悪手じゃん。破滅願望でもあんの、大公って」
聞いてた俺は思わずそう言った。国王陛下を丸二日以上拘束とか、叔父って立場があっても、内乱の火種になって不思議じゃないだろ。前にも言ったが大公は国王陛下(と、現在その後ろ盾であるプリスコット公)にとって潜在的な政敵でもあるんだし……プリスコット公が目ェ吊り上げて軍を動かさなかったのは、陛下が「動くな」と言い置いて出て、缶詰中も定期的に直筆の書面で「落ち着いて待ってろ」と指示し続けたからだ。(これはピリピリしてる公爵や近衛長を、間近で見ていた俺の方がよく知っている)
「大公は日頃、常に国政から一歩距離をとっておられる。それは間違いなくこの国の混乱を避けるためだし、大公なりに私を信頼し立ててくださっているからだ。そこに関して私は疑うつもりはないし、オーバンや公爵も理解しているはずだ。――ただ、やはりどうにもクラウル王族の男というものの印象がな。私が何を言ったところで『それはお前が誑かされているだけだ』と言われて、全く聞く耳を持たれない」
陛下はそう盛大に苦笑いした。なんとも物凄いクラウル男の信用の無さ……むしろ逆信用の確かさである。陛下が
それで、大公とフェレイド家の主張は「今からでも遅くないから、あの『王妃』を王宮から放り出せ」というものだった。神殿側の理屈はこちらで付けてやるからこの場で頷け、と迫られたわけである。さすがに「本家」と「叔父」からそう迫られて、何の根拠も示さず固辞したままでは家に帰してもらえない。結局、側近オッチャンズに語ったのと同じ「ラティリアの遺産を偶然読んだ」という説明ではあるものの、予言の存在を明かす羽目になったとレスカルは俺に謝罪した。
「すまない、君への断りなしに大公やフェレイドへ情報を明かすことになってしまった」
そう申し訳なさそうに言われたが、流石に已むなしというものだろう。愛娘の危機という「楽しくない話題」に大公の機嫌は尚のこと傾いたらしいが、フェレイド家の人――なんでも当主直々に来ていたそうだ――が取りなしてくれて、一応のところレスカルは解放されたという。
……といった話を一通り聞き終わる頃にはだいぶ夜も更けており、年長者二人に二日がかりで詰められたレスカルも疲労困憊の様子だった。よって俺の話は翌日以降に回すことにしたのだが――俺的には寝る前に、これだけは確認しておきたいことがあった。
「っていうかレスカル。まさか他にもそういう、俺には黙ってるけど実は……みたいな厄介案件ないよな!?」
ベッドの上でそう詰め寄った俺に、陛下は「いいや」と軽く首を振る。ホントかよこいつ、今回の件だって実力行使されるまで俺には黙っていたのだ。オラこの場でジャンプしてみろ、チャリンチャリンいうんじゃないのか!? ――と俺はカツアゲするチンピラみたいなことを思ったワケだが、その勢いで出掛かった、
『相棒同士、隠し事はナシだろ!?』
という言葉を、すんでで呑み込んでしまった。それを言うには後ろめたい事が――いや、タイミングがなかっただけで別に隠してるわけじゃないが――あったためだ。そして逆に、その「迷い」を敏い陛下に読まれてしまった。
「ふむ……君の方こそ、インスラ皇帝との接触時に何があった? 単に体が冷えて熱を出しただけにしては、気落ちして何か悩んでいるように見えるが」
間近から顔を覗き込まれ(いや、先に俺が詰め寄ってたから距離が近かっただけなんだけど)、心底労るように頬をさすられてしまえば咄嗟の誤魔化しも利かない。っていうかウワー、やっぱ様子変だって思われてた!!
結局俺は、色々迷った挙げ句に、
「ちょっと――他に誰も居ない場所で、ゆっくり時間取って話したいことがある。急いだ方が良いだろうけど、今の状況じゃホントに誰にも聞かせられないヤツだ」
とだけ絞り出した。この寝室だって滅多な人間は出入りしないはずだが、夜間でも王宮内には使用人や衛兵がいる。万が一にも聞き耳を立てる人間の居ない状況が欲しい。それに陛下は「承知した」とだけ頷いて、その場では何も訊かずに時間を作る約束をしてくれた。そして何を思ったか、元より間近にあったその秀麗な口元を俺の右頬に寄せる。
「ならば、明日はまだ片付けることが多いから、明後日にでも二人で遠馬に出掛けよう。君の乗馬の腕もかなり上がっていると聞くし、メティスの賢馬ぶりもオーバンが手放しで褒めていた。従者を全て置いて行くわけにはゆかないだろうが、少しの間ならば二人きりになれるだろう。少し寒いが見通しの良い小川を目指せば、水音で遠くから聞き耳を立てることも難しいはずだ」
恐らくはその場での盗み聞きに配慮してであろう。陛下は耳元で囁くように提案してくれた。――イヤそういう配慮なのは分かっているが、左頬を撫でられつつ右耳に美声で囁かれるのは、だいぶ気恥ずかしいな! どういうシチュだよこれ!!
……といったワケで二日後、俺とレスカルは最小限の護衛(つまりオーバンさんとその部下数名)だけを連れて、馬で王都の郊外へ出掛けることになった。
目指すのは王都の上流を流れる小川だ。郊外牧草地の只中を優雅に蛇行している王都の水源は、場所を選べば多少の急流もあり「内緒話」にうってつけだそうだ。
レスカルは、シンケル伯の所に身を寄せていた頃からの愛馬だという艶やかな青毛、俺はラウラからもらったメティスという名の芦毛に跨がり、王宮裏手から郊外に出る。芦毛っていうのは白っぽい馬からほぼ黒みたいなグレーまでかなりバリエーションがあるらしいけど、メティスはたてがみや尾は濃グレー、体は全体的にほぼ白で、末端だけ銀色がかった優美な馬だ。賢く気性も穏やかで、もらった最初こそ俺を値踏みしてる感があったが、すぐに主として――というか、お守りをしてやる相手として認めてくれた気配だった。
まず皆で向かうのは、王宮から馬で一刻……現代日本感覚でアバウト二時間程度の場所にある川辺の小屋だ。到着したら昼食を食べて、少し辺りを散策して(つまりここが内緒話のタイミングである)帰途に就く予定だった。
既に季節は晩秋、王宮に植栽された木々も葉を落とし、辺りの草っ原も茶色っぽくなってて、オーバンさんらにも「一体何を見に?」と首を捻られながらの遠馬となった。俺はまだ病み上がり扱いなこともあり、ソフィアさんに目一杯厚着させられ、毛皮の襟巻きや裏地に毛皮を張った帽子などでモコモコになっている。今日は天気も良いし風もないから、多分さすがにコレ暑いと思うんだけど……。
隊列を組んで王宮を囲む城壁を潜り、その外郭にある濠に掛けられた跳ね橋を渡る。王宮と王都は何重かの城壁で囲われ、小高い丘の上に建設された王宮が市街を見下ろす形でなだらかに傾斜している。その外側は牧草地や麦畑の間を水路や道路が縫い、遠景にはこんもりと森が見えた。これまで何度か乗馬の練習がてら通った道なので、特に感慨なく陛下と並べた馬を歩かせる。
そのまま俺たちの遠馬は何事もなく目的地へ――かと思いきや、まだ城壁を出ていくらもしないうちに、進行方向からやって来た兵士によって遮られた。人馬共にボロボロのへとへとで、兎にも角にも急いで来たことが分かるその兵士は、俺たちを庇って前に出たオーバンさんの前に身を投げ出して報告した。
「ふ、フルメラ伯による挙兵! トビアー砦にて街道を封鎖し、近隣の村へ火を放っております! 軍は小規模ながら、砦と、部隊に、インスラ帝国軍旗を確認ッ……!!」
フルメラは、ブロウゼンと隣接する比較的小さな領地だ。インスラからノスフェレードへ、山脈を越えて繋がる街道を擁している。直接インスラと接しているブロウゼンではなく、隣の領主が挙兵したのは正直予想外だが、お隣だけあってフルメラはがっつりブロウゼン派閥だった。
「――来たか。想像していたより早かったな……」
静かな口調でレスカルが呟いた。報告したと同時に力尽き、道の真ん中に倒れ伏した兵士と、泡を吹いているその馬を近衛兵たちが救護する。それらの指揮をしていたオーバンさんが、陛下の様子を窺い見た。その視線にひとつ頷いたレスカルが、馬首を返して俺に向けて申し訳なさそうに眉根を寄せた。
「すまない、今日の遠馬は取りやめよう。必ず後で時間を取る、待っていてくれ」
それに俺は「分かってる」と深く頷いた。
インスラ帝国の仕込みで、国境近くに戦乱が起きる――これは「シナリオ通り」の展開だ。しかしレスカルが呟いたように、かなり思っていたよりも急展開だった。今日で舞踏会の夜から数えて七日、いま転がり込んできた兵士が、国境近いフルメラ領からどれだけ全力で飛ばしてきたとしてもおそらく二日はかかっている。普通に移動すればその倍はかかるはずなので、ワスティはウチからの帰りしなフルメラ領主の元へ立ち寄って、その場で挙兵をけしかけたと考えるしかない。返す返す、いくら何でもフッ軽が過ぎるぞあの野郎。
城壁へと引き返しながら、レスカルがオーバンさんに指示を出す。
「まずはブロウゼン公爵の屋敷に使者を出せ。本来ならば隣地であるブロウゼンから鎮圧の兵を出してもらうところだが、十中八九応じはしないだろう。一体何と言って拒否するか確認してこい。それからロンゲン・マイザーの両将軍へも招集をかけろ」
ロンゲン将軍、マイザー将軍ってのは、王宮の抱えている「国王軍」の左右を預かる将軍だ。もちろん国王軍なんだから、総大将はレスカルである。
「まさか、出陣なさるおつもりですか!?」
これにオーバンさんが驚いた様子で声を上げた。それに陛下は「そうだ」とだけ返して馬の足を速める。
「国を守るのは王の務めだ。私は誰よりも率先して前線に立つ。お前とも、そう約束したはずだ」
オーバンさんに向けてそう言い切った潔い背中が、みるみる遠ざかって行く。それを俺は最後尾から眺めていた。
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いつもお付き合いありがとうございます。
本年の更新はこれにて終了、29日と2日はクオリティ確保のため年末年始休みを取らせて頂きますm(_ _)m
次回更新は1月5日予定です。
今回更新で無事コンテスト要件の10万字を越えましたが、期間中完結を目指して頑張って参ります…!
何卒、作品フォロー・作品★レビュー等よろしくお願いいたします~m(_ _)m(既にくださっている皆様ありがとうございます!)
それでは皆様、よいお年をお迎えください。
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黒狼と金獅子の王国 歌峰由子 @althlod
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